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未来編:Sugar 6

「先輩……!」

そう、助手席からものすごい勢いで飛び降りてきたのは、真田先輩だった。
私の肩が一瞬びくっと震える。

、そこを動くな!」

私が逃げるとでも思ったのだろう、彼はそう叫びながら息を切らせて慌てて駆け寄ってきた。
確かに一瞬逃げようかと思ったのも事実だったけれど、私の足はもう動かなかった。
――もう、心の整理も大分進んで、諦めもついていたのだと思う。

「見つかっちゃったかあ……」

自嘲気味に笑って、私は先輩が来るのを待った。
ものすごいスピードで駆け寄ってきた先輩は、手を伸ばして、そのままぎゅっと私の手首を掴む。
加減を知らない彼の手は、少し痛かった。

「先輩、大丈夫。もう、逃げないから」

私は言う。
でも、彼は肩で息をするだけだ。
彼ともあろう人が、この程度の距離を走ってきただけでこんな風になるなんて、よっぽど必死だったのだろう。

「よくここにいるのがわかりましたね、先輩」
「……メ、ル……を……見、た」

そう言って、またハアハアと息をする。

「お前……が、気持ちの整理を、つける、というなら、ここだと思った……初めて、出会った、ここだと……」

だんだん、彼の息が落ち着いてくる。
その息が完全に落ち着いたときが、きっと本当の最後だ。

「ありがとう、先輩。私のこと、なんでも解ってくれてるんですね」

目が潤む。
最後の最後まで、彼は私を理解してくれてるんだ。
そう思うと、やっぱりちょっと嬉しかった。

「でも、今日は分からなくてよかったのに……今夜までは、私、先輩の彼女でいたかったな」

そう言って、私が泣きそうなまま笑った瞬間――何故か、私は彼に力強くぎゅっと抱き締められた。
途端、私の頭の中が真っ白に染まる。

何、これ?
なんで先輩、今更私を抱き締めてるの?
やだ、私だって完全に諦めがついたわけじゃないのに――最後の最後でこんなことされたら、忘れられないよ!

「先輩、や――」

やめて、と言おうとしたけれど、まるでそれを阻むように、彼はその腕に更に力を込めた。
やだ、やだ……ほんとなんなの? 意味わかんない!

「やだ……痛い、痛いよ!」

力をこめて、彼を突き放そうとした。
けれど、びくともしない。彼の力に敵うわけがない。
彼の全身に捕らえられたままの私は、ただ必死で叫ぶ事しか出来なかった。

「先輩、お願いだから離して!」

これ以上、先輩に抱き締められる感触を、大好きだったこの胸のあたたかさを、憶えておきたくない。
忘れられないから……絶対に、一生忘れられないから!

「ねえ、お願いだから、先輩もう――」
「……ちがう」

私の大きな声に、先輩の小さな呟きが重なった。
彼らしくない、とても弱弱しい声。はっとして、私は自分の喉を止める。
すると彼は、もう一度、今度はもっと力強く、その言葉を繰り返した。

「違うんだ……!」
「違う? 何が!」

一体、この期に及んで何が違うというのだろう。
今更言い訳されるなんて、もっともっと嫌だ!
強く抱き締められて彼の顔すら見えないままの状態で、私は彼に向かって叫んだ。

「先輩は、今まで通りでは嫌なんでしょう?」
「ああ」
「私との関係を変えたいんでしょう?」
「ああ!」
「そして、私に隠れて、私の知らない女の人と会ってて……」
「会ったとも!」
「それで私に、謝りたい事と、とても大事な話があるんでしょう!?」
「その通りだ!!」

始めはとても小さかった彼の相槌は、私が問いを重ねると共に、どんどん大きくなっていった。
やっぱり、彼の意思は固まっている。
――何も、違わない。

「……じゃあ、何が、違うの……」

泣きそうだ。
いや、もう私は無意識に泣いていたかもしれない。

「早く言って。謝りたいことでも、大事な話でも、もうなんでもいいから……早く……」

これ以上は、壊れてしまいそうだ。
せっかく彼の気持ちを受け止める決心がついたのに、こんなの酷いよ。
私は、抱き締められたまま、彼の胸に顔を伏せた。
――すると。

「……わかった」

そんな声が聞こえて、私の身体を戒めていた彼の腕の枷がゆっくりと解かれた。
彼は、私と少し距離を取り、改めて私の顔を見る。

「では……先に、謝罪からさせて欲しい」

謝罪――きっと、あの女の人絡みのことだろうか。
そう思うと、本当は耳をふさいでしまいたかった。
でも、もう逃げない。覚悟は出来たはずだ。

私は、彼の顔をじっと見つめ返して、彼の言葉を待った。
――しかし。
彼は、何も言わなかった。
その代わりに黙って上着のポケットを探り、あるものを取り出して握り締めると、私の前にその大きな手を伸ばし、そっと開く。
そこには、折り畳まれた白いハンカチのようなものが置かれていた。

「……え……」

何がなんだかわからなかった。
彼が握り締めていた物がよくわからなかったのもあるけれど、謝罪だと言って彼が私に何かを見せようとしたその行動の意味自体が、理解出来なかったのだ。

「これ、なんですか? ……ハンカチ?」

そう言って私が目を瞬かせていると、彼は、無言のままその布を丁寧に開き始めた。
やがて、その中央に見慣れた小袋が姿を現し――それを認識した瞬間、私の目が見開かれた。
この袋は、確か――。

慌ててそれを手に取り、袋を傾ける。
その瞬間袋から滑り落ちてきたのは、とてもよく見覚えのある、小さな花。無くしたはずの、あの硝子の花のイヤリングだったのだ。

「……え? これって……。え、え?」

何故これがここにあるんだろう。
頭がものすごい混乱状態で全く意味が分からないまま、もう一度まじまじとそれを見つめた。
やはり、間違いない。
必死で探していた、あの思い出のイヤリングだ。
でもこれは無くなったはずで、さんざん探したけど見つからなくって、それで――。
なんで、これを先輩が持ってるの!?

思わず私は彼の顔を見上げる。
すると彼は、ぎゅっと手のひらを握り締めて、口を開いた。

「……すまなかった。俺が、お前に黙って持ち出していたんだ」
「持ち出していた? これを? いつ?」
「先月、お前の部屋を二度目に訪れた時、頼んであの箱を見せてもらっただろう。……あの日の帰り際だ」

ええ、あの時!?
そういえばあの時、先輩からアクセサリーボックスを見せてくれって言われたんだっけ。
あの日、彼の様子がすごくおかしかったのも確かだ。
でも、なんで?
なんで内緒で持ち出す必要があるの?
それに――

「でも、先輩、さっき私が電話してイヤリングのことを聞いたとき、何も言わなかったじゃないですか!」

確かに彼は、他人事のように笑って知らないふりをした。
そのうち見つかるから、探す必要はない、無駄な事はするなとまで言い放って。

「先ほどは、俺が持ち出したことをまだお前に知られるわけにはいかなかった。本当にすまなかった」

そう言って、彼は深深と頭を下げる。

「……どうして、そんなことを?」

私が尋ねると、彼はゆっくりと頭を上げ、無言で私の顔をじっと見つめた。
そして、手に残っていた白い布をポケットに仕舞うと、もう一度、今度は逆サイドのポケットを探り始める。
どうやら、また何かを取り出そうとしているらしい。
先輩の行動も考えも、何もかもが全く分からなくて、頭の中はぐちゃぐちゃだったけれど、私はただ静かに彼の行動を見守っていた。
やがて、先輩は『何か』を手にして、ポケットからゆっくりと取り出した。
今度は、彼の大きなてのひらに収まるくらいの、箱のようなものだ。
彼は、それを複雑そうな顔でじっと見つめてから、私の目の前にそっと差し出した。

「『これ』を、作るためだ」

――『これ』?
意味が分からなくて、私はただ、差し出された彼の手のひらの上に載っているそれと、彼の顔を交互に見つめる。

「どうか、受け取って欲しい。……お前に渡すために作ったものなんだ」

彼の真っ直ぐな瞳に、私の胸が速度を増した。
小さく頷いて、私は戻ってきたイヤリングを一旦コートのポケットに仕舞ってから、その箱に両手で触れ、ゆっくりと彼の手のひらから取り上げる。
それは、優しい手触りの純白の布が貼られた、とても綺麗で上品な小箱。

――もしかして――

心臓が跳ねた。
まさか、と思う心を一生懸命抑えて、私は先輩の顔を見上げる。
そんな私の視線に応えるように、彼は無言でこくりと頷いた。

手が震える。
心臓の鼓動がどんどん音と速さを増していく。
張り詰めたような空気の中、私は自分の心臓の音以外、何も聴こえなくなった。

片手で箱を持ち、もう一方の手でそっと上蓋に触れる。
そして、ゆっくりとその蓋を上に持ち上げた。

――その瞬間。
私の目に飛び込んできたのは、先ほど目にしたばかりの小さな花だった。
ううん、形は同じでも、これは硝子の輝き方なんかじゃない。材質が全く違う。
それにこれ、イヤリングでも髪飾りでもなくて――指輪だ。
私が中二の時に先輩から初めてもらった贈り物と、ほぼ同じデザインの、指輪。

「どうしても、お前が一番の宝物だと言ってくれたその花と同じデザインで指輪を作りたかった。しかし俺はデザインを指定して指輪を作る方法など知らなくてな。皆に相談したら、跡部が腕の良いジュエリーデザイナーを紹介すると言ってくれた」

白い息を吐きながら、彼は続ける。

「一刻も早く作りたかったから、すぐに連絡を取ってもらった。参考にする為に何枚か写真が欲しいと頼まれたので、あの日はその写真を撮る為にお前の部屋を訪れたが、お前に見られないように写真を撮ることに失敗して、つい持ち出してしまった。……まずいと思わないわけではなかったが、少しの間ならそこまで大事にはならないだろうと思ってしまったんだ」
「じゃあ、あの時跡部さんと一緒に会っていたあの綺麗な女の人って……」
「あの方は、跡部に紹介してもらったジュエリーデザイナーの方だ。先ほどの電話で彼女の声が聞こえたのは、これを受け取っていた真っ最中だったんだ。フルオーダーの指輪というものは、本来なら数か月はかかるものらしいが、どうしても三月中に間に合わせたかったから、特急で作ってもらってな。しかし、間に合うかどうかは本当にギリギリまで分からなかったものだから、出来たと連絡を受けて、嬉しさで舞い上がってしまった。そして、すぐにでも受け取りたいと思ってしまったんだ。余りにも浮かれてしまって、ついお前との約束を切り上げる形になってしまったのは、本当に悪かったと思っている」

彼の今の言葉と、ここ数日の彼の行動を照らし合わせていった。
あの日あの時の彼の行動も言葉も、今日の電話も、そういうことだったんだ。
パズルのピースが、全部綺麗に嵌っていく。
じゃあ――

「直接私に伝えたかった『大事な事』っていうのは……」

顔を上げて、問い掛けた。
真田先輩は、そんな私の目を真剣な瞳で見つめ返す。
そして。
小さな咳払いをしてから、彼は「その言葉」をゆっくりと――でも、とても力強く、私に告げた。

「……。俺と結婚してくれないか」

――結婚。
「その言葉」が、何度も何度も私の頭の中で響き渡った。
何も考えられなくなってただ呆然としている私の目を見つめ、彼は言葉を続ける。

「俺はもう、今までみたいなたまにしか会えない日常では我慢出来ない。……いつも、いつでもお前の傍にいたいんだ」

今までの日常が変わってしまうような、私と彼の人生に関わる大事な話――ああ、そういうことだったんだ。先輩は私と別れようとしてたんじゃなくて、改めて私と、この先の人生を共に歩いていこうとしていたんだ――

目が、胸が、全身が熱い。
彼の気持ちが嬉しいとか、真逆の勘違いをしていて申し訳ないとか、自分の行動が恥ずかしいとか、いろいろな想いはあるんだけど、それらを処理しきれなくてどうしたらいいのかわからない。
ただただ熱くて、こみ上げてくる何かは抑えきれずに目から溢れた。
声も出ず、嗚咽だけを漏らしながら、力が抜けてそのまま道路の上で座り込む。
そんな、箱を握り締めたまま座り込んだ私の真正面で、先輩もまた片膝をついて、私の目を真っ直ぐ覗き込んだ。

「返事は、今すぐにとは言わない。人生に関わる事だ。お前だって、いろいろと――」
「結婚します!」

彼の言葉に被せるように、私は叫んだ。
そんなの、考える時間なんていらない。答えなんか一つしかない。この先もずっと、先輩の傍で、先輩と同じ方向を見て、先輩と共にずっと一緒に生きていきたい。

「私は、先輩が傍にいてくれればどんな人生でも構わないんです。これから先、例えどんな人生が待ってたとしても、先輩と一緒に居られるならそれだけでいい。だからお願い、私と結婚してください……!」

いつの間にか、逆にプロポーズをし返していた。
顔は涙でぐちゃぐちゃだったし、ものすごい必死で酷い顔をしていたと思う。
でも、形振り構っていられなかった。

「変な勘違いをして本当にごめんなさい、先輩を信じられなかった馬鹿な私にこんなこと言える権利なんてないのかもしれないけど、私だって、いつだって先輩と一緒にいたいです……!」

先輩から貰った箱を握り締めながら、必死で叫ぶ。
先輩は、私がとても馬鹿な勘違いをしていたと分かっても、それでも私と結婚したいと思ってくれるのだろうか。
気が変わってはいないだろうかと思うと、怖くて仕方がなくて、私は自然と身体が震えた。

お願い、先輩。
私を嫌いにならないで。
私のこと、軽蔑しないで。
どうか、お願いだから――

祈るようにそう思っていた、その時。
私の身体を、あたたかくて優しい感触が包んだ。
先輩が、ぎゅっと抱き締めてくれたのだ。
そして。

「ありがとう、

耳元で、とても優しくてあたたかい彼の声が響いた。

「勘違いさせたのは、俺の責任も大きい。そのことに関しては、どうか気にしないで欲しい。俺こそ、やっとお前に結婚の申し込みが出来る算段がついて、浮かれ過ぎていたんだ。当のお前が俺の態度をそんなにも不安に思っていた事にすら気づけなかったとは……情けないにも程がある。本当にすまなかった」
「許してくれるんですか……?」
「許すも何も、俺は怒ってはいない。正直なところを言えば、お前が俺の心変わりを疑ったということがとてもショックだったのは本当だが、お前の身になってみれば、確かに勘違いされても仕方が無い話だ」

彼は、私を包んでくれている腕に更に優しく力を込めて、続ける。

「今回の事は、いい勉強になったと思わないか。いくら俺たちが長く深い付き合いをしていても、些細な事で相手を傷つけてしまうこともあるし、下手をすれば大事になることもある。やはり、隠し事はいかんのだな」

そう言って、彼は苦笑した。
その優しい言葉に、私の目からまたほろりと一筋熱いものが零れる。

「私も、自分を振り返るいい機会になったと思います。今まで私は先輩に甘え過ぎてたような気がします。もっと、私も成長しなくちゃいけないですね」

今回の事は誤解だったけれど、さっき私が今までのことを振り返って考えた事、反省した事は、多分間違いじゃないと思う。
私はやっぱり先輩に甘え過ぎていたし、先輩に依存し過ぎてた。
もう少し、私は向上心を持たなきゃいけないと思う。

「私、これからもっともっと素敵な女性になれるように頑張ります。見ていてくださいね、先輩」
「ああ、勿論だ。見ているとも。……傍で、ずっと」

今でも充分素敵だがな、と笑いながら、彼は私の身体を軽く離して顔を見つめた。
そして。

「……、『それ』を貸してくれ」

彼はそう言うと、私が箱を握り締めていた手に、そっと自分の手を差し出した。
頷いて、私は先輩の手にその箱を置く。

「お前の指に、ちゃんと合うだろうか」

先輩は恥ずかしそうに笑うと、壊さないように、箱の土台からそっと指輪を引き抜く。
それを感慨深そうにじっと見つめてから、私の手をとると、ゆっくりと私の左の薬指に填めてくれた。
――それは、ちゃんと計ったようにぴったりだった。

「ぴったり……です」
「そのようだな。良かった」

私は、自分の手を持ち上げて、指にはまったそれを見つめた。
薬指に咲いた綺麗な花は、月明かりに煌いている。
それを見ていると、何故かまた涙が零れてきた。

「……ありがとう、先輩。大好き」
「こちらこそ、ありがとう。――愛している」

そう言いあって、私たちは優しく口付けた。


少しの間、私は余韻に浸るようにそのまま彼の身体に抱かれていた。
でも、そういえばここは一般道路だった。
少し恥ずかしくなってきて、私が先輩の身体から少し距離を置こうとしたその時――道路脇に、バイクが止まった。
こんなところで、一体どうしたんだろう。
故障でもしたんだろうかと思いながらただ見つめていると、そのバイクの運転手が乱暴に被っていたフルメットを外す。
現れたその顔は、とても見覚えのある顔だった。

「真田さん、見つかったんすね!」
「き、切原君!? なんでこんなところに!?」

驚きすぎて、私の挙動が止まる。
更に、別の声が違う方向から聞こえてきた。

「こら、赤也! 今いいところだったのに!」
「全く、お前はいつまで経っても空気の読めない奴だな」

そう言って、少し先に停車していた車から降りて来たのは、幸村先輩と柳先輩。
あれは確か、真田先輩が乗って来た車だ。……すっかり忘れてたけど。

「……なんで……?」

私が目を瞬かせていると、側にいた真田先輩が、苦笑して口を開いた。

「お前を探すのに、皆に協力してもらったんだ」

私を……そ、そっか、私、滅茶苦茶皆に迷惑掛け捲ったんだ!
幸村先輩達から大量に連絡を貰ってたことを思い出し、私は青ざめた。
なんてことしちゃったんだろう、私ってば……!!

「ご、ごめんなさい!」

大声で叫んで、頭を下げる。
でも、皆は優しく笑ってくれた。

「気にするな、。大事にならなくて良かったよ」
「そうそう、君達二人の面倒を見るのは学生時代から慣れてるしね。今更だよ」
「そーゆーこと。あ、は家で待たせてっけど、ちゃんと連絡しとくから気にすんな!」

皆のあたたかい笑顔と言葉に、胸が詰まる。泣きそうになりながら、私は「ありがとうございます」となんとか言葉にした。
真田先輩が、そんな私の頭を優しくぽんと叩いて、皆に言う。

「ありがとう、皆。……なんとか無事に終わった。迷惑を掛けたな」
「そのようだな。どうやら、やっと纏まってくれたか」
「これで肩の荷が下りたよ」
「ホントっすよね。安心したっす!」

どこか嬉しそうに笑みを浮かべ、皆が言う。
そっか、先輩たちも切原君も、真田先輩が私にプロポーズしようとしてたこと、知ってたんだよね……。
なんだか恥ずかしくなって、かあっと頬が熱くなる。

「真田からさんが誤解して居なくなったって聞いたときはどうなることかと思ったよ」
「あんなに焦った弦一郎は初めて見たな」
「いきなり真田さんから電話が掛かってきた時は、ほんとびっくりしたっすよ……」
「ほんと、真田っていろいろと下手糞だよね。プロポーズの決心をするまでにも一年以上掛かって、やっと決心したかと思ったらこれだし。呆れるよ、ほんとにもう」
「う、うるさい! 『終わり良ければ全て良し』だ!」

みんなの言葉に、真田先輩は恥ずかしそうに顔をふいっと背ける。
先輩、そんなに前から結婚を考えてくれてたんだ。全然気がつかなかったなあ……。

私は、そっと彼を見上げる。
私の視線に気づいた先輩は、少し赤くなった顔を緩めて、私に微笑みかけてくれた。

「さて、と。全部無事終わったし、そろそろ俺達は退散しようか」

幸村先輩の言葉に、柳先輩が頷く。

「そうだな。久し振りに、夕飯でも食べに行くか? 勿論、幸せな二人は放っておいて、だが」
「いいっすね! 先輩達の奢りっすか?」
「……ま、いいよ。今日はおめでたい日だしね。赤也、さんも呼びなよ」
「よっしゃあ! じゃあ、俺迎えに行って来ますんで、店決まったらメール入れといてください!」

そう言って、切原君はヘルメットを被ると、颯爽とバイクに跨った。
慌てて、私は彼に近づく。

「切原君、ありがとうね。それから、あの、にもありがとうって伝えてくれる? 勿論後で私からもちゃんと連絡するけど……」
「オッケー! のことは気にすんな、今日は真田サンと好きなだけいちゃついとけよ!」

そして、切原君は親指を立てて、続けた。

「良かったな、! 真田さんと、幸せにな!」

フルヘルメットを被っていたので、表情はよくわからないはずなんだけど、切原君の満面の笑みが見えたような気がした。

「ありがとう……!」

胸がいっぱいになりながら私が頷くと、切原君は手を振り、そのままバイクを走らせて行ってしまった。
……思えば、切原君がを好きにならなければ、私は先輩と出会うことも無かったんだ。切原君とは、私にとっては大恩人だね。――本当に、ありがとう。

「じゃあ、俺たちも行くよ。悪いけど、帰りは送らないからね。積もる話もあるだろうし」
「まだバスはあるしタクシーもよく通るから問題ないと思うが、ここから歩いても駅までは一時間半ほどだ。今のお前たちなら、少し歩くのもいいかもしれないな」

幸村先輩と柳先輩は、嬉しそうに笑いながら、車に乗り込んだ。
私と真田先輩は、Uターンの邪魔にならないように少し距離を取る。
そして、二人は窓を開けてもう一度私たちの方を見た。

「言い忘れてた。……真田、さん。婚約、本当におめでとう」
「おめでとう、二人とも。幸せになれよ」

そう言って、二人はとても優しく笑った。

「幸村、蓮二、本当にありがとう。世話になった!」
「ありがとうございました!」

私と先輩の声を聞いて頷いてから、幸村先輩と柳先輩は車の窓を締める。
そして、手を振ってそのまま行ってしまった。

悪戯好きな、幸村先輩と柳先輩。
いつも私たちをからかって楽しむ、困った先輩達だけど――それ以上に、誰よりも私たちの幸せを願ってくれていた。
それはきっと、私たちが結婚しても変わらないんだろうな。
ありがとう、幸村先輩、柳先輩。

私は本当に幸せだと、改めて思った。
素敵な友人や先輩達に囲まれて、そして何より、こんなに大好きなこの人と生涯を共にしていける。
自分は本当になんて幸せ者なんだろうと思うと、また、目が潤んだ。
そんな私を見て、真田先輩はあたたかく微笑み、その大きな指で私の涙を拭う。
でも、その優しさがまた私の涙腺を刺激して、私はまた泣いてしまった。

やっと私の涙が収まり、私たちは顔を見合わせる。
少し照れ臭そうに笑い合うと、彼が口を開いた。

「……そろそろ、俺たちも帰るとするか。……どうする、本当に歩くか?」
「そうですね。学生時代もたまに歩いて帰ったりしてましたもんね。ゆっくり月でも見ながら歩いてみます?」
「そうだな。あの頃を思い出して、歩けるところまで歩いてみるか」

そう言って、彼が私に手を差し出す。その手を取り、そのまま私は全身でぎゅっと彼の腕に絡みついた。
あんなに感じていた寒さは、不思議ともう感じない。

「先輩、……大好き」
「俺もだ。、愛している。これからも、ずっと」
「私も、ずっとずっと、先輩のこと愛してますから!」

そう言って、私たちは再度笑い合う。
そして、真っ直ぐ続くこの長い道のりを、今、一歩ずつ歩き出した。

〜Fin.

初稿:2011/01/31
改訂:2024/10/24

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