「……ところで、。今日、大会が終った後のことなんだが……」
「あ、はい。幸村先輩のお見舞いに行くんですよね」
真田の言葉に頷いて、は笑う。
大会終了後に、結果報告がてら皆で幸村の見舞いに行く予定だという話は、既に数日前に真田から聞いていた。
その話を聞いて、が自分も連れて行って欲しいと頼もうとしたその時、なんと逆に一緒に行かないかと真田から誘われたのだ。
が内心大喜びし、すぐさま首を縦に振ったのは言うまでもない。
その時のことを思い出しながら、は言葉を続ける。
「私も行ってもいいんですよね?」
「ああ、勿論だ。幸村もお前に会うのを楽しみにしていたぞ」
「本当ですか? 私も幸村先輩に一度お会いしてみたかったんです。嬉しいです!」
そう言って笑みを零すを、真田は微笑ましそうに見つめる。
「そうだ、今のうちに一度幸村に連絡を入れておくか」
そう言って、彼はポケットを探り携帯電話を取り出した。
電話するところをじっと見つめられていてはやりにくいだろうと思い、はわざと真田から視線を逸らして空を見つめる。
(幸村先輩ってどんな人なのかな。……そうだ、行く前にお花買っていこうっと。どんなお花がいいかなあ)
そんなことを思っていると、彼の話し声が聞こえ始めた。
聞き耳を立ててはいけないと思いつつも、近くにいるためにどうしても彼の声が耳に入ってくる。
「……ああ、試合の方は何の問題もない。それで、終わった後のことだが……ああ、レギュラーメンバー全員で行くぞ。ああ、予定通りもだ」
自分の名前が聞こえた瞬間、は胸がドキッとした。
彼は、自分のことをどういう風に幸村に伝えているのだろう。
幸村が自分に会うのを楽しみにしているというのだから、きっと悪いようには伝えていないのだろうけれど――そんなことを思いながら、はちらりと電話をしている真田を横目で見つめる。
その時、丁度彼の電話も終わったようだった。
「……また後で会おう。ではな」
そう言って、彼は携帯を耳から離し、携帯のボタンを押した。
――その瞬間。
視界に飛び込んできた「それ」に驚いて、は目を見開いた。
彼の携帯電話に付いているのは、もしかして――。
まさかと思いながらも、ドキドキしては彼の手元をじっと凝視する。
やはり、間違いない。
彼の携帯電話に付いている、あのラケットのストラップ。
あれは、一週間前の彼の誕生日に自分がプレゼントしたものだ。
(使ってくれてる……!!)
の心臓が、すごい速さで脈動を始めた。
自分で渡しておいてなんだが、あれはその時の勢いだけで追加してしまったものだ。
渡してから、彼が困ってはいないだろうかと思うことはあっても、正直、まさか使ってもらえるとは思っていなかった。
「……、どうかしたのか?」
その声で、はっとは我に返る。
気がつくと、電話を切った真田が不思議そうにこちらを見つめていた。
自分のことでいっぱいいっぱいで、彼の視線に気付かなかった。
慌てて、は顔を上げる。
「あ、あの……」
は、嬉しさが露骨に顔に出ないように必死でなんとか感情を押し留めながら、言葉を綴った。
「それって、一週間前私が……あの、先輩の誕生日にプレゼントしたやつ、ですか?」
確かめずにはいられなくて、彼の手元を指で指しながら、は小さな声で呟く。
すると、彼は不思議そうな表情のまま、の指の先を辿って視線を落とした。
そして、それに気付くと、二、三度瞬きをした。
「あ、ああ……これか」
そう言って、彼は小さな咳払いを挟み、言葉を続ける。
「ああ、そうだ。俺の誕生日にお前がくれたものだ。せっかくなので使わせて貰っているんだ。ありがとう」
――ああ、やっぱり。
彼の言葉に、心臓はどんどん高鳴りを増していく。
嬉しくて震える両の掌を、はぎゅっと握り締めた。
「こちらこそ、使ってくださってありがとうございます。お店で見かけたとき、先輩のラケットにすごく似てるなって思ってつい買っちゃったんですけど、もしかしたら先輩こういうの貰っても困るんじゃないかって、ちょっと思ってたので……」
そう言って、ははにかむように微笑う。
こんなに喜んでいることがばれてしまったら、彼に引かれるかもしれないとは思いつつも、心の底から溢れてくる嬉しさをどうしても抑え切ることが出来なかった。
すると。
「……やはり、分かっていて選んでくれたのか」
真田が、そんなことを呟いた。
一瞬、彼が何を言ったのか分からず、はふと顔を上げる。
「え?」
「い、いや。俺のいつも使っているラケットに、いやに似ているなと思ったんだが、偶然なのか、分かっていてこれを選んでくれたのか、どちらだろうと思っていたものでな……」
彼はそう言うと、少し照れくさそうに自分の携帯に付いているそれを見つめた。
は彼の言葉にどきりとしながら、首を縦に振る。
「あ……そうです、ね。はい、一応、先輩のラケットに似てるなあって思ったから、選びまし……た」
「そうか。それにしても、俺のラケットのデザインなど、よく覚えていたな」
彼の言葉に、の心臓がまた跳ねた。
そうだ――これではまるで、「いつも見ています」と言っているようなものかもしれない。
慌てて、言い訳するようには口を開く。
「あ、あの、私、先輩のラケットの色とか、すごく好きな色なんですよ、だから覚えちゃったって言うか……」
「……そうなのか」
「は、はい。いい色、ですよね」
言葉を重ねているうちに、どんどん恥ずかしさが増してきた。
頬が熱くなるのを感じながら、は取り繕うように笑う。
(色が好きって……ちょっと言い訳としては苦しい、かな……)
顔が熱くて、彼の顔すらまともに見れなくなってきた。
真田から視線を逸らすようにが俯くと、二人の間に沈黙が流れた。
なんだか気まずいものを感じて、は握っていた拳に力を込める。
その掌は、じっとりと汗をかいていた。
「すみません、私もちょっと用事を思い出したので、行ってきていいですか」
咄嗟に、そんな言葉が口を突いて出た。
「あ、ああ」
その言葉に真田が頷いた途端、は「それじゃ、失礼しますね!」と言い残し、小走りで真田の側を立ち去った。
「……色が好きだから、か。……そうなのか」
去っていったの後ろ姿をじっと見つめながら、真田はぽつりと呟いた。