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終章:〜for you〜

――あれから一週間が経った。
二人の仲は、切原たちがあっさりペラペラと吹聴してしまったせいで、あっという間にレギュラー内では周知のものとなった。
レギュラーの中には薄々二人の感情に勘付いていた者もおり、知ったところで「あ、やっと?」程度の反応しか返さない者もいれば、勿論この世がひっくり返りそうなほど驚いた者もいた。
しかし、その二人の付き合いに、異を唱えるものはいなかった。

関東大会がもう目前に迫っている中、今日はその最終調整の一環として、学校を出て他校で練習試合を執り行っていた。
も勿論、マネージャーとして一緒に参加している。
他校へ出掛ける手配やドリンクの準備、そして――ほぼ全て見落とし無く出来るようになった、試合のスコア取り。
それらをほぼ一人でやってしまうは、もうどこから見ても立派なマネージャーだ。

試合は、順調に進んだ。
ダブルス2、丸井、ジャッカル。
ダブルス1、仁王、柳生。
シングルス3、切原。
シングルス2、柳。
皆、順調に勝ちを重ねた。

――そして、シングルス1、真田。
名前を呼ばれてコートの中に入る真田を、はじっと見つめた。
付き合い始めてからも、真田とが部活で私情を交えることは決して無い。
付き合いに溺れて肝心のテニスやマネージャー業が疎かになるようなことは、自分達を自分達自身で汚すような気がして絶対に嫌だったし、応援してくれたり好意的に見てくれている仲間たちに、恩を仇で返すような真似はしたくなかったのだ。
――しかし、やはりこうやってコートに立つ彼を見るとドキドキしてしまうのは、にはどうしても抑えられなかったけれど。

試合が始まり、ボールが激しく唸る音がコートに響き渡った。
試合内容をしっかりスコア表に書き写しながら、は試合を見守る。
彼がサーブを打つ姿も、ボールを追いかけ微妙な角度でラケットを操ってリターンする姿も、ポイントを取って力強い笑みを浮かべ、ラケットのグリップを緩めてストンと落とす仕草も――全てが愛しくて、眩しかった。
それは、彼の頭上に輝く太陽のような、が一目見て捕らわれた、あの閃光だった。

やがて、試合が終わった。
最後のポイントは、が一番大好きな、叩きつけるようなスマッシュだった。
あの力強さは、やはり目を奪われてしまう。
見惚れながら、はコートの中で握手する彼をじっと見つめた。
――次の瞬間。
ふいにこちらを向いた彼が、ふっと口元を緩めてに優しく笑い掛けた。
思わずどきりとして、は自分の心臓を抑える。

(……あれ、この光景……どこかで……)

いつだっただろう。
確か、こんな夢を以前見たような気がする。
がぱちぱちと瞬きをしていると、コートから真田が戻ってきた。

、お疲れ様だったな」
「先輩こそ、お疲れ様です。絶好調でしたね」

にこりと笑って、は彼に手にしていた黄色のタオルを手渡す。
それを受け取り、「ありがとう」と言いながら、真田もまた、笑った。

練習試合が終わり、手早く片付けをした。
相手校の選手達と軽く終了後の挨拶を交わした後、慌てて皆はその学校を後にする。
この後、幸村の見舞いに行くことになっていたのだ。
その道の途中で、は真田に話し掛けた。

「先輩、もしかしたら、私予知夢見ちゃったかもしれません」
「ん?」
「さっき、先輩が試合の直後に笑いかけてくれたのと全く同じ光景を、私、ずっと前に夢で見ました」

そう言って、は懐かしそうに笑って続ける。

「今でも、夢見てる気分ですけどね。これがもし夢なんだったら、ずーっと覚めないで欲しいです」

恥ずかしそうに軽く頬を染めながら、はへへっと舌を出した。
そんなを、真田は微笑ましそうに見つめる。
そして彼は、に囁いた。

「……夢じゃない。夢であって、たまるか」

真田は、の手の先をそっと掴んだ。
――夢じゃない。
そう実感出来るように。

その瞬間――先を歩いていたメンバーたちが、それに気付いて大きな声を上げた。

「あー! 真田と、手ェ繋いでやがる!!」

最初に指をさして大声を上げたのは丸井。
その声に、ジャッカルが目を丸くして振り返る。
二人の関係に最後まで気付かなかった彼は、今もどこか信じられないようだ。

「マジかよ! ……あ、マジだ」
「つーかそんな申し訳程度に繋ぐんじゃなくて、もっとがっつりやっちゃえばいいのに。副部長もまだまだっすね」
「赤也、あの二人がこっそりでも手を繋げるようになったんだぞ。大進歩じゃないか」

切原が癖っ毛頭の後ろで両手を組み、からかうように言うと、隣を歩く柳もわざとらしく言う。
最初から全てを理解し、見守ってきた二人は、そう言い合うととても嬉しそうに笑った。
そして更にその後ろにいる仁王が、隣にいた柳生に言う。

「……柳生よ、なんでお前さんが顔を赤くしとるんじゃ」

そんな仁王の言葉に、何故か顔を赤く染めた柳生は、自分の眼鏡の中央を指でくいっと上げて小さな声で呟いた。

「い、いえ……なんだか私が照れてしまいまして……あまりにもなんというか初々しいもので……」

それぞれ多様な反応をしながら囃し立てる皆の言葉に恥ずかしくなって、と真田は真っ赤な顔でその手をぱっと離す。

「お、お前たち!! しっかり前を向いて歩かんか!!」

真田の怒声に、他のメンバーは怖がるふりをして、ふざけながら走り出した。
そんな中、柳が立ち止まってくるりと振り返った。

「弦一郎、これくらいで怒っていては、今日はもたないぞ。何せ、今から精市に会うのだからな。……あいつ、二人に会って話を聞くのをとても楽しみにしていたからな、二人とも覚悟しておいた方がいい」

意味深にそう言ってにやりと笑うと、彼もまた前を向き、先を行くメンバーを追った。
そんな彼の言葉に、真田とは思わず顔を見合わせ、苦笑する。

「……ど、どういう意味なんでしょうか……」
「……うむ……そ、そうだな……もともとあいつは、人をからかうのが趣味のようなところがあるからな……」

そう言うと、二人は眉をひそめて、顔を見合わせる。
しかしすぐに、その表情は苦笑に変わった。

「でも、先輩たちのおかげだから、少しは我慢しなきゃ、かな」
「そうだな。あいつらのおかげだからな。この、幸せは」

そう言って、真田はまた彼女の手を取り、笑う。
そして。

「走るぞ、!!」
「はい!!」

閃光のような陽射しの中、二人はみんなの後を追って、走り出した。

 

 

初稿:2009/04/21
改訂:2010/05/01
改訂:2024/10/24

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