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12:それぞれの思惑 3

一方と切原は、が去った後もそのまま場所を変えずに、立ち話を続けていた。
しかし、話題のほとんどは、いなくなったの話ばかりだったのだが。

、頑張ってるみたいだね」
「ああ、頑張ってんぜ。あいつのことなら心配いらねーよ」

の言葉に、切原は、ははっと笑う。

「そっかー良かった。あの子、結構おっちょこちょいなとこあるから、ちょっと心配もしてたんだけどさ」

そう言って、は安心したように息を吐く。
しかしすぐに苦笑して、言葉を続けた。

「……でも真田先輩のことは、相変わらずっぽい感じだね」
「あー、まあな」
「でも、むしろ今はそっちの方がいいのかも。のことだから、今いきなり意識しちゃったら、絶対に真田先輩を真っ直ぐ見ることも出来なくなると思うんだよね。そしたら、流石にマネージャーの仕事にも支障が出てくるだろうし」
「そうだな、今はこれくらいの方がいいかもな」

の言葉に、切原も苦笑しながら頷いた、その時。

「……ふむ、面白そうな話をしているな」

そんな声が聞こえて、二人は反射的に声のした方に顔をやる。
すると、現れたのは――柳。

「柳先輩……!」

予想外の来訪者に、切原の顔がほんの少しだけ引きつる。
同じく、隣にいたもまた、眉をひそめて柳の顔を見つめた。
そんな二人を涼しい顔で眺めながら、柳は側に歩み寄る。

「お前達に聞きたいことがあって探していたんだが、丁度二人揃ってその話をしてくれていたとはな。……やはり、は弦一郎に惹かれているんだな?」

確認するように言い、柳は、にいっと笑った。

「いえ、その、は……」

がマネージャーになったのは、確かに真田の存在が大きかっただろうと思う。
しかし、それはそれとして、今彼女がテニス部のマネージャーとして頑張っているのは純粋にテニスやマネージャーという仕事に夢中になっているからこそだ。そこに打算的な考えは一切ないと言い切っていい。
なのに、今の時点でテニス部の人間に彼女が自覚すらしていない真田への想いを知られてしまうのは、あらぬ誤解を受けるのではないだろうか。
否定しなければと、は必死で言葉を探す。
しかし動揺する余り、上手く言葉にできなかった。
どうしたらいいのか分からず、側にいた切原をすがるように見つめる。

「赤也君……」

眉根を寄せ、は切原のジャージのすそを引っ張る。
そんなの様子をちらりと見た切原は、無言で頷いて、まるで彼女を安心させるようににっこり笑いかけた。

「……、大丈夫だって」

小さな声でに言うと、切原は真っ直ぐ柳を見据えた。

自身は、違うって言ってますけどね」
「しかしお前達は、そう感じているのだろう?」
「そーっすね。そうだと思ってますよ。ま、アイツ自分じゃ本当にわかってねーみたいですけど」

あっさりと、切原は柳の言葉を肯定してしまった。

「ちょ、赤也君!」

慌てて、は切原の顔を見上げる。
そんな彼女にまたにっこりと笑いかけて、「だから大丈夫だって」と小声で言うと、切原はまた柳に向かって言葉を続けた。

「でも、だからってどうってことないっすよね。別にアイツ、副部長のこと追っかけて仕事しねーわけじゃねーし、副部長だけ贔屓したりしてるわけでもねーし。仕事はちゃんと真面目にやってんですから。それに大体、アイツそんな頭良くねーっすよ。副部長に近づくためにマネージャーの立場利用してやろーとか、そんな器用なことできる性格じゃねーの、柳先輩なら分かるっしょ?」

切原の言葉に、も続ける。

「あの、柳先輩、は本当に自分では気付いてないんです。あの、だから、別によこしまな気持ちでマネージャーやってるわけじゃなくて、マネージャーの仕事やテニス自体が本当にすごく好きで、あの子なりにすごく責任持ってやってるんです」

必死な表情でそう言って、はぎゅっと掌を握り締める。
その時――そんなと切原を見つめていた柳が、ふっと笑った。

「……お前達は、何か勘違いをしているようだな。別に俺は、が弦一郎に惚れていたとしても、マネージャーの仕事を疎かにしているのではないかとか、ましてや彼女がマネージャーという立場を利用しているのではなどとは毛頭思っていないぞ。ついでに言うと、彼女がたとえ無自覚でも弦一郎に恋心を抱いていることは、むしろ好都合だと思っている」
「え?」

柳のその言葉に、と切原は目を瞬かせた。
そんな二人の様子を見た柳は、どこか面白そうに笑って言葉を続ける。

「つまり、俺もお前達と同意見だということだ」
「同意見って……柳先輩も、と副部長の仲が上手くいけばいいと思ってるってことっすか?」
「ああ。そう受け取ってもらって構わない」

そんな柳の言葉を聞いた途端、安心したようにの表情が緩んだ。
それを見た切原もまた、同じように表情を緩ませる。
柳の反応に安心したのは勿論だったが、それよりも、先ほどまで泣きそうな顔をしていたに笑顔が戻ったのが嬉しかった。

「……ふむ、どうやらお前の方もいろいろと事情があるようだな。赤也」

唐突な柳の言葉に、切原は慌てて顔を上げる。
すると、柳はからかうような笑みを浮かべて、切原を見つめた。
自分の気持ちがあっさりと柳にばれてしまったことを悟り、切原は苦笑しながら人差し指で頬を掻いた。

「まーそれはいいじゃないっすか! それより柳先輩、副部長の方はどうなんすか。少しくらい、のこと気になってたりしてないんすか?」

切原があからさまに話を逸らしたことが分かったのだろう。
柳は、何か言いたげな目でくすりと笑みを零しながらも、切原の言葉に頷いた。

「少しくらいどころか、弦一郎は確実にに特別な好意を抱いていると俺はみているよ」

柳の言葉に、切原とは目を見開いた。

「ほんとっすか!?」
「ああ、弦一郎自身もと同じようにまだ自分では気付いていないがな。というか、むしろ俺が先に気付いたのは、弦一郎からの好意の方でな。もしかしたらもそうではないかと思ったのは、その後なんだ」
「……あ、だからさっき『好都合』って言われたんですね」

の言葉に、柳は首を縦に振る。
そんなやり取りを見ていた切原は、軽い調子でははっと笑った。

「それじゃ、お互いに好きだって教えてやりましょーか。案外、すぐにくっついちゃったりして」
「いや、それは危険だな。弦一郎もも、まだ自分の気持ちにすら気付いていないだろう。特に弦一郎はこういった感情に非常に疎い。今の状態で誰かにそう言われたところで、あいつがすんなりとその感情を認めるわけがない」

冷静に言う柳の言葉に、も同調して頷く。

「それはも一緒だと思います。あの子、間違いなく真田先輩のこと好きだと思うけど、今それを自覚させようとしても、反発するか、照れて何も出来なくなるかのどっちかで、いい方向にはいかないと思います」
「かーっ!! 二人とも、めんどーくせえな、オイ!!」

柳との言葉を聞いた切原は、イライラした表情で頭を掻く。
そんな切原に苦笑しながら、柳は言葉を続けた。

「とにかく、今はまだ周囲の人間が二人にどうこう言える段階ではないということだ。少なくとも、ある程度自分達で意識するまで、俺達は口を出すべきではないだろう。せいぜい、二人っきりになる機会を増やして、相手や自分の気持ちに向き合う時間を与えてやるくらいが関の山だな」
「私も、それがいいと思います」

がにっこり笑って頷くと、柳もそれに答えるように笑って頷いた。
そんな二人を横目でちらりと見て、切原はあからさまにむっとした顔をする。
それに気付いた柳は、苦笑して赤也の頭をぽんと叩いた。
そして。

「まあ、そういうわけだ。あの二人に関して、何か気付いたことがあったらまた教えてくれ。それでは、邪魔したな。赤也、お前も頑張れよ」

そう言うと柳は踵を返し、行ってしまった。
柳の言い残した言葉に切原は内心焦りながら、慌てての顔を見る。
その言葉に秘められた意味が、彼女に伝わっていないかと冷やっとしたが――どうやら、大丈夫のようだ。
そんなことを思って切原がホッとしている隣で、は心から嬉しそうに笑った。

「赤也君、柳先輩っていい人だね」
「まーな」

彼女が柳を褒めたのが面白くなさそうに、そっけない調子で切原は返事をする。

「どうしたの?」
「べっつに、どうもしねーって。それにしても、お前とってホント仲いいのな」
「うん、一番の親友だからね」

切原の言葉に、ためらうことなくは首を縦に振る。

「お前らが知り合ったのって、中学入ってからだよな? たった一年で、そんなに仲良くなれるモン?」
には、去年すごくお世話になったことがあってさ。その時から、私はあの子に夢中なんだよ」

意味深な言い方をして、は笑う。
そういえば、この二人がどうしてそんなに仲がいいのか、切原はあまりよく知らなかった。

「……それってどんなことか、聞いていいか?」

切原の言葉に、は一瞬だけ押し黙ったが、笑顔で顔を上げて頷いた。

「ほら、私、美術部じゃない? 美術部って、夏に必ず『作品展』って名前の部内コンクールがあるんだけど――赤也君、覚えてる?」
「ああ。勿論」

覚えているも何も、美術部の作品展は、切原とが知り合い、彼女に惹かれるきっかけになった出来事だった。
去年の夏、いつも同じ場所で一生懸命絵を描いていた彼女に興味を持って話し掛けてから、もうすぐ一年になる。
そんなことを思って、切原はそっと笑う。

「――そっか、まだ覚えててくれたんだ。……まあ、その去年の作品展のときの話なんだけど。作品の仕上げ段階で、一番大切な色の絵の具が足りなくなったのね」

は、苦笑しながら言葉を続ける。

「一番大切な色なのに、切らしちゃうなんて馬鹿でしょ。でも、拘ってた色を作るのにどうしても必要な色だったから、絶対に他の色にしたくなくてね。これじゃ描き上げられない、もう描くのやめるって言ったら、あの子『最後まで諦めないで頑張ろうよ!』っていろんなお店を駆けずり回って探してくれたの。結構特殊なメーカーのやつだったからなかなか見つからなくて、県内だけじゃなくて、東京まで行ったりしてね……あの子のおかげで、去年は完成できたようなものなんだ」

そう言って、は微笑む。
どこか懐かしそうに微笑う彼女に、切原は思わず胸の鼓動を早めた。

(去年の作品展、そんなことがあったのかよ)

そういえば去年、がいつも描いてた場所に、数日間姿を見せなかったことがあった。
もしかして、あの時のことだろうか。
に惹かれてから、彼女のことをずっと見てきたけれど、自分の知らない彼女の事情はまだまだあるようだ。
そんなことを思って、切原は内心溜息をついた。

「まあ結局、そこまでしてもらったけど、作品自体は入賞できなかったんだけどね――って、これは、赤也君も知ってるよね」
「ああ」

そう、結局彼女の作品は入賞しなかった。
そのことで、彼女が悔し涙を流したのも知っている。
自分が描いた絵の前で、とても悔しそうに泣いていた彼女の姿はとても印象的だった。
思わず、声を掛けずにはいられなかったほどに。

(あの時から、俺はお前のことずっと好きなんだからな)

切原は、そんな言葉をぐっと飲み込んだ。

「ま、そういうわけでさ。私とは超仲良しさんなのですよ」

おどけた調子でそう言って、は小さく舌を出す。

「なるほど、よーっく分かりました」

同じように、切原はおどけながらそう言ったが、すぐに真面目な顔をしてを見つめる。
そして、ゆっくりと呟くように告げた。

「――あのさ。俺はお前の作品、ものすげえ好きだからな」

それは、去年泣いていた彼女に向かって言ったのと、ほぼ同じ言葉だった。
彼女が憶えているかどうかは、わからないけれど。
すると、ほんの一瞬の表情が止まったような気がした。

「今年も、楽しみにしてんぜ」

そう言って切原が笑い掛けると、すぐに彼女はほんのりと頬を染めて、切原に笑い返した。

「……ありがと。うん、今年こそ、ね」

その表情の可愛らしさに切原は内心照れながら、ぎゅっと掌を握り締め、またにっこりと笑う。

「ああ。俺も大会頑張るからさ、お前も頑張れよ!」

そう言って握り拳を顔の前に振り上げると、同じようにもまた拳を自分の顔の前に振り上げた。

「うん! 赤也君も大会頑張って! 負けないでね!!」

はそう言うと、作っていた拳をそのまま切原の拳に軽くこつんと当てた。
どきっとして、切原はその拳に一層の力を込める。

「モッチロン! 見ててくれよな! ……じゃあ、そろそろ俺行くな」
「うん、午後も頑張って!」

笑顔でそんなことを言い合い、切原はに見送られて、その場を離れた。

その後、予定通り午後の試合が始まった。
彼らの言った通り、立海大附属中学テニス部は負けるどころか全ての試合を一ゲームも落とすことなく勝ち進み、予定通り県大会をあっさりと優勝してしまったのだった。

初稿:2007/02/01
改訂:2010/03/12
改訂:2024/10/24

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