その後も、二人はいろいろな展示物を見て回った。
オブジェやランプ、皿やコップなどの生活雑貨。アクセサリーなどもあった。
しかし真田にとっては、会場に飾ってあるたくさんの展示物より、隣にいる彼女の楽しそうな表情の方がよほど印象的ではあったのだが。
――そして。やがて出口が近づいてきて、二人は足を止める。
「あ、もう出口ですね」
「そのようだ。思ったよりも楽しめたな」
真田の言葉に、も嬉しそうに頷く。
「はい、無料チケットだったのに、いいのかなってくらい楽しんじゃいましたよ」
そう言って笑った彼女の目が、その瞬間何かに惹かれて止まった。
それに気付いた真田は、彼女に声を掛ける。
「どうした?」
「あの、ちょっとだけ見てもいいですか?」
そう言って彼女が指差した先を、真田も目で追う。そこには、手軽な記念品や、お土産物を扱っているコーナーがあった。
「ああ」と真田が頷くと、彼女は「ありがとうございます」と笑って、お土産物のコーナーへと入って行く。
その後を追って真田もゆっくりと中に入ると、既に何かに興味を惹かれ、手にとって眺めている彼女の姿が目に入ってきた。
「、何かいいものでもあったのか?」
声を掛けながら、の側に寄る。
彼女は、目を輝かせながら、自分の手の中にあるものをじっと見つめていた。
「はい、これ、可愛いなって思って」
彼女は、その掌にある物を真田に見せる。
それは、ガラスで出来た花の髪留めだった。
「ガラスの花か。綺麗だな」
「でしょう? おそろいのイヤリングもあるんですよ、ほら」
そう言って、彼女は台の上に並べられているアクセサリーの中から、もう一つ手にとって真田に見せた。
彼女が既に手にしていた髪留めと同じ花のモチーフを、そのまま小さくしたようなイヤリング。
それらを見つめながら、表情を緩めて彼女が呟く。
「可愛い。欲しいなぁ……」
真田には、そのアクセサリーたちが可愛いかどうかなんていうのは、正直ピンとこなかった。
けれど、そのアクセサリーを見つめて目を輝かせている彼女の姿を見ていると、なんだか妙に胸が高鳴ってしまう。
その感情をごまかすように、真田は大きく咳払いをした。
「……二つとも買うのか?」
真田が尋ねると、が苦笑しながら口を開く。
「そうですね、欲しいですけど……さっきクレープも食べたし、柳先輩のプレゼントも買ったし、正直あんまりお金が無くて。髪留めかイヤリングか、どっちかだけにしとこうかな」
そう言って、彼女はその二つを見比べながら、じっと黙り込んだ。
真田はその様子を見守りながら、つい、脳裏でその花の髪留めとイヤリングをつけて優しく微笑む彼女を想像する。
一瞬似合いそうだと思ったものの、次の瞬間、かあっと顔が熱くなった。
(俺は一体、何を考えているんだ?)
そんなことを想像してしまった自分に恥ずかしくなって、真田は思わずこめかみを抑える。
――その時。
「うん、やっぱり髪留めのほうにしようかな」
そんな彼女の声が聞こえて、真田ははっと顔を上げた。
「やっぱり、イヤリングと髪留めじゃ、髪留めのほうが着ける機会多そうですし。って言っても、学校や部活に着けてくわけにはいかないし、今はどっちでも余り変わらないかもしれないですけどね」
彼女は、そう言いながら苦笑してイヤリングを売り場に戻す。
「じゃあ、これ買ってきます」
残った髪留めを大切そうに手にしながら、彼女はそのまま会計カウンターへと歩いて行った。
真田は、側を離れていった彼女の背中を目で追っていたが、ふと彼女が残していったイヤリングが気になって、目の前の売り場に視線を落とす。
(こちらは買わないのか……)
そう思うと、真田は何故だかとても勿体ないような気がしてしまった。
ガラスで出来た、綺麗な花のイヤリング――彼女にとても似合いそうな気がするのに。
勿論、あの髪留めだけでも彼女には充分だろうけれど、この揃いのイヤリングも合わせて着ければ、きっと、もっと――。
考えれば考えるほど、彼女がこの二つを揃いでつけている姿を見たいと思った。
しかし、彼女の財布の事情もあるだろうし、無理に薦めるわけにも行かない。
――ならば。
(もし――もしも、だ。もし、俺があいつにこれをやったら――)
そう考えた瞬間、真田の心臓がどくんと鳴った。
もし、今これを買って彼女に渡したら、彼女はどんな顔をするだろうか。
驚くだろうか。
喜んでくれるだろうか。
いつもプレゼントを渡す側の彼女が、反対に貰う側になった時、一体どんな表情を見せてくれるのだろう。
見たいと思った。
自分のあげたものを手に、喜ぶ彼女を。
そして、それを着けて微笑む彼女を。
彼女が売り場に戻したイヤリングをそっと手に取り、その値札を確認してみる。
これくらいの値段なら、今の手持ちでも充分買える範囲だ。決して負担になるほどの金額でもない。
それに、そういえば彼女から貰った誕生日のプレゼントの礼をしていない。
それを名目にすれば、彼女へ贈る理由も出来るだろうか。
(そうだ、これは以前あいつに貰った誕生日プレゼントの礼だと思えばいい)
真田は、まるで自分自身に言い聞かせるようにそんなことを思いながら、心の中で「よし」と頷く。
そして、イヤリングと自分の財布をぎゅっと握り締めて、レジの方へと向かった。
その途中で、レジを終えた彼女が向こうからやってくるのに気がつき、真田は咄嗟にイヤリングを彼女の視界に映らないよう、自分の手の中に隠す。
「あれ、先輩も何か買うんですか?」
「……ああ、ちょっとな」
軽く頷いて、真田は視線を逸らす。
何故か彼女の顔を見るのがとても気恥ずかしい。
それをごまかすように、真田は視線を逸らしたまま、大きな咳払いをする。
「すまない、すぐに買ってくるので、少し待っていてくれるか」
「あ、はい、分かりました! そこで待ってますね」
彼女が明るく頷く声を背に、真田はの顔を見ないまま、レジへと急いだ。
◇◇◇◇◇
レジで会計を済ませ、小さな袋に入れられたイヤリングを受け取ると、真田の胸は更に高鳴った。
これを今から彼女に渡すのだと思うと、何故か意味もなく心臓が速度を上げ、身体が強張っていく。
こんなに緊張しているのはいつぶりだろう。立海に入学した時の試験でも、名のあるテニスの大会でも、こんな風に緊張などしなかったのに。
それが、彼女に小さな贈り物を渡すというただそれだけの出来事で、こんなに激しく緊張してしまうなんて――まるで、自分が自分でないみたいだ。
そんな風に思いながらも、とりあえず真田は彼女のもとへ戻ろうと踵を返す。
――大したことではない。この間の誕生日の礼に貰ってくれとでも軽く言って、差し出せばいいだけだ。
そう自分に言い聞かせて、どくどく鳴る胸を、熱い体を、ひたすら息を吸って落ち着かせようと試みながら、真田はのいる先ほどの売り場へと歩みを進める。
彼女は、先ほどのアクセサリー売り場の前に居た。何かを探すように、一生懸命売り場の品物をかき分けている。もしかして、このイヤリングを探しているのだろうか。
そう思うと、落ち着けようと頑張っている心臓が、またどんどん高鳴りを増していく。
「……待たせたな」
ドキドキしながら、真田はに声を掛けた。
すると、彼女は手を止めて、その顔を真田に向ける。
「あ、先輩。おかえりなさい」
そう言って笑うと、はまた売り場をかき分け始めた。
「どうかしたのか?」
真田の問い掛けに、は苦笑しながら口を開く。
「さっきのイヤリング、やっぱりもう一回見たくなって……買えないのに、未練がましいとは思うんですけどね」
やはり、彼女はこのイヤリングを探しているのだ。
今、それがこの手にあると知ったら、彼女はどんな顔をするだろう。
「でも、見当たらないんですよ。私、どこに置いちゃったんだろう……この辺りに返したはずなんだけどなあ……」
そう言いながら、は尚も売り場を探っている。
探しても、あるわけがない。だって、それは今、この手の中にあるのだから。
(――渡さねば)
心臓が痛いほどに高鳴っている。しかしそれを落ち着かせるまで待っている余裕はない。
真田は覚悟を決めて、握っていた小袋を無言で彼女の前に差し出した。
瞬間、の視線が止まる。
彼女は、目をぱちくりと瞬かせて、真田の手をじっと見つめた。きっと何がなんだか分からないのだろう、彼女は不思議そうに真田の手に視線を注いでいる。
一体何をしているんだろう。
これが何なのか説明をしなければ、ただ差し出されただけでは彼女に分かるわけがない。真田は、振り絞るように声を出した。
「……その、だな。お前が探しているのは、多分これだと思うのだが」
そう言って、咳払いをする。
するとは、目を瞬かせながら、意外そうな表情で真田を見上げた。
「え、先輩が今買ったのって、さっきの……あのイヤリングですか?」
「あ……ああ」
「……あ、じゃあないはずですよね」
彼女はそう呟くと、無言で視線を落とした。
途端に沈黙が二人の間を流れる。
先ほど用意していたはずの言葉を言わねばと思うのに、真田は思ったように口が動かなかった。
そして、ややあってから、彼女がふっと顔を上げた。
「先輩、それ、プレゼント……とか、ですか?」
彼女の言葉に、真田の胸が跳ねた。再度「ああ」と小さな声で頷いて、彼女から視線を逸らす。
――しかし。
「……先輩、それ、すごく可愛いですから。きっと、相手の人、喜んでくれると思いますよ」
「ん?」
彼女の言っている意味が分からず、真田は思わず声を漏らして、を見る。
目に映った彼女は不自然なくらいに笑いながら、続けた。
「そっかあ、先輩ってこういうの渡すような人がいたんですねー! 全然知らなかったです!」
そう言って、または大袈裟に笑う。
その言葉で、彼女が何か勘違いしているのだと悟った真田は、慌てて声を上げた。
「ち、違う、違うぞ! これは」
咄嗟に真田が上げた声に、がふっと顔を上げる。
「え?」
「これは、お前に――」
そう言った瞬間、真田は自分の顔が一気にかあっと熱くなるのを感じた。
「お、お前にだな」
そこでまた、言葉は途切れた。
それ以上言葉が続かなくて、真田はまた大きな咳払いをする。
彼女は、何が起こったのか分からないような顔で、目を見開いて全ての動きを止めていた。
しかし、ややあってから、彼女は震える声で言葉を紡ぎ始める。
「……あ、あの、私って……これ、私……に、ですか? で、でも……」
彼女の驚愕と困惑の感情が、その声から伝わってくる。
真田の心臓が、また動きを早めた。
「あ、ああ。その、あれだ。前にお前からタオルと、ほら、ス、ストラップを貰っただろう。その礼だ」
妙に早口になりながら、真田は言い訳するように言う。
「え、でもあれは先輩のお誕生日だったから……。誕生日のプレゼントに対して、こんな立派なお返しを貰ったら、きりが無くなっちゃいませんか……?」
そのの言葉に、真田は返答できずに押し黙る。
「あの時の礼」と言えばプレゼントを渡す理由になるだろうと思っていた分、彼女の予想外の返答に頭が真っ白になった。確かに誕生日のプレゼントに対して更に立派なお返しをするなど、きりが無いかもしれない。
しかしそう言われても、これはどうしても彼女に貰ってもらいたいのだ。
もっと、何かもっともらしい言い訳はないだろうかと思い、真田は混乱しながらもなんとかあれこれ思い巡らせる。
そして、思いついた言葉を口にした。
「そ、そうだ。それにだな、お前はマネージャーとして、とてもよく頑張ってくれているからな」
「え……」
「お前のおかげで、最近は、その、いろいろと助けられていることも多い。だから、だな。ふ、副部長として、お前に……謝礼というか……だな……」
「……先輩……」
震えるような声で言って、彼女は胸の前でぎゅっと掌を握り締めた。
「……本当に、私が、貰っていいんですか?」
「――ああ。むしろお前に渡せなければ、困る。俺には女物のイヤリングを渡すような相手などいないからな。姉妹もいないし、母に渡すようなデザインでもないだろう」
そう言いながら、真田は視線を逸らして軽く頬を掻く。
そして、もう彼女が納得してくれればなんでもいいと思いながら、真田はその顔を見られないまま次々に言葉を吐いた。
「さっきお前が買ったのとせっかく揃いなのだから、揃いで持っていればいいだろう。それに、腐るものでもないのだから、着ける機会がないと言わずに、そんな機会が出来るまで置いておけ。大会が終われば、部活休みも少しは増える。きっとそのうち、それを着けて出掛ける機会もあるだろう」
それ以上は、もう言葉が見つからなかった。とうとう言葉を無くして、真田は押し黙る。しかし、先ほどから彼女から何の言葉も返ってこないことに気付いて、ふと真田は顔を上げた。
――その瞬間、真田の心臓が止まった。
目の前の彼女が、今にも大粒の涙を零しそうなほど、目を潤ませていたのだ。
「……!?」
混乱で頭が働かない。
どうして、彼女は今泣きそうになっているのだろう。
プレゼントを喜んでもらうどころか、何かおかしなことを言って彼女を傷つけてしまったのだろうか。
――ただ、彼女に笑って欲しかっただけなのに。
「ど、どうした、俺は何かまずいことを言ったか」
慌てて、真田は彼女に声を掛ける。
しかし彼女は、無言で首を横に振った。
「ご、ごめんなさ……ちが……」
涙声で、彼女が一生懸命言葉を紡ごうとする。
そんな彼女をどうすればいいか分からなくて、真田は困ったように眉根を寄せた。
「な、ならば、なんで泣くんだ。そんなにこれは要らないのか」
その言葉に、はまた一生懸命首を横に振る。
「……違うんです。逆、です……」
「ぎゃ……く?」
「わたし、いまの先輩の言葉が……すっごく嬉しくて……」
そう言った途端、とうとう彼女の目から涙が落ちた。
「先輩、私のこと、マネージャーとして本当にちゃんと認めてくれてるんだって……そう思ったら、あの、すごくすごく嬉しくて……そしたらなんか急に……」
言葉はそこで途切れたが、彼女は涙を振りきるように、目を擦る。
そして。
真っ赤なままの目で、やっと――そっと、笑った。
「ごめんなさい、先輩。それ、戴きます」
彼女はそう言うと、真田の手にある小さな袋に触れた。
真田が無言で手を離すと、彼女はほんのりと頬を染めながら、その袋をとても大切そうに、抱きしめるように胸に当てる。
「先輩、嬉しいです。これ、本当に嬉しいです。一生大切にします……」
そう言って、彼女がめいいっぱいの笑顔を見せた、その瞬間。
真田の中で、何かが生まれ――そして弾けた。