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20:終わりと始まり 2

真田は、一瞬何が起こったのか解らなかった。
やっと伝えられるはずだった。
そして、これから彼女との新しい関係が始まるのだと、信じて疑わなかった。
なのに、今起こっているこの事態は、一体何だ。
彼女は何故泣いた。そして、何故逃げた。
訳が分からない。

頭の中が真っ白になって、真田は立ち尽くす。
その時、空で大きな破裂音が鳴った。
はっと顔を上げると、真田の目の前に大輪の光の花が開く。――花火が始まったのだ。
その音と光で、呆けていた意識が一瞬にして戻ってきた。

(何をしているんだ、俺は!!)

連続で打ちあがる花火には目もくれず、真田は慌てて全速力でを追った。
彼女はまだ目の届く距離にいる。

、待て!!」

彼女を止めようと必死で叫んだが、彼女の足は止まらない。
真田は、更に力を篭めてを追った。
彼女との距離は、どんどん縮まる。
十数メートルが数メートルになり、やがて数歩の距離になり、触れられる位置まで来て――真田は、彼女の手首を捕まえた。
いきなりスピードを失った彼女は、つんのめって倒れそうになったが、なんとか崩れ落ちることなくその場に踏みとどまる。
しかしそのまま、彼女は手を振り解こうとがむしゃらにもがいた。

「ごめんなさい、離して、お願い」
「どうした、落ち着け。落ち着いてくれ、!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

彼女は、壊れた機械のようにひたすら同じ言葉を繰り返しながら、ただ顔を伏せて必死にもがく。
しかし真田もまた、必死だった。
何がなんだかさっぱり分からないが、ただ、ここでこの手を離してしまったら、本当に全てが終わってしまうような気がした。
空いていたもう一方の手で、なんとかのもう片一方の手も掴む。
そして、彼女と向かい合う形でその身体を引き寄せ、ぐっと顔を覗き込んだ。

「……何故逃げる!」

至近距離で怒鳴る真田の問い掛けに、はびくりと肩を震わせる。
しかし、その顔を涙でいっぱいにしながら、繰り返すのはやはり同じ言葉だ。

「ごめんなさい……」
「『ごめん』ではわからん!!」

再度、真田は怒鳴った。
彼女も同じ気持ちなのだと思っていたが、本当は違ったのだろうか。
彼女が向けてくれたあの微笑も、あの言葉も全て、特別な意味など無かったとでもいうのか。
そんな脳裏に浮かぶ最悪の予感を抑えこみ、真田は叩きつけるように「その言葉」を吐いた。
ずっとずっと伝えられなかった言葉。
一時は伝えてしまえば全てが終わるだろうと思い込み、封印するように心の中に仕舞い込んだ言葉。
しかし――彼女に伝えなければ何の意味もないのだと解った、その言葉を。

「俺は……俺は、お前が好きだ!!」

その瞬間――の身体からふっと力が抜けた。
そして、彼女は真田に両手を掴まれたまま崩れるように座り込み、力も無く俯いて、ただ無言で嗚咽を漏らし始める。
どう贔屓目に見ても、嬉しくて泣いているようには見えなかった。
彼女から溢れているのは、困惑と、深い悲哀だ。
そして、その様子から導き出される答えは――拒絶。

胸が引き裂かれそうだった。
つい数分前までは、応えてもらえるものだと信じて疑わなかったのに。
こんなにも好きで好きでたまらないのに、届かないのか。
この想いを、断ち切らなければいけないのか。

「俺は、お前も同じ気持ちでいてくれているのだと思っていた。……違うのだな。俺のことは、そういう風には思えない――そういうことなのだな」

真田は力の無い声で吐き捨てる。
しかし、彼女から言葉は返ってこない。
ただ嗚咽を繰り返すだけだ。

「……頼む、。構わないから、はっきり言ってくれ。でないと、俺も気持ちの整理がつかん」

もう一度、真田は請うように言う。
そして、強い視線でを見据え、ぶつけるように強く怒鳴った。

……はっきりと、俺のことなど好きではないと、なんとも思っていないと言ってくれ!!」

その瞬間、の身体がびくりと跳ねた。
しかし、彼女はぼろぼろと涙を零し、顔を伏せたまま首を横に振る。
真田には、それがどういう意味なのか分からなかった。

「はっきり言えば俺を傷つけるとでも思っているのか? ならば逆だ。そんなもの、優しさでもなんでもないぞ!!」

苛立ちすら感じながら、真田は責めるようにの名を呼ぶ。

!!」

――その時。

「……ない……」

小さな声が、彼女の口から漏れた。
しかしその声は、空に咲く花火の音に掻き消える。

「聞こえん!!」

真田が強く怒鳴った、その瞬間――が、顔を上げて怒鳴り返した。

「何とも思ってないわけ、ない!!」

そう言って、彼女は涙でぼろぼろの顔で、きっと真田を睨みつけた。
その迫力に、真田はたじろいで一瞬言葉を失う。
そんな真田に、は畳み掛けるように続ける。

「私が先輩のこと何とも思ってないわけない、私だって、私だって……先輩のことがずっと――」

音にはならなかったが、今、彼女は確かに言った。「好き」だと。
しかし、その言葉は更に真田を混乱させた。
それならば、何故逃げる。
何故泣く。
何故自分の告白に応えてくれない。

「意味が分からん!!」

彼女の行動や言葉のどれが本当なのか、分からなかった。
どうしたらいいのか分からず、真田は本能のままに言葉をぶつけ続ける。

「それならば、何故応えてくれない……俺はお前が好きだ。お前の笑顔も、優しさも、一生懸命なところも、子どもっぽいところも、少し間の抜けたところも、全部、全部だ。どうしようもないほど、お前の全てが好きなんだ」

胸が痛くて、苦しい。
こんな気持ちにさせておいて、混乱させるような態度を取る彼女が憎らしくもあったけれど、やはり好きなのだ。
好きで好きで、仕方がない。

「俺が好きだと言うのなら、応えてくれ。応えられないなら、好きだなどと言うな。諦められなくなる」

そう言って、真田が頭を垂れた――その時。

「……好き。大好き……。初めて見た時からずっと、私は先輩に惹かれてた……」

嗚咽を漏らしながら、彼女が小さな声を漏らした。

「ならば――」
「でも、先輩は私を勘違いしてる!」

真田の言葉を遮り、は叫ぶように言った。
はっとして真田が顔を上げると、涙でぼろぼろの彼女と、視線が合った。

「勘違い? どういう意味だ」
「私は先輩が思っているようないい子じゃない。ずるくて、卑怯で、自分の都合ばっかりで……先輩が思ってるような子じゃない……だから……こんな私じゃ……」

自分自身を激しく嫌悪するように表情をゆがめるを見つめ、真田は一瞬言葉を失う。
――こんな彼女は、初めて見た。

「お前が何故ずるくて卑怯なんだ。俺はそうは思わん。いつもただひたすら誠実で――」
「だからそれが勘違いしてるっていうんですよ!」

再度、彼女は真田の言葉を遮る。
その剣幕に驚き、真田は息を呑んだ。

「……先輩、私と初めて会ったときのこと、憶えてますか。私がまだマネージャーになる前のことです」
「春先にあった、練習試合の日のことか」

の問いに真田が答えると、彼女は首を縦に振って続けた。

「私、あの日初めて、先輩のことを知りました。先輩の試合してる姿がどうしても忘れられなくて、私は先輩のことを知りたいって思った。今思えば、私はあの時からずっと、先輩のことが好きだったんです」

彼女の言葉に、真田の胸がどくんと鳴った。
そんなにも前から、彼女は自分の事を見ていてくれたのか。
それが本当なら嬉しいとしか思わないし、彼女が告白を拒む理由が尚更分からない。

「……先輩のことが、もっと知りたかった。先輩と、もっとお話ししてみたかった。そして――先輩のあの眩しいテニスを、もっと近くで見てみたかった。だから私は、切原君からのマネージャーの誘いを受けたんです。……夢中になれる何かを見つけたかったって言ったのは嘘じゃない、だけど私を突き動かした一番の理由は、やっぱり先輩の存在だった。先輩のことを知らなければ、私、絶対に切原君の誘いを断ってた……。偉そうなことばかり言ってたけど、私はそんな不純な動機でマネージャーになったんです。私の前に辞めてった人たちと、何にも変わりません……!!」

吐き捨てるようにいい、彼女はまた、泣き崩れた。
その言葉に、真田ははっとする。
今日の会話の中で前に辞めていったマネージャーたちの話をした時、確かに自分は、その者たちの印象は良くないというようなことを言った。
彼女は、自分とその者たちを同じだと思っているのだ。

、それは違う! 俺があの者たちを非難するようなことを言ったのは、肝心の仕事が全く出来ず、すぐに辞めてしまったからだ。お前はしっかり仕事をこなしてくれた! お前の仕事をする姿に嘘があったとは、俺は思わない!!」

ドリンクの味を気にしたり、ルールを早く覚えたいと自主的に本を買いに行ったり、休み時間を潰してまで仕事に精を出したり、慣れないスコア取りに四苦八苦しながら今日は何割分かったと嬉しそうに言ったり、そして今日、テニス部での仕事が今の趣味だと笑ってくれた――あの姿は間違いなく本物だったはずだ。
例え、最初の動機は異性――自分目的だったとしても。

「あの者たちとお前は違う。だからこそ、俺はお前が好きになったんだ。俺の気持ちに応えられない理由はそんなことなのか? だとしたら、それを知ったところで、俺の気持ちは全く変わらない。正直なところ、お前がそんなに前から俺を好きでいてくれたことを、嬉しいとすら思う。それでお前を嫌いになることなど、絶対にありえない」

真田がそう言った瞬間、の目がほんの一瞬だけ見開かれた。
しかし、すぐに彼女は再度その目を伏せる。

「……まだ、あります」
「まだ? ……一体なんだというのだ」
「私、そのことがばれたら、先輩に軽蔑されるんじゃないかって思いました。私、絶対に先輩に軽蔑されたくなかった。……だから、ずっと先輩にはこのこと黙ってようって思いました。隠し通せば、きっと大丈夫だろうって。さっきのお参りの時だって、そのことが先輩に一生ばれませんように、なんて神様にお祈りしてたんですよ?」

は自嘲気味に笑い、続ける。

「ばれなければいい、なんて卑怯ですよね。先輩のこと、騙してるのと一緒じゃないですか。先輩は私のこと、優しい優しいって言ってくれるけど、私は自分の都合しか考えてない、卑怯者なんです。皆のことを信じて祈ってた、本当に誠実で優しい先輩とは大違いなんです」
……」
「私という人間を、先輩は勘違いしてる。だから、私は先輩のことが大好きだけど、騙すようなことをした私が先輩みたいな立派な人にふさわしいとは思えないから、先輩の気持ちには応えちゃいけないと思う……」

そこまで言うと、彼女の声はまた、嗚咽に変わった。
周囲には、花火の音と彼女の嗚咽の音だけが響き、二人はそのまま動きを止める。

真田は、顔を伏せて泣いている彼女を、無言でじっと見つめた。
今日一日、とても楽しそうにしながらも、時折様子がおかしくなったのは、そういうことだったのか。
好きだという気持ちと、騙しているのだという罪悪感の間で揺れて、迷っていたのだ。
しかし、そんなことを気にして泣く彼女は、今まで自分が見つめ続けてきた優しい彼女そのものだと、真田は思った。
その罪悪感を黙っていられなかった、不器用者で正直者の癖に――卑怯だなんて思えるわけがない。
しかも、そんなことを気にしてしまうということは、それだけ彼女が自分の事を好いてくれている証明に他ならない。
やはり彼女も同じ気持ちなのだと、今度こそ真田は強い確信を得た。

しかし、今のままでは彼女は手に入らない。
どうにかして彼女の頑なな思い込みを壊さねば、前には進めない。
そのためには、もう全力で彼女にぶつかるしかない。
自分の思いの全てをぶつけて、わかってもらうしかない。

真田は、彼女の腕を捕まえている両の手に力を篭めた。
は、いきなり掛かった力に反応するように、顔を上げる。
その目をじっと見つめ、真田はゆっくりと言葉を紡いだ。

「……俺はお前を勘違いしているつもりはない」

なんと言われようと、彼女が欲しい。
もう、彼女無しの生活など、自分には考えられない。
目で、声で、身体全体で訴えるように、真田は続ける。

「やはり俺は、今まで見てきたお前の姿が偽者だったとは思わん。本当にお前が自分のことしか考えない卑怯者なら、そのまま何も言わず俺を騙し通しただろう。結局お前は騙しているという罪悪感に負けて、告白してくれたではないか。お前は卑怯なんかじゃない。俺が好きになった通りの、誠実で優しいお前だ」
「で、でも……」

震える声で、は困惑したように声を漏らした。
これでもまだ、納得してくれないか――真田は、奥歯をぐっと噛み締めた。

「こんな……自分の都合だけで先輩を騙そうとしたような私が……」

どこか迷うように言いながら、彼女は視線を逸らし、続ける。

「……先輩みたいな、本当に誠実で、立派な人とは釣り合わない……だから……」

誠実? 立派? 釣り合わない? ――決して自分は、そんな立派な人間じゃない。
そうだ、自分だって、彼女に対して酷いことをしたのに。

六月の始め頃、彼女のことが好きだと気付かされたあの時、不慣れな想いに戸惑う余り、どうしたらいいか分からなくなった。
この想いが彼女に知られれば、拒絶されるだろうと思った。
だから、自分が傷つきたくないばかりに、彼女を遠ざけた。
その態度に彼女が傷ついていたのも、苦しそうな顔をしていたのも分かっていた。けれど、どうしても自信が持てなかった。
あの時友人に諭されたり、彼女が勇気を出してぶつかってきてくれたりしなければ、自分は今でも彼女のことを避け続けていたかもしれない。
自分の都合ばかり考えて彼女の気持ちなど何も考えなかった、本当に未熟で愚かな行為だったと思う。

未だ彼女には明かしてないこの事実を教えれば、彼女は自分を神格化するのをやめてくれるだろうか。
同じように弱い人間だと認めて、釣り合わないなどと馬鹿げた考えを捨ててくれるだろうか。
しかし、もしそのことを知ったら、彼女の方が自分に幻滅するということもありえるかもしれない――
一瞬のうちにそこまで思案したが、真田はすぐに自分が情けなくなった。
彼女だって全部打ち明けてくれたのに、何を今更言っているのだろう。
もう幻滅されるとかされないとか、そんな損得勘定で動けるような次元の話はとっくに終わっている。
それに幻滅されなくとも、彼女の殻を壊せなければ、どちらにしろ彼女は手に入らないのだから――自分が出来ることは、全力でぶつかることだけだ。
真田は、ぐっと腹に力を入れた。

「自分の都合しか考えていない卑怯者なのは、俺だって、そうだ」
「……え?」

突然の真田の言葉に、がふと顔を上げる。

「一時期……俺が、お前を避けていた時期があっただろう。あの時、俺は――」

そこまで言って、言葉が止まった。
言うのが、知られるのが怖いと言う思いが、真田の喉を止めたのだ。

――何をしている。彼女だって打ち明けてくれたのに、本物の卑怯者に成り下がるつもりなのか。

自分に言い聞かせ、真田は汗ばむ掌を握り締める。
そして、振り絞るように、言葉を続けた。

「俺は、お前のことが好きなんだと気付かされた直後だった。しかし俺のような男を、お前が恋愛事の対象に見てくれるとは、どうしても思えなかった。気付かれれば、絶対に拒絶されると思った。――だから俺は、お前を避けたんだ。俺の気持ちに、気付かれることが無いように。……お前が俺の態度に傷ついていることは解っていたのに、俺は自分が傷つくのを恐れて、お前を傷つけ続けたんだ」

彼女の瞳が、驚愕で揺れた。
どう思われているのだろうと不安になりながらも、もう後には引けないと、真田は彼女に言葉をぶつけ続ける。

「俺だって、お前が思っているほど優しい人間でも、強い人間でもない。自分が傷つきたくなくて、あんな態度を取ってしまった卑怯者だ。お前こそ、俺を勘違いしているんだ。本当の俺は、それこそ卑怯で――とても弱い、最低の人間だ。お前と釣り合わないのは、むしろ俺の方だ。俺こそ、お前に軽蔑されても、仕方がないかもしれない。……しかし、自分が卑怯でお前と釣り合わないと分かっていても、俺はお前を諦めきれない。こうなっても俺はまだ、お前を手に入れる術を必死で探しているんだ。自分が卑怯だからと身を引こうとする分、お前の方がまだ潔くて誠実だ」

自分の中に溜め込んでいた言葉を吐き、真田の手から力が抜ける。
ゆっくりと、真田の掌から彼女の手が抜け落ち――触れていた彼女の温もりが、離れた。
熱を失った自分の掌をじっと見つめ、やり場が無いように、真田はその手でぐっと自分の顔を覆う。

「これが本当の俺だ。お前がずるくて卑怯だというなら、俺だって同じだ」

声が震える。どう思われているか怖くて、彼女の顔を見ることができない。
けれど、止まらなかった。

「……でも、好きだ。俺はお前が好きだ。どうしても諦められない。、お前が好きなんだ……」

今まで誰にも見せたことが無いような情けない姿を晒しながら、真田は目の前の小さな少女にただひたすら請うように、まるで小さな子どもが母親に行かないでくれと駄々をこねるように、何度も何度もその言葉を繰り返す。

「……あの時、私のことずっと避けてたのはそれが理由だったんですね」

静かな声で、彼女が言った。
顔があげられないまま、真田は首を縦に振る。

「……ああ。俺こそ、最低で卑怯で、自分の都合ばかりだろう」

自嘲気味に言い、真田が思わず呆れたように笑った、その時――そんな真田の身体を優しく包むように、柔らかくてあたたかい感触が触れた。
顔を伏せたまま何も言わず、その熱の主は真田の背に細い両腕を回し、ぎゅうっと力を込める。

「軽蔑したか」

真田がそう問いかけると、彼女は首を横に振った。

「……出来るわけありません」

小さな声でそう言い、息を吐く。
そして、彼女はゆっくりと、言葉を綴り始めた。

「確かに私はあの時先輩に避けられて傷つきました。あの時は本当に辛かった。けど、あの時だって私は先輩のことを嫌いにはなれませんでした。それまで私が見てきた真田先輩が――テニスがとっても強くて、私や皆のことをいつも見ていてくれて、真面目すぎるくらい真面目で、ちょっと厳しいけどとっても優しくてあたたかいあの真田先輩が、何の理由もなくそんなことをするわけがないだろうって思ったから。やっぱり、ちゃんと理由があったんですね。先輩は私のことが嫌いだから避けたんじゃなくて、好きだったから避けてたんですね……」

震える声で、彼女は言う。
それに真田は頷くと、静かな声で返す。

「……情けないことだな。自分でも呆れてしまう」
「そんなこと言わないでください。その理由を聞いて、私はとても、本当にとても嬉しいと思いました」

そう言って息を吐き、彼女は続けた。

「……でも、分かりました。先輩にも、ほんのちょっと、弱いところもあるんですよね。自分に自信が持てなくて、腰が引けちゃうような面も、あるんですよね。私、初めて知りました……」
「ああ。俺は弱い。弱い俺は……嫌い、か?」

真田の問いに、は無言でぶんぶんと首を振る。
そして。

「……私だって、弱いから。自分のしたことに自信が持てなくて、先輩に隠し事したり、何度も先輩から逃げ出したりした、とても弱い人間だから……。同じだってわかって、私……先輩のこと、もっともっと好きになりました……」

そう言って、彼女は顔を伏せたまま、真田の身体に回していたその腕に更に力を込めた。
その小さな身体をじっと見下ろし、真田は言う。

「……そうだ、『同じ』だ。俺とお前は、同じなんだ。……同じなのだから、どちらの方が立派だとか、釣り合うとか釣り合わないとか、そんなことは有り得ない。同じように好きな気持ちがあれば、一緒に居られない理由なんか無い。……そうだろう?」

真田の言葉に、が無言で首を縦に振った。
彼女がやっと返してくれた肯定――それを噛み締めるように真田はぐっと自分の掌を握り締める。
そして、真田は彼女に問いかけた。

。俺の傍に居てくれないか? マネージャーとしてだけではなく、恋人として……俺の傍に」
「はい、こちらこそ、どうか、どうかお願いします……ずっと、先輩の傍に居させてください」

その言葉を聞いた瞬間、目頭が熱くなって、真田の頬を一筋の涙が伝う。
真田は、必死で抱きしめてくれていた彼女のその身体に自分の腕を回し、力強くぎゅうっと抱きしめ返した。
彼女の熱と自分の熱が混ざり合って、ふたつの心音がひとつに溶ける。

「……ありがとう、。好きだ。大好きだ……。絶対に、大切にする……」

その言葉に、彼女は何度もはい、はいと頷いた。
やがて、それはしゃくりあげる嗚咽に変わったが、その嗚咽に含まれる感情は、もう悲哀ではなかった。

初稿:2009/04/21
改訂:2010/05/01
改訂:2024/10/24

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