ding-dong -my heart, your heart-

今年も残すところあと10日ほどだ。
けれど、この10日間ほどの間に終業式やらクリスマスやら大晦日やらいろいろなイベントが詰まってるわけで、毎年この時期になると気分が高鳴ってそわそわしてしまうのはきっと私だけではないと思う。

でも、今年はいつもとはちょっと違った意味で緊張していた。
去年までは、このイベント事を共に過ごすのは家族や女友達ばかりだったけれど、今年は一緒に過ごしたいと思う人が出来たのだ。
真田先輩――1つ年上で、私がマネージャーとして所属するテニス部の前副部長だった人だ。
今年の夏に、私と先輩は付き合うことになった。
いろいろあったけれど、ずっと憧れ、惹かれ続けていたあの人と心が繋がったことは、今まで生きてきた中で一番嬉しかったことだと言ってもいい。

そして、そんな彼と迎える、初めてのクリスマスがもうすぐやってくる。
クリスマスは恋人と過ごすもの――なんて決まっているわけではないけれど、やっぱりせっかくだから大好きな彼と一緒に過ごしたい。
でも私は、先輩に「クリスマスイブを一緒に過ごしてください」って言うきっかけがつかめないまま、気付けばクリスマスは目前に迫っていた。



12月19日。
イブまで、残すところあと5日。

2学期の部活も、今日で終わりだ。
明日は部活の代表者会議があるから練習はないし、あさってにはもう終業式が待っている。
だから、今日の練習はみんな特別に力が入っていた気がする。
いまや部長になった切原君も、新レギュラーのみんなも、……そして、引退した先輩たちも。

うちのテニス部の施設は、とても大きくて整っている。
だから、引退した3年の先輩たちも、引退した後もよく練習をしに来ていた。
特に元レギュラーだった先輩達はみんな、テニス推薦で高校への無条件進学がほぼ決まっているから、その回数はかなり多かった。
勿論、部を動かすのは2年生と1年生で、先輩たちはあくまでも自主練習と言う名目だから、直接関わってきたり口出したりなんか絶対にしないけど、先輩達がいるのといないのとでは部員のみんなのやる気も空気も全然違うと思う。
空いてるコートの端っこを使って先輩達が基礎練やってるだけでもみんなに緊張感が走るんだから、やっぱ流石だよね。
先輩達もそれが判ってるから、なるべく顔を出してくれてる部分もあるんだと思う。

まあそんなわけで、今日も下校時刻ぎりぎりまで部活に精を出したおかげで、帰る頃には日もすっかり暮れてしまっていた。
先輩と私は駅までは帰り道が一緒なんだけど、私は駅で違うバスに乗り換えなくちゃいけなくて、いつもそこで別れることになる。
でも私の乗るバスが来るまで真田先輩はいつも付き合って待っていてくれて、更にそのバスが出発するまで、必ず見送ってくれた。

そして。
今日もいつも通り、先輩は私の乗るバスが来るのを、一緒に待っていてくれていた。

「先輩、いつもすみません」

本当にいつもだったから、申し訳なくなって私は言う。
すると、彼は微笑った。

「気にするな、俺がしたくてしていることだ」

その表情と言葉にどきっとして、顔が熱くなる。
こんな些細な言葉だけでも、彼の優しさが伝わってくる。
先輩のこんなさりげない優しさが本当に好きで、その上それが私に向けられたものだということが嬉しくて、つい私の頬が緩んだ。
バスが来るまでのこんなたった十数分だけでも、いつも私は彼が好きなのだと再確認させられてしまう。

「――今年も終わりだな」
「そうですね。もう明後日は終業式があって、冬休みに入って……。早いなあ」

残された日々を指折り数えながら、私は呟いた。

「しかし、冬休みが終わるのも早いぞ。宿題は早めにやっておけ。苦手な教科を後に回して、ぎりぎりで困るなんてことはないようにな」
「は、はい……気をつけます」

見透かされてるなあ、なんて思いながら、私は苦笑を漏らす。
そんな私を見て、先輩はふっと笑った。

「もし解らないところがあれば、いつでも見てやるから」

そう言うと、先輩は少し考えてから、思いついたように言った。

「……ああ、そうだ。せっかくだから一緒にやるというのもいいかもしれんな」
「え、いいんですか!?」

うわあ、嬉しい!
勉強や宿題は勿論好きじゃないけど、先輩と会えるのなら宿題の一つや二つ、苦なんかじゃないよ。
そんなことを思って、思わず笑みを零した私に、先輩は優しく笑いかけてくれた。

「いいに決まっているだろう。……お前は、冬休みの予定はどうなっている?」
「えっと、部活の練習以外だと友達と出かけたいねって話は出てますけど、まだ何にも決まってないんです。だから、先輩の予定に合わせますよ」

私の言葉に「そうか」と呟くと、先輩はまた少し考えるようなそぶりをした。

……あ、そうだ。このことを口実にして、イブに会えないかな。
例え宿題するんだったとしても、一緒に過ごすことには変わりないんだし。
早く終わらせることが出来れば、ほんの少しだけでも出掛けられるかもしれない。

そんな期待を込めて、私が先輩に24日を提案しようとした、その時――考え込んでいた先輩が、おもむろに口を開いた。

「……ふむ、俺の方は、今度の日曜日以外は特に予定はない。それ以外の日で、年末までに一度予定を合わせるか」

やったあ、日曜日以外ってことは、イブ……って、え?日曜日?
日曜日って……もしかして、イブじゃないの?

嫌な予感がして、慌てて私は携帯電話を取り出した。
そして、スケジュール機能を呼び出して、カレンダーを確認する。

――やっぱり。
今度の日曜日って、クリスマスイブだ。

「……先輩、今度の日曜日はご用事があるんですか?」
「ああ、祖父が警察で剣道教官をやっているという話はしたことがあるだろう? 空いている時間で、近所の子どもにも道場で剣道を教えているんだが、その手伝いを頼まれてな。朝から夕方の4時ごろまで、道場内で大会をするのだそうだ」

ああ、そっか。
先輩の家には道場があるんだったっけ。
そんな理由なら、仕方ない……か。

「どうした、日曜日が良かったのか?」

ふいに、先輩が不思議そうな表情で私の方を見た。
彼と視線が合い、私の心臓がどくんと跳ねる。

なんて答えたらいいんだろう。
きっと、ここで「はい」って言ったら、先輩は終わった後で良ければ会おうと言ってくれる気がする。
でも、確かに日曜日に――イブに会いたかったけれど、そんな私のわがままで、ただでさえお手伝いの後で疲れている先輩を振り回しちゃってもいいのかな。
そんな思いが頭を過ぎり、何も言えずに先輩の顔を見つめた。

「えっと……」

言おうかどうしようか、心の中で葛藤を続ける。
せっかくのイブなんだし、少しでもいいから会いたいという思いと、私のわがままで先輩に余計な負担を増やしてしまうことになるんじゃないかという思い。
その2つが、心の中で激しく絡まり合っていた。

――結局。

「……いえ、別にそういうわけじゃないです」

笑顔を作って、私はなんでもない振りを装いながら、首を横に振った。

「そうか」

そう彼が頷いた時、待っていたバスがやって来た。

「来たようだな。……会う日は、また明日以降に決めるか」
「そうですね。先輩、今日も付き合ってくれてありがとうございました。……それじゃ」
「ああ、気をつけてな」

先輩に手を振り、バスに乗り込む。
そして、窓側の席に座ってまた窓から手を振ると、先輩も振り返すように軽く手を上げた。
そうしているうちにバスは出発して、やがてすぐに先輩の姿は見えなくなってしまった。

いつもこうやって優しく微笑む先輩に見送られながら、私は帰路につく。
それがとても幸せで、バスに乗っている間はいつも自然と頬が緩んでしまうのだけど――今日は少しだけ、嬉しさよりも寂しさの方が勝ってしまっていた。
せっかくのイブを、先輩と一緒には過ごせないんだなって思うと、落ち込んでしまったのだ。

こんなに落ち込んでしまうなら、やっぱりお願いしてみれば良かったかな。
だけど、クリスマスイブを一緒に過ごしたいと言うのは、私のわがままで先輩に押し付けるようなもんじゃないし。
彼に迷惑はかけたくないから、やっぱりこれで良かったのかな。

そんな風に思いながら、私はまた大きなため息をついた。





次の日――12月20日。

終業式まで、後1日。
授業が終わり、私は部室で書きかけの予算報告の書類と向かい合っていた。
今日は2学期最後の代表者会議があるから部活はなかったし、放課後に真田先輩がグリップテープを買いにいくというから、一緒に着いて行こうと思っていたのだけれど、今日中に予算関係で提出しなければいけない書類があったことを、私はすっかり忘れていたのだ。

でも、先輩にメールでそのことを連絡したら、先輩も日直の仕事があるから気にしなくていいと言ってくれた。
日直が終わったら部室に行くから、書き終えたら部室で待っていて欲しいというメールを貰って、私は慌てて部室で書類を仕上げていた。

「えっと、このときの領収書……あ、これか」

たくさんの領収書や予算ノートとにらめっこしながら、私が書類に必要事項を記入していたその時――ガチャリと部室のドアが開く音がした。
真田先輩かと思ってドアの方に目をやると、そこにいたのは彼ではなく、部長の切原君だった。

「よぉ。お疲れさん」

笑いながらそう言うと、彼は空いていた椅子にどかっと座り込む。

「あれ、切原君。今日は代表者会議じゃないの?」

切原君は部長だから出ないといけないはずなのに――そう思って、私は書いていた手を止める。

「ああ。始まるまでまだ時間あんだよ」
「そっか。さぼっちゃったのかと思っちゃった」

そう言って、私はからかうように笑う。
すると、切原君は大きく息を吐いた。

「そりゃなー、めんどーくせーからサボリてぇけど、そういうわけにもいかねぇだろ? 一応、俺部長なんだしよ。自分でも柄じゃねーとは思うンだけど、今更言ってもしゃーねーしな」

彼は、苦笑しながら続けた。

「ほんと、俺が部長って似合わねーよな」
「そんなことないってば。切原君は充分部長らしいよ」

さぼったのかと思った、なんて私も今言っちゃったけど、勿論それは本心なんかじゃない。
口では文句ばかり言っているけれど、切原君はなんだかんだ言って立派に部長職を務め上げている。
それは、私だけじゃなくて、他の新レギュラーの皆や引退した先輩たちも、皆認めていることだった。

「真田先輩だって嬉しそうに言ってたよ。切原君はちょっと荒削りなところはあるけど、思っていた以上にしっかりやってるって」
「へえ、真田さんがそんなこと言ってたのか」

私の言葉を聞いた彼は、軽く目を見開いて、意外そうな顔をした。

「うん。真田先輩だけじゃなくて、他の先輩達や現レギュラーの皆だって、そう思ってると思うよ。勿論、私だってね」
「……そっか、サンキュな」

切原君は軽く笑うと、人差し指で自分の頬を掻いた。
あ、ストレートに褒められたもんだから、照れてるな。

「切原君、照れてるでしょ」
「べっつに」

からかうように笑った私から、彼は視線を逸らす。

「うっそだー、絶対照れてる癖に素直じゃないね」
「うるせぇなあ。お前、俺をからかってる暇があんなら手動かせよな。今日までだろ、それ」

……あ、そうだ、これ早くやらなくちゃ。
彼の言葉にハッとして、私は書類に視線を落とした。

「あ、そうだ。早くやらないと、先輩来ちゃう……」

つい焦って、そんなが言葉が私の口から漏れた。
それを耳聡く聞きつけた切原君は、興味深そうに「へ〜え」と笑い、言葉を続ける。

「なるほど、今日はこれから真田さんとデートってわけだ」

さっきの仕返しとばかりに、からかうような口調で彼は言う。
私は内心しまったと思いつつも、ムキにならないように表面上は落ち着いて言葉を返した。

「そんな大層なもんじゃないよ。ただ、先輩が買い物に行くって言うから、着いて行くだけで……」
「そういうのを世間一般では『デート』っていうんじゃねぇの?いつも一緒に帰ってるし、お前と真田さんってほんとラブラブだよな」

ラ、ラブラブって……!!
からかっているのだと判ってはいるけれど、それでもその言葉が恥ずかしくて、私の頬の熱は一気に上がってしまった。
黙り込む私に、切原君は更に言葉を重ねる。

「どーせクリスマスイブも部活ねーし、デートするんだろ?なんたってラブラブだもんなー。ほんと、見てるこっちまで熱くなっちまうぜ」

――クリスマスイブ。
彼の言葉に、思わず私の手が止まった。

「……ざんねんでしたー。イブはね、先輩用事があるんだって」

そう言って、私は笑顔を作る。
すると、切原君は意外そうに目を見開いた。

「え、マジ?」
「ほんとだよ。先輩、24日はおじいさんのお手伝いを頼まれてるんだってさ」

改めて言葉にすると、なんだか無性に寂しくなってしまう。
その寂しさを押し殺すように、一生懸笑顔を作る私の前で、切原君は「ふーん」と呟きながら頬杖をついた。

「そっか、真田さんもわざわざイブに用事入れなくてもいいのにな。でも、そういうの意識してねー辺りがあの人らしいっちゃらしいのかもな」
「というか、多分先輩、気付いてないような気がするんだよね。だって、イブにとか、24日に用事があるとかじゃなくて、今度の日曜日は用事があるっていう言い方だったし」
「そうなのか?つーか、一体どういう話の流れでそういう話になったんだよ」
「えっと……冬休みに一度一緒に宿題しようかっていう話が出て、その中でね。今度の日曜日は用事があるから、それ以外ならって言われたの」

昨日のことを思い出し、私は苦笑する。
すると、切原君も苦笑しながら口を開いた。

「あー、確かにそれ、真田さん気付いてねぇっぽいよな。でも、イブだって気付いたら、ちょこっとだけでも会ってくれるかもしれねーぜ。頼んでみたらいいんじゃね?」
「うん、用事は4時くらいで終わりみたいだから、頼んだら会ってくれるかなとも思うんだけどね……でも、やっぱり言えなくてさ」

私の言葉に、切原君は不思議そうに目を瞬かせた。

「言えない?なんでだよ」
「だって……疲れてるだろうし」
「ばっかだな、真田さんがそれくらいで疲れるかよ。あの人の体力はバケモン並だぜ。それに、お前が会いたがってるって判ったら、喜んで会ってくれるって」
「先輩は優しいから、頼めば多分会ってくれる気はするけどね……でも、だからこそ言えないんだって」

そう言って、私は再度苦笑する。
そんな私を見た切原君は、どこか呆れたように息を吐いた。

「お前が真田さんに気ぃ遣うのを悪いたぁ言わねーけどさ、たまには素直に甘えてみろよ」
「でも先輩に迷惑掛けたくないもん」

私がそう言った途端、切原の表情が変わった。
呆れたような、どこかイライラしたような顔つきで、彼は続ける。

「……お前、真田さんのこと好きだって言う割には、真田さんの気持ち全然信用してねーのな」
「そんなこと……!!」

私は思わず顔を上げて叫ぶ。
彼は、そんな私を軽く一瞥した。

「そっかあ?お前、自分が『会いたい』って言ったら、真田さんが迷惑がるって思ってるんだろ?それって、真田さんのお前に対する気持ち、全然信用してねーってことだと、俺は思うけど?」
「そ、そこまでは言ってない!」
「言ってるよーなもんだろ。迷惑掛けると思ってるんだろーが」

……何も、言えなかった。
黙り込む私を見て、彼はまた大きく息を吐くと、部室の時計を見上げる。

「そろそろ時間だな。俺、行くわ」

彼は鞄を手に立ち上がり、部室のドアを開けた。
そして。

「……なあ、お前にとっては、相手の顔色窺って、素直に本音も言えないような仲のことを、付き合うって言うわけ?」

彼はそう言い残し、出て行ってしまった。
そして、部室には私1人が残される。

正直、心をえぐられたような気がした。
切原君の言ったことは全て正論だ。
でも、彼にここまで言われても、何故か私はまだ彼に本音を言えない何かがあった。
会いたいのは確かだ。
本音を言うことは大事、これも判る。
――だけど、言えない。言うのが、怖い。

このことを考えるのが嫌になって、私は目の前の書類に意識を集中することにした。
ぎゅっとペンを握り締めると、私は超特急で書類を仕上げに掛かった。

「……できたっ!」

数分後、なんとか無事書類を仕上げることが出来た。
あとはこれを職員室に持って行ったら、全部終わりだ。
部室を飛び出すと、私は大急ぎで職員室に向かった。

職員室に着くと、担当の先生の机に書類を置く。
そして、大慌てで部室に戻ろうと踵を返した。
元来た道を辿っていた、その時――ふと、渡り廊下から見える校舎を目に止めて、私は立ち止まった。
そういえば、先輩の教室はここの3階だったっけ。

(あの辺りだった気がするんだけど……)

そんなことを思いながら、目星をつけて教室の窓を見る。
すると、窓の向こうに先輩の姿が見えた。
まさか先輩本人が見れるとは思わなくて、私の脈が少しだけスピードを上げる。

日直だと言ってたっけ。
まだ、終わってないのかな。

そんなことを思いながら、私はもっとよく見えないかと、渡り廊下から身を乗り出した。
すると。

確かに、先輩の姿は見えた。
でも、見えたのは彼の姿だけじゃなかった。――誰か、傍にもう一人居る。
しかも、あれは女子の制服だ。

なんだか、とても胸騒ぎがした。
他に人の気配はあまり感じられないけど――もしかして、2人っきりだったりするんだろうか。

あの人、もう一人の日直さんかもしれない。
それに、ここから見えないだけで、他にも人はいるかもしれない。

……自分にそう言い聞かせてみるけど、心の中になんだかもやもやしたものが広がっていく。
なんだか我慢が出来なくなって、私は3階の先輩の教室に向かって、走りだしていた。

2段飛ばしで階段を駆け上がり、あっという間に3階に着いた。
3年生の廊下は、見たところ人もいなくてガランとしている。
人目がないことにちょっとだけホッとしながら、私は息を整えて、目当ての先輩の教室に近づいた。
すると、中から話し声が聞こえた。

1つは真田先輩の声。
そして、もう1つの声の方は……知らない人だ。
しかも、この声は――やっぱり女の子。
そう認識した時、私の脈が更にスピードを上げた。

私は近くの窓から、そっと教室の中を覗いてみた。
すると――目に飛び込んできたのは、真田先輩と知らない女の子が、誰も居ない教室で隣同士机を並べて2人っきりで何かを話していた姿だった。
会話の内容は上手く聞き取れないけれど、少なくとも悪い感じはしない。
声の感じを聞いていると、むしろ、なんだかとても楽しそうな感じだ。

正直なところ、真田先輩が女の子と話してるところは、あまり見たことがなかった。
ましてや、こんな風に2人っきりで楽しそうに話してる姿なんて、初めてだ。

もしかしたら、日直が一緒になって、2人で日誌でも書いてるのかもしれない。
先輩がやましいことしてるなんて、決して思ってるわけじゃない。
判ってる。判ってるけど――なんか、嫌だ。

心の中で、もやもやしたものがどんどん大きくなっていくのが判る。
――私、嫉妬してるんだ。
しかも、かなり醜い嫉妬だ。
なんだか苦しくなって、ぎゅっと胸の辺りを掴んだ。

何やってんの、私。
先輩と女の子が話してるの見ただけで、嫉妬?
何をしてるかもわからなくて、ただ、話してるだけかもしれないのに?

なんて嫌な子だろうと思った。
こんなこと考えたなんて知ったら、真田先輩は私のこと嫌いになるかもしれない。
なんて独占欲が強い面倒な奴なんだろうって、あきれ果てちゃうかもしれない。

――嫌だ。
先輩に嫌われたくない。

そう思った瞬間、私は教室の窓から離れ、そのまま無我夢中でその場を去った。