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13:部長のお見舞い 5

「じゃあ、帰ろうか」
「はい!」

二人はそれぞれ二本ずつの飲み物を持ちながら、来た道を戻り始めた。
その帰り道がてら、幸村は先ほどの話題を繰り返す。

「ねえ、さん。さっきの話だけどね。皆は本当に君をマネージャーとして認めてると思うよ」
「そうなんでしょうか? ……勿論、そうだったらすごく嬉しいですけどね」

そう言って、は笑う。
どうやら彼女は、今の言葉がお世辞や社交辞令の類だと思っているらしい。
幸村は苦笑しながら言葉を続けた。

「信じられないかい? でも、うちの部で一番厳しいあの真田ですらキミのことを認めているんだから、他の皆だって認めてても不思議はないと思わない?」

幸村がその名前を出した瞬間――の表情が、再度ぴたりと止まった。

「真田先輩が……私を? 本当ですか?」
「うん、真田はキミを間違いなく認めているよ。ちゃんと根拠もある。聞きたい?」

幸村はじらすように問い掛ける。
すると彼女は僅かに目線を落としたが、やがて少し躊躇いを見せながらも、小さな声で「はい」と呟いた。
そんなをくすりと笑って見つめ、幸村は口を開いた。

「じゃ、教えてあげる。ちょっと、そこに座ろうか」

の返答を待たず、幸村はエレベーターホールの近くにあった長いすを指差し、それに腰掛けた。
続いてがその隣に腰を下ろしたのを確認してから、幸村は話を始めた。

さん、さっき言ってたよね。真田は優しいって。……その通りだと俺も思うよ。誤解されやすいけど、あいつは本当に優しい奴なんだ。入院中の俺に余計な心配や負担を掛けないようにって、部活で何かあったとしても、俺にはなかなか報告しないくらいだしね」

幸村は、「心配性過ぎるとは思うけどね」と付け加えて、軽く苦笑を浮かべる。

「例えば、今年度に入ってから、部員はどれくらい入ってどれくらい辞めたとか、マネージャー候補が何人入部してそれぞれどれくらい続いて、結局すぐ辞めたとかね。そういうの、真田は俺には一切報告しなかったよ。まあ、実は他の皆が雑談ついでに報告してくれるから、ほとんど筒抜けだったりするんだけどね。実際キミのことだって、他の皆からは結構早くメールとかで聞いてたけど、真田から聞いたのは本当につい最近なんだ。えっと、真田の誕生日の日だから……一週間前か」
「そうだったんですか……」

はくすりと笑い、続けた。

「なんだか、真田先輩らしいですね」

彼女が入部して三週間近くも経ってからの報告だったと知っても、彼女はショックを受けた様子も無い。
それどころか、どこか微笑ましそうに言うに、幸村もまた微笑ましくなりながら、頷き返す。

「うん、本当にね。でも、つまり真田は、キミがウチのマネージャーとしてこの先もずっと続けられるって思ったから――キミのことを俺に詳しく話しても問題はないって思ったから、俺に話してくれたってことだよね。それって、真田がキミのことをマネージャーとして完全に認めたってことになると思わないかい?」

幸村がそう言った瞬間。

「……あ」

は、やっと聞き取れる程度の小さな声を喉の奥から漏らした。
そして、そのまま言葉を失った口元をその小さな掌で覆いながら、彼女は何度も何度も瞬きを繰り返している。
しかし、驚きながらも明らかに嬉しがっているのが、幸村には分かった。

「嬉しい?」

幸村が微笑みながら問い掛けると、彼女は頬を薄っすらと染める。

「え、えと……嬉しいっていうか……」

そう呟きながら、彼女はあさっての方向に視線を逸らす。
どうやら今湧き上がった感情に、自分でも少し戸惑っているようだ。
彼女は少しの間無言で何かを考えていたが、やがてゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「あの、真田先輩に認めてもらうことは、入部した時からずっと、私の目標だったんです」

そう言って、はまた頬を染める。

「も、勿論、他の先輩達にも認められたいとも思ってましたけど……さっき幸村先輩も言ってたみたいに、やっぱり一番厳しい目を持ってるのは真田先輩じゃないですか? だから、その」

彼女は、まるで言い訳するように言葉を探しながら重ねていく。
しかし言葉を重ねるにつれて彼女の表情は赤みを増し、彼女の真田への想いが露になっていくようで、幸村は面白そうにくすりと笑った。

「ふふ、良かったね。それじゃ、目標達成だ」

その言葉に無言で頷き、尚も頬を染める彼女を見つめる。
彼女とは今日会ったばかりだが、彼女の性格などはよく分かったし、真田のことをちゃんと理解した上で純粋に真田に惹かれているのもよく分かった。
この子なら大切な親友のいいパートナーになってくれるに違いないと、幸村は確信する。

――しかし、それにしても。
真田のことを思い出し、はにかみながら視線を逸らすその顔は、恋する表情そのものだった。
ほんの少し真田のことを話題に出した程度で、こんなに可愛らしい反応をしてくれるなんて、なんてからかい甲斐のありそうな子だろう。
今ここで彼女に思いっきり直球的な質問をぶつけて、反応を楽しんでみたいなどと思いながら、幸村は笑う。
しかしその半面、まだそれには早い気もして、まだほんのりと赤い彼女の顔をそっと窺うように覗き込んだ。

(この子、これで真田への気持ちを隠しているつもりなのかな。それとも真田と同じで恋愛感情そのものを自覚してないのか……うーん……微妙なところだけど、後者かな。おそらく、恋愛感情を自覚してたら逆に真田のこと話題にもできないタイプだよね)

恋愛感情を自覚していないからこそ、「真田は優しい」とか、「認められたい」とか、躊躇う様子もなく他人に言えるのだろう。
どちらにしろ、このまま放っておけば遅かれ早かれいつか二人は惹かれ合うことになるとは思うけれど、もしまだ彼女が自分の気持ちを自覚していないのなら、無理に自覚させようとすると羞恥心や反発心が起こって上手くいかなくなる可能性だってある。
この二人にはどうにか上手くいって欲しいから、そのために今は最良の方法で二人を見守りたい。

(うーん、やっぱり今日はまだからかうには早いかな)

彼女も真田と同じく恋愛慣れしていないようだから、からかったらとても面白そうだとは思うけれど――それはもう少し先の楽しみにしておこうか。
いつかきっと、二人纏めて思う存分からかえる日がやってくるだろうから。
そんなことを思い、幸村はふっと笑う。
そして、ゆっくりと口を開いた。

「ねえ、さん」
「はい」

まだ少し赤い顔を上げて、が幸村を見る。
そんな彼女ににこりと笑いかけて、幸村は言った。

「キミに、お願いがあるんだ。いいかな」
「あ、はい。何でしょう?」
「あのね、真田のことなんだけど」
「真田先輩のこと?」

その名前を聞いた瞬間、彼女の頬の赤みがまた僅かに増した。
そのことを微笑ましく思いながらも、からかいたくなる気持ちをぐっと抑え、幸村は言葉を続ける。

「あいつのこと、ちょっと気をつけて見ててやってくれないかな。俺、実はレギュラーで一番心配してるのは真田なんだ」
「え、そうなんですか?」

幸村の言葉に、が意外そうな声を上げた。

「うん。あのさ、真田って一見すごくしっかりしてて、誰の手助けもいらなさそうなタイプに見えるけど、決してそうじゃないんだよね。あいつは責任も心配事も一人で何でも背負い込んでしまう奴で、なんて言うんだろうな――身体を休めることは知っていても、精神的に休むことを知らないっていうのかな。いつもどこか張り詰めてて、考え事ばかりしてさ。他の皆は、息抜きの仕方を知ってるし、誰かに頼ることも知ってる。だけど、真田はそうじゃない。いつも自分がやらなければいけないって思ってて、一人で突っ走って。俺さ、真田がいつか壊れてしまうんじゃないかって、心配になるときがあるんだよ」

苦笑を浮かべながら、幸村は続ける。

「でもあいつ頑固だし、他人から言われて『はいそうですね』なんて素直に聞くタイプでもないしね。だから、キミに近くで見ててもらいたいんだ。そして出来れば、なるべく話し掛けてやったりして欲しい。さっきさんと話してた時、真田びっくりするくらいすごくいい表情してたからさ。きっと普段も、さんとの会話がいい息抜きになってると思うんだ」

そう言って、幸村はににっこりと笑いかけた。
しかし彼女は、幸村の言葉が終わっても、すぐに頷くようなことはしなかった。
どうやら、真田が自分を必要としているだなんて思いもしていないようで、幸村の言葉に驚いたのだろう。
視線を逸らしながら何かを考えるように押し黙っていた彼女は、ややあってから、真っ直ぐ幸村の目を見つめて口を開いた。

「……あの、本当に真田先輩が私と話して息抜きになっているかどうかは分かりませんけど……私が真田先輩に出来ることがあるなら、出来る限りのことはしたいです。先輩が無理しないように見ていることなら、私にも出来ると思いますし」

はそう言うと、少し照れたように微笑んだ。

「うん、お願いするね。ありがとう、さん」

彼女に、幸村は満足そうに頷いて返す。

「これで、俺も安心して入院していられるよ」

そう言って、幸村は立ち上がった。

「じゃあ、今度こそ帰ろうか。皆も待ってるしね」
「はい!」

幸村の言葉に元気よく返事をしながら、も笑顔で立ち上がる。
そして、二人は両手に一本ずつの飲み物を手に、談笑交じりで病室へと戻った。

初稿:2007/04/11
改訂:2010/03/18
改訂:2024/10/24

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