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14:思いがけない1日 2

「とにかく、弦一郎も呼んで相談をしよう。部長代理である、あいつの意見も聞かなければな」
「は、はい、呼んで来ます!」

頷いて、は一目散にコートにいる真田を呼びに行く。
から話を聞き、何事かとやってきた真田は、柳から更に詳しいいきさつを聞いて苦々しい表情を浮かべた。

「……またか。前にも一度このようなことがあったな」
「ああ、しかし前はすぐに足りない分を送ってもらったが、今回はそれが出来ないらしい。……どうする? 弦一郎」
「もちそうにないか?」
「分からん。微妙なラインだな。向こうは届くまでに最長で二週間とは言ったが、早ければ一週間くらいで届く可能性もあるそうだ。本当に一週間で届くのならまあ間に合うだろうが、事態は常に最悪を考えるべきだからな」
「……そうだな」

真田と柳が難しい顔で話を続ける。その会話を、は側で黙って聞いていた。
皆の練習に支障が出るのは嫌だとは思うものの、経験の浅い自分には何の解決策も思いつかない。
自分のミスではないにしろ、皆の練習のサポートをするのがマネージャーのはずなのに、何も思いつかない自分が歯がゆくて情けなかった。

「ともかく、考えられる対応策は二つだ。二週間後に来ると仮定して、ボールの使用をある程度セーブした練習メニューを組みなおすか、緊急措置としてもうどこか他の店から追加で購入してしまうかだ」
「ふむ」

真田が頷くと、更に柳は言葉を続けた。

「前者は練習メニューを今から組みなおす必要がある上に、この時期にボールの使用をセーブした練習メニューは、練習効率のことを考えても良いとは言えないだろう。どちらかというと俺は後者の方がいいとは思うが、一時的にとはいえ備品の仕入先を増やすことになるので、事務処理は少々増えるな。それに、先ほどのショップの不足追加分をキャンセルしていないので、新たに別店舗に発注を掛ければ注文が重なることになる。予算も計算し直さなければならないだろう」
「ふむ、予算の問題もあるか」

そう言って、真田は深い溜息をつきながら腕を組んだ。
は、そんな二人の会話にただ耳を傾ける。
頭の中で自分なりにどうしたらいいのか考えてはみるものの、やはり二人の会話に口を挟むことはとても出来ない。
やはり、自分は経験が浅いのだ。
今の部の予算がどれほどで、ボールを追加購入することによってどれくらい予算が圧迫されるのかとか、どんな事務処理が増えることになるのだろうとか、全く分からない。
ボールの残数に気兼ねして、気持ちよく練習出来ない皆を見るのは嫌だなとは思うけれど、これはただの自分の感情論でしかないだろう。双方のメリットやデメリットまで深く考えて、最良の方法を選ぼうとしている彼らには、とても言えそうにない。
経験が浅いのだから仕方ないとは思うものの、こういう場面で何も言えない自分に情けなさがつのる。

「……しかし、蓮二。やはり今から練習メニューを組み直すことを考えれば、俺は素直に追加購入してしまった方がいい気がするぞ。予算の再計算は少し面倒だが、数字的な問題はないだろう。余ってはいないが、かと言って全く余裕がないわけでもないしな」
「そうだな。俺も同意見だ。……では足りなかった分だけ、どこかから購入してしまおう。予算に関しては、いつものショップがミスした分少し割り引いてくれると言っていたし、そのことも加味すれば大きな問題はないだろう」

真田と柳はそう言って頷き合う。
どうやら、話はまとまったようだ。
はっとは顔を上げた。

「では、次はどこで買うかだな」

真田が言うと、柳は少し考え込み、やがて思い出したように言った。

「そういえば、他の業者から送られて来たダイレクトメールが、書類ケースの下から二段目に入っていたはずだ。こんな事態になると思って置いておいたわけではないが、せっかくだから活用しよう」
「ケースの下から二段目ですね」

柳の言葉に、が反射的に動いた。
立派な意見なんて言えないのだから、こんな単純な作業の時くらい、自分に出来ることをしたいと思ったのだ。
はしゃがみこんでケースを開け、入っていたチラシ類を両手で取り出すと、それをテーブルの上に置いた。

「これで全部です」
「ありがとう、。……では一通り見てみるか」

真田がそう言うと、柳も頷いて、二人はチラシに目を通し始める。
そして、十分ほどが経過しただろうか。

「この辺りだな」

真田と柳が、二、三枚のチラシをテーブルの中央に置いた。
はそれを覗き込み、最終的に絞られたそれらを見比べる。

「……これは、値段で決めたんですか?」

誰ともなしに尋ねたに、真田が答えた。

「値段は勿論だが、在庫を豊富に持っていて、電話ですぐに在庫の確認が取れるところだ。せっかく申し込んでも、結局在庫確認やらに時間が掛かるようならば全く意味が無くなるからな」
「あ、そうですよね」

真田の言葉に、なるほどと思いながら、は頷く。
更に、それに付け加えるように柳が言った。

「料金が銀行先払い制のところばかりだが、これからすぐ在庫確認の電話をして週明け月曜日中に入金すれば、次の週末には届くだろう。今の練習メニューをそのまま予定通り行っても、ぎりぎり間に合うな」
「それでも、週末になっちゃうんですね」

不安そうに言い、は眉をひそめた。
そんなを見つめ、真田は優しく声を掛ける。

「まあ、それは仕方ないだろう。ぎりぎりかもしれんが、間に合うのだから良しとしよう」
「そうですね……」

真田の言葉に相槌を打ちながら、は一番上に乗っていたチラシを手に取り、何気なく覗き込む。
――すると。

「あ」

小さな声を発して、は思わずそのチラシに視線を近づけた。
このチラシの会社は、前に真田へのプレゼントを買った、あの店ではないだろうか。

(これ……駅前のあそこのお店だよね。あそこ、通販とかもやってるんだ。そういえば、大きい店だったもんね)

そんなことを思いながら、じっとチラシを見つめたその時。

「あ、そうだ!」

はあることを思いつき、再度声を上げた。
あの店なら直接行ける距離にあるのだから、直接行ってお金を払うことはできないだろうか。
もしそれが出来るなら、わざわざ月曜日まで待って銀行に行かなくてもいいし、何よりもっと早くに品も届くかもしれない。

「どうした、

声を掛けられて、ははっとする。
気がつけば、真田と柳がいきなり声を発した自分を不思議そうに見つめていた。

「いえ、あの……」

二人の視線が恥ずかしくて、一瞬は口籠もるが、すぐに気を取り直して顔を上げた。

「あの、私、このお店知ってるんですけど……」

そう言って、持っていたチラシを真田と柳に見せる。
真田は一歩の側に寄ると、彼女の手にあるそれを一瞥して、口を開いた。

「……ああ、これは駅前のあの店のチラシだな。俺も知っているが、どうした? この店がいいのか?」

真田の言葉に、は首を横に振る。

「いえ、そういうわけではないんですけど、ただ、ここならお金を直接払いに行けないかなって思ったんです」
「ああ、確かにこの店なら近場だし、行こうと思えば行けるだろうな。しかし、直接支払いに行っても、別に代金をサービスしてもらえるわけではないだろう?」
「でも、早く支払いを済ませれば、それだけ早く品物も送ってもらえないでしょうか?」

がそう言うと、今まで黙って話を聞いていた柳が、ふむと頷いて口を開いた。

「なるほど、そういうことか」

柳に続き、真田も感心したような声を上げる。

「確かに月曜日まで待って銀行で入金するよりは、若干早く届くかもしれんな。それは盲点だった」
「ですよね!」

二人が自分の意見を好意的にとらえてくれたことが嬉しくて、は笑う。

「弦一郎、どうだ? そこまで急がずともいい気はするが、数日と言えども早く届けばそれだけ安心も出来る。検討する価値はあると思うが」
「そうだな。とりあえず、直接払いに行ってもいいのかどうか、この店に確認を取ってみるか」
「よし、では俺が電話を掛けよう」

そう言って、柳がチラシを見ながら店に電話を掛け始めた。
は、いい返事がありますようにと祈るようにそれを見守る。
――そして、数分後。

「ああ、店に直接来てもらっても構わないそうだ」

電話を切るなり、柳が言った。

「在庫も大丈夫か?」

真田が問うと、柳は首を縦に振って言葉を続ける。

「ああ。品物は店の倉庫から送ることになるので品の持ち帰りは出来ないが、明日昼過ぎ頃までに店頭で支払いをすれば明日中に発送準備に入ってくれるそうだ。確かに週明けを待って銀行などで入金するよりも、数日は早く届くのではないかとも言っていたぞ」
「そうか、ならば直接払いに行った方がいいな。俺が明日にでも行って……」
「あ、私行きます!」

真田の言葉を遮るように言って、はぱっと手を上げた。
驚いた真田が、を見つめる。

「明日はせっかくの休みなんですから、先輩は家でゆっくりして下さい。私、行って来ますから」

そう言って、は笑った。
そんなを見つめ、真田は驚いた表情のまま目を瞬かせる。

「いや、しかしだな」
「私、ここ行ったことありますし。大丈夫です!」

元気よく言うとは対照的に、真田は少し心配そうに眉根を寄せて、呟くように言った。

「明日はお前にとって、テニス部に入ってから初めての休みだろう。せっかくの休日に、そんな無理をさせるのは……」
「無理なんかじゃないですよ」
「いや、やはりお前は家で休んでいろ。俺が行く」

の顔を見つめながら、真田は心配そうに首を振る。
その気遣いは嬉しかったが、マネージャーの自分などより、家でも練習に打ち込んでいる彼の方が確実に忙しいに違いない。
この役目は絶対に譲るわけにはいかないと、も必死で彼に言った。

「先輩こそ休んでいて下さい、どうせ休みでも家でテニスの練習されるんでしょう? 私は別にやることもないですし」
「しかし」
「私、行きますってば。大体、備品発注はマネージャーの仕事でしょう?」

先ほど、この問題の対処方法を真田と柳が相談していたとき、自分には何にも言えなかった。だからせめて、自分に出来そうなことは少しでも自分がやりたいのだ。

「品を自分で選んで来いって言われたら、まだ私じゃ出来ないですけど……今回はお金を払ってくるだけなんですよね。私、出来ますよ! させて下さい!」

そう言って、は笑った。
しかし、それでも尚、真田は納得がいかないようだ。

「しかし……」

渋るように呟く真田の隣で、先ほどからずっと無言の柳は、と真田を交互に見つめ何かを考えている。しかし、そんな柳のことには気付く様子もなく、と真田は行く行かないの言葉の応酬を続けた。

「いや、やはり俺が行く。やはりお前は休んでいろ。ただでさえ久々の休みなのに、明日を逃すともう試験が始まるまで休日はないからな」
「それは先輩も同じでしょう?」
「俺は慣れている」
「いえ、でも!」

――その時。
黙っていた柳が、くすりと笑って口を開いた。

「弦一郎、、ちょっといいか」

ふと聞こえてきた柳の声に、二人ははっとして彼の方を見る。

「あ、はい」
「何だ、蓮二」
「――俺は、明日は二人で行くべきではないかと思うんだが」

柳がそう言った途端、二人は揃って驚いたように目を見開いた。
全く同じ反応を返してきた二人をおかしく思ったのか、柳は再度、くすりと笑みを重ねる。

「二人で――ということは、俺とが一緒に、ということか?」

真田が確認するように尋ね返すと、頷いて柳は言葉を続ける。

「ああ。お前の心配は分からないでもないんだが、マネージャーの仕事だから自分でやりたいというの気持ちも分かるし、それにには俺達が引退した後もマネージャーを続けてもらわねばならないから、こういう事態の時にどう対処すればいいのか覚えてもらう為にも、なるべくにやってもらった方がいいと俺は思うんだ」

柳の言葉に、真田は少し眉間に皺を寄せながらも、ふむと頷く。

「しかし、今回はお金を払うだけとは言っても、やはり何があるか分からないからな。万が一のことを考えると、弦一郎がついて行った方が安心できるだろう。それに、領収書も貰った後、店の中ですぐ弦一郎に確認して貰いたい。領収書の形式が違うと、後々の処理がいろいろと面倒だからな。これはテニス部会計としてだけでなく、現生徒会書記としての俺の意見も含まれているが」

苦笑しながら、柳は言う。
は、そんな彼の言葉を驚きながら聞いていた。
柳の言うことは、なんとなく分かる気もする。だけど――二人でだなんて。
そんなことを思って妙にドキドキしていると、隣にいた真田が、そっとを見た。

「……ふむ、蓮二の言うことにも一理ある……か……?」

その言葉に、思わずも頷いて真田を見上げる。

「……あ、そ、そうですね……」

真田とは、無言で顔を見合わせた。
――そして。

「では、明日は……二人で行くか?」
「は……はい。……それじゃ、あの……よろしくお願いします」

なんだか妙に照れ臭い気分になりながら、は頭を下げる。
それに「ああ」と頷いて、真田も少し恥ずかしそうに、人差し指で軽く頬を掻いた。
そんな二人を嬉しそうに見つめながら、柳は笑う。

「明日はよろしく頼むぞ、二人とも。詳しい待ち合わせ時間は後で決めておけ。では、解決したところでそろそろ練習に戻るとしようか」
「あ、ああ、そうだな」
「あ、それじゃ私は今日届いた備品の整理がまだ途中なので、やってきます」

そう言うと、三人は一緒に部室を後にし、それぞれ練習や仕事に戻ったのだった。

◇◇◇◇◇

練習に戻った柳は、コートの端で小休止を取っている切原を見つけ、先ほどのいきさつを話した。

「――というわけだ。赤也、面白いことになると思わないか?」

そう言って、柳はにいっと笑う。
するとそれを聞いた途端、切原は面白そうにはしゃぎながら声を上げた。

「まじっすか! すげえ、それって二人で待ち合わせして出掛けるわけでしょ? それってなんかデートみたいじゃないっすか!」
「ああ。それにしても、二人で一緒に行く理由としては曖昧すぎて少々苦しいかとは思ったんだが、あの二人が単純で助かったよ」

先ほどのことを思い出し、あの理由なら自分は論破出来るななどと思いながら、柳は苦笑する。

「あはは、確かに副部長もも、結構単純っすよね」
「まあ、二人で行くということに、あの二人自身が内心とても魅力を感じたからでもあるだろうな。人間というものは複数の選択肢があった場合、理由をこじつけてでも自分が一番魅力的で好ましいと思える選択肢を選ぶものだ。弦一郎にしてもにしても、お互い二人きりで出掛けるということに強い興味や魅力を感じたからこそ、俺の口車に簡単に乗ってしまったのだろう」

もし真田にとって彼女がただのマネージャーの域を出ない存在であったならば、あの親友は絶対に首を縦に振らなかったに違いない。彼の性格上、自分一人で終わらせた方が早いし効率もいいと判断するだろうし、彼女に対しても貴重な機会だから休息を取れと強く主張して、絶対に譲らなかったはずだ。そしてそれは彼女も同じだろう。あの彼女なら、マネージャーの仕事だから一人でやると主張し続けそうなものだ。
そう、この選択肢を二人がすんなりと選んでしまったことが、もう「答え」なのだ。

「とにかく、明日は二人で頑張ってもらおう。そうだ、後で精市にも報告しておくか」

そう言うと、柳は楽しそうに笑みを浮かべた。

初稿:2007/05/21
改訂:2010/03/19
改訂:2024/10/24

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