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「――。俺の傍に居てくれるか? マネージャーとしてだけではなく、恋人として……俺の傍に」
「はい、こちらこそ、どうか、どうかお願いします……」

7月7日の七夕祭りの夜、不器用な二人が交わした幼い誓いは、ゴールでありスタートだった。
好きだからこそ臆病になり、悩み互いを傷つけ合った。
しかし、その末にやっと掴むことが出来た手だからこそ、これから迎える大切な大会においても、強い支えになる。
当事者の二人は勿論、その仲をあたたかく見守っていた仲間たちもまた、そんな二人の絆を信じていた。
それから数日が経過し――テニス部の一つ目の通過点である関東大会は、もう数日に迫っていた。




は、あちこちをきょろきょろと見渡しながら、ボールが数個入ったバケツを手にテニスコートから少し外れた場所を歩いていた。
降り注ぐ7月の陽射しは、もう既に夏真っ盛りといった感じだ。
時刻は17時に近づき、時間としてはもう夕方の遅い時間なのに、気温が下がる様子はない。
じっとりと汗ばんだ額の辺りを手のひらで軽くぬぐって、は立ち止まった。

「……あっつー。さすがにもう、こんなとこまでは飛んできてないかあ……」

そう呟き、ぱたぱたと手で軽く扇ぎながら、もう一度辺りを見渡す。
すると、彼女の視線が一点で静止した。

「あ、あった!」

唐突に叫ぶと、は一目散に視線の先に駆け寄り、手を伸ばして何かを掴む。
その手には、テニスボールがあった。
立海のテニスコートは独立した広いグラウンドのような屋外コートだが、その広さゆえにフェンスを一切張っていないため、外にボールが飛び出す事も珍しい事ではない。
そのため日に1度、こうやってはコート外に零れたテニスボールを回収しに回っていたのだ。

「こんなに遠くまで飛ばすなんて、すごいなあ。一体誰が飛ばしたんだろ。コントロールはちょっと課題かもしれないけど、このパワーは武器になりそう!」

少し嬉しそうに呟きながら、ボールの表面に付着していた草を手で軽く払い落とす。
そして、手に持っていたバケツにボールを入れると、もう一度遠くまで見渡すように、きょろきょろと首を振った。

「ん、流石にもう無さそうだね」

満足そうに呟き、はぱんぱんと手を叩くと、そのまま両の手をぐっと空に伸ばして伸びをする。
すると、見上げた空に、真っ白な飛行機雲が自己主張するように伸びて行くのを見つけた。

「あ、飛行機雲だ」

自分が進んだ道筋を鮮明に残しながら、ただ真っ直ぐに走っていく飛行機雲。
は、そんな飛行機雲に自分がマネージャーとして所属する部の仲間達の姿が重なり、笑みが零れた。

1学期の期末試験が終わり、試験の返却も終わった今、校内の雰囲気はもう既に夏休みだ。
生徒の多くが夏休みの予定に花を咲かせている中、夏休みに行われる各大会に駒を進めることの出来た一部の部活動は、それぞれ最後の仕上げに掛かっていた。
その中でもたちの所属するテニス部は、とりわけ熱の入れようが激しかった。
通常、部活動は18時には切り上げなければならないが、期末試験後からは学校側に特別に許可を貰い、最長で19時半までの部活時間の延長を許されていたほどだ。
勿論放課後だけではなく、早朝7時からの朝練や、土日にもびっしりと詰まった練習スケジュールなど、休む暇は全く無いと言ってもいいほどの時間を費やしている。
県大会までの彼らの練習量も生半可なものではなかった筈だが、その頃の倍、いや数倍とも思われる練習量を、今の彼らはこなしていた。
――そう、全ては、全国三連覇の為だ。

全国三連覇。
この言葉を初めて真田の口から聞いたのは、最初にマネージャーになったその日のことだっただろうか。
あの時は、全国三連覇がどんなに大変なことで、どんなにプレッシャーが掛かる事なのか、まだ全く実感が無かった。
他の事で精一杯で、それを理解する余裕がなかったのかもしれない。
しかし今となっては、その困難さも、重圧も、痛いくらいに分かる。
ただのマネージャーの自分でさえ、周りから期待されている空気をひしひしと感じるのだ。
実際に試合に出る彼らのそれは、例えようも無いだろう。
けれども、彼らはそれを表には出さず、ただ淡々と練習をこなしている。
がその姿に感動したのは、一度や二度ではなかった。
そんな彼らの力になりたい、彼らと一緒に三連覇を成し遂げたいという思いは日に日に高まり、のマネージャー業への力の入りようも、比例するように伸びていったのである。

「……よっし、がんばろっと!」

決意するようにわざと声に出し、はコートまで走った。
そして中央コートにたどり着くと、息を切らせたまま、おもむろにバケツに入っていたボールを本来のボール篭の中に戻す。
落ちていくボールを見つめながらも、は頭の中で次にする事を考えていた。

(えっと、これが終わったら、次は――と)

そういえば、学校側に提出する、関東大会1日目の遠征の書類がまだ書けていない。
今までは副部長である真田と会計の柳が手分けして書いていたと聞いたが、二人に頼んで自分にやらせてもらえるようにとお願いした仕事だった。
あれも、できれば今日中に仕上げてしまいたい。

は、コートの側にある時計を見上げた。
17時半からの丸井と柳生の練習試合の審判が当たっていたが、まだ時間はある。

(よし、次はあれをやろう!)

全てのボールを移し終えて空っぽになったバケツを握ったまま、が走りだそうとした、その時。

「――!」

ふいに、名前を呼ばれた。
少し低くて、威厳の篭もったその声に、の心臓がどくんと高鳴る。

「は、はい!!」

高鳴る心臓を抑えながら、は振り返る。
その先にいたのは、声の主である副部長の真田だった。
勿論、振り返らずとも、声だけで彼であるという事はには分かっていたけれど。

真田弦一郎――立海大テニス部副部長で、にとっては、紆余曲折の末にやっと実った初恋の相手でもある。
にとって彼が誰よりも特別な異性であることは言うまでもないが、部活動の最中は「それはそれ、これはこれ」だ。
テニス部に関わっている時間は、お互い彼氏彼女ではなく、副部長とマネージャーとしてそれぞれの役目を果たそうと誓い合っていた。
しかしそうは言っても、ふいに彼に話し掛けられると心がドキドキしてしまうのはどうしようもない。
彼は見事に恋愛と部活を使い分けていると思うけれど、自分はまだまだその域には至っていない気がする。

(先輩を見習わないと)

なんとか表情を変えないように取り繕いながら、彼を見上げて一呼吸する。
そして、「何か御用でしょうか?」と問い掛けた。

「ああ。この後の17時半の――」
「あ、はい、丸井先輩と柳生先輩の試合の審判ですよね」
「うむ、その試合のことなんだが、思ったより今日の二人の調子が良くてな。今やっている練習メニューが早く終わりそうだ。試合も前倒しして始められそうなので、10分ほど早くCコートに来てもらいたい」
「はい、わかりました!」

真田の言葉に元気よく返事をして頷き、は続けた。

「あの、それまで、部室で今度の遠征の書類を書いてこようと思うんですが、他に何かすることはありますか?」
「遠征の? ああ、関東大会のか。そういえば、お前に頼んだんだったな。他の仕事は……備品数のチェックや掃除などは終わっているか?」
「はい、勿論です!」

当然といったように、首を縦に振る。
そんなを見つめ、真田もまた満足そうに頷いた。

「そうか、ならばそれを頼む」
「はい! それじゃ行ってきますね」

そう言って、は再度笑顔で頷く。
その瞬間、真田の視線が少し斜め上に泳いだが、はそれには気付かない。
彼に背を向け、1秒でも惜しいと言わんばかりに、一目散に部室へと向かった。
残された真田は、そんな彼女の後姿を見送り、ほんの一瞬だけ、僅かに頬を緩めた。




は部室に場所を移し、今度はひたすら用紙に向かっていた。
が必死に書いているのは、部の活動として生徒が校外に行く際に、何のためにどこへどのようなルートを使って行くのか、というようなことを書いて学校側に提出する為の書類、いわゆる「校外活動事前報告書」である。

「ええと……この欄は目的地を書くんだから……『アリーナテニスコート』でいいのかな?」

以前県大会の際に提出した同じ書類の写しを手本にし、関東大会の出場書類を見ながら、学校側が用意した用紙の項目を1つずつ埋めていく。
手本にしている県大会の書類を書いたのは真田なので、その字の美しさについ自分の書いた字が恥ずかしく感じてしまうけれど、書類自体はそんなに難しいものでもない。
は安堵しながら、順調に書き進めていった。
――その時。
コンコン、と部室のドアがノックされる音がした。

「はい、どうぞー」

書類から目を離さないまま、は応える。
すると、外から入ってきたのは、柳だった。

、校外活動事前報告書を書いていると聞いたが」
「あ、はい、そうです」

が再度応えると、柳は中に入り、の手元を覗く。

「どうだ、わかるか?」
「大丈夫です、前に先輩達が書いたのを見本にさせてもらってるので」
「そうか。初めて書く書類だから一応様子を見に来たんだが――どうやら、大丈夫のようだな」

柳は、独特の優しい声でそう言うと、覗き込んでいた身体を起こして微笑んだ。
そんな柳に、も笑顔で頷き返す。

「はい、大丈夫です! あ、でも、一応書き上がったら確認お願いしていいですか?」
「ああ、勿論」

柳の返事に「ありがとうございます」と返して、は再度用紙に視線を戻す。
次は「代表者」という項目だった。
顧問の名前は別に書く場所があるので、こちらはこの校外活動を率いる生徒の代表者、という意味だろう。

(本当なら幸村先輩なんだろうけど……今回は、真田先輩だよね)

少し複雑な気持ちになりながらも、はその欄に「真田弦一郎」と書き記す。
その後、何気なく、手本にしていた県大会の方の書類の「代表者」の項目にちらりと目をやった。
――その瞬間、は目を見開いて、全ての挙動をぴたりと止める。
そんなの様子に気づいたのか、一度は部室から出て行こうとした柳もまた動きを止めると、再度彼女に近寄ってきた。

「どうした?」
「これ……あの」

は見本にしていた県大会の方の書類の、同じ「代表者」の欄を指差した。

――代表者:幸村精市(代理:真田弦一郎)

そこには、とても丁寧な字で、そう書かれていた。
幸村の名前を書き、それよりもかなり小さく、わざわざ括弧書きで真田の名前を入れている。
こう書かなければならなかったのだろうか。
だとしたら、幸村の名前を抜かして真田の名前だけを書いた自分は、もしかしてとても失礼な書き間違いをしてしまったのではないか。
そう思うと、とても怖くなった。

動きを止めてしまっているの横から、柳は書類を覗き込む。
そして、が困惑している理由を悟ったのか、「なるほど」と呟き、ふっと微笑んだ。

「そんな顔をしなくてもいい。の書き方も、決して間違ってはいないから。……いや、むしろの書き方のほうが、正しいんだ」

そう言うと、彼は優しい声で続けた。

「この代表者というのは、その校外活動に参加するメンバーの代表者、という意味だからな。活動に参加しないメンバーの名前を書けば勿論不備になるし、部長の名前が必要なわけでもないから、本当は弦一郎の名前だけでいいんだよ」

だからお前の書き方で間違っていない、と柳は笑う。

(でも、柳先輩は今、本当は真田先輩の名前だけでいいんだって言った。てことは、分かっててわざとこの書き方をしてるんだ――)

つまり、きっと彼らは幸村を代表者の名前から消したくないのだろう。
例えその場に居なくても、いつでも彼と一緒に戦っている。
絶対に彼はこの場所に戻ってくる。
そんなたくさんの想いや願いを、こんな小さな一項目に篭めているのだ。
そう悟った瞬間、の目から熱いものが溢れた。

「……これは、苦肉の策でね」

柳は、泣きだしてしまったの頭にそっと優しく触れてから、以前の校外活動事前報告書の束をぱらぱらと捲った。
は、潤んだ目を擦りながらそれを目で追う。
どうやら、どの用紙も全て、県大会のものと同じ書き方がされているようだ。
この前の他校との練習試合の遠征の書類も、その前に行ったものも、がテニス部に入る前のものも、全て。

更にどんどん過去に遡っていくと、やがて代表者の欄に修正の後が見られるものが現れた。
修正液で消した上に、「代表者:幸村精市(代理:真田弦一郎)」の文字がある。

「これが、精市が倒れた直後の、初めて精市抜きで行った練習試合のものだ」

そう言って、柳は束からその1枚を引き抜いて、に渡す。
それを受け取ると、はそっと光に透かして見た。
修正の下には、「真田弦一郎」とだけ書いた跡が、うっすらと確認できる。

「これを書いたときのことは、よく憶えているよ」

懐かしそうに微笑んで、柳はその時の事を話してくれた。
真田は、一度は自分の名前を書いてから、悔しそうに拳を握り締めて机を叩いたという。
柳は、あんなに悔しそうな弦一郎は初めて見たよ、と呟き、笑った。

「俺も、弦一郎の気持ちはとてもよく理解できた。しかし、この書類を提出せねば校外での活動は一切出来ないから、これだけは絶対に提出しなければならない。――考えた末に、こう書くことを俺が提案したんだ。もしかしたら通らないかもしれないという不安はあったが、先生方も理解してくれたのだろうな、何も言われなかった」

の手からその書類を受け取り、柳は何かを思うようにそれを見返す。
そして、丁寧に元の書類の束に戻しながら、改めての顔を見つめた。

「……とはいえ、決して正式な形でないことは確かだ。実質今の代表者は弦一郎だから、そのまま書き進めてもらっても何の問題も――」
「そんなこと出来ません!! 書き直します!!」

柳の言葉を遮って、は叫んだ。
こんな小さな項目に溢れる彼らの思いを、自分などが変えられないし、変えたくない。
例え学校の形式的にはこちらのほうが正しかったとしても、テニス部として正しいのは、絶対に彼らが今まで書いてきた書き方のほうだ。
何も知らなかったとはいえ、テニス部の書類にこんな書き方をしてしまったことが、本当に申し訳ない。
何度詫びても、詫び足りないとすら思う。

「書き直します――書き直させて下さい……」

そう言ってまた嗚咽を漏らすに、柳は優しく微笑んで首を縦に振った。

に、任せるよ」

そう言うと、柳はもう一度の頭をぽんぽんとあやすように叩き、そのままゆっくりと部室を出て行った。

は、該当箇所を修正液で丁寧に消して、渇くのを待つ。
一度は代表者に自分の名前を書いておきながら、それを修正して、その場には行けない幸村の名前を書いた真田や柳は、どんな気持ちだったのだろう。
そして、それ以後もどんな気持ちで頑なにその形を守り続けて来たのだろう。
彼らの気持ちがとても痛ましくて、それを思うととても辛いのだけれど、その中にある彼らの絆は、とてもあたたかくて、強いもののような気がした。

は、両手で強く目を擦って涙を払うと、再度書類と向かい合った。
修正液で消した部分に軽く触れ、完全に乾いているのを確認する。どうやら、もう書いても大丈夫のようだ。
は、代表者の欄をじっと見据え、ペンをぎゅっと握り締めると、想いを篭めてゆっくりと「幸村精市(代理:真田弦一郎)」と書き記す。
そして、そのまま最後まで書類を埋めた。

「……これで、完成、かな?」

もう一度視線を書類の最初の部分に戻し、全てきちんと埋められている事を確認する。
2度ほどそれを繰り返してから、はよし、と頷いた。

「えっと、後で一応もう一度真田先輩か柳先輩に確認してもらってから、職員室に持っていけばいいんだよね。で、えーと、次は……確か30分から練習試合の……」

そう呟きながら、部室の時計を見る。
時刻は、17時20分近くを差していた。
――そういえば、先ほど真田に「10分ほど早く始める」と言われていなかっただろうか。

「や……やばっ!!」

数分前には行こうと思っていたのに、これでは遅刻になりかねない。
慌てて立ち上がり、机の上に載っていた書類やペンを掻き集めていたその時――再度、コンコン、と部室のドアがノックされた。
また柳が戻ってきたのだろうか。

「どうぞ開いてます!」

そう叫びながらも、は手を止めず大慌てで後片付けを続ける。
すると、部室のドアが開いて、外から誰かの声がした。

「おーい、。真田副部長が呼んでるぞー」

これは、柳の声ではない。
どうやら同じクラスのテニス部の男子生徒のような気がする。
もしかして、真田に頼まれたのだろうか。

「あ、う、うん、分かってる、今すぐいく!」

まだ少し片付け終わっていないが、もう時間が無い。
仕方なしに、は残りの物を机の端に寄せるだけに留めると、外へ飛び出した。

「大変だなー、

そう言って迎えてくれたのは、やはりと同じクラスの男子生徒の笹岡だった。

「ううん、ごめんね、笹岡君。迎えに来てくれたの?」
「まあ、真田副部長に頼まれたからな」

あの鬼の副部長に頼まれたら来ないわけには行かないだろ、と彼は笑う。
やはり、真田が彼に頼んだのだ。
せっかくの真田の信頼にちゃんと応えられなかった自分に、は情けなくなって唇を噛んだ。
すると、笹岡はが真田を怖がっていると思ったのか、ははっと笑って口を開いた。

「そんなに気にすんなよ、大丈夫、まだそこまで怒ってねえって!」
「ありがとう」

そう言い合うと、二人はコートに向かって駆け出した。



「……そういえば、、部室で何やってたの?」
「……ァ、ハァ……あの、関東大会、の、遠征、書類……書いてた……」

走りながらだったので、は吐息交じりでなんとか声を繋げる。

「え、それってよく知らねーけど、確か副部長の仕事じゃねえの? 、今そんなことまでやってんの?」
「うん」
「へえ……真田副部長に押し付けられたわけか。さっすがあの人、他人にも容赦ねえなあ」

苦笑して、彼は言う。
そんな彼の言葉に、は思わず立ち止まり、首を振った。

「ち、違うよ! 私が書かせて欲しいって言ったの!!」

真田が誤解されやすい人だということは、この数ヶ月でとてもよく分かった。
でも、実際そんな人ではないことは、もっとよく分かったつもりだ。

「真田先輩はむしろ人に仕事なんか押し付けないよ! 自分のことは自分でする人だもん!! だからこそ、私少しでも力になりたくて……」

は、必死で熱弁をふるう自分にはたと気づいて、口を抑える。
そんなを、笹岡は呆気にとられた顔で見つめており、は無性に顔が熱くなった。

「……ご、ごめん」
「いや、いいけど」

まだ少し驚いて目を瞬かせている彼の視線が恥ずかしくなって、はわざと笑顔を作って大袈裟に笑う。

「ご、ごめんね、早く行こ」

そう言うと、はまた全速力でコートに向かって走りだす。
そんなを追いかけるように、彼もまた走りだした。



、遅いぞ!! 10分早めると言っておいたはずだ!!」

達がコートに着くなり、響いたのは真田の怒声。
既にコートの中には丸井と柳生がスタンバイしており、待ちだったことは火を見るより明らかだった。
は、勢いよく頭を下げた。

「すみません!!」
「時間ギリギリでもいいと思っているなら大きな間違いだ。いつも数分前行動を心掛けろ、いいな!」
「はい、申し訳ありません、真田先輩。丸井先輩、柳生先輩、遅れてしまって本当に申し訳ありませんでした!」

丸井と柳生にも必死で頭を下げ、謝罪の言葉を繰り返す。

「ああ、気にすんなって!」
「大丈夫ですよ、まだ時間は過ぎていないのですから」

真田とは違い、丸井や柳生は気にしていないように笑う。
しかしは、もう一度彼らに向かって頭を垂れた。
そんなを見つめ、真田はふぅ、と大きく息を吐く。

「これからは気をつけるように。それでは、後は頼むぞ!」
「はい!!」

の頷きに無言で頷き返し、真田はくるりと方向を転換する。
そして。

「……ああ、笹岡、お前もご苦労だったな。ありがとう、練習に戻ってくれ」

を呼びに来た彼にもそう声をかけると、真田はそのまま別の場所へと消えていった。
真田の姿が小さくなったのを確認してから、彼はこそっとに声を掛けた。

「こえー。災難だったな、
「真田先輩は正しいよ。あ、呼びに来てくれて本当にありがとうね、笹岡君!」

そう言って笹岡にも頭を下げると、はそのまま予定通り丸井達の審判兼スコア取りに入る。
そんなの姿をちらりと見つめ、呼びに来てくれた彼もまた、自分の持ち場へと戻っていった。

初稿:2011/04/21

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