しゃくりあげて泣いていた私の背中を、彼は抱きしめたままあやすように何度もぽんぽんと叩いてくれた。
けれど、その動作が優しくて暖かくて、また涙が出てきてしまう。

「まだ、泣き止まないか?」
「……って……だって、失恋したって……あの子が、好きなんだって、思ってたも……」

私は、しゃくりあげるたびに途切れる言葉を、なんとか繋いだ。

「……だから、唐突にお前の態度がおかしくなったんだな」
「柳君のこと、好きになったばっかだけど、諦めなきゃって……だから……」
「俺だって、あの頃にやっとお前が好きなんだと自覚したのに、いきなりお前の態度がおかしくなって、どれだけ焦ったと思っているんだ。挙句の果てには、終業式の日に思い切り避けられて――俺はてっきり、お前に嫌われたと思ったよ」

柳君は、そう言うと、おかしそうに今までのことを話してくれた。

柳君は去年たまたま手に取った図書新聞で私の書いた記事を気に入り、それからずっと欠かさず図書新聞をもらって読んでいたそうだ。
やがて気になった記事には必ず私の名前があることに気づき、3年の最後の後期委員会は自分も図書委員になろうと思い、立候補したらしい。

「今思えば、あの頃には潜在的にはお前のことが気になっていたのだろうな」

そして、委員会で話すようになり、更にあのカウンター係で駄目押しになった、と笑った。
けれど、私が勘違いして避けたから、柳君は好意を持ってしまったことが伝わって避けられるようになったのだと思ったと。

柳君は、例え失恋しても、この想いに決着だけでもつけようと、昨日の夜クラスの連絡網で番号を知っている真田君に、私の電話番号を聞いたそうだ。
でも、いざ掛けようとしたら、なかなかその勇気がでなくて、何度も掛けようとしては切ったのだと。
今日になって、やっと電話を掛けたけれど通じなくて、でも一度掛けたら今度は諦めきれなくなって、2度、3度と掛け、そしてやっと私が出たらしい。

「あの電話、全部柳君だったんだね。……ごめん、私、柳君のことですっごく落ち込んでたから、居留守使っちゃった……」

私がそう言うと、柳君は「諦めずに何度も掛けてよかったよ」と呟き、笑った。
何とか落ち着いた私は、彼の胸に収まっていることが急に気恥ずかしくなって、そっと彼の腕から抜ける。
彼は、向かい側の椅子ではなく、私の隣に腰を下ろした。

「泣き止んだか?」
「う、うん。ありがとう」

傍にいる彼を見るのが少し恥ずかしくなって、観覧車の外に目をやる。
すると、ゴンドラはもう3分の2を回っていた。

「あ、いつの間にかこんなとこまで来てる……外、全然見てなかったよ。ちょっと勿体無かったかな」

少しずつ低くなっていく景色を見ながら、呟く。
でも、そんなことを言いながらも、心の中では嬉しさと満足感でいっぱいだった。

「それにしても、この観覧車のジンクスも、馬鹿に出来ないよね」
「ん?」
「だって、当たっちゃったもん。『好きな人と乗ると、恋人になれる』……って」

みんなと話していた話を思い出しながら、思わず頬を緩めてしまう私を見て、彼もまた笑みを零す。
もしかして、子どもっぽいっとか思ってるのかなー、もう……。

「柳君は、ジンクスのせいじゃなくて、そういう要素があるからだって言うんでしょ?」
「別に、ジンクスのせいでも、そういう要素があったからでも、どちらでもいいんだがな。俺にとっては結果がすべてだよ」

少し拗ねた顔をした私を見ながら、彼は微笑った。

「……ついでに、もうひとつのジンクスも当たるか試してみるか?」
「もうひとつ?」

もうひとつって、なんだっけ……
わからなくて考え込んだ私の目を、彼はからかうように見つめる。

「思い出せないか?」

えっと、えっと……あ、もしかして……あれ、かな?
――カップルで乗ったときに中でキスをすると、一生幸せになれる、って。
思い当たったそれに、私の頬が真っ赤に染まる。
私のその様子に、思い出したのが判ったのか、彼は優しく微笑いながら言葉を続けた。

「俺は『当てる』自信があるぞ。相手がお前なら、な」

ずるいよ。
相手が私ならだなんて、最高の殺し文句だ。
そんな顔でそんなこと言われて、拒否なんか出来るわけないよ。
心臓が破裂しそうなほどドキドキしながら、私は首を縦に振った。
すると、彼はどこか照れたような、嬉しそうな、そんな柔らかな笑みを浮かべて――そっと、唇を重ねた。



やがて、私たちのゴンドラは、地上へと戻った。
観覧車を降りると、まだまだ並ぶ観覧車の列が目に入る。

「すごいねー、さすがイブだ」
「そうだな。まだ6時前だし、これからもっと混むんじゃないか。待ち時間も、俺達が並んでいた時より増えているようだし」

彼に言われて、待ち時間のボードを見ると、確かに私たちのときより少し増えている。
すごいなあ、と思い列を見ていると――

「あ!」

列の中に見知った顔を見つけて、私は思わず声をあげ、隣にいる柳君の服の袖を引っ張った。

「ねえねえ、柳君。あそこにいるの、もしかして真田君じゃないの?」

いつもの帽子は被っていないけど、あの長身にあの老けが……いやいや、大人びた顔は、確かに真田君だ。
そして、その隣にいる子――あの子の顔は、見たことがある。
あの時、柳君が頭撫でてたあの子だ。

「弦一郎たちも、来ていたんだな。上手くいったのか」

たち、ってことは、やっぱりあの隣にいる子が真田君の彼女さんか。

「あの子、本当に真田君の彼女さんだったんだね」
「だから、そう言っただろう?」

そう言って、柳君は苦笑する。

「声、掛けようか」
「ああ」

悪戯っぽく笑い合い、私たちは順番を待つ2人に近づいた。

「弦一郎、!」
「真田君、偶然だね!デート?」

私たちの声に、真田君達は振り向いて――彼らは、とても驚いた顔をした。

「……蓮二、それに!!」
「柳先輩……!!」
「無事、デートできたのだな。から話を聞いたときはどうなることかと思ったが、ほっとしたよ」

柳君はそう言うと、にっこり笑う。
その言葉に、真田君と彼女は一様に頬を染めた。

「そ、そんなことはどうでもいいだろう。お前達こそ……」
「ああ、お前達と同じく、デートだよ。なあ、

真っ赤な顔をして何か言おうとした真田君の言葉を遮って、柳君は私を見つめながら言う。
その言葉に、私も笑って頷いた。

「え、柳先輩の彼女さんですか?」
「うん。さっきなったばかりだけどね。初めまして、さん」

私の方は、はじめましてじゃないけどね――なんて思いながら、私は笑った。
さんは、そんな私を見て何故かとても驚いたような顔をしている。

は、初めて会うことになるのか。彼女は。俺の彼女で、弦一郎のクラスメイトでもある」

柳君が、私をさんに紹介してくれた。
彼女――その響きが、なんだか照れくさくて、とても嬉しかった。

「初めまして、先輩。です」
「初めまして。よろしくね」

そう言い合って、私たちは頭を下げた。

「では行くか、。せっかくのイブだ、もう少し2人で過ごしたいしな」
「……そうだね、こっちの2人の邪魔しても悪いし」

私の言葉に、真田君と彼女がまた照れたように頬を染める。
どうやら、この2人は似たもの同士みたいで、反応が全く一緒なのが少しおかしかった。

「ではな、弦一郎、
「じゃあね!」

2人から去ろうとして、歩みを進めた瞬間。

「ああ、そうだ」

何かを思い出したように、柳君がまたあの2人の方を向いた。

「弦一郎、。この観覧車は、カップルで乗ったときに中でキスをすると、一生幸せになれるというジンクスがあるらしいぞ」

そう言って、柳君はからかうようににっこりと笑う。
途端、真田君とさんの顔が、もっと真っ赤になった。

「蓮二……!!」
「では、頑張ってくれ」

柳君はそう言うと、2人にひらひらと手を振って、また歩き出した。
私も彼らに手を振ると、柳君の後を小走りで着いていく。

「……面白いねー全く同じ反応だったよ、あの2人。からかいがいありそー。でもほんとすっごく仲良さそうだね」
「そうだろう。でも、イブのデートは少し危なかったらしくてな。上手くいったみたいで、ほっとしたよ」
「そうなの?……あ、もしかして柳君が励ましてたのって、そのこと?」
「ああ。なんでも、弦一郎に24日に予定が入ってしまったらしくてな。もともと約束はしていなかったらしいが、やはり落ち込んでしまったそうだ。そんな時に、更に弦一郎がクラスで3年の女子と2人っきりで親しげに話していたところを見てしまったそうで、嫌われるのを恐れて自分から頼みごとひとつ出来ないくせに、独占欲だけが強くなっていく、そんな自分が嫌だと言って泣いていたんだよ」

そっか、それで柳君が慰めてたんだ。
変な勘違いしちゃったなあ。

……って、ちょっと待って。
その、真田君と2人っきりで親しげに話していた3年の女子って、もしかして……

「……ねえ、柳君。それって、私が図書委員の仕事遅れたあの日のことだよね?」
「ああ、そうだ」

やっぱり。
彼が頷いたのを見て、私は確信した。

「ごめん、柳君。その真田君と話してたのって、私のことだわ、多分」

きっと、さんもさっき気付いたんだろう。
だから、私が柳君の彼女だと紹介されて、驚いた顔してたんじゃないかな。

「そうだったのか。一体、弦一郎と何をしていたんだ?」
「数学のプリント、教えてもらってたの。真田君は日直で最後まで残ってて、人を待ってて時間があるからって言ってくれてね。……本当は、柳君に教えて貰おうかなとも思ったんだけど……こんな問題も解けないのかって、思われたくなかったから」

なんだか恥ずかしくなって、私は柳君から視線を逸らした。

「なるほど。つまり、弦一郎とお前が話しているところを見て、が落ち込んで、更にそんなを俺が励ましていたところを見て、お前が落ち込んだわけか」

彼がおかしそうに笑う。
……確かに、笑いたくなるのも判るけどさ。

「最初から、柳君のとこ行けば良かったね。そしたら、さんも私も、変な誤解しなくて済んだんだよね」
「そうだな。大体、数学が出来なくたって、お前に幻滅などしないのに。勉強が出来る出来ないでお前に惹かれたわけではないからな」

唐突なその言葉に、私は顔が熱くなるのを感じた。

「……ん、それじゃあ、冬休みの宿題は、柳君教えてくれる?」
「喜んで。では、お前さえよければ、早速明日にでも一緒にしようか」
「いいの?」
「ああ。明日も会う口実が出来て、俺としては大歓迎だよ」

彼は笑って、言った。
彼のそんな言葉が嬉しくて、私も微笑を返した、その時。
目の前を、ちらちらと白いものが舞っているのに気がついた。

「……雪か?」
「そうみたい……うわあ、どうりで寒いと思った!!」

急いで出てきたから、手袋もしてないんだよね。
空を見上げながら、私はかじかむ手を擦り合わせた。

「寒いのなら、暖かいものでも食べに行くか?」

そう言って、柳君が手を差し出す。繋ごうってことかな。

「手、冷たいけど……ごめんね」
「俺の手も冷たいから、気にするな。繋いでたらそのうち暖かくなるさ」

彼は私の手を取り、微笑んだ。

「行こうか」
「うん」

取った手は確かに冷たかったし、身体も寒いのだけど、気分はとても暖かくて。
少し前を行く柳君の背中を見て、思わず微笑みながら、最高のクリスマスって、こういうのを言うんだろうな――なんて思った。

ねえ、柳君。
やっぱジンクスって馬鹿に出来ないよ。
あの観覧車にカップルで乗ったときに中でキスをすると、一生幸せになれるっていうあのジンクス、外れる気しないもん。

そんなことを思いながら、私は雪の降る中、柳君と一緒に駅の方へ向かって歩いていった。

これを書いたときにはまだ、原作で柳の委員会が生徒会とは決められていませんでした。
2021年の改装時に無理やり前期は生徒会にいたかもしれないけど後期は図書委員に入ったという解釈にできるよう書き直しました。
でもクラス全員の電話番号が載った連絡網とか今の時代ありませんね…これだけは何ともなりませんでした。
長年書いてるとこういうことがあります…困った……。
ちなみに柳ヒロインが目撃して勘違いする原因となった、柳とマネージャーの子との会話のシーンの真相などは、真田夢「ding-dong」の方で読めるようになっております。