連続した大きな花火の音が、神社の境内に響いた。
真田とは、はっとして顔を上げる。
その途端目に飛び込んできたのは、幾重にも連なった、とても大きな光の花束だった。
「綺麗……」
「ああ、綺麗だ」
呟くように言い、二人はどちらからともなく身体を解いて正面を向く。
しかし、待てども待てども、もうそれ以上花火は上がってこなかった。
「……終わっちゃったのかな」
「……らしいな。いつの間にやら、三十分も経っていたようだ」
自分の腕時計を確認しながら、真田が呟く。
そして二人は、顔を見合わせた。
「ほとんど見られなかったな」
「……ですね」
そう言って、二人は頬を染めながら、くすくす笑う。
なんだか、とてもおかしかった。
ひとしきり笑い合い、二人はまた顔を見合わせる。
「花火が終わったということは――もうそんな時間か。……そろそろ、帰らねばな」
「そうですね。……まだ、ちょっと名残惜しいですけど」
は、そう言って上目遣いで真田を見上げ、微笑む。
一瞬真田は言葉を詰まらせたが、咳払いをして、気を取り直した。
「……い、いや、俺だってそうだが……やはり、駄目だ。『こう』なったからには、俺は今まで以上に、お前のことに責任を持たねばならん。だから……う、うむ」
顔中真っ赤にしながら、真田は続ける。
「し、しかしだな。これから、いくらでもこんな機会を作ればいい。大会が終わるまでは無理だろうが、その後にも、時間はたくさんあるのだから」
「はい、そうですよね。時間は、いっぱいありますよね」
ほんのりと頬を染め、は嬉しそうに頷いた。
そんなの顔から、真田は照れたように顔を背けたが、すぐにもう一度真っ赤な顔でを見る。
そして。
「……帰るか」
「そうですね」
顔を見合わせて、二人は笑い、石段を降り始めた。
しかし、はっと真田が足を止める。
「、少し、メールを打ってもいいだろうか」
「あ、はい、どうぞ」
が頷くと、真田は自分の携帯を取り出し、操作し始めた。
それを横から覗き込み、は真田に尋ねる。
「誰に打ってるんですか?」
「幸村と、蓮二だ。あいつらには、いろいろと心配を掛けたから……な」
恥ずかしそうに顔を染めながら、真田は言う。
頼まれたわけではないけれど、やはり、ちゃんと報告する義務があると思ったのだ。
すると。
「……じゃあ、私もと切原君にメールしとこうかな……私も、いっぱい心配させちゃったし……」
そう呟いて、も顔を真っ赤に染めながら、携帯を取り出す。
そして二人は報告のメールを打ち終えると、それぞれの大切な人たちに向けて、メールを送った。
◇◇◇◇◇
幸村は、病室の窓から真っ暗な空を見つめていた。
遠くの空に小さく見えていた花火はもう五分ほど前に終わっていたが、余韻に浸るように目線を外に向けたまま、幸村は見舞いに来ていた柳に話し掛ける。
「……あの二人、今頃どうなってるかな」
「さあな。あいつのことだ、全てが終わってからと考えているかもしれないから、今からかもしれないぞ」
そう言って、柳はベッドの側の丸いすから立ち上がり、幸村の隣に立つ。
「花火は、終わったのか?」
「うん、見えなくなっちゃった。でも、こんなに遠いのに結構見えるもんだね。柳のお土産のヨーヨーとタコ焼きと綿あめのおかげで、お祭り気分も満喫できたし。ちょっと得した気分だよ」
ありがとう、と笑う幸村に、柳もまた笑って返す。
その時――二人の携帯が、同時に鳴った。
二人は、無言でそれぞれの携帯を手に取り、操作をする。
そして。
「『成就した。ありがとう』――だってさ」
「ふむ。俺も全く同じだ。同時発信だな、これは」
そう言って、幸村と柳は笑顔で顔を見合わせる。
まるで自分の事のように嬉しくなりながら、幸村は笑った。
「はは、なんだろこのメール。真田、本当は飛び上がりたいくらい嬉しいだろうにね。堅すぎるんだよ、あいつは」
「弦一郎らしいメールじゃないか。……俺達に報告する義務があると思ったんだろうな。本当に律儀な奴だ」
微笑ましそうに柳と言い合うと、幸村はもう一度そのメールを見直した。
あの親友思いで、人のことばかり考えて自分のことをほとんど気遣わないテニス馬鹿が、やっと幸せになれて、本当に良かった。
かつてこの部屋で、二人が無自覚に惹かれ合う姿も、気持ちがすれ違って悲痛そうにしている様子も見た。
だからこそ、やっと二人が無事に収まるべき形に収まってくれたことが、嬉しくてしょうがなかった。
次に見ることが出来るのは、幸せそうに笑い合う姿だろうか。
それとも、真っ赤になって恥ずかしがる姿だろうか。
どちらにしろ、思いっきりからかってやるつもりだけれど。
「早く、二人揃って遊びに来て欲しいね」
「……精市。からかうのは、ほどほどにな」
「やだな。祝福、だよ」
そう言って笑う幸村に、柳もまたくすりと笑って頷いた。
◇◇◇◇◇
花火が終わり、切原とは、また祭りの屋台で遊んでいた。
その手には、たくさんのお菓子やくじ引きのおもちゃが握られているが、それでもまだまだ満足出来ないのか、二人は更に新たなくじ引きの屋台に並ぶ。
――二人の携帯が鳴ったのは、そんな時だった。
「……あ、メールだ」
「私も」
そう言いあって、二人は荷物でいっぱいの手で、なんとか自分たちの携帯を取り出す。
片手だけで器用に操作し、それぞれ自分の携帯に来たメールを見た。
――そして。
笑って、二人は顔を見合わせた。
「……やっとくっついたんだ、あの二人」
が、ほっとしたように言う。
「もーあの子ほんと心配させるんだから……。もう、ほんとに『やっと』だわ」
彼女の目が、少し潤んだ。
そんなに、切原は笑って言う。
「、その言い方、なんかのオカンみてぇ」
「うん、もうほんと母親の気分。だってあの子、本当に手が掛かるんだもん。……でも、良かった……」
自分の事のように嬉しそうに言いながら、は潤んだ目を擦る。
「……じゃ、これで肩の荷が下りたわけだ。でも正直、寂しい気持ちもあるんじゃね?」
「うん、そりゃ、ちょっぴり真田先輩にを取られた気持ちはあるかもね。でも、やっぱ嬉しいよ。だって、あんなに真田先輩のこと、好きだったんだもん」
そう言って、は笑った。
「ふうん……でもまあ、俺にとっては好都合、か」
小さな声で、切原は呟く。
しかし、その声は彼女には届かなかったようだ。
「え、何?」
「……お前が寂しくなくなるくらい、俺がいつでも一緒に居てやるよって話だよ!」
そう言って、切原は満面の笑みで、にっこりと笑った。
◇◇◇◇◇
「……届いたかな」
「……届いただろう」
顔を見合わせ、二人は照れたように笑った。
たくさんの人に応援され、見守られて、今こうやって一番大好きな人と一緒に居られる。
――本当に幸せだと、思った。
「。俺達は、幸せだな」
「はい」
そう言って笑う彼女を、真田は愛しそうに見つめる。
そして、そっと手を差し伸べた。
「大好きだ、」
「……私も大好きです、真田先輩」
そう言って、は真田の手をそっと取る。
彼の大きな掌と彼女の小さな掌が、繋がった。