二月上旬の、とても天気のいい土曜日。
東京にあるお洒落なオープンテラスのカフェで、真田は腕組みをしたままその人差し指をとんとんと動かしながら、大きく息を吐いた。
いつもは冷静な真田が、今日に限って絵に描いたように落ち着かないのは、決して自分には不釣合いのお洒落な場所に一人でいるからではない。
とある大切な目的の為に、ここで待ち合わせをしていたからだ。
(あと三十分か……)
付けていた腕時計を見つめて、再度溜息をついた。
はやる心を抑え、時間の五分前に間に合うように家を出たはずだったのに、気がつけばこんなにも早い時間に着いていた。
待ち合わせの相手は、時間丁度かそれよりも遅い時間に着くタイプの人間だ。
まだまだ待たなければならないだろうから少し落ち着かねばと、真田は椅子に座りなおした。
コーヒーを注文し、時間を潰す為に持っていた文庫本を開く。
しかし、気持ちが全く落ち着かないので、なかなか本の中身が入ってこない。
今、自分の脳裏に浮かぶのは、とても大切な彼女の――の笑顔だけだ。
妙に恥ずかしくなり、真田は唸るような声を漏らしながら、本を閉じる。
(駄目だな)
現在、彼女とはなかなか頻繁に会える環境にいない。
そのせいなのか、最近、寝ても覚めても彼女のことばかりを考えてしまう。
今頃何をしているのかとか、今日は何を食べたのだろうとか、通っている大学院やバイト先で変な男に絡まれていないだろうかとか、次に直接彼女に試合を観てもらえるのはいつだろうかとか。
出会ってからもう十年も経つのに、彼女への想いは冷める事なく、より熱くなっていく気がするのは、きっと気のせいではないだろう。
もっともっと、彼女と一緒に居たい。
もっともっと、彼女を傍に置きたい。
朝は彼女の顔を見て目覚めたいし、夜はこの腕に抱いて共に眠りにつきたい。
最近はずっと、そんなことばかりを考えてしまう。
でも、今のままではそれは叶わない。
では、どうすればそれを叶えることが出来るのか。それは、ずっと前から分かっていた。彼女と籍を入れ、家族になること――すなわち、彼女と「結婚」することだ。
彼女と出会って、十年。真田は、ここ最近になって、やっとその決意をしたのだった。
結婚の事はずっと頭にあった。
それこそ中学生のときから、生涯を共にするなら彼女しか居ないと心に決めていた。
気持ちだけなら、いつだってプロポーズする準備は出来ていたのだ。
しかし、結婚するということは、一生彼女を養っていくということだ。
今まで以上に責任も伴うし、二人で生きていくだけの金銭を安定して稼ぐことができなければ、結局は彼女を不幸にしてしまうだろう。
プロの世界というのは不安定な世界でもあるから、自分が彼女を養えるという自信が持てるまでは、安易に結婚などという言葉を口にしたくなかった。
それに、彼女は今、大学院に通っている。
余計な事は考えず、彼女のやりたい学問に専念させてやりたかった。
そんなわけで、彼女と結婚したいという気持ちは日増しに募り、周囲からはさっさと結婚しろとはやし立てられながらも、真田は今までそれをぐっと我慢してきたのだ。
しかし、安定してきた収入、彼女の卒業、そして出会ってから十年という節目――それらの要因が揃って、やっと真田はこの決意に至ることが出来た。
決意した直後に思ったのは、彼女が一番喜ぶ方法でプロポーズをしたい、ということだった。
この十年、何があってもこんな自分をずっと愛し、見守ってくれた。愛しくて愛しくて仕方ない。
そんな彼女を、一生心に残るような方法で驚かせて喜ばせてやりたいと、柄にもなく思ってしまった。
プロポーズの言葉も、場所も、まだまだ決めかねていることばかりだが、ただひとつだけ――婚約指輪の事だけは、早々に決める事が出来た。
数日前にのアパートを訪れた時、彼女が大切にしているものを入れているという箱を見せてくれたのだが、その中に、付き合う前に最初にに贈った硝子のイヤリングが入っていた。
それは、まだ義務教育を受けていた頃に、親から貰ったこづかいで贈ったものだ。
中学生で買える程度のものだけあって、今見るととても安っぽく見えるほどなのに、彼女はそれが今でも一番の宝物だと言う。
それを聞いたとき、これを婚約指輪のモチーフにできないかと閃いたのだ。
思い出を大切にしてくれている彼女なら、何よりも一番喜んでくれるに違いない。そう思った。
しかし、思いついたのはいいものの、同じようなデザインの指輪などそうそう転がっているわけが無い。
特注で作るしかないだろうと思ったが、どうすればそんな事が出来るのか、真田にはその方法が全くわからなかった。
そこで、そういうことにとても詳しそうな跡部に尋ねたのだ。
こんなことを聞くのは正直とても恥ずかしかったが、彼女の喜ぶ顔には変えられない。
案の定跡部は(そして跡部から話を聞いたらしい、他の仲間も)思いっきりからかってくれたが、なんだかんだ言いながら腕利きのジュエリーデザイナーとやらを紹介してくれることになり、今日、会うことになったのだった。
あの男は、あれでなかなか面倒見のいい奴なのだ。
「お待たせいたしました」
いろいろと考え事をしているうちに、真田の元に先ほど頼んでいたコーヒーが届いた。
「ありがとう」
運んできてくれたウエイトレスに軽く会釈し、真田は注文したコーヒーに口をつける。
跡部が来る前に少し落ち着かなければ、またあの男にからかわれてしまう。
何か他のことを考えようと、真田は息を吐いた。
――そうだ、次の試合は、いつどこでやるのだったか。
そんなことを思い、鞄から手帳を取り出してぱらぱらっと捲る。
すると、手帳の間から、大分前にと二人で見に行った映画のチケットの半券が顔を覗かせた。
そういえば、栞代わりにしていたのだった。
ああ、映画といえば――この前に誘われた映画の日付も、今日ではなかったか。
先にこちらの約束が入っていたので、断ってしまったけれど。
(には、悪い事をしたな)
本当は彼女と一緒に行きたかったけれど、こればかりは仕方が無い。
跡部に自分から頼んでおいて、やはり彼女とデートしたいから日を変えてくれなどと言えるわけもない。
でも、確かと一緒に見に行くといっていたから、きっと彼女は彼女で楽しんでいるだろう。
とても可愛い笑顔で、今頃どこぞの映画館にでもいるのだろう。
昼食はどうするのだろうか。その後は買い物でもするだろうか。
また、彼女に話を聞いてみよう。
真田がそんなことを考えていたそのときだった。
「――オイ。ニヤニヤ笑いやがって気持ちわりぃな」
知っている声が聞こえて、真田はハッとする。
顔を上げると、そこには先ほどから待っていた相手――跡部がいた。
慌てて、真田は立ち上がった。
「な、なんだいきなり!」
「いきなりもクソもあるか。時間になったから来たんだろーが。アーン?」
どさっと音を立てて椅子に座り込む跡部を横目に、真田は時計を見る。
確かに、もう約束の時間だった。彼女のことを考えているうちに、いつの間にか時間になっていたらしい。
「そ、そうか、すまなかった」
真田は、素直に謝って頭を垂れた。
そんな真田を見て跡部はククッと笑みを浮かべると、軽く手を挙げて近くにいたウエイトレスを呼ぶ。
そして、「エスプレッソ」と告げると、改めて彼は肱をつき、真田を見据えた。
「全く、しまらねえ顔しやがって、お前らしくもねぇ。ま、無理もねえだろうが」
ニヤニヤと笑う跡部に、真田は恥ずかしい気持ちを抑えながら、もう一度頭を下げる。
「跡部、今日は俺の都合に付き合わせてしまってすまない。ありがとう」
「構わねぇさ。せっかくのエンゲージリングだってのに、お前が変なモン作っちまったら、あのお嬢ちゃんが可哀想だしな」
そう言って、挑発するように跡部は笑う。
その言葉に真田はムカっと来たが、自分の都合に付き合わせているのだから、今日だけは何を言われても言い返すまいと自分に言い聞かせた。
「……紹介してくれるという、ジュエリーデザイナーの方は、どちらにいらっしゃるのだ」
「ああ、もう少しで来るだろ。本当は一緒に来るつもりだったんだが、今日は道路が混んでるからな。合流すると時間が掛かりそうだったから、別々に来ることにしたんだ」
「そうか」
早く指輪の話を進めたかったが、そういう事情なら仕方ない。
真田は、コーヒーに口をつけて、気を落ち着けた。
「しかし、やっとお前もその気になったんだな。一体何年だ? 全く、試合の時はあんだけ前のめりでギラギラしてる癖に、なんで女性関係になるとそんなに奥手になるんだよ、テメーは」
頬杖をつき、跡部がからかうように言う。
「それに、あの嬢ちゃんもよく待ったよな。中学ン時から十年っつったか? テメーみたいな奴と十年も付き合ってくれる女なんてそうそういねーぜ。せいぜい大切にしてやるこったな」
「う、うるさい! そんなことは言われんでもわかっとる、黙ってろ!」
今日だけは何も言い返さないでおこうと思っていた決意のことはあっさり忘れ、真田は言う。
これ以上からかわれてたまるかと、真田は腕を組んで跡部から視線を逸らした。
そんな真田を横目で見て、跡部はまた、にやにやと笑みを浮かべる。
――その時。
「お待たせしました、景吾さん」
二人が座っていたテーブルに、新たな声が聞こえた。
はっとして真田が顔を上げると、綺麗な女性がいつの間にか姿を現していた。
「いや、俺も今来たところだ。こんなところに呼び出してすまなかったな」
そう言って跡部が座ったまま彼女に向かって軽く手を挙げると、その女性は「いえいえ」と首を振った。どうやら彼女が待っていた相手らしい。
真田は、慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「は、初めまして。真田と申します」
「あなたが真田さんですね。景吾さんから話は聞いています。エンゲージリングを作りたいということで……この度はおめでとうございます!」
「い、いえ! ど、どうかよろしくお願いいたします!」
見知らぬ女性にまで祝いの言葉を言われ、思わず顔が熱くなる。それをごまかすように、真田は頭に手をやりながら、何度も何度も頭を下げた。
「すみません、何分その、結婚の申し込み、というのが初めての経験で……どうすれば良いのか全くわからないのですが……」
「そりゃ、初めてに決まってんだろーが。お前みてーな図体に似合わない初心男に、プロポーズの機会が二度三度とあってたまるか」
「うるさい!」
茶々を入れて笑った跡部に、真田は怒鳴りつける。
そんな真田と跡部のやりとりを見ながら、彼女は微笑ましそうに笑った。
「とりあえず座りましょうか。立ったまま話をするのもなんですし」
「あ、ああ、そうですね」
頭に手をやりながら、真田は頷く。
なんだかとても恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしている真田を見て、跡部と彼女は顔を見合わせて笑った。
腰を下ろし、ウエイトレスを呼ぶ。
彼女の飲み物を注文して、三人は改めて本題に入った。
「それでは、改めてお話を聞かせていただけますか。エンゲージリングを作りたいというお話だけは、景吾さんから聞いているのですが」
「は、はい。その、実は、昔、彼女に贈ったイヤリングがありまして、それと同じデザインでですね、作れないものかと……」
ぎこちない口調で真田が話し始めると、頬杖をついた跡部がクッと笑って言葉を遮った。
「中坊ン時に彼女に初めて贈ったプレゼントと、出来る限り同じデザインにしたいんだとよ!」
「まあ、素敵! 勿論、全く同じというわけにはいかないかもしれませんが、見たらこのイヤリングを思い出すような、限りなく似たような雰囲気にはできると思います」
「しかし顔に似合わず、結構ロマンチックなこと考えやがるよな、テメー」
「……う、うるさいと言っているだろう」
跡部の茶々にいらっとしたが、今日ばかりは紹介してもらった恩もあり、邪険にはできない。
真田はただ睨みつけるだけに留めて、一生懸命自分の感情を抑え込む。
「本当に素敵な話だと思いますよ。初めてのプレゼントを元にしたデザインだって気づいたら、きっとお相手の方、感激すると思います」
「は、はい……そのイヤリング自体も、今でもとても大切にしてくれているので、すぐに気づいてくれると思うのですが」
恥ずかしさで顔はとても熱かったが、の喜ぶ顔を思い浮かべると、自然と自分の頬は緩んだ。
きっと――いや、絶対、彼女は喜んでくれるだろう。最初は目を見開いて驚いて、そして真っ赤な顔で破願してくれるに違いない。
そんな彼女が、容易に想像できた。
「ったく、締まりのねえ顔しやがって。ところで、イヤリングの写真はちゃんと撮ってきたのか?」
くくっと笑って、跡部が真田に問い掛けた。
しかし真田は、その問いに言葉を詰まらせる。
確かに、デザインの参考にするためにと、今日イヤリングの写真を持ってくる約束をしていたのだが――実はその写真を撮るのに失敗していたのだ。
彼女に頼んで撮らせてもらうのは簡単な話だったが、その際に「何のために写真を撮るのか」と聞かれたら、なんと答えればいいのか、真田には全く思いつかなかった。
それに、例え上手い言い訳を用意していったとしても、隠し事が下手な自分のことだ、きっと思いきり挙動不審になるだろう。
それでは彼女に勘づかれてしまうかもしれない。
プロポーズのことも指輪のことも、今は絶対に内緒にしておきたかった。
だから、結局彼女に見つからないようにこっそり撮ることにしたのだが、なかなかそのチャンスがつかめず、あの日は最後まで写真を撮る事は出来なかった。
「そ、それが……だな」
「おいおい、まさか持ってきてねーんじゃねぇだろうな。いくら腕のいいジュエリーデザイナーっつっても、見本がなきゃ同じデザインの物は作れねえぞ!」
付いていた頬杖を解いて、跡部が非難するような声をあげる。真田は、慌てて口を開いた。
「そのかわり、実物を持ってきた!」
そう言いながらポケットを探り、ハンカチに包まれた小さな小袋を取り出した。包んでいたハンカチを仕舞い、その小袋をそっと傾けると、硝子の花のイヤリングが顔を出す。
――そう、写真を撮ることに失敗したので、真田は咄嗟に実物を持ち出したのだ。
「写真よりもいいだろう?」
「まあ、そりゃな。しかし、あの嬢ちゃんにはなんて言って持ってきたんだ? まさか馬鹿正直に『エンゲージリングを作りたいから貸してくれ』とか言ったのか?」
「言えるわけないだろう! 彼女には、何も言ってはおらん。……気づかれないよう、こっそり持ってきた」
「黙って持ち出したってのか。いいのか? つか、気付かれねえか、それ」
「……まあ、最近は大切に仕舞い込んでいるだけのようだし、一カ月くらいならばれんだろう……と、思うんだが……」
真田は、そう言ってごほんと咳払いをした。
そんな真田を見て、また跡部が笑う。
「ばれねぇとか、こっそりとか、普段のお前からは絶対に出てこねえような言葉だな。そういうのはご法度なんじゃねえのか? 正々堂々がモットーじゃなかったのか」
「う、うるさい。今回ばかりは、話が別だ」
痛いところを突かれ、真田は吐き捨てる。
それをごまかすようにぬるくなったコーヒーをぐっと飲み干し、ジュエリーデザイナーの彼女の方に顔を向けた。
「これと同じようなデザインの指輪を、硝子以外の材質で作ることは出来るでしょうか。金額は、ある程度掛かっても構わないので……」
「ええ、出来ますよ。プラチナを基本にして、この辺りはダイヤを入れて……あと、その方の誕生石なんかも、どこかに入れましょうか」
そう言うと、彼女はスケッチブックのようなものを取り出し、さっとデザインを写し取って、それにどんどん書き加えていく。それを黙って見守っていると、跡部が不意に口を開いた。
「しかし、中坊時代にお前がそんなもん贈ってたとはな。ガッチガチに堅そうな振りして、やることはやってたんだな」
「う、うるさい」
「確か月刊プロテニスかなんかの企画で、好きな女のタイプ聞かれたとき、お前『そんな事聞くとはたるんどる!』って答えたんだろ? しばらく語り草になってたじゃねーか。あれはお嬢ちゃんと付き合う前の話か? それとも、既に付き合っていた後で、照れ隠しでそう言ったのか?」
くくっと笑って、跡部が懐かしそうに言う。
確かにそんなこともあったが、そんなことを今掘り出す必要がどこにあるのかと、真田は跡部を睨みつけた。
しかし、それにも動じず、跡部はからかい続ける。
「合同合宿の時に彼女連れてきた時は目ン玉飛び出たぜ。何の冗談かと思ったら、マジだっつーんだからな。確かそのしばらく後で、お前らのデートに鉢合わせたこともあったよな。ストリートテニス場で二人でめちゃくちゃイチャついてたこと、今でも覚えてるぜ。しかし、それから十年間も続くとはな。しかも、ずっとあの嬢ちゃん一筋って辺りがテメーらしいというか、あのお嬢ちゃんも物好きというか」
跡部のからかいは、延々と続いた。
今日だけは絶対に怒ってはいけないと思っていたが、止まらない彼の口に、とうとう真田の恥ずかしさが頂点に達する。
がたっと立ち上がり、力一杯真田は叫んだ。
「うるさい! お前はもう帰れ!!」
そう言ってから、はっと我に返る。
辺りを見やると、近くの客やウエイトレスが、驚いた顔でこちらを見ていることに気がついた。
どうやら、思ったよりずっと大きな声で叫んでしまったらしい。
「す、すみません」
真田は、慌てて周囲に頭を下げ、椅子に座りなおした。
「バーカ、何熱くなってんだよ」
「景吾さん、そんなにからかうものじゃないですよ」
デザイナーの彼女も、そう言いながらも微笑ましそうにくすくす笑う。
そんな彼女にも頭を下げ、真田は真っ赤な顔で俯いた。
すると。
「……大まかなイメージですけど、デザイン、出来ましたよ」
そう言って、彼女がスケッチを見せてくれた。
そこには、を喜ばせたくて必死になって考えた案が、ひとつの形になっていた。
夢にまで見たとの結婚に、一歩一歩近づいている実感が涌いてきて、真田はなんだか胸が高鳴った。
「ありがとうございます。……あの、出来れば彼女の大学院の修了式と同時にプロポーズしたいと考えてまして……。来月の中旬くらいには受け取りたいのですが、可能でしょうか」
「そうですね、本来はフルオーダーとなると数か月はみて頂いているんですが……。景吾さんからも出来うる限り要望を聞いてあげて欲しいとお願いされていますし、確実なお約束はできませんが、こちらも全力で間に合わせられるように頑張ってみますね」
そう言って、彼女は微笑んだ。
真田は、彼女と、そしてやはりとても気を遣ってくれたらしい跡部に、深々と頭を下げた。
「それでは、あとは全てお任せしますので、どうかお願いいたします」
「はい、わかりました。それでは、少しの間、そのイヤリングをお借りしてもいいでしょうか? スケッチは取りましたが、実物があった方がイメージも近づけやすいので……。完成したら、一緒にお返ししますから」
「はい、構いません。どうかどうかよろしくお願いします」
白いハンカチで包みなおし、真田はジュエリーデザイナーの彼女にそれを手渡した。
今度あれが手元に戻る時は、出来上がった婚約指輪と一緒なのだ。
そうしたら、それを持って、彼女に結婚を申し込む事が出来る。
を傍にずっと置いておける日が来るのは、もうすぐだ。
もう一度、真田はスケッチに視線を落とした。
十年前のあの日、イヤリングを渡したときに嬉しさの余り泣いてくれた彼女は、今度はどんな反応をしてくれるのだろう。
また、あの時のように泣いてしまうだろうか。
(……泣くだろうな。あいつは、いつまで経っても泣き虫だからな)
ちょっと泣き虫で、いつまで経っても子どもっぽくて、不器用なところもあるけれど、とても可愛くて優しい、あたたかい。
大好きな。
何があっても、彼女の傍にいよう。
この十年、こんな自分を支え愛し続けてきてくれた彼女を、ずっとずっと守っていこう。
――いつか、共に年老いた彼女と、添い遂げる日が来るまで。
青い空を見上げ、真田はふっと微笑んだ。