「ねえ、。もう駄目なのかな。前みたいに、真田先輩と普通に笑ってお話することってできないのかな。一カ月前に戻りたい。もうやだ……こんなの辛いよ……」
「……」
は、心配そうにの顔を覗き込みながらも、迷うように何かを考えていた。
そしてややあってから、とても真剣な眼差しでに問い掛けた。
「……ねえ、。はやっぱり、真田先輩のことが好きなんだよね?」
その言葉がの口から発せられた瞬間、の肩がびくりと震えた。
顔を伏せたまま、の動きが完全に止まる。
しかし、いつまで経っても答えを返してこないに、はそっと問いを重ねた。
「じゃあ、別に好きっていうわけじゃないの?」
その問いにもは答えられなかった。
俯いて目を伏せたまま、ぴくりとも動かない。
小さく息を吐いて、は更に問いを変えた。
「……嫌いじゃないよね?」
その質問に、やっとが無言で首を縦に振る。
更には、優しい声で続けた。
「こんな風に話せないままでいるのは辛いんだよね?」
「うん……」
「真田先輩と一緒にいると心地良くて、もっと一緒に居たいと思うんでしょ?」
「……ん……」
「そういうのが、好きって言う気持ちだと思うんだけどな」
のその言葉に、の動きが再度止まる。
そして――振り絞るように声を出し始めた。
「……怖いの」
「何が?」
「貰ったプレゼントに感動して泣いちゃっただけで、先輩は私と距離を取ったでしょ。それってきっと、私にそういうふうに思われたくないからだよね。だからもし、私が本気で好きになってしまったら、先輩はもっと離れて行っちゃうかもしれない。もしかしたら、嫌われちゃうかもしれない。それが、怖いの。……もう、遅いのかもしれないけど……」
言葉にするだけで、胸が刺すように痛む。
それを押さえ込むように胸のあたりをぎゅっと握り締めながら、はまた黙り込んだ。
そんなを見つめながら、は何度か口を開いては、何も言わずに眉をひそめる動作を繰り返す。
どうやら、慎重に言葉を選んでいるらしい。
しかし、やがて大きく息を吐いてから、ゆっくり言葉を紡ぎだした。
「……ね、。私は、先輩がが泣いたことに対して引いたとは、思わないんだけどな」
がそう言った瞬間、の目が驚いたように見開かれた。
そんなに、は更に言葉を続ける。
「自分があげたプレゼントに対して泣くほど喜んでもらえたら、普通なら嬉しいと思うよ。そんなことで引くくらいなら、そもそもプレゼントなんか渡さないと思うのね」
「でも、実際真田先輩はあの日から私のこと避けてるんだよ? 避けられてるって言うのは絶対に勘違いとかじゃないし、あれ以外には全然心当たりないよ……」
「……うーん……でも……ていうか、そもそもさ……」
そう呟いて、は言葉を止めた。
彼女は、しばらく無言で何かを考えていたが――やがて。
「ねえ、。先輩に聞いてみない?」
は、そう言っての肩を強く握り締めた。
「え」
その言葉に、の挙動が驚いたように止まる。
そんなの目をじっと見つめて、は言葉を続けた。
「だからね。どうして避けてるのか、ちゃんと先輩の口から説明してもらうの!」
「せ、先輩に直接?」
「勿論! 考えてたってしょうがないもん。先輩の本当の気持ちは、先輩本人にしか分からないわけだし」
突然のの提案に、は完全に固まった。
彼に避けている理由を聞く――自身も、今までそれを一度も考えなかったわけではない。
でも、やはりその理由を彼の口からはっきりさせられるのが怖くて、どうしても出来なかったことだった。
改めてに言われても、やはりすぐには頷けそうにはない。
そんなの様子を見ながら、は更にに言葉をたたみかける。
「ねえ、。このまま何もしないでいたって、きっと何も変わらないよ。そんな辛い気持ちのままでずっといるくらいなら、どうして避けてるのか聞いたほうが絶対いいと思う! ……それとも、このままでもいいの? ずっとずっと、先輩に避けられ続けてもいいの?」
は、訴えるように言葉を紡いだ。
そんな彼女の言葉は、の心に深深と突き刺さる。
――これからもずっと、このまま。
そう思うだけで、胸の痛みが一段と増した。
「そんなのやだ……」
心の奥底から吐き出すように、言葉が零れ落ちる。
喉の奥がひりひりして、再度目に熱いものが溢れた。
「だったら聞いてみるしかないよ。どう転ぶか分からないけど、今みたいにどうなるかもわからずに不安に思ってるより、きっとマシにはなると思う。……勇気出そ、!」
は、そう言ってもう一度の顔を覗き込んだ。
そんなの真っ直ぐな瞳を、は無言で見つめ返して唇を噛み締める。
今のままでいたってきっと何も変わらない。の言う通りだ。
彼に聞いてしまって、もし自分の予想通りの答えが返ってきたらと思うととても怖いけれど、はっきりと理由が分かった分今のままでいるよりはすっきりするかもしれない。
彼に直接尋ねることを思うと、今から緊張で全身が固まってしまうし、体が竦んで動けなくなりそうだけど――このままなんて、絶対に嫌だ。
「そう……だね」
呟くように言って、は少し震えている手を、祈るように組んだ。
「うん、聞く。……聞いてみる。勇気出すよ」
自分に言い聞かせるように、は呟いた。
そんなの身体を、は安心させるように両手でぎゅっと抱きしめる。
「頑張って、」
そう言ってくれた親友の腕に収まりながら、はもう一度、深く頷いた。
「ありがとう、。……頑張るね」
「ん、頑張れ」
親友は、そう言うとを抱きしめていた手にもう一度柔らかな力をこめる。
そんな彼女の腕がとても優しくてあたたかくて、は思わずまた泣きそうになった。
◇◇◇◇◇
話を終え、が落ち着いたところで、二人は教室に戻ろうと立ち上がって校舎の方に足を向けた。
しかしその途中で、は足を止める。
「、ごめん。用事思い出した。ちょっと行ってくるから、先に教室戻っといて」
「どうしたの、付き合おうか?」
「ううん、大丈夫! ごめんね、行って来る!」
は、そう言いながらを残して走って行ってしまった。
後に残されたは、そんな親友の背中を少々呆気にとられた表情で見つめていた。
しばらく走り、やがては人気のないトイレに駆け込んだ。
そしておもむろに携帯電話を取り出し、切原の番号を呼び出して、そのまま発信ボタンを押す。
数回のコールの後、電話の向こうから「はいもしもし」と彼特有の明るい声が響いた。
は待ちきれないとばかりに、息せき切って話し始める。
「もしもし、赤也君? だけど」
『おう、か。どーだった?』
「うん、なんとか話は出来た。後はの行動力を信じるだけ……かな」
はそう言って、苦笑を漏らす。
『、副部長と話してみるって?』
「うん。頑張ってみるって言ってた。あの様子なら、多分大丈夫だとは思うんだけど。……柳先輩のほうは、話できたかな?」
『どうだろうな。まだ連絡は入ってねえけど、柳先輩なら多分上手くやってくれると思うぜ」
「だといいんだけど……。とにかくもう、ちゃんと話さえできれば大丈夫だと思うんだ。だってから話を聞く限り、真田先輩どう考えてものこと好きだとしか思えないんだもん」
は、先ほどから聞いたばかりの、きっかけになったその日の話を思い出す。
二人きりでクレープ。しかもそれを一口だけもらって美味しいと返す。あまつさえガラス展でイヤリングのプレゼント。
特に好きでもないただの部活の後輩に、ここまで出来るものなのだろうか。
「でも、それならあんなにが傷つくほど避けるのもよく分からないから、には下手なことは言えなかったんだけど……」
『……うーん、まあ、副部長ちょっとフツーじゃねえとこあるからなあ……。ま、とりあえず、俺柳先輩にの方は話できたってメールしとくわ。、ほんとにお疲れさん』
電話の向こうの切原は、そう言って笑った。
そんな彼に、は電話口で頷く。
「うん、ありがとう、赤也君。じゃあね」
は携帯電話を耳から離し、指先で停止ボタンを押した。
そのまま、切ったばかりの携帯の上部を口元に当てる。
(これで、全部上手くいくといいんだけどな)
そんなことを思いながら、は大きく息を吐いた。