12月24日、クリスマスイブ。
17時に、臨海公園の駅の側の大きなツリーの下で――
それが、彼と過ごす初めてのクリスマスイブの、待ち合わせの約束だった。
こんなに遅い時間の待ち合わせだから、きっと今日一緒に過ごせるのは2時間ほどだけだろうけど、そんなことはどうでもいい。
今日会えることが嬉しい。
昨日のうちに先輩へのクリスマスプレゼントも買ったし、今日はきっと最高の日になる。
そんな予感がする。
手にしていた携帯電話の時計が、17時を表示した。
時間になったな、なんて思っていた丁度その時、彼の声が聞こえた。
「待たせたな、」
「先輩、流石ですね。時間ぴったりですよ」
おじいさんから頼まれた用事を終えて、すぐに駆けつけてくれたのだろう。
真田先輩の息は、少し上がっている。
「お手伝い、お疲れ様でした。疲れてるのに、時間を取ってくれてありがとうございます」
「ああ。お前こそ、こんな遅い時間に俺と会ってくれてありがとう」
そう言って、私たちは微笑い合う。
「あまり時間はないが、どうする?どこか行きたいところはあるか?」
真田先輩の言葉に、私は素直にこくんと頷いた。
私には、さっきからずっと気になってるものがあったのだ。
ツリーの下で先輩を待っている間、ずっと見えていた、あの大きな観覧車。
あれに、先輩と乗れたらいいなって思っていた。
この駅の周りはイルミネーションが綺麗だから、それを先輩と見れればと思って、この駅で待ち合わせにしてもらったけれど、どうせならあの観覧車に先輩と一緒に乗ってみたい。
すごく混んでるだろうから、もしかしたら先輩は嫌かもしれない。
だけど、先輩とはちゃんと本音で付き合うって約束したから、迷うことなく私は口を開いた。
「先輩と、あの観覧車に乗りたいです。いいですか?混んでるかもしれませんけど……」
私の指差す先に、先輩は軽く目をやる。
そして、「ふむ」と小さく頷くと、
「今日はクリスマスイブだ。どうせどこに行っても混んでいるだろう。なら、お前の喜ぶところに俺も行きたいと思う」
そう言って、先輩は優しく笑ってくれた。
「ありがとうございます、じゃあ、早速行きましょう!」
「ああ」
私と先輩は、そう言ってもう一度微笑みあうと、観覧車に向かって歩き始めた。
もう日は落ちたけれど、さすがクリスマスイブなだけあって、人の多さは昼間以上かもしれない。
私たちは、逸れないようにと、どちらからともなく手を繋いだ。
いつもは手を繋ぐだけですっごく照れちゃって、なかなかすんなりとはいかないんだけど、今日はクリスマスだからかな。
そんなことを思って思わず笑みを零しながら、様々な色のイルミネーションが彩る通りを、私たちは歩いた。
観覧車までは数百メートルほどの距離があったけれど、イルミネーションが綺麗過ぎたのと、繋いだ手がとても暖かくて、距離を全然感じさせなかった。
おかげで、観覧車の乗り場までは、気分的にはあっという間だった気がする。
観覧車の乗り場は、人でごった返していた。
予想はしていたけれど、やっぱ改めて目にすると圧巻かも。
「すごい人ですね……」
「うむ、あそこに40分待ちと書いてあるな」
うわーすごい……さすがイブだ。
今が5時20分くらいだから、乗る頃には6時になっちゃうな。
「先輩、本当にいいですか?」
「ああ、勿論だ。……どうやらあちらでチケットを買わなければならないらしい。行くか」
「はい!」
先輩と一緒に販売機でチケットを買って、私たちはまた列に戻ってきた。
そして、延々と続く長い列の一番後ろに着いた。
これから乗る観覧車を、私はそっと見上げた。
観覧車の中心から各ゴンドラに向けて、放射線状の光が広がるさまは、まるで大輪の花火が咲いたようで、とっても綺麗だった。
「観覧車なんて久しぶりだなぁ」
私が呟いた言葉に、先輩が反応する。
「俺もだ。小学生の頃、家族で行った遊園地で乗ったのが最後だからな。もう4、5年は乗っていないな」
「……遊園地かあ。私も最近行ってないです」
そう呟いて、思わず私は先輩と遊園地に行く自分を想像する。
先輩と遊園地に行けたら、楽しそうだな――なんて、思っていたら、ふいに先輩が口を開いた。
「、今度、一緒に行かないか」
その言葉にちょっと驚いて、私が先輩の顔を見上げると、彼と目が合った。
すると。
「久しぶりに、行ってみたくなったんだが……」
彼はそう言って、少し照れたように笑った。
「は、はい!!行きたいです!!」
驚いたのと、嬉しかったのとで、上擦りぎみにそう言いながら、私は何度も何度も頷いた。
その様子がおかしかったのだろうか、彼はくすりと笑う。
「よし、ではまだしばらく寒いから、もう少し暖かくなったら一緒に行こう」
「はい!!」
彼との約束がまたひとつ増えたことが嬉しくて、私は頬を緩ませる。
ああ、本当に幸せだなあ――なんて思っていた、その時だった。
「弦一郎、!」
「真田君、偶然だね!デート?」
ふいに、列から離れたところから声を掛けられた。
どこかで聞いたような声だと思いながら、声のした方に目をやると、そこには柳先輩がいた。
いや、柳先輩だけじゃない。
先輩は、女の人を連れていた。
「……蓮二、それに!!」
「柳先輩……!!」
私と先輩の驚いた声が重なった。
ほんと、なんでこんなところに居るの!!?
驚いて目を丸くしている私たちに、柳先輩たちが近づいてくる。
「無事、デートできたのだな。から話を聞いたときはどうなることかと思ったが、ほっとしたよ」
柳先輩はそう言うと、私達に向かってにっこりと笑いかけた。
デート、と言われてつい顔が熱くなる。
――いや、デートで合ってるんだけど、やっぱり知ってる人に見られるって言うのは恥ずかしいもので……。
柳先輩には今回とてもお世話になったから、後で報告するつもりではいたけれど、実際の現場を見られるとは思っていなかった。
予想外の出来事に照れてしまって、何も言えず黙り込んだ私の隣で、同じように頬を染めた真田先輩が口を開いた。
「そ、そんなことはどうでもいいだろう。お前達こそ……」
言い返してはみたものの、やっぱり先輩も私と同じで照れてしまっているみたいで、声がかすかにどもってしまっている。
そんな真田先輩とは対照的に、余裕たっぷりの笑顔で柳先輩は言った。
「ああ、お前達と同じく、デートだよ。なあ、」
柳先輩はそう言うと、隣の女の人に笑顔を見せた。
その人もまた、笑って頷いている。
真田先輩は、どうやらこの人のこと、知ってるみたいだ。
でも、私も、この女の人見たことある気がする……
どこで見たんだろうと、私は一生懸命記憶を辿った。
――思い出した!!この人、あの時真田先輩と2人っきりで話してた人で、真田先輩のクラスメイトって言ってた人だ!!
その人が、柳先輩とデート、ってことは……え!?
「え、柳先輩の、あの……彼女さん、なんですか?」
「うん。さっきなったばかりだけどね。初めまして、さん」
思わず飛び出した私の問いに、彼女さんは笑って答えてくれた。
……そっかあ、柳先輩の彼女さんだったのかあ。
でも、「さっきなったばかり」ってことは……あれ、もしかして今うまくいったばかりなのかな。
「は、初めて会うことになるのか。彼女は。俺の彼女で、弦一郎のクラスメイトでもある」
柳先輩が、あらためて彼女を紹介してくれた。
先輩の紹介に、先輩はちょっとだけ頬を染めて、嬉しそうに笑う。
その笑顔は、柳先輩のこと本気で好きなんだなって思えるほど幸せそうで、なんだか私まで胸が暖かくなった。
「初めまして、先輩。です」
「初めまして。よろしくね」
私たちは、そう言って頭を下げ合う。
なんだか、すごくいい人そうだな。
さすが、柳先輩の選んだ人だなあ、なんて思っていると、柳先輩が先輩に笑顔で話し掛けた。
「では行くか、。せっかくのイブだ、もう少し2人で過ごしたいしな」
「……そうだね、こっちの2人の邪魔しても悪いし」
じゃ、邪魔って……!!
先輩のその言葉に、また顔が熱くなる。
ふと、先ほどから言葉少なげな真田先輩を見てみると、先輩も顔を赤くして、照れているのが見えた。
そんな私たちを見て、柳先輩と先輩は、からかうように笑う。
もしかして、先輩も柳先輩と同じで、からかったりするの好きなんだろうか。
……さすが、柳先輩の選んだ人だ。
「ではな、弦一郎、」
「じゃあね!」
まだどこか照れている私たちを残し、柳先輩達は手を振って踵を返した。
――しかし。
「ああ、そうだ」
何かを思い出したように、柳先輩はまた私たちの方を向き、にいっと笑った。
「弦一郎、。この観覧車は、カップルで乗ったときに中でキスをすると、一生幸せになれるというジンクスがあるらしいぞ」
……は、はあ!?キ、キス!?
柳先輩、いきなり何言い出すのー!!?
あまりにもびっくりして、私は目を見開いたまま、動けなくなってしまった。
体感温度は、一気に沸点まで上がってしまった。――ああ、今絶対顔真っ赤だ!!
「蓮二……!!」
真田先輩の声も、明らかに動揺しているのがわかる。
そんな私たちに向かって、柳先輩はひらひらと手を振り、
「では、頑張ってくれ」
そう言い残して、先輩と共に駅のほうへ向かって行ってしまった。
……ていうか、頑張るって何を!?
さっきまであんなに落ち着いてた心臓が、壊れそうなくらい早く脈打っていた。
ああもう、今日はいい意味で意識しないで、落ち着いて先輩とデートできると思ったのに!
これじゃ、逆戻りじゃないか。柳先輩の馬鹿ー!!
心の中で、恥ずかしさをごまかすように、柳先輩に向かってひとしきり文句を言う。
真田先輩も、さっきから言葉がなくなっていた。
先輩は、どう思ってるのかなって思いながら、そっと見上げると、先輩の顔も真っ赤に染まっているのが見えた。
やっぱり先輩も照れてるみたいだ……ああ、これから観覧車の中で2人っきりになるのに、こんな感じで大丈夫なのかな。
そんなことを思っていたら、いつの間にやら、あと数人で私たちの番というところまで来ていた。
「せ、先輩もうすぐですね」
「あ、ああ」
そんなことを言い合っているうちに、あっという間に私たちの番は来てしまった。
チケットを係の人に渡して、私たちはスタンバイする。
降り場のほうで前に乗っていた人たちが降り、そのゴンドラがそのまま私たちのほうに向かってくる。
扉を抑えていた係員さんは、私たちに入るように促した。