――誰も居ない夕暮れの教室に、俺は一人で居た。
人の気配は無い。
ただ、俺は一人誰かを待つようにここに佇んでいる。

一体、何をしているのか自分でも判らなかったが、何故か動けないのだ。
ここにいなければならない理由がきっとあるのだろう。

そう思っていると、がらっと教室のドアが開いた。
誰か来たのかと思って、そちらを見やる。
すると、そこには制服姿のが居た。

?」

「先輩、こんなところにいたんですね」

そう言うと、彼女は優しく微笑みながら、教室の中に入ってくる。
俺は座っている自分の席から動かずに、ただ彼女が側に寄ってくるのを待っていた。

やがて、すぐには俺の側にやってきた。

「どうした?」

愛しい彼女に、声を掛ける。
すると、はくすりと笑って――そのまま俺の背後に回り、後ろからぎゅっと抱きついてきた。
思わず、驚いて俺の動きが止まる。
振り向くと、彼女の顔がすぐ側にあった。

ほんのりと紅潮した頬で、恥ずかしそうに微笑む。
そして。

「……先輩、大好き」

小さな声でそう紡ぐと、はその華奢な腕にぎゅっと力を込めた。
しかし、どこか震えている。
思わず愛しくなって、俺はその腕を一旦解かせると、立ち上がって彼女のほうを向きなおした。
そして、今度は逆に俺が全身でを抱き締める。

「俺も大好きだ、

俺の言葉に安心したように、彼女は俺の胸に全身を預けた。
彼女の小さな身体は、俺の身体に完全に収まる。
その体格差すら愛しくて、そのまましばらく俺たちは無言で抱き合っていた。

――しかし。
だんだん俺の中で、何かが大きくなってくるのが分かった。
彼女の髪が揺れて、俺の首筋に触れる。
抱き合う彼女の身体から、早鐘のように刻んでいる心臓の響きがそのまま俺に伝わってくる。
――なんだか妙に、身体の奥が熱くなった。

危険だ、と思った。
このままでいると、俺の中に潜んでいる何かが、表面に溢れ出てくる。
早く離れねば――そう思うが、体が動かない。
一体どうしたんだ、俺は!

必死で抵抗している俺の意識とは反して、彼女はその身体を強く押し付けてきた。
彼女の胸のふくらみが、俺の胸下に当たる。
それは新たな熱となって、俺を支配していった。

、す、すまないが――」

少し離れてくれ、と口にしようとしたその瞬間。

「先輩、お願い……抱いて、ください」

彼女が信じられない言葉を口にした。

一瞬、頭が真っ白になった。
彼女は、何を言っているのだ。
――抱く、だと?

「私は、先輩になら何をされてもいいんです……」

そういうと、彼女は俺の腕の中で、俯いていた首を上げた。
恥ずかしさで首まで真っ赤になりながらも、潤む瞳でじっと俺の目を見据えながら、彼女は小さな声で続ける。

「先輩が大好きなんです――だから」

お願い、と、彼女は自分の身体をもう一度俺に預けてきた。

駄目だ。
俺だってお前が好きだ、愛している。
しかし、だからこそこんなところで、こんな形で――

そう叫んだつもりだった。
しかし、やはり何故か声は出ない。

(何故だ!)

心の中で、俺は叫ぶ。
しかし、それとは反して、俺の身体は勝手に動き出した。

左手で彼女の頭を抱え、俺の唇が、彼女の唇を強く塞ぐ。
いつもの軽いキスではない。
俺の舌は彼女の口内に入り、狂ったように彼女のそれと絡めた。

「ん……」

舌と唾液が絡み合う音と共に、彼女の小さな口から、吐息が漏れる。
しかしそれすらすくい取るように、俺は更に力を込めた。

(やめろ、何をしている!)

身体が言うことをきかない。
自分の身体なのに、まるで何かに操られているように、自由にすることが出来なかった。

彼女の小さな口を支配するように弄んだまま、俺の手はそのまま彼女の上半身に伸びた。
左手で頭を抑えたまま、右手でブレザーのボタンを外し、肩からジャケットを落とした。
まだ袖が通ったままだったので、ブレザーは彼女の腕に留まっていたが、構わず俺は彼女の制服のネクタイの結び目に指を掛ける。
ぐっと力を入れるとそれは容易く緩んでいき、一定のところで衣擦れの音を甘く響かせながら、するりと床に落ちた。

こうなれば、白いシャツの小さなボタンも、何の妨害にもならない。
プツンプツンと音を立てて軽快に外れていき、やがてすぐに彼女の白い胸元が露になった。

そこでやっと俺は彼女の唇を解放する。
ブレザーを両手にひっかけ、全開させた白いシャツの間からは、彼女の柔肌が覗いている。
上半身の着衣を完全にはだけさせながら、甘く息を吐いた彼女の姿は、とても艶やかで官能的だった。

これ以上いってしまったら、もう絶対に戻れない。
踏み込むなと頭の中で誰かが叫ぶ。

――駄目だ!

力一杯、叫んだ。
しかし、やはり声にはならない。
変わりに響いたのは、彼女が小さく喘ぐ声。

「……っ」

気付けば、俺は彼女の身体を机の上に押し倒していた。
その細い首筋に舌を這わせ、舌を少し動かすと、彼女の頬が赤みを増し、息遣いが更に荒くなっていく。

「せんぱ……あっ……」

少し高くなった、鈴の音のような声を上げながら、彼女の首がびくんと跳ねた。
俺の掌が、彼女の柔らかい胸を守る下着に触れ――そして、そっとそれを上にずらし、とうとう俺は彼女の柔らかい胸にその手を伸ばした。
びくりと、彼女の身体が震えた。
それにはお構いなしに、俺はその表面をなぞるように、中央の突起を弄ぶように、ゆっくり掌を上下させる。
そのうちに硬くなってきたそれを、より強く捏ねると、彼女からまた可愛らしい声が漏れた。

「や、あ、せんぱ……」

言い終わる前に、唇で塞いだ。
そしてすぐに顔を上げると、もう一方の手で彼女の前髪を掻き上げて、その顔を覗き込んだ。

「愛している、

心とは裏腹に、そんな言葉が俺の口から漏れた。
いや、勿論彼女のことは愛している。
しかし、愛しているからこそ、こんなことをしてはいけないのだ!

「……んっ」

俺の手の動きが激しくなると共に、彼女の声も少しずつ大きくなっていく。
比例して、俺の身体にしがみつく小さな掌の力もまた、強くなる。
揺れる体に合わせて跳ねる髪の毛が妖艶で、俺の心をまた強く刺激した。

――ずっと、こうしたかったのは確かだ。
の身体に触れ、顔を埋め、声を聞きたいと思ったことは、幾度となくあった。
しかし、そうしなかったのは、本気で彼女を愛しているからだ。
大切にしたいと、ずっと傍であの笑顔を守っていきたいと思ったからだ。
こんな形で、一時の欲望に流されて、大切に守ってきたものを奪っていいわけが無い!

「せ、ん……ぱ――い……! ……ぁっ」

「やめてくれーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

そう叫んだ瞬間――俺は何かから解き放たれたように、上半身を大きく起こした。




ハァ、ハァ、ハァ……
真っ暗な部屋の中に、俺の荒い息が響いていた。
どうやら酷く汗ばんでいるようで、とても気持ちが悪い。
身体に、いつも寝間着にしているシャツとハーフパンツがべったりとまとわりついている。

上半身だけを起こしたまま、片手で布団を握り締め、ゆっくりと辺りを見渡した。
何の変哲も無い、殺風景な俺の部屋だ。
暗闇に目が慣れてきたところで、壁に掛けている時計を見ると、午前3時を指していた。

――夢、か。

状況が飲み込めて、俺はうなだれた。
昼間幸村の家で見たあのDVDのせいか。
あんなものを見たから、俺はこんな――なんという、夢を――

頭の中で、夢の内容が蘇る。
乱れたの姿。
我慢できずに漏れた喘ぎ声。
彼女の身体から、ふわりと匂ってきた香り。
首筋に這わせた舌に残る甘み。
掌に触れた柔らかな胸の感触。
実際に触れたわけでも無いのに、何故か俺の五感にとても鮮明に残っており、身体の熱はまだその幻を欲していた。

――分かっている。
どんなに格好をつけても、俺は心の奥底では彼女に触れたいと思っている。
先ほどの夢の中で彼女を蹂躙しようとしていた「あいつ」は、確実に俺自身なのだ。

熱い。
熱い熱い熱い。

身体が熱くてしょうがなかった。
幻でもいいから、もっと――もっと、を――

無意識に、俺の手は熱が集中している俺自身の身体のある部位に伸びていた。
夢の内容を何度も何度もフラッシュバックさせながら、堅くなったそれを握り締めた手は、自然に上下の反復運動を繰り返し始める。

――

頭の中でその名を呼び続けた。
彼女のいつもの笑顔と、夢の中で恥じらいに頬を染めていた彼女の喘ぐ顔が、交互に脳を駆け巡る。
片手の反復運動は、徐々に速度を増していく。
そして――途切れたはずの夢の続きが、動き出した。
俺の身体と、幻の彼女の身体が、一つになって揺れる。

好きだ。
守りたい。
愛している。

……汚したい。


俺の大切な、
俺のものだ。
俺の、俺だけの――!

その瞬間。
頭の中が真っ白に染まり――俺は身体を思い切り仰け反らせた。


事が済んで、肩で息をする。
なんだか、とても情けなくて、死にたくなった。
例え実際にではなくとも、夢の中と今と――俺は彼女を二度も汚してしまったことになる。
彼女にあわせる顔が無い。

――そう、俺は他の奴らと何も変わらない。
尊敬されるような存在でもない。
自己嫌悪に陥りながら、大きな重い溜息をついて、顔を上げる。
起きる時間までには後一時間ほどあったが、もう眠れる気はしなかった。

「たるんどる……」

一人呟く声は、暗闇に溶けて消える。
ふと窓の外に目をやると、細い三日月がニヤリと嘲笑うように俺を見つめていた。