受け取ったイヤリングをとても大切そうに鞄に仕舞うと、は代わりにハンカチを取り出してごしごしと目を擦り、目に浮かんだ涙の粒を拭い払った。
涙のせいか、泣いてしまったことを恥ずかしく思ったからかはわからないが、彼女の顔は、目に見えてはっきり分かるほど赤く染まっている。
「ご、ごめんなさい、先輩。泣くつもりはなかったんですけど……ついなんか目が潤んじゃって」
「い、いや……」
そう言って、真田は何かをごまかすように咳払いをすると、視線を逸らして言葉を続けた。
「そういえば、そろそろ包装も終わっているだろう。――行くか」
「あ、はい、そうですね!」
彼女は、そう言ってまだほんのり赤い顔のまま頬を緩ませる。
しかし、真田は何故かその顔を直視することが出来ないまま、出口へと足を向けたのだった。
◇◇◇◇◇
催し物会場から出て、二人はすぐ隣にある、先ほどの本屋の入り口近くまで戻った。
「先輩、私レジに行ってきますね」
「ああ」
真田が頷くと、彼女は早足でレジへと向かう。
走らないように気をつけながらも、普通の歩みよりはやや速いペースで歩いていく。
そんな彼女の小さな背中をじっと目で追いながら、真田は先ほどのことを思い出していた。
先ほど目を潤ませながら微笑んだ彼女を見た瞬間、自分の中で何かが弾けた――あの時からずっと、心臓はものすごい勢いで脈動しているし、身体も妙に熱い。
そして、自分にそんな影響を与えているのが間違いなく彼女であることに、真田はもう気付いていた。
しかし、どうして彼女からそんな影響を受けるのかは、まだ解らないままだ。
自分で自分が解らないなんて、一体どうしてしまったのだろう。
(俺は一体、どうしてしまったんだ)
真田がそんなことを思い、思わず自分の掌を見つめた、その時。
「真田君!?」
背後から、とても明るい声がした。
いきなり名前を呼ばれたことに驚きながら、真田は慌てて声のした方に顔を向ける。
すると、視界に飛び込んできたのは――オレンジ色の髪。
「あ、やっぱ真田君だ」
そう言って、オレンジ色の髪の主は片手を振って陽気な笑顔を見せた。
その顔には確かに見覚えがあったが、考え事をしていたところに唐突に話し掛けられたので一瞬何も考えられなくなり、真田は言葉を失う。
無言でただ目を瞬かせる真田に、彼は苦笑しながら口を開いた。
「あ、もしかして真田君、俺のこと忘れちゃってる?」
「い、いや……すまない、千石。勿論覚えている」
そう、彼は千石――千石清純。
昨年度のジュニア選抜の際、真田と同じ選抜メンバーに選ばれていた、東京の山吹中の生徒だった。
「少し考え事をしていてな、咄嗟に名前が出なかっただけだ。すまなかった」
真田は、そう言うと視線を落として小さく咳払いをし、呼吸を整えた。
そして、もう一度真っ直ぐ千石を見据える。
「久しぶりだな、千石」
「うん、ジュニア選抜以来だね」
「神奈川こんなところで何をやっているんだ。お前確か、東京に住んでいたはずだろう」
「練習試合の帰りなんだよ。……あ、どことやったのかは企業秘密ね」
冗談めかして言うと、彼は続ける。
「試合結構早く終わったから、せっかくだし神奈川こっちの可愛い女の子と仲良くなれたらなって思ってさ。皆は先に帰っちゃったけど、俺一人だけ残ったんだ。でもまさか、真田君に会うとは思わなかったなあ」
そう言って、彼はまた陽気に笑った。
しかしそれとは対照的に、真田は呆れたように溜息をつく。
「相変わらずだな、千石」
「はは、そう? 真田君も相変わらず堅そうだね」
そんなことを言うと、千石は片手をひさしのようにして額に当て、きょろきょろと辺りを観察し始めた。
きっと「可愛い女の子」とやらを探しているのだろう。
ジュニア選抜の時も彼のこういう姿を何度か見ていたので、本当に相変わらずな奴だと思いながら、真田はふうと息を吐いた。
「お、あの子なかなかいいじゃん! デートに誘ってみようかなあ〜」
彼の明るい声が、ひときわ明るくなった。
何事かと思いながら、彼の視線の先を見る。
その瞬間目に飛び込んできたのは、人の列――少し向こうに並んでいる、レジ待ちの人の列だ。
その列の中には、先ほどまで側にいたの姿もあった。
(受け取るだけにしてはいやに時間が掛かっていると思ったら、あいつ、わざわざちゃんと並んでいるのか)
包装した品を受け取るだけなのだから、他のスタッフを探すか、タイミングを見つけてレジの横から声を掛け、渡してもらうだけでいいだろうに。
会計待ちのあの長い列にちゃんと並んでしまっている彼女がなんだかとても彼女らしくて、呆れるよりもむしろ微笑ましく思い、くすりと笑う。
(……要領が悪いというか、馬鹿正直というか)
そう思った次の瞬間、真田ははっとして隣にいる千石に目をやった。
彼は、楽しそうに笑いながらの並んでいる列を見つめている。
(まさか、千石の言ったあの子というのは……のことではないだろうな)
レジ待ちの列には、勿論彼女以外の女性もいる。
だから、千石が目をつけたのは彼女ではないかもしれない。
けれど、もしそうだったら――そう思った瞬間、真田の眉間に皺が寄った。
なにやらものすごく不快な気がして、真田は思わず口を開く。
「千石、お前」
そう言いかけた、その時。
レジ列にいたが、ふとこちらを向いた。
真田が思わずどきりとして言いかけていた言葉を止め、瞬きをすると、彼女はにっこり笑い、こちらに向かって軽く手を振った。
彼女のそんな仕草に心臓がまた動きを早め、顔も少々熱くなったが、真田は咳払いをしてふっと笑い、彼女に手を振り返す。
――すると。
「あれ、あの子もしかして真田君の知り合い?」
そんな声が聞こえて、真田ははっと隣にいる千石に目をやる。
ほんの一瞬、千石のことが頭から抜け落ちていたが、そういえば今彼に尋ねようとしていたところだったのだ。
「あの子というのは、今手を振ったあいつのことか」
「うん、そうそう」
千石が頷く。
やはり彼女のことだったのかと思いながら、真田は千石に言葉を返した。
「ああ、あいつは俺の連れだが」
「なーんだ、残念。あの子、真田君のカノジョだったのか」
千石が、少し残念そうにそんな言葉を発した瞬間――真田の挙動が止まった。
カノジョ。かのじょ。彼女。その言葉の意味するところは、「herかのじょ」ではなく――「Loverこいびと」。
顔がかあっと熱くなり、火を噴いたようになった。
真田は慌てて目を見開き、声を荒げる。
「な……何を馬鹿なことを……!!」
「あはは、安心してよ。俺、人のカノジョに手をだすような真似はしないからさ」
両手を頭の後ろで組みながら、千石は誤解したままあっけらかんと言い放つ。
その言葉は、真田の顔を更に熱くさせた。
「そう言う意味ではない、根本的に間違っていると言っているんだ!」
「へ? 根本的?」
意味が分からなさそうに、千石は目を瞬かせる。
「あいつはうちのマネージャーで、今日は部の用事で二人で買出しに出てきただけでだな……べ、別に俺とあいつはそのような関係では……」
「あーそういうことか。メンゴ、カノジョじゃないんだね。なんか今の二人ものすごくいい雰囲気だったから、てっきりカノジョかと思っちゃった」
「だから違うと言っているだろう!」
そう言って、真田はふいっと顔を背けた。
そんな真田とは対照的に、千石は軽い調子で「そっかそっか」と笑って頷く。
そして。
「ねえねえ、真田君。じゃあさ、あの子他に彼氏とかいる? もしいないんだったら、デート、誘ってみちゃおっかな」
(彼氏――? に、恋人……だと?)
オレンジの髪を揺らしながら、千石が明るい調子で言ったその言葉は、真田の心に大きな揺さぶりを掛けた。
思わず、真田は呟くように問い返す。
「……あいつに、恋人なんているのか?」
「ええ? ちょっとちょっと、俺が知ってるわけないじゃないか」
「初対面だよ?」と付け加えて、千石が苦笑する。
しかしその声は真田には聞こえていないようだ。
真田は沈黙すると、何かをじっと考え込み始めた。
彼女にそういう存在がいるかどうかなんて、考えたこともなかった。
恋人がいるという話は聞いたことがないが、いないという話も聞いたことがない。
(い、いやしかし、もし恋人がいるのだとしたら、一度くらいはそいつと話したり一緒に歩いたりしている姿を見てもいいはずだ。あいつは登下校もや赤也と――)
――赤也。
はたと真田の表情が止まった。
そういえば、彼女は切原ととても仲がいい。
二人はクラスも一緒でとてもよく話しているし、下校だってほぼいつも一緒だ。
それにそもそも、彼女がマネージャーになったのは切原からの誘いがきっかけだった。あの二人がそういう間柄だったとしても、不思議ではないかもしれない。
しかし、もし本当にそうだったとしたら、他の者からそういった噂を聞いてもいいはずだ。
そして何より、当の本人達からそんな話を一度も聞いたことがない――が、わざわざそんなことを宣言する必要は無いと思っている可能性も、無きにしも非ずかもしれない。
いつも気さくに、とても楽しそうに話して笑い合っているあの二人――なんだか、考えれば考えるほどありえるような気がして、動悸が激しくなった。
「真田君? どーしたの」
急に黙った真田を不思議に思ったのか、千石が首を傾げて真田の顔をそっと覗き込む。
しかし真田はそれに気付くこともなく、口元に手をそえて考えるような仕草をしながら、今度は何やらぶつぶつと呟き始めた。
「……い、いや、しかし……全くそんな話は……」
焦ったような表情を浮かべ、うわ言のように何やらぼそぼそ呟いている真田を、千石はじっと見つめていたが――やがて。
「あーそっか。真田君……そういうことかあ。あの子をデートに誘うのは諦めた方が良さそうだね、これは」
苦笑してそう呟くと、千石は真田の肩をぽんぽんと叩いた。
「真田君、真田君」
彼の声と手にハッとして、真田は意識を千石に向ける。
「あ、ああ、なんだ千石」
「あのさー、知らないんだったら、本人に聞いてみればいいんじゃない?」
「本人に? ……な、何をだ」
「だからさ、彼氏が今いるのかどうかだよ。真田君が聞けないなら、俺があの子に聞いたげようか? 真田君、そういうの苦手そうだもんね」
千石にそう言われ、真田は困ったように眉をひそめる。
彼女に恋人がいるかどうかなんて、知ったところでどうするのかと思わないでもない。しかし、知りたいと思う自分がいるのは、否定出来ない事実だ。
返事も出来ないまま、頭の中でいろいろな思いが回る。
すると、そんな真田を見ていた千石が、とても楽しそうに笑った。
「いやーそれにしても、真田君ってそういうことに無縁なのかと思ってたけど、そうでもないんだね」
「そういうこと?」
千石のその言葉の意味が解らなかった。
思わずおうむ返しに問うた真田に、千石は利き手の人差し指を立てながら、頷いて言った。
「うん、真田君でも、恋愛とか好きな女の子のこととかで、こんなに悩んだりするんだなって思ってさ」
恋愛?
好き?
俺が?
誰を?
――を?
千石の言葉の意味を理解した時、一瞬止まっていた真田の全ての器官が、一気に熱を持って動き出した。
真田の顔は、火を噴いたようにかあっと熱くなる。
「ち、違う!!」
思わず真田は声を荒げた。
その剣幕に、千石が驚いたように真田を見る。
「ちょっとちょっと真田君、声大きい!」
千石が止めて、真田はハッと口を抑える。
そして、真っ赤な顔で、振り絞るような声を出した。
「お、俺は別に……別にそんな……そんなつもりではなく……っ」
そう言いながらも、自分の心臓がどんどん速度を上げているのが解った。
そんな自分を振り切るかのように、真田は言葉を続ける。
「あいつはマネージャーで、いつもとても頑張ってくれるから、だから……どうしても、どうしても気になるだけで……決してそういうような相手では――」
――本当に、そうだろうか?
自分自身が言った言葉に対して、真田は思わず内心で自分に尋ね返した。
マネージャーとして頑張ってくれるから、気になる。
それは確かにその通りだ。
最初は、きつい仕事も嫌な顔ひとつせず、笑顔で頑張る彼女に好感を持った。
しかし、やがて時には自分を省みないほど頑張ってしまう彼女が心配になり、とても気になって。
気にして見るようになると、彼女はただの頑張り屋なだけではない事がわかった。
行動ひとつひとつがとても微笑ましくて、可愛くて、優しくて、あたたかくて――そういえば、いつしか目が離せなくなっていた。
彼女の個人的なことを知れば知るほど、もっと知りたいと思ったし、一緒にいればいるほど、もっといたい、話したい、構いたいと思った。
今日だって二人で出掛けられることになった時、なんとも思わなかったとは絶対に言えない。
むしろ嬉しいと思い、楽しみにしていたほどではなかったか。
そうだ――自分にとって彼女は、他の女子とは確実に違う。
「――俺は、のことが好き……なんだろうか」
真田は、誰に言うでもなくぽつりと呟いた。
そんな真田に、千石は苦笑する。
「うん、俺にはそう見えるけどなあ。はは、真田君もしかして自覚なしだったとか?」
「自覚がないというか……考えたことがなかった」
「だってさ、真田君。さっきあの子に彼氏がいるかどうか、すっごく気にしてたじゃん? 別になんとも思ってない子だったら、彼氏がいるかどうかなんて、どうでもいいよね」
千石の言葉が胸に突き刺さる。
確かに、誰かの恋人の有無が気になったことなど、今まで一度もなかった。
黙り込む真田を横目に、千石は笑顔で言葉を続ける。
「真田君、あの子と一緒にいて、意味もなくドキドキしたりしたことない? 他の男と話してたら、嫌な気分になったりとかさ。あと、なんだかつい目で追っかけちゃったりとか、用もないのに一緒にいたいなーとか思っちゃったりとか……そーいうの、ちょっとでも思い当たりない?」
(思い当たりがあり過ぎる……)
そんなことを思いながら、真田は熱を持った額に手をやった。
しかも、今日一日の間に限っても、今千石が挙げてくれた事例は全て経験しているような気がする。
ショップ店員と話していた時のあのモヤモヤ。最初の用事が済んでもう別れることになりそうな時に感じたあの空虚な気持ち。クレープを食べたりガラス展ではしゃいだり拗ねたりする彼女を見ていた時のあの何とも言えない幸福感。そして、イヤリングを受け取って泣きながら微笑んだ彼女に感じた、あの弾けた感覚。
ああ――そうか。全部理由がついてしまった。
そして、こんな風に思ってしまう相手は、彼女が――が初めてだ。
(……認めざるを得ん……か)
真田は額を抑えたまま、頭を垂れた。
――その時だった。
「先輩、お待たせしました! すみません、レジめっちゃ混んでて……」
可愛らしい声が聞こえて、はっと真田は顔を上げる。
微笑む彼女の姿が目に入ると、思いっきり心臓が跳ねた。
思わず、真田は視線を明後日の方向に逸らしながら、なんとか「ああ」と頷いて返事をする。
(……まずい)
気持ちを自覚してしまった今の今で、どうしても彼女をまっすぐ見ることが出来ない自分に気付く。
顔も赤くなっているような気がするし、動悸も激しい。
頼むからそんな自分の変化に気付いてくれるなと、心の中でひたすら繰り返しながら、真田は手で顔を軽く覆った。
そうしていると、隣にいた千石が、そんな自分を見て笑みを浮かべた。
照れてしまってどうしたらいいか分からない状態の自分を笑われたような気がして、真田はむっとしながら千石を睨む。
「真田先輩、お知り合いですか?」
真田と千石のやりとりを見ていたが、不思議そうに言った。
「あ……ああ、まあな」
視線を逸らしたまま頷く真田。
千石はそんな真田を見て笑みを漏らしながら、の前に歩み出る。
そして少し背をかがめ、の顔に視線を合わせてから、自己紹介を始めた。
「初めまして。俺、東京の山吹中の千石清純。真田君とは、去年のジュニア選抜で一緒になったんだ」
「あ、そうなんですか。初めまして。私、立海テニス部のマネージャーの、です。よろしくお願いします」
そう言って、笑顔ではぺこりと頭を下げる。
「ジュニア選抜で真田先輩と一緒になったってことは、千石さんもテニスをやられてるんですか?」
「うん、こう見えてもなかなか強いよ。実は今も、ある中学と練習試合しに来た帰りなんだけどね。強過ぎて、あっという間に終わっちゃったんだから」
そう言って、千石は悪戯っぽく笑う。その言葉を聞いて、もふふっと笑った。
「それにしても、立海には可愛いマネージャーがいるんだね。いいなあ」
千石の口から唐突に飛び出した「可愛い」という言葉に、が頬を染める。
「せ、千石さんって口が上手いんですね。……お世辞をどうもありがとうございます」
そう言って、少し恥ずかしそうにする。
そんな彼女に「いやいや」と笑い返しながら、千石はちらりと隣にいる真田を見つめた。
真田は二人のやりとりを横目で見ていたようだったが、千石と目が合うとまたそっぽを向いてしまった。
口は挟んでこないが、いい気分ではなさそうなことが雰囲気で伝わってきて、千石は苦笑する。
そして、もう一度と向かい合った。
「いやーでもキミほんとかわいいと思うよ。彼氏、いるでしょ?」
千石がそう言った瞬間、が目を見開いて驚いたような表情をする。
同時に、真田も沈黙を守りつづけたままではあったが、すごい勢いで首をこちらへと向けた。
しかし、はそんな真田に気付くことなく、その顔をほんのりと染めながら、慌てて口を開く。
「え、ええ!? なんですかいきなり」
「はは、反応も可愛いね。絶対いるでしょ」
「い、いないですよ!」
が、叫ぶように言った。
「本当に?」
「嘘ついてどうするんですか。いないったらいないですよ……ていうか、私たち初対面なのにそんなこと聞いてどうするんですか」
照れながら、彼女が口を尖らせる。
「いやー、可愛い子に彼氏がいるかどうかっていうのは、男としてはなんか気になっちゃうもんなんだよね。ね、真田君」
そう言って笑うと、千石はちらりと真田を見た。
「お、お前だけだろう! たわけ!」
自分に振るなと言わんばかりに、慌てて真田がぎろりと千石を睨みつける。
千石は彼に満面の笑みで笑いかけたが、真田は少し頬を染めたまま、また視線を外した。
そんな彼を見て、千石は「そっかな」と言いながら、またくすりと笑う。
そして。
「……じゃ、俺はそろそろ行くかな」
そう言って、千石は背筋を伸ばすように大きく伸びをすると、真田に向かって言葉を続けた。
「あ、そうそう、ウチも関東大会出場、決まったんだ。もし当たったら、お手柔らかに頼むね、真田君」
「あ、ああ。千石、本当に行くのか」
少し慌てたような声で、真田が言う。
気持ちを自覚した直後で、気持ちが全く落ち着いていない。
こんな精神状態で彼女と二人っきりになるのは、なんだかとても怖い気がした。
しかし、そんな真田を見透かすようにくすりと笑い、千石は言う。
「うん、行くよ。じゃ、またね、真田君」
「さようなら、千石さん!」
「うん、バイバイ、さん。真田君も、いろいろと頑張ってね〜!」
意味深にそう言うと、千石は笑顔で去って行った。