「それじゃ、次は打つ順番っすよね。どうすっかなー」
桃城の声に、橘がふむと頷く。
「真田たちは時間が迫っているのだから、先に打った方がいいんじゃないか。もう一組は、ジャンケンで決めればいい」
「そだね、それが一番平和的かな。じゃあ、跡部君。俺ジャンケンしてもいい?」
千石がくるりと振り返り、跡部を見る。
跡部は、仕方ねえな、と息を吐いた。
「好きにしろ」
「よっし!」
「おい越前、ジャンケンどーする?」
「桃センパイがどーぞ」
「冷めてんなあ、お前。ま、いっか。じゃあ俺がジャンケン出まーす!」
「杏、俺が出ていいのか?」
「うん、いいわよ」
各々そんなやりとりをしながら、代表となった千石、桃城、橘が一歩前に出る。
「言っとくけど、俺にジャンケンで勝てると思わないでよね」
「さすが『ラッキー千石』というわけだな。しかし俺もなかなかのものだぞ」
「俺だって負けてないっすよ。青学レギュラーの中では、結構強い方っすからね」
そう言いあって、3人は対峙した。
――そして。
「じゃーんけーん、ぽん!」
そんな掛け声と共に、3人による、熾烈な「あいこ」合戦はスタートしたのだった。
「あいこでしょ! あいこでしょ!」
ストリートテニス場の一角で、「あいこ」の声が何度も木霊する。
延々と続くあいこを見守りながら、真田は大きな溜息をつく。
「全く……こんなことになるとはな」
「でも、これはこれで楽しそうですよ」
独り言のつもりで言った言葉を、が拾う。
そんな彼女を見て、真田は「そうだろうか?」と苦笑した。
その時、橘の妹、杏がの側に駆けより、肩を叩いた。
「ねえ、さん」
「え?」
慌てては杏の方を見る。
杏は、にっこりと笑って続けた。
「その格好、デートにはぴったりかもしれないけど、テニスにはちょっと向かないでしょ? 来て、私のウェア貸してあげる。あっちに着替える所あるから、行きましょ!」
そう言って、杏はの腕を引っ張る。
確かに、の格好は可愛らしい服装ではあったけれど、スポーツをする格好ではなかった。
その予定が無かったのだから、仕方ないといえばそうなのだが。
「貸してもらってもいいの?」
「うん、私はこの格好で構わないから!」
そのまま、は杏の手に引っ張られて行ってしまった。
それを少し呆気に取られて見つめていたが、真田はすぐにあいこを繰り返していた3人の方を見る。
どうやらまだ、あいこ合戦の勝者は決まっていないようだ。
せっかくのとのデートだったのに、本当にこれで良かったのだろうかと、真田は複雑そうに大きな溜息を吐いた。
――結局。
そのあいこ合戦の決着がついたのは、数分が経ってからだった。
「やっぱ俺ってラッキー♪」
あいこ合戦の勝者が、鼻唄を歌いながらラケットを握り締めてコートに入る。
「ちえっ、勝てると思ったんだけどなー」
「桃センパイ、やっぱ頼りにならないっすね……」
「うるせぇ!」
「『ラッキー千石』の名は伊達じゃないな」
そんなことを話している三人の横をすり抜け、千石のペアである跡部もまた、ラケットを握り締めてコートに入った。
「おい千石、足引っ張るんじゃねーぞ」
「はは、りょうか〜い。心配しないでよ。俺の実力、跡部君は知ってるでしょ」
軽い調子で答える千石に、呆れた視線を向ける跡部。
そんな二人を、真田はコートの反対側から見据えた。
この二人は、去年のジュニア選抜に選ばれていたことがあるくらいの実力者だ。
自分が彼らに劣っているとは勿論思わないが、舐めて掛かっていい相手でもない。
しかも、自分のペアはなのだ。
彼女は戦力として考えるわけには行かないだろうから、実質1対2と考えるべきだろう。
(ふむ……)
真田の頭の中では、既にシミュレーションが始まっていた。
特別ルールで、サーブを受けるのは全て真田で構わないということになっていたから、サービスエースを取られることはまずないだろう。
しかし、同じコートにが居る分、風林火山くらいならともかく、高速移動の「雷」は危なくて使えない。
(ならば跡部が氷の世界とやらを繰り出してきた場合は――)
お遊びのテニスとはいえ、やはり負けるのは癪に障る。
を待つ間、真田は頭で冷静にシミュレーションを繰り返していた。
――その時。
「すみません、お待たせしました!」
背後から声をかけられ、真田ははっと我に返る。
そして慌てて振り向いた瞬間、真田の目に飛び込んできたのは、白のスコート姿のだった。
思わず――どくんと胸が鳴った。
まさか、こんな格好で戻ってくるとは思わなかったのだ。
先ほどから頭の中で組み立てていたシミュレーションが全て吹き飛び、真田はすっかり立ち尽くしてしまった。
真田の挙動が完全に止まっているのを見て、もまた、顔を赤く染める。
そして、ラケットを抱えながら、恥ずかしそうに小さな声で問い掛けた。
「……あの、これ……似合わない……ですか?」
その声で、真田ははっとする。
「あ、い、いや。決してそんなことはないんだが……」
ごほんと咳払いをして、真田は視線を逸らす。
白いスコートが眩しくて、見惚れたのだ――とは、流石に言えなかった。
「う、うむ、それならば、動きやすいな」
「そ、そうですね、凄く動きやすいですよ」
真田とは、ぎこちない会話を交わす。
そんな二人を見て、コートの反対側の千石と跡部は思わず目を見合わせた。
「……あの真田が照れてやがる……」
「いやー、貴重なもの見ちゃったよねー」
余りにも二人が初々しく照れているので、跡部も千石もからかう気にもならないらしい。
それはコートの外に居る、越前と桃城も同じらしかったが。
「おい、越前。真田さんって……あー見えて結構純情なんだな」
「まだまだだね」
やがて、真田とがはっと顔を上げて、辺りの空気に気付いた。
恥ずかしそうにしながら、真田がごほんと咳払いをする。
「で、では始めるぞ!」
そんな真田の声に応えるように、苦笑した橘が中央にやって来た。
「じゃあ、俺が審判をしよう。サーブ権は、ハンデとして真田チームにやっていいか?」
「もっちろん、構わないよ」
「初心者のお嬢ちゃんが一緒だからな、それくらいはあってもいいだろう」
千石と跡部の返事を聞き、橘が真田にボールを差し出した。
彼ら相手に「ハンデ」と言われると複雑な気持ちにならないでもないが、彼女のことを考えれば素直に受けておいた方がいいだろうと、真田はボールを受け取る。
そして、ボールを手にくるりとの方を向いた。
「お前が打て、」
「え!? わ、私ですか!?」
事の成り行きに驚いたが、素っ頓狂な声を上げる。
「ああ。最初のサーブを、お前に任せる。向こうのコートに打つくらいなら、部の練習補助でもやっているし、出来るだろう」
彼の言葉に、は何度も目を瞬かせ、困ったように表情を曇らせる。
「でも、私がするよりは、先輩がした方がいいんじゃないですか?」
そう言ったに、真田は頷いて苦笑した。
「まあな。しかし、ラリーが始まれば、多分お前は手を出せないだろう。いや、危ないから出すべきではない。だから、最初の一打だけでも、お前が打つといい」
せっかくコートに立つのだから、少しでも参加させてやりたかった。
それになんだかんだ言っても、彼女と一緒にコートに立てるなんてそうある機会でもないのだし、ダブルスらしいことも少しはしてみたいとも思ったのだ。
「頼めるか?」
優しい声でそう問い掛けると、は意を決したようにこくんと深く頷く。
そんな彼女にボールを手渡すと、真田は「よし!」と笑いながら頭をぐしゃっと撫でた。
橘の「始め!」の声と共に、が大きくボールを空に放った。
それを思いっきり持っていたラケットで打つと、ボールはなんとか向こうのコートに向かっていってくれた。
彼らのそれとは勿論比べ物にならないが、なんとかサーブとしての役目は果たせたようで、は胸を撫で下ろす。
――しかし。
「よし、。下がれ!」
そう真田が叫んだのと同時に、熾烈なラリーが幕を開けたのだった。
最初は遊びだと言っていたけれど、打ち合ううちに、三人の目は本気になった。
行き交うボールを後方から眺め、は目を瞬かせる。
――スゴイ。無理。ついていけない。
それが、の正直な感想だった。
情けないことに、ボールの速さに足がすくんで一歩も動けない。
いつもコートの外から見ているのとは、訳が違う。
最初は打ち返すぐらいならなんとかなるかもしれないなんて思っていたけれど、到底無理だ。
(私、情けなさすぎ……)
そう思いながら、彼の背中をちらりと見る。
とても真剣な顔つきで、彼はラケットを握りボールの行方を追っていた。
その姿に思わず胸がどくんと高鳴り、顔が熱くなった。――真剣な彼の姿は、とてもかっこいい。
そういえば、同じコートの中で彼がラケットを振るう姿を見られるのは、初めてじゃないだろうか。
(……って、ば、馬鹿! 私の馬鹿! 先輩の足引っ張ってるのに、そんなこと考えてちゃダメだってば!)
が我に返って自分を叱咤した瞬間、彼が大きく跳ねて回転を加え、ボールをスマッシュした。
コートの最端でボールがバウンドし、橘の「1−0!」の声が高らかに響き渡る。
真田は大きく息を吐いてラケットのグリップをストンと落とし、額の汗をぐっと拭った。
今のはもしかしたら――風林火山の「火」ではないだろうか。
大会時に何度も見た彼の技を思い出しながら、は今の姿をもう一度重ね合わせる。
もし「火」だとしたら、こんなに近くで見られるなんて嬉しすぎる。
「先輩、今のって、もしかして、『火』……」
が思わず声をかけると、彼が振り返った。
そして、「ああ」と優しく頷き、続ける。
「今のは確かに『火』――グランドスマッシュだ」
真田は、少し本気を出してしまった、と苦笑を浮かべた。
その言葉に、の心臓はどんどんその速度を増してゆく。
(わ、わ、やっぱり『火』なんだ……! すごいすごい!)
余りの嬉しさに、は思わず言葉を失う。
そんなに、コートの向こうの千石が、ははっと笑って声をかけた。
「わーすごいね。さすが真田君だねぇ。ねえ、さん、惚れ直したんじゃない?」
「え?」
千石の冗談めかした言葉に、の顔がかあっと赤くなった。
言葉では肯定も否定もしなくても、それではもう認めているようなものだ。
「……いやー、さんってホント真田君のこと好きなんだねー」
微笑ましいのか苦笑なのか、千石はハハっと笑うと、コートの向こうの自分のポジションに戻っていった。
その後も、ゲームは続いていった。
しかし、ラリーをしている時間の割に、両チームともポイントはほとんど入らない。
真田も跡部も千石も、やはりものすごいプレイヤーなのだ。
だが、時間を重ねるうちに、少しずつ両チームの間に差が出始めた。
ポイントとしてはまだ明確な差は出ていないが、真田が少し押され始めたのだ。
「やっぱ、真田さんの方が不利か」
「そりゃそうでしょ、実質1対2だし」
外野にいる青学の二人がそんな話をしているのが耳に飛び込んできた。
橘兄弟もまた、苦笑しながら顔を見合わせる。
「やれやれ、これならばやはりシングルスで行けば良かったかもしれないな」
「3人とも、全ッ然お遊びって感じじゃないものね。さん、ちょっと可哀想かも」
彼らの言う通りだった。
もう既に、試合のレベルはお遊びの域ではない。これは立派な真剣試合だ。
しかし、向こうの二人は即興ペアでもそれなりに分担して打ち合っているが、真田は実質彼一人で向こう二人の相手をしているようなものだ。
実力が拮抗しているなら、ものを言うのはスタミナ――体力なのだから、一人でダブルスコートほぼ全面を守っている真田の方が体力の減りが激しいのは、明白だった。
(な、何かお手伝い出来ないかな……)
かっこいいと見惚れていないで、少しでも彼の助けになれないだろうか。
しかし、そう思っても、手を出そうにも出せない。
下手に手をだすと、逆に彼の動きの邪魔になって、迷惑をかけそうな気がする
(ど、どうしようどうしよう!)
ラケットを握り締め、あたふたとボールの行方だけを見守る。
打ち返したい。彼の役に少しでも立ちたい。
打ちたい、打ちたい、打ちたい――
そう思った瞬間。
「しまった!」
真田の声が聞こえ、ははっとする。
気付けば、真田が浅く打った球がコートの向こうに入り――それを跡部がスマッシュを打とうと身構えているのが目に入った。
あの位置で打点されたら、今の彼の位置では届かない。
その時、咄嗟にが動いた。
――打ちたい!
は、必死でラケットを持つ手を伸ばした。
「!? いい、やめろ!」
「オイオイ、マジか!」
真田と跡部の声が重なる。
しかし、もうの動きは止まらなかった。
――そして。
手首に感じたものすごい衝撃と共に、の持っていたラケットが跳ね飛ばされた。
「ったあ……」
ラケットを失った手首を抑えて、は目をぱちぱちと瞬かせる。
すごい力だった。さすが、あの跡部の放ったスマッシュだ。
自分のようなドシロウトが、打ち返せるような球ではない。
そんなことを思って呆然としていると――
「大丈夫か、!」
慌てて駆け寄ってきた真田がぱっとの手を取る。
いきなり彼が手を触ってきたので、は驚いて目を見開いた。
「あ、は、はい、あの、大丈夫です」
「本当か? 手首を曲げられるか?」
「はい、すごいびっくりしましたし、まだ少し痺れてますけど、別に捻挫とかしてる感じじゃないので」
握られている手が熱くて恥ずかしくなりながらも、それをごまかすようにはははっと笑う。
「そうか。なら良かった。全く、お前という奴は……」
どうにもなっていなかったと分かって気が抜けたのか、真田はその手を離すと大きな息を吐いて、頭を垂れた。
どうやらものすごく心配をかけたらしい。
は、「ごめんなさい」と小さな声で真田に言う。
「……いや、怪我が無かったのなら、いい。俺も自分のプレイに必死になって、お前のことを放ったらかしにしていたからな。悪かった」
そう言って、真田はの頭をくしゃっと撫でた。
そうしているうちに、向こうのコートの跡部たちや、橘達も側に駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫なのか!?」
ボールを打った当事者の跡部が、そう言って覗き込んでくる。
それに苦笑を向けながら、はこくんと頷く。
「あ、はい大丈夫です。すみません、私が手を出せるようなボールじゃなかったですね」
「悪かったな、途中から完全にアンタのこと見えていなかった。俺のかかり付けの医者を呼ぶから待っていてくれ」
そう言って、跡部が携帯電話を取り出す。
「え? そ、そこまでしてもらうほどのことではないですよ! 動きますって、ほらほら!」
ぶんぶんと手首を振って、は慌てて制止する。
「本当にいいのか?」
「いいですってば、これだけ動くんですし! ね? そうですよね、先輩」
思わず真田に話を振って、助けを求める。
しかし真田も、まだ少し心配そうにの顔を覗き込んだ。
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですよ! 先輩まで何言ってんですか、私が丈夫に出来てるのは先輩だって知ってるでしょう? 転んだり頭打ったりしてもいつも平気でピンピンしてるじゃないですか!」
は、必死に訴える。
何度も何度も両腕を振って無事をアピールするがおかしかったのか、真田が急に吹き出した。
「あ、先輩なんで笑うんですか!?」
「い、いや、すまん。そういえば、お前はかなり頑丈に出来ていたな。そもそも、マネージャーになったあの日から腰を打っていたし、いつも何かしらやらかしていたのを忘れていた」
「そ、そんなこと今わざわざ思い出さないで下さい!」
「お前が思い出させたんじゃないか。全く、勝手な奴だ」
おかしそうに笑いながら、真田はの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
は、赤い顔で「もう」と口を尖らせた。
――その時。
「……あのさ。あんたらこんなところでイチャついて見せつけるのやめてくんない」
越前の呆れたような声がして、二人ははっと我に返る。
慌てて辺りを見渡すと、他の皆が呆気に取られて二人を見ていることに気付き――二人の顔が、無言で真っ赤に染まった。
結局、試合はそこで中断になった。
決着は付きそうにもないし、また今度、次はシングルスで勝負しようという話になったのだ。
「電車の時間もあるから」と言いながらも、真田とは、恥ずかしくて内心少し逃げたかったのだが。
は、借りていたウェアを着替えると、ラケットと共に杏に返した。
「ありがとう、橘さん。ラケット、大丈夫かな」
「大丈夫大丈夫! 見たところ傷も付いてないし。こちらこそ、いろんな意味で楽しませてもらったわ、ありがとう!」
杏の言葉に、思わずかあっと顔を熱くさせながら、はまたぺこりと頭を下げる。
そして、皆に見送られながら、真田とはコートを後にした。
駅に着いた頃には、帰るのに丁度いい時間になっていた。
電車に乗りながら、二人は顔を見合わせる。
「……疲れた一日だったな。お前には俺の用事にずっと付き合せてしまって、本当にすまなかった」
真田が、苦笑しながら言う。
書道展もテニスも、結局は自分の趣味だ。
彼女にしてみればとてもつまらない一日だったのではないだろうかと、真田は不安に思ったのだ。
――しかし。
は、とても嬉しそうにふふっと笑った。
「私、今日すっごく楽しかったです。いいことがいっぱいありましたし、来て本当に良かったなあって思ってます」
「いいこと?」
「はい」
照れたように笑いながら、は続ける。
「書道展での先輩も、テニスしてる先輩も、すごく、その、かっこよかったなあって……。特に、テニスしてる先輩を同じコートに入ってあんな至近距離で見るなんてこと、きっとなかなか出来ないですし。すごく貴重な経験だったなって」
そこまで言って、彼女は真っ赤になり、顔を伏せた。
そんな彼女がとても可愛くて、思わず抱き締めたくなったけれど、ここは電車の中だと言い聞かせて、真田はぐっと掌を握り締める。
「……そ、う、か」
なんとかそれだけを言って、真田は視線を明後日の方向に向ける。
それを言うならば――こちらこそ、書道展で自分の字を褒めて欲しがってくれた彼女はとても可愛かったし、テニスのときの、彼女のスコート姿も、とても――
その時、ふいに脳裏に先ほどののスコート姿が浮かんできて、一気に顔の熱が上がった。
(た、たわけ!! 俺は何を考えているんだ!!)
なんだか熱くてしょうがなくて、真田は電車の窓を少しだけ開くと、風を受けて熱を冷ました。
――そして、そんな楽しかったデートの、次の日。
昨日のデートの余韻を残したまま、真田はとても機嫌良く朝練に出た。
丁度柳と部室前で一緒になり、朝の挨拶を交わして部室に入る。
そして、並んでロッカーで着替えをしていた、その時のことだった。
「弦一郎、昨日はと"お楽しみ"だったそうだな」
唐突に、柳からそんな言葉が飛び出した。
真田は思わず、ぶはっと噴出す。
「れ、蓮二、何故お前――」
どうせからかわれるだろうからと、部内の人間には秘密にしておいたはずなのに。
そんなことを思いながら、真田が目を見開いていると、柳はふっと笑って得意げに言葉を淡々と紡ぐ。
「昨日、貞治からメールをもらってな。デート中に越前と桃城に会ったんだろう? 貞治が、その二人に聞いたと連絡してきたよ」
そう言って、柳は自分の携帯を取り出し、真田の目の前にちらつかせた。
――そういえば、こいつと青学の乾は幼馴染だった。
口止めしておくべきだったと後悔した、次の瞬間。
「おっはよーさん! 聞いてくれよ、氷帝のジローから聞いたんだけどさあ、真田との奴さあ、昨日は東京でデートしてたんだと! 跡部のヤローが会ったらしいぜぃ!」
そう言って飛び込んできたのは丸井だった。
思わず真田は頭を抱える。
「どこでどんな繋がりがあるのか、わかったもんじゃないぞ、弦一郎」
そう言って、柳がくくっと笑う。
「……勉強になった」
次のデートの時は、誰に会っても必ず口止めをしようと、真田がそう堅く心に誓っていると。
「あ、真田! 千石から聞いたんだけどさー」
そんな声を上げながら、満面の笑みの幸村が飛び込んできたのだった。
――、覚悟しておけ。今日一日は、多分練習にならないだろう。
まだ来ていない彼女に心の中で忠告し、真田はまた、大きな溜息をついた。
真田と彼女のファーストデートです。
千石が二人のことを知ってるのは連載foryouと繋がってたり、合同合宿云々はassorted happinessシリーズのことを指してたりします。
よろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです。