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――あの日から、確実にレギュラー全員の雰囲気が変わった。
皆から穏やかさも、和やかさも消えた。
笑顔を見ることもほとんど無い。
レギュラーメンバー全員が、敢えて自分自身を追い込み、自ら痛めつけるような練習メニューを行っている。
それはきっと、関東大会の2回戦が近いからという理由だけではないだろう。
皆、幸村のことを思うと、何かしていないと気が済まないに違いない。

は、それをとても複雑な気分で見守っていた。
皆の気持ちは、分かるつもりだ。
勿論、幸村は帰って来ると信じているし、先日真田に掛けた言葉は決してただの気休めのつもりもない。
けれどやはり幸村のことを思うと胸が締め付けられるし、何かしていないと落ち着かないから、もまた、休むことなくただひたすらにできることはないかと動いていた。

しかし、それにしたって、皆の様子は尋常ではないような気がした。
あれほど自分たち自身を追い込んで、幸村よりも彼らが先に壊れてしまうのではないだろうか。
いつか何かが起きそうで、は心配で仕方がなかった。
とはいえ、だからと言ってあんな様子の彼らを止めることは勿論、掛ける言葉すら見つけることができなかったのだけれど。



関東大会2日目まで、残り2日。
昨日で1学期は終了し、学校自体は本日から夏休みに入っていた。

レギュラーたちは最終調整として、朝は基礎体力付けとミーティング、午後はひたすら実戦練習を行っている。
今日もやはり一時も休むことなく、彼らは練習に精を出していた。

大きな籠に新しいボールを入れて、はコート脇へと運ぶ。
通常の使い方なら練習用のテニスボールは数か月は持つものらしいが、それを数週間、最近は数日で駄目になって入れ替える物が出てきている点から考えても、彼らの練習のハードさが尋常ではないことを物語っていた。

「……ふぅ」

籠を置いて、額の汗を拳で拭う。
そのまま顔を上げると、その視線の先に真田と切原が映った。
本来ならば今は休憩時間のはずだが、二人は勿論、レギュラー誰一人として休憩を取る気配はない。
彼らは一心不乱にラケットを握り続けている。

(なんかもう、見てられないよ……)

何もできない自分がもどかしくて、はぐっと唇を噛み締める。
そして、また大きな溜息を吐いた、その時だった。

「……

背後から名前を呼ばれて、は振り返る。
そこにいたのは笹岡だった。

「あ、笹岡君。お疲れ様」

とりあえずなんとか笑顔を作り、彼に向ける。

「どうしたの? あ、もしかしてドリンク補充? してこようか?」
「いや、ドリンクは足りてる」
「そっか、なら良かった」
「ああ、サンキュ」

笹岡が頷き、そこで会話は途切れた。
は、再度無意識に真田たちの方に視線をやる。
すると。

「……お前、大丈夫か? 何かあったのか?」

笹岡が、思いがけないことを問い掛けてきた。
は少しどきりとしながらも、何でもないように取り繕い、再度彼の方に顔を向ける。

「別に何もないよ。なんで?」
「いや、なんでもないならいいんだけど。なんか溜息ばっかついてるし、ちょい無理してるように見えたから」

少し視線を逸らし、興味なさそうな顔つきをしてはいたが、彼はを気にしてくれているようだ。
先日のあの一件から笹岡とは話をしていなかったが、少しは真田とのことを分かってもらえたのだと思っていいのだろうか。
そう思うと、は少し嬉しくなった。

「全然、無理なんてしてないよ。でも、ありがとね。私は大丈夫だから」

彼にこれ以上心配させないようにと、は笑顔をつくる。
しかし笹岡は、尚も言葉を続けた。

「でも、お前休憩中なのに全然休んでねーじゃん。ちょっと休めって」
「うん、でもレギュラーの皆が休んでないのに、私が休んでる訳にはいかないからさ」

そう言って、はレギュラーメンバーの方に再度視線を向ける。
まるで自らを追い詰めるように練習を重ねる彼らが、やはり心配でたまらなかった。

「ほんと、先輩たち無理し過ぎだよね。皆大丈夫なのかな……」
「なんだ、副部長たちのこと心配してんのか」

笹岡からそんな言葉が聞こえてきて、はまた彼の方を見る。

「そりゃ、心配もするよ。あんな無茶な練習して、試合の前に怪我したり倒れでもしたらどうしようって思っちゃうし」

彼らが超人的な体力や能力を持っているのは分かっているけれど、それでもやはり、心配なものは心配なのだ。
そんなことを思い、また眉を顰めるに、笹岡はどこか呆れたように息を吐いた。

「……あの人たちは大丈夫だろ。関東大会2日目が近いから、殺気立ってるだけだって」
「それはそうかもしれないけど、それにしたってやりすぎじゃない? いくら幸村先輩のことがあるからって言ってもあれじゃ……」

そこまで言いかけて、はハッとして口を押さえた。
幸村の本当の現状に関しては、事情を知る者以外には他言禁止にしていたのだ。
今言いかけたことが笹岡にどう捉えられるか、は一瞬ひやっとしたが、どうやら笹岡は深い意味には思わなかったらしい。
彼は軽く頷いて、に問い掛けてきた。

「ああ、幸村部長が戻るまで全国まで無敗で突き進むってやつか?」
「そ、そうそう」

本当の意味は伏せ、は以前耳にした「無敗の誓い」の話として、そのまま話を続けることにした。

「笹岡君も、知ってるんだ。それ、テニス部員はみんな知ってるの?」
「ああ、幸村部長が倒れてから、真田副部長が全体ミーティングで何度も言ってたからな。まあ実際試合に出るのはほとんどレギュラーだから、俺達はあんまり関係ないっちゃないんだけどな」
「そっか。で、実際負けてない……んだよね?」
「ああ。俺が知ってる限り、どんな試合でも1試合も落としてねぇな。個人戦も団体戦も、全部ストレート勝ちのはずだぜ。しかも、公式試合は全員スコア6−0で完勝してる」
「そうなんだ……」

負けたことが無いというのは知っていたけれど、改めて聞くとやはりとてもすごいことだと、は息を吐いた。
1試合も落とさない。
言葉にするのは簡単だけれど、実際にそれを誓い、更に成し遂げるのはどんなに大変な事だろうか。

「本当にすごいよな。公式試合だけじゃなくて、練習試合も、親善試合もだもんな。バケモンの集まりだよ、うちのレギュラーは」

笹岡は、冗談ぽく言いながらも、素直に賞賛して笑った。

「ほんと、すごいね」

彼らがいくら並外れたテニスの技術とセンスを持っていたとしても、1試合どころか1ゲームも落とさないというのはかなり厳しく難しい条件だと思う。
しかしそれをずっと守り続けているというのは、彼らにとってそれは、幸村が病気を克服し、また部に戻ってくるための願掛けでもあるのだろう。
だとしたら、こんな状況になって、更に自分を追い詰めるようなハードな練習をするのも分かるような気はするし、そこに自分が挟める口は無いけれど。

「でも、やっぱりあれは無理しすぎじゃないかなぁ……」

思わず、はぽつりと呟いた。
すると。

「……だから、お前もだっつの」

笹岡が、小さな声でそんな言葉を零した。
上手く聞き取れなくて、が「え?」と顔を上げると、彼はすぐに視線を逸らしたが、そのまま早口で言葉を続ける。

「だーかーらーさー。お前も無理すんなって話だよ。お前はあの人たちと違ってただの凡人なんだぜ、そこんとこ弁えろよ。あの人たちに付き合ってたら、お前の方が先にやられるっての」
「うん、気を付ける。心配してくれて、ありがとね」

憎まれ口のような言い方をしつつも、彼が心配してくれている気持ちは伝わってきた。
は素直に礼を口にし、笑う。
すると、笹岡は「はあ?!」と大きな声を出し、捲し立てるように言い始めた。

「べっつに、お前の心配なんてしてねぇよ! ただ、お前が倒れでもしたら、また真田副部長とイチャイチャしそうでキモチワリーからやめてもらいたいだけだよ! ばっかじゃねえの?!」

物凄い勢いで言い終わると、彼はふんと顔を背け、行ってしまった。
その様子を少し呆気にとられて見ていたが、はくすりと微笑む。
彼の気持ちをありがたく思いながらも、やはり真田たちのことが気がかりな気持ちは拭うことができず、再度彼らに視線をやると、また大きなため息を吐いた。

自分たちを顧みず追い込み傷つけ、ただひたすら血を吐くような練習を重ねる彼らの姿を見ていると、なんだか言葉には言い表せない胸騒ぎがする。

(何も起きなきゃいいんだけど……)

願うように思うそんなの予感は、やがて悪い方に的中してしまうのだった。










――何が、起こっているんだろう。
は、目の前で繰り広げられている試合を呆然として見ていた。

7月23日、関東大会2日目。
午前中に行われた名士刈戦は立海のストレート勝ちで難なく勝利し、午後から始まった準決勝不動峰戦。
圧倒的な力で第1試合と第2試合の両ダブルスは完全勝利し、第3試合、シングルス3に入っていた。

こちらのオーダーは切原。
相手の選手は橘という3年生で、事前にも柳からどんな選手かは軽く聞いていた。
かつて「九州二翼」とも呼ばれたことがある、かなりの強豪選手だという。
しかし、今日の切原はとても調子が良く、名士刈戦のシングルス3に出場したときは1セットをわずか14分台で終わらせ、今大会の最速記録まで打ち立てた程で、これなら特に問題はないだろうと思っていた。
まさかそれが、こんな試合になろうとは。

橘は、強かった。
あの切原が1ゲーム目から押され、ワンゲームを先取されてしまったほどに。
その試合運びを見ていると、も一瞬、切原が勝てるか不安にもなったくらいだ。
――しかし。
1ゲーム目を落としたその直後から、切原の様子がおかしくなった。

それは、まるで格闘技のような試合だった。
切原の打ったボールは、相手選手の身体にぶつかっていく。
は、最初、偶然だろうと思った。
ここまで1ゲームも落とした事の無かった切原が、初めて相手に1ゲームを先取されてしまい、さすがの彼もプレッシャーを感じてうまくコントロールが出来ていないのだろうと。

しかし、違う。逆だ。
あんなに的確に、際どいラインにボールが向かっていく――あれは狙って打っている。
そう、むしろ「コントロールが利き過ぎている」のだ。
しかも、彼の眼は、どうやらひどく充血しているようにも見えた。

(どうしちゃったんだろ、切原君)

確かに今の彼はいつも以上にすごい力を発揮している。
コントロールだけではなく、パワーもスピードもいつもと段違いだ。
しかし同時に、精神状態も明らかにいつもの彼ではない。

止めなくてもいいものかと、はおろおろと周りの先輩たちを見渡した。
どの先輩たちも、訝しげに見てはいる。
しかし、どの先輩たちも、動く様子はない。

事態が把握できないままチェンジコートになり、達の眼前を険しい顔の切原が突っ切る。
誰も声はかけない。
1分1秒を惜しむ切原は、そのまますぐに試合を再開させた。

そして、やはり彼はその調子で試合を続け、自身の持つ今大会最速試合記録の更新と共に、試合を終えたのだった。
この試合の結果をもって、立海大附属の関東大会決勝進出が決定した。


その後、学校に戻るまでの帰りのバスの中でも、学校に帰って解散するまでのミーティングの間も、あの試合に関して誰かが何かをいう事は無かった。
その表情を見ていると、皆やはり複雑そうで、何かを感じているようではあるのに、不気味なくらい何も触れない。

確かに、「あの」切原でなければ、試合が危うかったかもしれない。
無敗の誓いを、守れなかったかもしれない。

今あの誓いを破ることが、何を意味するのか。
それは分かっている。
だからこそ、皆の中にもどこか引っかかるものがありながらも、「勝ちは勝ち」だと考えてしまうのだろうことも。

――そう、分かる。
分かるからこそ、はただ胸が痛かった。







その晩、真田の携帯が鳴った。
机の上に置いていた携帯を手に取り、真田は相手を確認する。
それは、チームメイトの柳だった。
一呼吸置いて、真田は応答ボタンを押し、携帯を耳に当てた。

「もしもし。蓮二、どうした」
「夜遅くに済まないな。もう寝ていたか」
「いや、まだ起きていた。どうした?」

真田の問いに、少しだけ柳は押し黙る。
そして、彼は淡々とした声で、話始めた。

「すまない。学校では、なんとなくどうしても聞けなくてな。――赤也の、今日のあの試合の件なんだが」

あの試合。
――今日の橘戦のことか。

思い出すと、真田の鼓動が少し早くなった。

「弦一郎。正直に答えてくれ。あの試合、どう思った」

直球で、彼は問いかけてきた。
あの試合後、メンバーはあの試合内容に一切触れなかった。
ミーティングでも、最速試合を記録したことには触れられたが、その試合内容に関しては誰も何も言わなかった。
いや、言えなかったのだろう。

決して、いい試合だと肯定はできない。
あんな形で相手を封じて得た勝利が、正しいものだったかと問われれば、返答に詰まることは確かだ。
ただ。
今日の試合は、あの切原でなければ勝てなかったかもしれない。
幸村との誓いを、守れなかったかもしれない。
そう思うと、どうしても切原を責める気にはなれなかったのだ。

「……あの試合の赤也は、いつも以上に研ぎ澄まされ、絶大な力を発揮していた」
「そうだな。俺の持つ通常の赤也のデータと比べても、明らかに群を抜いていた。あれが赤也の底力なのだとしたら、末恐ろしいものを感じざるを得ない。……しかし」
「分かっている!」

柳の言葉を遮り、真田はぐっと拳を握りしめる。

分かっている。
分かっているのだ。
本当は、あの試合を認めてはいけないことも、切原を諌めなければならないことも。
しかし。

「しかし今は――今は絶対に、負けることは許されないのだ――……!!」

幸村の手術が終わるまでは、なんとしても負けるわけにはいかない。
例え、それがどんな形であろうとも、どんなことをしても、だ。

昨年の冬、幸村が目の前で倒れたあの瞬間が、ストレッチャーで運ばれていったあの情景が、真田の脳裏を過ぎる。
しかし一度は意識を失いながらも、彼は再度その無事な姿を見せてくれた。
そして「必ず戻る」とも誓ってくれた。
医者の言う言葉がどうであれ、真田にとってはあの言葉が全てなのだ。
あの誓いを、幸村はきっと守ってくれると、真田は信じていた。いや、信じたかった。

そして、だからこそ。
自分たちも、「無敗で帰りを待つ」と誓ったあの約束を、破ることは絶対に許されない。
――もしも破ってしまったら、幸村が誓ってくれた「必ず戻る」と言う言葉も、儚く消えてしまうような気がしてしまうから。

そうだ、今はただひたすらに「勝利」だけを求めるのみだ。
それが、どんな蛇の道になるとしても。

「俺達は幸村に無敗で帰りを待つと誓った。その約束は、何よりも優先されなければならない」

力強く、真田は言った。
そんな真田の言葉を、柳は静かに聴いていたが、やがて、柳もまた強く頷いた。

「ああ、俺も同じ気持ちだよ、弦一郎。おそらく他の皆もな」

柳の気持ちもまた、決まったようだった。

「お前の出した結論に、俺は喜んで従うよ。その責を、お前だけが背負うことはない」

あの試合を認めてしまうことが、どういう意味を持つのか分かった上で、柳もまた同じ気持ちだと言った。言ってくれた。
思わず胸が熱くなり、真田は電話を手にしたまま、頭を垂れた。

「……ありがとう、蓮二」

小さな声で礼を口にした真田に、柳は「礼を言われることじゃない」と静かに笑って返した。



「ところで弦一郎、試合中に見せた、赤也のあの『目』に気付いたか?」

――目。
柳のその言葉に、真田が頷く。

「……それは、あの充血した赤目のことか? 無論だ」
「やはり気づいていたか。あの『目』、以前にも一度だけ見せたことがあったが、憶えているか?」
「ああ。赤也の入学直後、最初に赤也が俺達に挑んできた時のことだろう。憶えているとも」

あの時のことを、真田はもう一度思い出す。
当時入学したての1年生だった切原は、ナンバーワンになると言って挑んできた。
確かにあの歳であの実力はなかなか目を見張るものがあったが、それでも真田や柳、そして幸村の相手にはならず、3人であっさりと撃退したのだ。
――しかし。
その試合の途中で、彼はまるで覚醒したかのような強さを見せた。
一瞬、真田ですら危機感を感じたほどに。
確かあの時も、彼の眼は酷く充血していた。

「弦一郎。もし、あの赤目状態と赤也の覚醒に、何か関連があるとしたら――」
「……それをコントロールできれば、赤也は、まだまだ強くなれる、か」

今回はこんな形になってしまったが、あの力をもしうまく制御できるとすれば、きっと立海大附属としてもプラスになるに違いない。

「とにかく、今はまだデータが足りない。赤也も無自覚のようだし、あれを意識的に引き出せるのか、まずはそこからだな」

柳の言葉に、真田も頷く。

「ああ、そうだな」
「では、明日は練習後に精市の見舞いもあるし、今日はこれくらいにしておこう。ではな。お休み、弦一郎」
「ああ、おやすみ。蓮二。また明日」

そう言って、真田は携帯を耳から離し、通話を切ると、携帯を机の上に置いた。
――その瞬間。
携帯に付けていた、彼女がくれたストラップが目に入り、思わず真田の心臓が跳ねた。

今日のあの試合のことは、今自分の中で一つの結論がついた。
柳も同じようにその責を負ってくれるという。

――しかし。
「彼女」は、どうだろうか。

今日のあの試合を見て、彼女は非常にショックを受け、動揺し困惑していた。
そんな彼女の様子に、真田も気付いてはいたのだ。
しかし、自分から彼女に声を掛けることはできなかった。
逆に、あの時もし、彼女が何故試合を止めないのかと、こんな試合でいいのかと訴えてきたとしても、自分には何も言えなかっただろう。
だから彼女が何も言わなかったことに、正直とても安堵したのだ。
同時に、彼女が動揺していることに気づいておきながら、それをどうにもしてやれないまま放っておいてしまった自分を嫌悪もしたのだが。

負けることは許されない。
勝利だけをひたすらに求める。
そのためにはどんなこともしよう。

そう、腹を括った。
けれど、彼女はどうだろうか。
再度あんな試合になったとき、それを止めもしない自分を、優しい彼女はどう思うのだろう。
許してくれるだろうか。
それとも――軽蔑、するだろうか。
考えれば考えるほど、頭の中が真っ白になる。

幸村の留守を預かる立海大附属の副部長として、何より幸村への祈りとして、勝利のみを最優先で求めること。
全身で自分を想い支えてくれる、という最愛の彼女を、何があっても大切に守ること。

どちらも、今の自分にとっては何よりも大切なことだし、守りたいものだ。
しかし、この二つが同時に連立し得るものではないとすれば、自分はどうすればいいのだろう。

答えの出ない問いに、真田はぐっと拳を握りしめる。
考えても考えてもその答えは出そうにもなく、ただ胸の奥が苦しくなるばかりで、どうしようもない。
やがて真田は考えることを放棄し、そのまま寝台に身を投げ出す。
しかし、身体は疲れているはずなのに、その日はなかなか眠ることができなかったのだった。



初稿:2018/12/01

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