私が先に入り、続いて先輩も中に入る。
私たちは、無言で対面になるように座った。
「では、扉閉めますよ。彼女、大きく揺れたら彼氏につかまってくださいねー」
係員さんは、そう言って扉を閉めた。
そして、ゴンドラは上昇を始める。
でも、私はどうしても恥ずかしくて、先輩の顔を見ることが出来なかった。
後ろを向いて、じっと窓の外に広がるイルミネーションを見つめているのが精一杯で、私はひたすらに窓の外に目をやっていた。
額を、こつんと観覧車の窓に当てた。
顔が熱いから、窓の冷たさがなんだか気持ちいいな、なんて思っていると――窓の向こうの景色が、少し変わっていることに気がついた。
まるで羽根のように真っ白な粒が、ひらひらと舞っていたのだ。
「雪……?」
そう呟いて、私はまじまじと見る。
ああ、やっぱり雪だ……うわあ!!
「雪、降ってる!!」
思わず、私は歓声を上げてしまった。
嬉しい、ホワイトクリスマスイブだ!!
「ん、雪?……降っているか?」
不思議そうな先輩の声が聞こえた。
「はい、降ってます!降り始めたばかりみたいだけど」
私が思わず振り向くと、先輩はいつの間にか立ち上がって座っている私の傍に立っていた。
そして、私の頭越しに窓の向こうを見ると、
「ああ、本当だ。俺のほうの窓は観覧車の光が反射してよく見えないが、こちら側から見ると、よく判るな」
そう言って、小さな笑みを漏らした。
先輩が、傍にいる。
そう思っただけで、私の心臓がまた高鳴る。
「き、綺麗ですね!!イルミネーションだけでも綺麗なのに、雪まで降ってるだなんて」
「ああ、綺麗だ」
私の言葉に頷きながら、彼は立ったままじっと窓の外を見詰めている。
私が、その顔を座りながら見上げていると、ふいに先輩は私のほうを向いた。
「……隣に、座ってもいいだろうか」
彼は、照れたように僅かに目を逸らしながら、そう言った。
彼の言葉に、ドキっとしながら、私は頷いて端に寄る。
「は、はい……どうぞ」
「すまないな」
そう呟いて、先輩は私の隣に腰を下ろした。
すぐ傍に、先輩がいる。
どうしても意識せずにはいられなくて、私の心臓はどんどん脈を上げた。
隣同士に座っているのに、私たちは黙ったままだった。
これじゃ、間が持たない――何か、いい話題ないかな。
あ、そうだ!!
肝心なことを忘れていたことを、私は思い出した。
せっかく先輩にプレゼント買ったのに、まだ渡してないよ!
「先輩、あの」
声を掛けながら、私は鞄を探る。
そして、プレゼントを取り出して、そのまま彼の目の前に差し出した。
「クリスマスの、プレゼントなんですけど」
私がそう言うと、彼は少し驚いたように瞬きをした。
「……お前も、用意していたのか」
え、お前もって……
その意味が判らなくて、私がぽかんとした表情で先輩の顔を見つめていると。
「これを――」
そう言いながら、先輩はコートのポケットから何かを取り出し、私の目の前に差し出した。
彼の手に乗っていたのは、かわいらしい包装紙に包まれた、小さなプレゼントだった。
「え」
目の前の光景にびっくりして、私は思わず小さな声を漏らす。
もしかして、これって……
「俺からの、クリスマスプレゼントだ。良ければ貰ってくれ」
「いいんですか……?」
「お、お前に渡す為に買ってきたのだ、いいに決まっている」
先輩からクリスマスプレゼントをもらえるなんて、思ってもみなかった。
どうしよう、嬉しい。嬉しすぎて、どうにかなっちゃいそうだ。
「あ……ありがとうございます」
「い、いや。こちらこそ、ありがとう」
そう言いあって、私たちは互いにプレゼントを手に取った。
「開けてもいいですか?」
「……ああ。でも、中身はあまり期待してくれるなよ」
彼の呟きを聞きながら、私は掌に乗っている、小さな包みのリボンを解いた。
そして、丁寧に包装紙を剥がすと、小さな箱が中から顔を覗かせる。
私は、その箱をそっと開いた。
「うわあ……」
中から出てきたのは、可愛らしいペンダントだった。
細身のシルバーチェーンに小さなお花モチーフのペンダントトップがついていて、すごく綺麗。
先輩がプレゼントを用意してくれてたってだけでも驚いたのに、その中身がアクセサリーだなんて……本当に信じられない!
「かわいい!本当に貰ってもいいんですか」
「当たり前だ。……そ、そんなもので良かったか」
「勿論です!何が出てきても嬉しかったと思うけど、こんなに可愛いのを貰えるなんて嬉し過ぎです。先輩が、選んでくれたんですか?」
「……い、いや……そうだと言いたいのだが、正直俺には何がいいのか全く判らなくて、赤也に頼んで一緒に選んでもらったのだ。だ、だがな、いくつかに絞って、これを最終的に選んだのは、俺だ」
そう言うと、真っ赤な顔で、彼は咳払いをした。
「そうなんですか。すっごく嬉しいです。大事にしますね」
「ああ。……お前の方のも、開けていいか」
「はい!」
私の返事に、彼もまた包みを開く。
先輩、気に入ってくれるかな、なんて思いながら、ドキドキで私はその光景をじっと見つめた。
……やがて、私が選んだ品が、包みの中から現れ、彼はそれを手に取った。
「手袋、か」
先輩の言葉に、私はこくんと頷く。
そう、私が選んだのは、手袋。
先輩は別に寒さに弱い人ではないけれど、先輩の手は、テニスをしたり、居合をしたり、書道をしたり、……そして私を包んでくれたりする、大事な手だから。
そんな先輩の手が、私は本当に大好きだったから――守りたい、なんておこがましいとは思うけれど、そんな想いを込めて選んだ品だった。
「まだまだ寒いので、使って頂けると嬉しいかな、なんて」
「勿論、使わせて貰うに決まっているだろう。ありがとう、。大切にする」
そう言うと、真田先輩は、私のプレゼントを大切そうに見つめていたその目を、私に向けた。
この近距離で、この優しい眼差しに見つめられると、私は本当にどうにかなってしまいそうになる。
それをごまかすように私は視線を落とし、手の中に収まっている先輩からのプレゼントをそっと見つめた。
「……これ、今、着けてもいいですか」
なんだか、早く着けてみたくてたまらなくなって、いつの間にか私はそんな言葉を口にしていた。
「あ、ああ」
彼の言葉を聞いてから、私はそっと箱からペンダントを取り出す。
本当に可愛いな、なんて思いながら、震える手で止め具を外し、首の後ろに手を回した。
あまりにも嬉しかったから、ちょっとだけ手が震えて手間取ってしまったけれど、なんとか着けることが出来た。
首に回していた手で、ペンダントトップにそっと触れる。
私のために先輩が選んでくれたんだと思うと、嬉しくて嬉しくてたまらなくて、つい笑みを零しながら、私がそのペンダントを見つめていると――真田先輩が、小さな声で「良かった」と呟いた。
「え?」
思わず聞き返した私に、先輩は目をぱちぱちさせる。
独り言のつもりだったのかな。
「いや……その」
照れたように顔を真っ赤にしながら、彼はとても言い辛そうにしていたけれど、やがて覚悟を決めたように掌にぎゅっと握り締めて、声を出した。
「とても、似合っていて、その、可愛くて良かったと――」
――え。
驚いて顔を上げると、先輩は真っ赤な顔で視線を逸らし、咳払いをした。
そして、あたふたと焦りながら、言葉を続けた。
「……いや、これを買いに行った時、一緒に行ってくれた赤也がな……俺が、お前が着けたら可愛いと思うものを選べばいいと言ってくれて――それで、俺もいろいろと悩んだんだが、これが一番お前に似合っていて可愛いのではないかと思ったんだ。それで、その、なんだ。予想通りで良かったというか、なんというか……」
半分しどろもどろになり、最後は「まあそういうことだ」と無理やり締めながらも、彼はまた顔を真っ赤にする。
うわ――真田先輩が、そんな風に褒めてくれるなんて思わなかった。
だって、そういうことはほとんど言わない人なのに。
驚きと、少しの恥ずかしさ、そしてそれ以上に嬉しい気持ちで、私はもう壊れてしまいそうだ。
「あ、ありがとうございます……」
なんとかそう返しながらも、私の心の中はもう本当にいっぱいいっぱいで。
ああ、やっぱり私この人が好きだ。どうしようもないくらい、好きだ。
一生、一緒にいたい――なんて、心の中でひたすら繰り返した。
その時。
――この観覧車は、カップルで乗ったときに中でキスをすると、一生幸せになれるというジンクスがあるらしいぞ
ふいに、柳先輩が言っていた言葉が頭の中をちらついて、私の脈が加速度を上げた。
先輩と幸せになりたいよ、なりたいけど……キス、って言われても……
思わず、自分の唇に触れる。
先輩とキスしたことがないわけじゃないけど、その回数ははっきり言って片手の半分ほどもない。
別に、キスするのが嫌だとかそんなわけじゃない。
恥ずかしいけど、初めて先輩とキスした時は、ものすごく嬉しかったし、幸せだった。
先輩はどう思ってるか判らないけど、したくないなんてこと、私は絶対にない。
正直なとこ――むしろ……。
その瞬間、今自分が思ったことの恥ずかしさに、私の全身は火を噴いたみたいに熱くなってしまった。
私、今何考えちゃったんだろう!!
恥ずかしくてたまらなくなり、考えないようにしようと思うけど、そう思えば思うほど、私の頭の中はその考えでいっぱいになってしまう。
心の中は、もうメチャクチャだった。
「、いきなり黙り込んで、どうかしたのか?」
ふいに、先輩の声がして、私ははっとする。
「い、いえ、なんでも」
慌てて私は顔を上げたけれど、先輩の顔を見て、また咄嗟に下を向いてしまった。
駄目だ、顔なんて見られないよ。
「……そうか?なんでもというような感じではないが……」
うう……確かに先輩には何でも素直に言うって約束したけど、いくらなんでも……キ、キスしませんか、なんて言えるわけない……!!
ああもう、どうしたらいいんだろう。
もう、完全にパニック状態に陥ってしまっていた。
そんな私の耳に、先輩のおだやかな声が届く。
「別に無理していう必要はないが、また前みたいに俺に迷惑をかけるのではなどと思っているのなら、そんな心配はいらんぞ」
違う、違うんです……迷惑とかじゃなくて、ただ恥ずかしいだけなんです……
キスだなんて、さすがに言えない。言えるわけないよ。
尚も俯いて黙り込む私を見て、彼は仕方なさそうに微笑った。
先輩は、きっと私がまた先輩のことを気遣って言えないとでも思ってるんだろうな。
申し訳ない気持ちになって、私は眉をひそめた。
「ご、ごめんなさい。別にそういうわけじゃないんです」
小さな声でそう呟く。
すると、私の頭に彼は大きな手で優しく触れた。
「何でも素直に言うというのは、簡単に見えて非常に難しいことではある。もし言えないことを気にしているなら、それこそ気にしなくていい」
そう言って、彼は私を優しく撫でた。
その言葉も手も、本当に優しくて暖かい。
――やっぱり、私は真田先輩が大好きだ。
効果があるかどうかなんて判らないけれど、一生幸せになれるというのなら、あのジンクスに頼ってしまいたい。
「……あの」
私は、ぎゅっと掌を握り締めて、先輩の顔を見上げた。
優しく微笑いながら、彼が私の顔を覗きこんでくる。
「あの、ですね」
言おうと思ったものの、やっぱり言葉が続かなくて、顔だけがどんどん熱くなる。
「無理はしなくていいぞ、。……もうすぐ、地上に着くしな」
え、もう着いちゃうの?
先輩の言葉に、あわてて外を見てみると、確かにもうゴンドラは下がり始めている。
全然気がつかなかった、どうしよう。
ああ。もう時間がない……!!
私は、彼の顔を見上げた。
少しずつ地上に戻る窓の外を、彼は見つめている。
その時、私の脳裏にある考えが浮かんだ。
――そうだ。
ずるいかもしれないけど、これだって……
ちょっとだけ、私は腰を浮かす。
そして、そのまま横を向いている彼の無防備な頬に軽く自分の唇を押し当て、すぐに離れた。
それは、1秒もないほど、小さな小さなキス。
次の瞬間。
「……!!」
彼は自分の頬を抑えながら、とても驚いた顔で、私を見た。
そ、そりゃ驚くよね、ていうか私すごいことやっちゃったよね……!!
「あ、あの!すみません……私、私その……先輩と幸せになりたくて……」
先輩の顔は見れなくて、俯きながら言い訳を重ねる。
「この観覧車、ジンクスがあるって……」
頭の中も、言葉もめちゃくちゃだ。
ああ、どうしよう。
今更だけど、素直にキスしてくださいって言うのより恥ずかしかったんじゃ……!!
「……ジンクス?もしかしてさっき蓮二が言っていた……」
彼の言葉に、私は首を縦に振った。
「ごめんなさい、だってキスしたら一生幸せになれるって……だから」
そこまで言ったけれど、あまりの恥ずかしさに、私は言葉を続けられなくなった。
その後、少しだけ間があり、彼が大きく息を吐く音が聞こえた。
そして。
「。……顔を上げろ」
そんな声が聞こえて、私はおそるおそる顔を上げた。
彼の顔は、まだ真っ赤だった。
「……ジンクスなどという不確かなものを信じるな、馬鹿者」
眉間に皺を寄せながら、彼は続けた。
「ジンクスなどに頼らなくても、俺はお前を幸せにしてみせる」
「先輩……」
どうしよう、嬉しい。
今日のデートも贈り物も、全部嬉しかったけれど、この言葉が今日一番嬉しいよ。
泣きそうなくらい、胸がいっぱいだ。
それと同時に、自分の浅はかな行動が本当に恥ずかしくなってしまった。
「先輩、変なことしてごめんなさい……」
「い、いや別に変なことでは……うむ」
そう言うと、彼は何かを考えるように少し黙り込んでから、また口を開いた。
「、もう一度言うが、俺はジンクスなど信じてはいない。だ、だが、お前が――」
そこまで言って、また言葉が途切れる。
彼は、なんだか言いにくそうに数回咳払いをした。
「お前が、その、あまりにも、だな。あまりにも、可愛いから……キ……」
それ以上は、もう言葉が続かなかった。
でも、彼が言おうとしたことは、なんとなく判った。
私は、無言でこくんと頷き、先輩を見上げる。
そんな私の頬に、彼は優しく手を添えた。
そして。
次の瞬間――彼と私の唇が、そっと重なった。
その出来事の後、余韻に浸る暇もなく、私たちの乗っていたゴンドラは地上に到着した。
時間がもう6時半を回っていたので、今日のデートはそれでお開きになってしまったけれど、彼は私を家の前まで送ってくれた。
本当に、最高のデートだった。
ずっと、憧れていた。
大好きな人と過ごす、クリスマス。
時間は短かったけれど、本当にいろいろなことがあって、最高に幸せだった。
胸がいっぱいで、今日は眠れそうにないよ。
先輩、来年も、再来年もその先もずっと、一緒に過ごしてね。
先輩が一緒に居てくれれば、それだけで私は幸せだから。
このお話、ものすごく初期に書いたので、柳は図書委員してるし赤也が部長になってるしで、現在開示されてる設定とはだいぶ食い違いがあります。
2021年改装時になんとか今の設定に合わせて書き直せないかと思ったのですが、なんともなりませんでした。
でも結構自分でも好きなのと、当時も読者様に好評だったので、もうそのまま残すことにしました。
ちなみにタイトルは管理人が好きなTOKIOの楽曲から頂いております。
この話は、柳夢「Answer」と対になっております。
同時間軸で、同じシーンを柳の視点から書いた部分もありますので、あちらを読んだ事が無い方は、よろしければ読んでみて下さると嬉しいです。