立海大附属中学秋の風紀委員会にて

風紀委員なんてなるもんじゃない。
委員会の集まりで壇上に立っている風紀委員長――糞ド真面目で堅物と名高い3−Aの真田のお堅い話を聞きながら、俺は大きなため息をついた。

「余りにも遅刻者が目立つため、今月の風紀目標は遅刻撲滅と――」

あーはいはい、そーですか。
てか俺こないだも遅刻したし、むしろ取り締まられる側なんだよな。
いくらくじ引きで負けたからと言っても、やっぱり何かしら別の委員に変更してもらうべきだったんじゃね。
風紀委員が取り締まられるとか、洒落になんねーし。
まあ俺はもともと真面目な方じゃないし、勉強も出来ねーし、「風紀を取り締まる」なんて柄じゃねーんだよな。
あーマジ失敗した。

そんなことを思いながら、俺は教室の時計を見上げる。
残り時間はあと10分ほどだ。

「……では、最後の議題に入ります。先生方から新たな校則に関しての提案がありましたので、話し合って採決を取りたいと思います」

お、最後か。
やっとこのクソつまらない時間が終わるな。放課後は何すっかな。
壇上の風紀委員長様の口上を完全に聞き流してしまっている俺の頭は、もう既に放課後の予定でいっぱいだった。
新しい校則とかどーでもいい。とにかくはよしてくれ。
壇上の風紀委員長様に向かって、無言で念を送る。
すると真田は、手元の紙を見ながらその内容をゆっくりと読み上げ始めた。

「内容は、【風紀の乱れによる、男女交際の禁止について】となります」

ふーん、男女交際の禁止ね。まー好きに……ってハァ!? 男女交際禁止!!? ふっざけんな!!! なんだよ、それ!?
とんでもないその内容に俺がブチ切れそうになったその瞬間、教室内は一気にざわめきたった。

「はあ? 何それ!?」
「有り得ねー! そんなの学校側に言われるようなことじゃないだろ!!?」

風紀委員の集まりとは思えないような、ものすごいブーイングが教室中を飛び交う。
それを一瞬で静まらせたのは、壇上の風紀委員長様だった。

「静粛に!」

教室中を睨んでルールを乱した者たちに厳しい目線を浴びせながら、たった一言で真田は教室のブーイングを沈めてしまった。
流石としか言いようがない。
一気に空気の冷えきった教室を見渡しながら、真田は続けて口を開いた。

「そもそも学校側がなぜこの校則を提案して来たかを説明します。反対意見があるなら、その後で議論の場を設けるのでその時に挙手して発言するように」

静かな声でそう言って、奴は学校側からの書類を読み上げ始めた。
最近校内で不純な行為をする者たちがいるとか、男女交際に現を抜かすことで学業に差しさわりがある者がいるのではないかとか、中学生で男女交際をする必要性とか。
そんなことを淡々と真田は読み上げていく。

あークッソ真面目でガチガチ石頭なこの男はこの校則が成立してもいいとか思ってんだろうな。
こいつテニス雑誌かなんかのアンケートで好みのタイプ聞かれて「まだ早い」とか答えてたとかいう噂も聞いたことあるし。
むしろこいつが先生たちに提案したんじゃねえ?
マジコイツ苦手。ぜってぇ友達になれねぇタイプだわ。

「……以上が、学校側の意見です。それでは、議論に移りたいと思います。意見のある者は挙手を」

そう言って真田は手にしていた書類を静かに教卓の上に置く。
しかし、真田の迫力があり過ぎるのか、すぐには誰の手も上がらない。
特に一年二年なんかは完全に下を向いてしまっている。

「意見はないですか」

教室内を見渡しながら念を押すように真田が言うと、やがて三年の男子生徒がおずおずと手を挙げた。

「では、3−C。発言を」

迫力のある真田の声に少しおどおどしながら、そいつは声を振り絞った。

「あ、あの、俺はその校則に反対です」
「理由は?」

間髪入れず真田が尋ねると、そいつは言葉に詰まって下を向いた。
その様子を見て、真田はふうと大きく息を吐く。

「……結論だけではなく、理由も述べるように。そうでないと議論にならないし、先生方に反対意見として提出することも出来ないだろう。……他に意見は?」
「は、はい」
「では、2−H」

お、二年の女子か。頑張れ、頑張ってくれ!

「わ、私も反対です。そんな束縛をされるなんて嫌ですし、そもそも男女交際禁止の校則なんて他の生徒が許さないと思います」

その子は、なんとか振り絞るように声を出した。
しかし真田はそんな彼女にも冷たい声で言い放つ。

「嫌だ、というのは感情論でしかない。感情論ではなく、理路整然とした確実な理由が必要だ。それに、校則とは生徒が許す許さないの問題ではない。全生徒が納得できない校則を通すこと自体は問題があるだろうが、学校側は少なくともきちんとした理由を添えて提案をしてきている。こちらもそれに反対する正当な理由がなければ面と向かって校則の不成立を要求することは難しいだろう」

真田の言葉に、その子は俯いて椅子に座る。
そして、それ以上発言できる生徒はいなくなった。……勿論、俺も含めて。

「他に意見は?」

真田が念を押すように言う。
しかし手を挙げる奴なんか出てこない。
それを見渡して、真田は大きく息を吐いた。

「無しか。それでは――」

うわー、これじゃこの校則マジで通過しちゃうじゃんかー!
めっちゃ仏頂面してっけど、コイツこの校則が成立しそうなの内心喜んでんだろうな……。
くっそー、コイツなぐりてぇ! 絶対負けるだろうけど!!
なんて、俺が内心思っていた、その時だった。

「――俺から、この校則案についての意見を言わせて頂きたいと思うが、いいだろうか」

壇上にいた真田がゆっくりと手を挙げて、そんなことを言った。
その言葉に、教室にいた誰もが驚いて目を見開く。
真田の隣で議事録を取っていた書記や、隅で控えている先生も少し驚いたような表情をしている。

一体何を言うつもりなんだ?
どれだけこの校則が必要か、とか言うつもりか?
そんなことを思いながら、俺はこっそり奴の顔を睨みつける。
すると、奴が口にしたのは、とても意外な言葉だった。

「まず結論から言うと、俺はこの校則案には賛同いたしかねる」

……え。
マジで?
まさか真田が反対するとは思ってなくて、俺はびっくりして目を見開いた。
俺だけじゃない、他の奴らも同じように驚くような反応をしている。
それに気づいてるのか全く気付いていないのか、真田はそのまま意見を続けた。

「そもそも、男女交際というものが我々生徒にとって害になると一部の先生方に思われていることがこの校則案の発端だと思われるが、それに関してまず異議を唱えたいと思う。男女交際というものは自ら相手を選びその相手と尊重し合って己を高める行為であり、自主性を育てるという観点においてとても相応しい行為であると言えるのではないだろうか。そのため、それを校則でもって禁止するということは、『自主性を尊重する』という当校のモットーに著しく反するものであるだろう。つまり、我が立海大付属中学が掲げるモットーに矛盾する校則になると言わざるを得ない」

……お、おう。
なんかもう既によく分からないが、コイツが言うと滅茶苦茶説得力あるな……。

「校内で不純な行為を行う生徒や、学業に影響がある生徒がいるという学校側の指摘は理解できるが、それは個別に対応するべきであって、全生徒を一律に抑圧し自主性を損なったり、一方的な内容を押し付けることによって学校側やそれを取り締まる我々風紀委員への不信感を生まれさせてしまう方が問題ではないかと俺は考える」

そして。
「それに」と続けた真田の口調が、更に強くなった。


「既に男女交際をしている生徒も少なくないと思うが、その者たちはどうするのか。校則が成立したら全員に違反だから関係を解消しろとでも言うつもりなのか? 生徒のプライベートにそこまで踏み込む権利が学校側にあるのだろうか。人権侵害ではないか?」

その真田の言葉は、怒っているようにも聞こえた。
なんかもうすげえな。真田のこと見る目変わるわ。

「……以上の理由から、今回のこの校則案に関しては俺は全面的に反対する。以上だ」

そうまとめて、真田はゆっくり頭を下げた。
途端に、教室中の生徒から自然と大きな拍手が沸き上がった。
――勿論、俺も。

その後、真田本人からこの意見に対する反対意見を求められたが、そんなもん出るわけもなく、この校則は風紀委員会で全面的に却下するという結論になった。
その場で書記が紙にまとめて、風紀委員会の担当の先生に意見書が手渡され、その話は終わる。
同時にチャイムが鳴り、委員会も閉会となった。

まさかあの真田がこういうのに反対するとはなあ。
なんつーか意外過ぎて、俺は思わずてきぱきと片づけをして教室から去っていく真田をじっと見つめてしまった。

「どうかしたのですか?」

声を掛けられて、俺ははっとして振り向く。
そこに居たのは、去年同じクラスだった柳生だった。

「あ、柳生。いや、まさか真田があんなにきっぱり反対するとは思わなくてさ」
「それは先ほどの校則案の話ですか? 男女交際禁止の?」
「ああ。ああいうの、真田は絶対賛成すると思ったからさ」

俺がそう言うと、柳生はふふっと笑う。
――そして。

「有り得ませんよ。あの校則が成立したら一番困るのは、真田君ご自身でしょう」

柳生は何かを思い出すように笑ったまま、そう言った。
あの校則が成立して真田が困る? 困るってことはえっと……

「それって、真田も好きなやつが――てか付き合いたい奴がいるってこと?」
「少し語弊がありますね。真田君には既に、お付き合いされている方がいらっしゃるんですよ」

え。
柳生の言葉に、俺は一瞬フリーズする。
そして、次の瞬間教室中に響き渡る大声で叫んでいた。

「えええええええええええええええええ!!? マジで!!?」

真田に彼女!? ウッソだろ、あの堅物男に!!?
驚いて大声を出してしまった俺に、柳生は苦笑する。
そして、少しずれてしまった眼鏡を直しながら柳生は言った。

「ええ、本当ですよ。まあ彼のプライベートですから、ここだけの話にしておいてくださいね」
「あ、ああ……」

まあ今回の校則を阻止してくれた恩もあるし、そんなこと言いふらしたりはしねえけどさ。
とにかくめっちゃ意外過ぎる。あいつ男女交際とか興味あんのか……。てか恋愛感情とかあいつの中に存在してんのか。
なんかもうびっくりし過ぎて頭真っ白になってる俺の隣で、柳生は続けた。

「真田君はその子のことを、本当に大切にしていますからね。こんな校則案など、冗談じゃなかったでしょう。誰よりも阻止したかったのは、彼だと思いますよ」

そう言うと、「少し話し過ぎましたかね、それでは」と柳生は筆箱やノートを手に教室を去っていった。

へー。あの真田がねぇ。
堅物でクソ真面目で女子生徒とほとんど関わり合いのない(ように見える)あの真田が、ねぇ……。
人は見かけによらねぇな。
一体どんな子なんだろうな。あの真田と付き合える子ってのは。
まあ、流石に校内でイチャついたりはしねぇだろうから、お目にかかることはなさそうだけど。

そんなことを思いながら、俺は委員会の教室を後にした。


――しかし。
その少し後にあった体育祭で、真田とその噂の彼女とやらが全校生徒の前で思いきり見せつけてくれたので、俺もしっかりその彼女とやらを見ることが出来てしまった。
アレは多分、将来同窓会とかあったら一生語り草になるだろう。
真田があんな奴だったとは全然知らなかったな。
ずっととっつきにくくて苦手だったけど、友達になったら、案外楽しくて面白い奴なのかもしれねーな。

ヒロインも出てきませんし、夢というには少し厳しいような気もしますが、思いついたので形にしてみました。
風紀委員長の堂々としたかっこいい真田君が書きたかったお話です。
(ちなみに、体育祭で全校生徒の前で思いきり見せつけた真田君とヒロインのお話はこちらです。)