「それでは、本日はここまで」
「お疲れ様でした!」
にとっては初日の、今日の練習が終わった。
皆に教えてもらいながらコートの片づけを手伝った後、は急いで部室に戻り、自分の荷物を手に取る。
が荷物を置いているのはレギュラーたちが着替える第一部室だったので、彼らが着替えを始める前に荷物を取らなければならなかったのだ。
荷物を無事に取ることができ、少し安心したは、部室を出ると外の壁にもたれて大きく息を吐いた。
(やっぱ、思った以上に大変な仕事だなあ……)
そんなことを思って、再度深呼吸する。結局あの後、洗ったタオル類を片づけて、その後ドリンクがなくなった部員へのドリンク補充などをしているうちに、あっという間に終了の時間を迎えた。
はっきり言って、部活が始まってから終わるまで、一分たりとも無駄にした時間はないと思う。なのに、今日やった仕事が全てではないらしいというのだ。
これ以上にやることがあるなんて、どうやって仕事を回せばいいのだろう。
とはいえ、辛いと感じているわけでは決して無い。勿論楽しいと思うような余裕もまだまだ無いけれど、今の心を占めているのは、マネージャーとして頑張りたい、認められたいと思う気持ちだけだ。
(もっとペースをあげなきゃ……あと、時間配分も細かく考えてやらないと……)
壁にもたれたまま、今日一日やった仕事を振り返り、明日からどうすれば時間が短縮できそうかを考えてみた。
少なくとも、テニス部やマネージャーの仕事の説明をして貰った時間は、明日は別のことに使えるはずだ。
そして、ルールを教えてもらう為に試合を見せてもらったあの時間も、きっと今日だけのものだろう。
その空いた時間はまたすぐ別の仕事を教えてもらうことになるだろうけど、それも早く覚えることができれば、その時間も空くはず――
そんなことを考えていると、ふと視界の前に人影が現れた。はっとして顔を上げると、そこには切原がいた。
「、お疲れ!」
大量にかいた汗をタオルで拭きながら、気持ちよさそうに笑っている彼に、もまた笑顔で返す。
「切原君、お疲れ様!」
「どうだった? やっぱ疲れたか?」
「うん、結構くたくたかも」
正直に答え、は苦笑を浮かべる。
「……続けられそうか?」
そう言って、心配そうに窺う切原に、はこくんと頷いて笑った。
「続けたいと思ってるよ。疲れたけど、やりがいあるなって思ったし、テニス部の人たちもいい人ばっかりみたいだし。……まあ、心配なことがないと言ったら嘘になるけどね。でも……うん、やりたい。続けたいよ」
「……そか。そりゃ良かった」
切原の表情が、安心したように緩む。
そして。
「頑張れよ! 俺にできることがあったらなるべく手伝うしよ。……今日みたいにさ」
意味深な言い方をして、彼はにんまり笑った。その言葉に、の心臓がどきりと弾む。
「手伝い」というのは、予定になかった練習試合をルール提示の為にわざわざしてくれたことなのか、それともその相手に真田を選んでくれたことなのか、どちらを指しているのだろうか――どちらにしろ、彼には礼を言わねばならないけれど。
「うん、今日は本当にありがとう」
そう言うと、は笑って頭を下げる。
「どーいたしまして!」
切原はへへっと笑うと、人差し指で鼻を軽く擦った。
「じゃ、おつかれさん! またな」
そう言って手を振りながら、彼はそのまま部室に入っていった。
それに続くように、次々に他のレギュラー達も部室へと近づいてくる。は、彼らにも頭を下げて今日のお礼を言った。
「今日はありがとうございました。明日からもよろしくお願いします!」
その言葉に最初に反応したのは、先頭にいた柳だ。
「ああ。こちらこそありがとう。明日からもこの調子で頼む」
そう言って優しく微笑むと、そのまま部室へと入っていった。
続く丸井も、軽い調子で「お疲れさん」と笑顔で言う。
同じように、柳生や仁王、ジャッカルも、の前を通り過ぎる際に労いの言葉を掛けてくれた。
今日一日の頑張りを皆に認めてもらえたような気がして、は嬉しくなり、頬が緩んだ。
(明日からも頑張ろう!!)
そんなことを思っていると――更にもうひとり、人影が近づいてきた。
「」
に気付いて、影の主が自分の名を呼ぶ。
ただそれだけで、の心臓の鼓動がワンテンポ速くなった。
(真田先輩……!!)
彼の姿を認識すると、更に心臓の速度が増した。は、必死で表情を変えないように取り繕う。
「真田先輩、今日はありがとうございました!」
そう言って勢いよく頭を下げたに、真田はうむと頷いて返す。
「今日一日、お前の働きを見ていたが、悪くなかったと思うぞ。ただ、やはり遅いな。一つの仕事に時間がかかり過ぎている。慣れていないのもあるのだろうが、もう少し手早くやれるようになってもらいたい。先ほども言ったが、今日やった仕事が全てではないからな」
「は、はい……頑張ります……」
彼が自分を見ていた――そう思うと、緊張して声が上擦ってしまった。
しかも、頬の熱が増しているような気がする。顔が赤くなっているかもしれない。
そんな自分の変化を彼に悟られてはいけないと思ったは、俯いて真田から視線を逸らした。
しかし、そんなの様子を見た真田は、自分の言葉が目の前の彼女を萎縮させてしまったと思ったらしい。少し慌て気味に、フォローを入れ始めた。
「ああ、別に怒っているわけではないぞ。初日の割には本当によく働いてくれたと思っている」
少し早口になりながらそう言うと、真田は咳払いをひとつした。
そして。
「とにかく、今日はよく頑張ってくれた。明日からもよろしく頼むぞ、マネージャー」
そう言って、彼はその大きな手をの頭に優しくぽんと置くと、そのまま部室へと入って行った。
は、しばらくその場を動けなかった。
彼に触れられた部分が熱い。
そして、心の中では、今の彼の言葉が木霊のように何度も響いていた。
よく頑張ったと言ってくれたこと。明日からもよろしく頼むと言ってくれたこと――全てが熱を持って、の身体を駆け巡る。
気を遣って言ってくれたのかもしれない。しかしそれでも、は嬉しかった。
(どうしよう、ものすごく、嬉しい……)
そんなことを思いながら、は心臓を落ち着けようと必死に息を吸う。
しかし、暴れるような心臓の鼓動は、しばらくの間収まってはくれなかった。
?
◇◇◇◇◇
※作中の描写について※
作中にスポーツドリンクを同量の水で薄める描写が出てきますが、こちらは書いた当時(2006年頃)の通例です。現在はスポーツドリンクは薄めずそのまま飲む方がいいとされています。
書きなおそうかとも思いましたが、当時のリアリティを優先させることにしました。
すみません嘘です。
そこを書き直そうと思うと結構大掛かりになるので断念しました。
申し訳ありません。
スポドリ以外の部活動描写、マネージャー描写についても、当時かなり色々調べて描きましたが、物語を作るための想像と捏造がかなり含まれています。
素人の創作物として流して頂けますよう、よろしくお願いいたします。