先輩が好きだ。先輩に嫌われたくない。
走りながら、頭の中で何度も繰り返す。
そうだ、私は先輩に嫌われるのが怖いんだ。
私がイブのことを素直にお願いできなかったのも、先輩に迷惑がかかるかもしれないからなんて言ってたけど、本当はそれよりも先輩に少しでも迷惑だと感じられて、嫌われるのが怖かったんだ。
先輩のことを考えているような顔して、結局は自分のことばっかり――なんて醜いんだろう、私は。
自分の情けなさに涙が出てきて、掌で涙をぬぐった、その時だった。
「!」
誰かに声を掛けられて、私は顔を上げる。
すると、廊下の先に知っている顔が見えた。――柳先輩だった。
柳先輩は、少し早足で私の元へと近寄ってきた。
「柳先輩……どうしてこんなところに」
「俺は図書委員だからな。一昨日から、放課後のカウンター係が当たっているんだ」
そう言われて、私はふと辺りを見渡す。
確かに、そこは図書室の前だった。
気がつかなかったけれど、いつの間にかこんなところに来てたんだ。
「こそ、一体どうしたんだ。……泣いているのか?」
柳先輩は、心配そうに私の顔を見つめる。
慌てて私は目を擦った。
「す、すみません。なんでもないんです」
「なんでもないのに、お前が泣くわけがないだろう。どうした、弦一郎と何かあったのか」
「……別に、そういうわけじゃないですよ」
一生懸命笑顔を作ろうとしながら、私は首を振る。
しかし。
「……あったんだろう?」
柳先輩が、念を押すように言った。
けれど、私は頷くことが出来ない。
今回のことは、私が勝手にいろいろと思い悩んで、落ち込んでいるだけだ。
真田先輩と何かあったわけじゃない。
すると、何も言わず黙り込むままの私に、柳先輩は大きな溜息をついた。
「全く、強情だな。お前が言わないのなら、弦一郎に聞くとしようか。『が泣いているが、どうかしたのか』とな」
え……!!
驚いて私が顔を上げると、柳先輩はすでに携帯電話を取り出していた。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
そんなこと真田先輩に報告されたら、真田先輩が心配しちゃうよ!!
慌てて私が制止すると、柳先輩がにっこり笑う。
「ならば、話してくれるか?」
……さすが柳先輩としか言いようがなかった。
私は、事の次第を柳先輩に話し始めた。
24日のことも、私が会いたいと言えなかったことも、そしてそのことで切原君に先輩の気持ちを信用していないと言われたことも。
そして、それでもまだ、少しでも嫌われるのが怖くて何も言えないくせに、ただ先輩が女の子と二人っきりで話していただけで、ひどく嫉妬してしまったことも――全て。
それを、柳先輩はまじめな顔で聞いてくれた。
そして。
「ふむ、なるほど。だいたい話は判った」
頷いて、柳先輩は続ける。
「俺から言わせてもらうと、弦一郎がそれくらいのことでお前のことを迷惑に思ったり、嫌いだと思ったりするなんてことはありえないがな。――そうだな、あいつがテニスをやめると言い出すのと同じくらい、ありえない話だ」
そう言って、柳先輩はおかしそうに笑った。
「……、お前は弦一郎がどれほどお前のことを好きか、判っていないのか?あいつがなんのために、引退したテニス部にあんなにちょくちょく顔を出していると思っているんだ」
「それは、テニスの練習をするのに都合がいいからじゃ……」
そう言った私に、柳先輩は優しく頷く。
「それは勿論だ。だが、それは半分だな」
半分?ってことは、まだ他にあるってこと?
だとしたら――
「……えっと、先輩たちが顔を出してくれたら新レギュラーのみんなも気が引き締まるから、それを見越して来てくれてるのも、あると思いますけど」
「まあ、確かにな。弦一郎なら、そういうことも少しは考えているかもしれないが……」
「まだ何かあるんですか?」
全く判らなくて、私は柳先輩を見上げる。
すると、先輩は仕方なさそうに息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「お前の傍に居たいからに決まっているだろう」
……え。
考えてもみなかった言葉に、私は思わず目を見開く。
「傍にって……さ、真田先輩、部活中に私の側に寄ってくることなんてないですよ?何も話さないし、練習にすごく集中してて……」
「当然だろう。あいつは、引退した自分が練習中にお前に関わることは公私混同だと考えているからな、むしろなるべくお前に近寄らないようにしているくらいだ」
「でしょう?だったら私が理由なわけ無いんじゃ……」
「お前と同じ空間にいて、お前の存在を感じられるだけでいいのだそうだよ。……以前、そのようなことをぽろりと漏らしていた。言った後で我に返ってお前には内緒にしておいてくれと拝み倒されたがな。はは、あっさりばらしてしまったよ。弦一郎の奴、怒るだろうな」
そう言って笑う柳先輩の言葉を聞きながら、私はここ最近の、部活での真田先輩の様子を必死で思い出した。
確かに、真田先輩はよく部活に出てきてくれることは間違いなくて、でも、部活の間は不自然なくらい話しかけてこないのも確かだ。
それは、先輩が練習に集中しているからだと思っていたけれど――そっか、そういうことだったんだ。
――ああ。
私、ものすごく、馬鹿だ。
「弦一郎は、お前のことも、お前と過ごす時間も、とても大切に思っているよ。顔に似合わず純情でかなりの照れ屋だから、なかなか口にはしないだろうがな。そんなあいつが、お前に少しでもいいからイブに会いたいと言われて、本当に迷惑に感じると思うか?」
「……思いません……」
自分でも、驚くくらいすんなりと言葉が出てきた。
そんな私に、柳先輩は満足そうに笑いながら頷いた。
「よし。ならば、もう素直に言えるな?」
「はい……心配をおかけしてしまって、すみませんでした」
「気にするな」
「切原君にも、あとで謝らなきゃ」
「赤也だって、お前が弦一郎のことがすきだからこそいっぱいいっぱいだったということは判っているさ。謝られるよりも、むしろちゃんとお前たちがイブにデートできたという報告のほうが聞きたいだろう。悪いと思っているなら、しっかり弦一郎に言うんだぞ」
そう言って、柳先輩はまたふっと微笑むと、言葉を続けた。
「……それにしても、弦一郎もだが、お前の方も本当に弦一郎のことが好きで好きで仕方がないんだな」
「や、柳先輩」
唐突な柳先輩の言葉に、私は一瞬にして顔が沸点を越えたように熱くなる。
そんな私を、柳先輩は微笑ましそうに見つめた。
「そうだろう?イブの日に会いたいのも、嫌われるのを恐れて何もいえないのも、他の女生徒と話していて嫉妬するのも、全て弦一郎が好きだからだろう」
「そ、そんなことは……」
「ないのか?」
からかい混じりの笑みを浮かべながら、柳先輩がそう問い返す。
その言葉に、私はただ顔を赤く染めた。
……ないわけない。好きに、決まってる。
「……あります」
顔がすっごく熱い。多分顔真っ赤だ。
恥ずかしくて、私は柳先輩から視線を逸らしてうつむいた。
そんな私の頭を、柳先輩はそっと撫でた。
「お前がそんなに弦一郎を慕ってくれることを、俺はあいつの親友として嬉しく思うよ。ありがとう、」
柳先輩の手は、真田先輩の手とは違った優しさがあった。
その言葉と優しさに、胸が熱くなる。
「では、しっかりイブの約束をしておいで」
そう言って、柳先輩は押し出すように、私の頭から手を離した。
「はい!ありがとうございました、柳先輩!」
深々とお辞儀をして、私は走り出した。
部室に向かって、ひたすら疾走した。
やっと部室に着いて、息を切らせたまま、躊躇せずに私はドアを開ける。
すると。
「……」
中には既に真田先輩が居た。
先輩は、持っていた携帯をポケットに仕舞うとゆっくり立ち上がり、入り口のほうに歩み寄ってきた。
「どうした、走って帰ってきたのか?そんなに急がなくても良かったんだぞ」
「真田先輩……あの、話が」
息が切れて、そこまでしか言葉が続かなかった。
肩で息をしながら、私は胸に手を当てる。
「とりあえず、息が整うまで座ったらどうだ?」
一刻も早く先輩に話をしたかったけれど、これでは満足に話が出来ない。
彼の言葉に無言で頷くと、私は部室の椅子に座り込む。
そして、そのままべたっと机に突っ伏し、息を整えた。
「大丈夫か?」
「……はい」
だいぶ落ち着いてから、私は顔を上げ、立ち上がる。
――そして。
「あの、先輩にお願いがあるんです」
ドキドキしながら、私はおもむろに切り出した。
「ああ、何だ?言ってみろ」
さっきとは、違う意味で高鳴っている心臓に手を当て、私は大きく息を吐き、言葉を続けた。
「今度の日曜日、先輩はおじいさんに頼まれた用事があるって言っていましたよね」
「ああ」
「……その後、ほんの少しでいいから、会えないでしょうか。あの、その日はクリスマスイブなんです。……私、イブに少しでも先輩と会いたいんです」
……言っちゃった。
ずっと言えなかった一言を、とうとう言っちゃった。
先輩、どう思ったかな。
やっぱり少しどこか怖い気持ちも抱えながら、私はじっと彼を見つめる。
すると彼は、少しだけ間を置いてから、口を開いた。
「……その日は、多分終わるのが4時を過ぎると思う。その後からというと、お前と会うのは5時を過ぎるだろう。それでも、構わないか?」
「勿論です。5時でも、6時でも構いません」
「それからなら、実質一緒に過ごせるのは1、2時間程度になるが、本当にいいのか?」
「10分だっていいんです。その日に先輩と会えるんなら、贅沢言いません」
もう、必死だった。
必死すぎて、今まで溜め込んでいた本音がぼろぼろ出てくる。
きっとよく考えればかなり恥ずかしいこと言ってるんだろうけど、よく考える余裕なんてなくて、私はただひたすらに思ったことを口にしていた。
「わがまま言っちゃってすみません、だけど――少しでもいいから、イブを先輩と過ごしたいんです……」
そう言って、私はやっと言葉を止める。
ああ、言いたい放題言ってしまった。
先輩、どう思っただろう。
真っ直ぐ先輩のことを見ていることが出来なくなって、私は俯いた。
「……、本当に数時間でもいいんだな」
先輩の言葉に、私は顔を伏せたまま、こくこくと何度も頷く。
すると、彼は少しだけ押し黙った後、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「判った、会おう――いや、俺からも頼む。俺と会ってくれ」
彼はそう言うと、私の傍に歩み寄り、おもむろに膝まづく。
そして、俯いていた私の顔を、下から見上げるようにして見つめた。
「今更、祖父との約束を反故には出来ん。しかし、俺だってお前と会いたいし、少しでもお前と過ごしたい。だから、少しだけでもいい。俺と会ってくれるか?」
そう言って、真田先輩は微笑んだ。
その言い方も微笑もとても優しくて、私は泣きそうになりながら、何度も何度も頷く。
「すまなかったな。今度の日曜日が、クリスマスイブだということに全く気がつかなかった。俺は本当にこういうことに疎くてな……」
真田先輩は立ち上がりながらそう言って、少し恥ずかしそうに頭を掻く。
「ううん、そんなことないです。ごめんなさい、先輩。わがまま言っちゃって」
私が首を横に振りながらそう言うと、彼もまた首を横に振った。
「そんなわがままなら、俺は大歓迎だ。謝る必要はない。……むしろ、謝ってもらうとしたら、その程度の頼み事を今まで言えずに黙っていたことの方だ」
彼の言葉にはっとして、私は顔を上げる。
すると、彼はとても真面目な顔つきで、私の顔を見つめ返した。
「。……俺は怖いか?」
少し寂しそうな目をして、彼は静かな声で言った。
その言葉にどきりとしながら、私は頭を振る。
「怖くなんてないです……」
「では、お前がその程度の小さな頼みごとをしてきたくらいで、お前のことを嫌いになってしまうほど、小さな男だと思うのか?」
……あ。先輩、もしかしたら聞いたのかな。私が悩んでたこと。
そんな私の心を見透かしたのか、彼は息を吐き、自分の携帯電話を再度ポケットから取り出してじっと見つめて呟く。
「今、蓮二がメールを送ってきてな。……悪いが全部聞かせてもらった。俺に頼み事が出来ず、悩んでいたそうだな」
「……それは、その……」
彼の寂しそうな視線が痛くて、私はつい顔を伏せてしまった。
でも、このままじゃ駄目なんだ。
私がどうして言えなかったのか、ちゃんと説明しなきゃ――
ぎゅっと拳を握り締めて、私は言葉を紡いだ。
「怖いのは先輩じゃなくて……先輩に嫌われること、だったんです。嫌われるまでいかなくても、面倒くさい子だなあとか、わがままだなあとか、少しでもそんな風に思われるのが怖かったんです」
「……」
「先輩がそんな心の狭い人じゃないってこと、わかってます。わかってるけど、それでも怖かった。怖かったんです」
でも、今思うと、それは先輩を全然信用してないってことだ。
言いながら、自分の情けなさに涙が出てきた。
「私、先輩が好き。大好き。好き過ぎて自分が怖くなるくらい、大好き。だから、少しでも先輩に悪く思われるのは嫌なんです……」
心の底が空っぽになるくらい、全てを吐き出した。
そんな私を、彼はしばらくじっと見つめていたけれど、やがてそっと私の体を両腕で包んだ。
「……すまない。お前が何も言えないのは、俺のことを怖がっているからではないことくらい、ちゃんと理解しているつもりだ。ただ、お前が言いたいことも言わずに押し黙ってしまったことを、少しもどかしく思ったのも事実でな。だからあんな意地の悪い言い方をしてしまった」
彼の優しい言葉が、私の胸に突き刺さった。
切なくて痛くて、とても申し訳なくなるんだけど、それでも彼が私を想う気持ちが伝わってきて、すごくあたたかくて――先ほどとは違う意味で、涙が溢れた。
「ごめんなさい、先輩。本当にごめんなさい」
それしか言葉が出ずに、私はただ彼の胸につかまって泣きじゃくる。
そんな私を、彼はただ優しく抱き締めてくれた。
「これからは、出来る限り俺に本音を話してくれ。俺はお前が好きだ――いや、大好きだ。だからこそ、お前とは本音で付き合いたいと思う。何かあれば素直に言え。お前が俺に頼みごとをしてくれるというのは、お前が俺を頼り、好いてくれる証だろう。それで俺が迷惑に感じることなど、絶対にあるわけがない。俺を信用しろ」
そんな彼の優しい言葉に、私はもう胸がいっぱいになってしまった。
この気持ちを表す上手い言葉が見つからなくて、私はただ彼の胸の中で必死に頷く。
真田先輩が好きだ。
嫌われたくない。
だからこそ、思っていることや望んでいることは、ちゃんと伝えなきゃいけないんだ。
――私は、涙を拭いて顔を上げ、彼の目をじっと見つめた。
今、私が一番お願いしたい事を、彼に伝える為に。
「……あの、先輩」
「ん?」
「あの、早速なんですけど、お願いしたいことがあります。聞いてもらえますか」
「ああ、言ってみろ。俺が出来ることならきいてやろう」
先輩が優しく見つめ返してくれる。
真っ直ぐな視線を、恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ち半々で受け止めて、私は息を吸った。
「……私、これからなるべく本音を隠さずに先輩に伝えるようにしたいと思います。だけど、そしたら、私は先輩にとてもみっともない姿をさらしてしまうと思うんです。困らせることも――もしかしたら、怒らせるようなことも言っちゃうかもしれません。でも先輩、その時は私のことを嫌いになる前に、ちゃんと私を叱ってください」
これが、私からのお願い。
私も怖がらずに本音をぶつけられるように頑張るから、先輩も、恋人同士だからって遠慮すること無しに、怒るところは怒って欲しい。
自分が気付けないまま、先輩に嫌われるのは絶対に嫌だから。
「先輩、私のお願い、きいてもらえますか?」
「――当然だ。約束する」
力強く頷くと、真田先輩は抱き締めていた手にもう一度ぎゅっと力を込めた。
「では、俺の方も頼む。もしお前が、俺のことで何か気に入らないことがあれば、嫌いになる前に言ってくれ」
「はい、勿論です!」
彼と付き合い始めてから、まだ半年。
私たちはまだまだ恋人同士としてはぎこちないかもしれないけれど、今日また、一歩仲が深まった気がする。
そんなことを思ってあたたかい気持ちになりながら、しばらく私は先輩の大きくて心地良い手に包まれていた。
しばらくして、書類を提出しに行ってから、私と先輩は最初の約束通り、グリップテープを買いに行った。
その途中のバスの中で、私は彼に気になっていたことを尋ねた。
――さっき、一緒に話してた女の子のこと。
柳先輩からそのことも聞いていたのか、真田先輩は苦笑して彼女のことを説明してくれた。
「あいつはクラスメイトなんだ。今俺の隣の席でな」
「あ、やっぱり同じクラスの人だったんですね」
「ああ。今日は日直だったから俺が鍵を閉めなければならなかったが、あいつが数学のプリントを提出していなくて最後まで残っていてな、わからんというので教えていたんだ」
彼の言葉に、私は自分の嫉妬が本当に恥ずかしくなった。
ああ、本当に私馬鹿だ。
それくらいのこと、クラスメイトなら当たり前だよね。
もう、なんであんなに嫉妬しちゃったんだろう。
そんなことを思って恥ずかしくなり、顔が自然と熱くなる。
そんな私に気付いているのかいないのか、彼はそのまま言葉を続けた。
「は自分が鍵を閉めるから行っていいと言ってくれたんだが……お前のところに早く行き過ぎて、仕事中のお前の邪魔になってはいかんと思ってな」
「やだ、別に邪魔だなんて思いませんってば」
慌てて私は手を振る。
すると、彼は少し照れたように頭を掻いた。
「そうは言っても、ただでさえ俺は引退したくせに毎日のように部活に顔を出しているだろう?そろそろ、邪魔と感じられても仕方が無いと思ってな。いくら俺が……からと言っても……」
「え?」
彼の言葉の最後が聞き取れなくて、私は思わず聞き返す。
すると彼は、いや、と顔を明後日の方向に向けながら、瞬きを早めた。
「先輩、今、なんていったんですか?聴こえなかったです」
思わず聞き返したけど、彼はただ「うむ」と声を漏らすだけで、それ以上はなかなか言ってくれない。
もう、そんな風に隠されたら気になっちゃうよ。
「ねえ、先輩ってば! 隠されたら余計気になりますよ」
口を尖らせた私を、彼は一瞬ちらりと見る。
そして、また視線を逸らして顔を真っ赤にさせながら、彼は言葉を紡いだ。
「だから……その、なんだ。俺が毎日部活に顔を出しているのは……なんというか。お前の、顔が見たいというか……一緒にいたいというか……」
そう言って、彼は決まり悪そうに咳払いをした。
その瞬間――さっきの柳先輩の言葉が、頭の中に響いた。
――お前と同じ空間にいて、お前の存在を感じられるだけでいいのだそうだよ。
真田先輩は、本当にいつも私のことを好きでいてくれているんだ。
柳先輩の言っていた通りだと、嬉しくて嬉しくて思わず震えてしまう掌を、私はぎゅっと握り締める。
「……何故、そこで蓮二の名前が出てくるんだ?」
「え?」
真田先輩の声に、私は驚いて顔を上げる。
今、私何か言ったっけ?
「私、何か言いました?」
「今、蓮二の言う通りだとか言わなかったか?」
――あ。
無意識に、声出ちゃってたんだ。
あはは、と笑ってごまかしながら、私は先ほど柳先輩に教えてもらったことを話した。
先輩が部活に出てきている、本当の理由の話。
私がそれを話すと、彼の顔が赤く染まった。
「れ、蓮二のやつ、ばらしたのか……!!誰にも話すなと言っておいたのに……!!」
「でも、私は聞けて嬉しかったです。そのおかげで、私も先輩に話す勇気がもてましたし、私は柳先輩に感謝してますよ」
私がそう言うと、彼は少し決まり悪そうに視線をそらして「まあ……そうかもしれんが……」とぶつぶつ呟く。
そんな先輩が少し可愛く思えて、私はくすりと笑った。