「先輩?」
驚くように声を漏らしたの唇を、自分のそれで強くふさいだ。
いつもの口づけより、ずっと長く――押し付けるように。
彼女の首が後ろに引けたが、逃がすまいと俺はその頭を後ろから抱えた。
それだけで頭がくらくらするような快感をおぼえたが、すぐにこれだけでは足りなくなった。
もっと彼女を感じたいと、俺の五感全てが叫んでいた。
一旦、俺は彼女の口を開放した。
苦しかったのか、放した途端、は大きく息を吐く。
しかし俺は、すぐにまた彼女の口を捕えると、今度は、軽く閉じていた唇を無理やり抉じ開けるように、己の舌を差し込んだ。
それは、すぐにの可愛らしい舌を探り当てる。
「あ、ぅ」
強引に絡めると、少し苦しそうな吐息がの口の端から漏れた。
それでも俺は、彼女の口内を、侵し、犯す。
舌が絡まり合う度に、どちらの物とも分からぬ唾液が音をたてる度に、言い知れぬ刺激が俺の脳を突く。
心の臓が、どくどくと激しい音を立てる。
こんな乱暴な口づけは、今までしたことがなかった。
――駄目だ。止めろ。
まだ少し残る俺の理性が、必死で俺の波を抑えた。
そうだ、こんな形で奪っていいものではない。
まだ今なら間に合う――……止め、ろ……
再度口を開放して、両腕での身体をぐっと突き放した。
なんとか自分の行為を止めようと、必死で自分の行動を制御したつもりだった。
しかしその瞬間、の身体をかろうじて隠していたタオルが、はらりと落ち――濡れた衣服が絡みつく彼女の身体が、露わになってしまった。
灯りを失った薄暗い部屋の中だ。しっかりと見えたわけではない。しかし、それは逆効果だったかもしれない。
外の稲光が光り、彼女の身体を一瞬照らしては陰影を強調する。
それは、とても刺激的で――やはり、俺は俺を、止めることができなかった。
俺はそのまま、の身体を俺のベッドに押し倒した。
「きゃ……」
驚いたような彼女の声が聞こえたが、それにかまわず、その上から身体を重ねる。
冷えているはずの彼女の身体が、なんだか熱い。
心臓の音も、直接伝わってくる。
それは明らかに尋常ではない速さで脈動を繰り返していた。
そのまま、彼女の首筋に、喉元に、鎖骨に、胸の上部に――はだけている胸元のあちこちに、やさしく、ときには強く唇を押し当てる。
その度に彼女の身体がびくんと反応し、ところどころに刻印のように痣が刻まれた。
も俺も、香水を着けるタイプではないのに、不思議と何か甘い匂いがするような気がして、それがまた、俺の心を狂わせた。
「……ん……はぁ……ぁ」
の息がどんどん荒くなっているのを感じる。
彼女は、俺にされるがままになっている。
ただ、少し震えていた。
寒いのか。――それとも、怖いのか。
そのまま口を押し当てたり舌を這わせたりしながら、俺は彼女の濡れた着衣に手を掛けた。
その瞬間、ぴくりと彼女の身体が揺れる。
けれど、それでも彼女は何も言わない。
ぷつん、ぷつんと音が響き、彼女の白いブラウスのボタンが、一つずつ俺の手で外されていく。
――雷鳴が轟く。
そのたびに浮かび上がる彼女の肌にそって、俺は口を這わせた。
「……ぁ」
吐息がまた、彼女の唇から漏れた。
うっすらとした暗がりの中、完全に彼女のブラウスをはだけさせた俺は、下着の上からそのふくらみにそっと手を添えた。
下着の上からとはいえ――その柔らかさは十分に伝わってきて、更に俺の意識を混濁させる。
そして――とうとう、その下着すらも手にかけてしまった。
直に触れた途端、ぴくんと、彼女の身体が振動する。
胸の先は、既にとても熱く――そして硬くなっていた。
それを確かめるように指先でなぞると、彼女が切なげに息を吐いた。
「や……」
窓の外で、大きな稲妻が鳴り響いた。
羞恥に染まりながらぎゅっと眼を閉じた彼女の顔が明るく照らし出され、強調される。
――ぞくっとしたものが、俺の全身を駆け抜ける。
胸元を舐め、俺の無骨な手で、何度も彼女の生肌に触れた。
そのたびに、俺の身体も、彼女の身体も、溶けそうなほど熱く火照った。
彼女は、やはり俺のやることに一切抵抗を示さなかった。
ただ震えながら、繰り返し甘い吐息を吐き、俺の両の二の腕にしがみついている。
そのせいか、俺の衣服も完全に乱れている。
もっと、しがみつけばいい。
俺を頼ればいい。
俺がお前に酔いしれているように、お前も俺に酔い、俺無しで生きられなくなればいいのだ。
もう、どうなっても知らぬ。
俺はもう、止まらん――
そのまま俺は、ひたすら彼女の上半身を弄った。
ふくらみの突起に触れるたびに、首筋を舐めあげるたびに、彼女は声にならないほどの小さな声を上げる。
「ん……っ……ぁ……や、あ……せんぱ……ッ」
はかなげに漏れる声すらも愛しい――俺の、。
可愛い。
可愛い。
大好きだ。
愛してるんだ。
だから、もう、このまま――
……このまま……?
愛している。
愛しているからこそ、俺はを――大切に慈しんできたのではないのか?
何度も何度も自分の物にしてしまいたい衝動に駆られながら。
それでも、何度も何度も抑えてきたのでは、なかったのか。
俺は、今、何をしようとしているんだ――
真っ白になっていた頭の中で一点の迷いが生まれ、はっとして、俺は手を止めた。
「……せんぱ……い……?」
いきなり俺の挙動が止まったことに驚いたのか、彼女が顔を上げる。
鮮やかなほど紅く、染まりに染まったその顔を、俺はじっと見つめた。
可愛い――愛しい、俺の。
そうだ……今このままここで暴走して、万が一、――万が一、結婚前に間違いでも起これば。
……彼女は、どうなる?
深く傷つき、場合によっては大学にもいられなくなるかもしれない。
本当に、それでいいというのか……?
「……いい、わけがないだろう……!」
ぐっと目を瞑る。
そして俺は、両腕で彼女の肩をつかみ、身体を突き放した。
「……すまなかった。俺は、どうかしていた」
彼女の身体をベッドに残し、俺は立ち上がって彼女に背を向ける。
――すると。
「せ、先輩、わたし、あの、あの……」
ベッドから体を起こし、真っ赤な顔でもじもじと俯きながら、は消え入りそうな声を必死に紡ぎ始めた。
「先輩となら、私、」
「――駄目だ!」
思わず強く突き放すような声での言葉を遮り、側の壁を叩いた。
びくりと、彼女の肩が震える。
「俺は、こんな形で、お前を傷つけたくない……!!」
駄目なのだ。
今まで大切に守ってきたものを、一時の気の迷いで、滅茶苦茶にしていいはずがない。
俺も、俺を取り巻く環境も、まだまだお前を幸せにできるほど熟してはいない。
俺はまだ、お前を支えてやれるような男ではない――
「先輩……」
「守りたいんだ。大切にしたいんだ。だから、俺はお前をきちんとした形で迎えられるようになるまで、欲望の犠牲にはしたくない……」
情けない。情けなさ過ぎる。
激しい自己嫌悪に陥りながら、俺は立ち上がった。
「……本当にすまなかった。風呂場を貸すから、風邪を引かぬよう、シャワーでも浴びてくれ。俺は少し、外で頭を冷やしてくる。しばらくしたら戻ってくるから、すまないがここで待っていてくれないか。部屋は自由に使ってくれて構わない」
そう言って立ち上がると、俺は自分の箪笥からでも着られそうなジャージを取り出し、彼女に渡した。
彼女ははだけていた胸元を隠しながら、それをためらいがちに受け取り、上目づかいで俺を見つめる。
「真田先輩、あの」
は引き止めようとしてくれているのか、どこかすがるようなまなざしを俺に向けてきたが、いくら彼女の頼みであっても、今はきくことができない。
情けないことに、同じ過ちを繰り返さない自信が、今の俺には全くなかった。
「頼む、今でもかなり精一杯なんだ……勘弁してくれ」
力なく苦笑し、俺は言う。
自身の乱れた衣服を直しながら、立ち上がって鍵だけを握りしめ、俺は玄関へと足を向けた。
――その瞬間、頭上で光が灯る。停電が復旧したのだ。
もう、雷の音も聞こえない。どうやら、天気もだいぶ落ち着いたらしい。
丁度良かったと思いながら、俺はそのまま外へ出る。
そして、部屋の鍵を閉めると、そのまま何かを振り切るように、まだ軽く小雨の降る屋外へと駆け出した。
一人残された彼の部屋で、私は立ち尽くしていた。
真田先輩が今何をしようとしたのか――それがわからないほど、私は子どもじゃない。
今、私と彼は、確かに一線を越えようとしていたのだ。
(……別に、超えても良かったのに……)
ほんの少し怖かったのは本当だ。
彼の迫力に圧倒されたし、未だかつて経験したことのない行為への、恐ろしさもあった。
けれど――それ以上に、先輩が強く私を求めてくれたことに、嬉しさを感じたのも確かだったのに。
(わ、私ってば何考えてるの!)
そんなことを考えてしまう自分が恥ずかしくて、私はそれを吹っ切るように首を乱暴に振る。
(もう……)
自分が情けなくて、どうしようもなかった。
とにかく、言われた通りシャワーを借りることにしようと、服を脱ぎ捨てる。
すると、首筋や胸元に、濃い紅色をしたいくつかの痕が残っていることに気が付いた。
それが、彼が愛撫してくれた証なのだと気が付くのに、そう時間はかからなかった。
(うわ……これが、その……キ、キスマークってやつ、なのかな……)
初めての愛の証に、そっと触れる。
身体が熱い。
そこだけではない、触れられたところすべてが、じんじんと甘い主張を続けている。
もっと、もっと――彼に触れられたかった。
そして私自身も、彼のあの男らしい身体に、もっともっと触れたかった。
でも、真田先輩がそれを止めてしまったのは、私のことを想ってなのだ。
私の身体のことを考え、万が一のことを考え、本当に私のことを愛してくれているからこそ、自分の欲望を押さえつけ、止めてくれた。
それもまた、彼の「愛の証」なのだ。
身体に残してくれたものとはまた別の、目に見えない愛の証。
こんなに深く愛されている自分は、なんて幸せなんだろう。
本当は、最後までいってしまっても良かったんだけど。
そんなこと、言っちゃいけないよね。
本当は、今だって辛い。
身体が何かを訴えているのが自分でもわかるし、本当は今すぐにでも続きをしてほしい気持ちはあるけれど――彼がそこまで言ってくれるのだ。
私も、結婚するまでは大切に自分の身体を守ろう。
他の人から見れば遅れているのかもしれないけれど、それが私たちの愛の形で、愛の証なのだから。
そしていつか、彼と結婚したら――その時は……彼の手で、優しく、そして強く、愛してもらいたいな――って、私何考えてんのよ、もう!!
そんなことを考えた自分が恥ずかしくて、思わず両手で顔を覆う。
しかし、確かな幸せに包まれながら、私はバスルームへと入った。
――追記。
私たちは、やはり後日仲良く風邪を引いたのでした。