浴場を後にする二人に軽く手を振って背を向け、を追って露天風呂へと出る。
そして、先に入っていたに声を掛けた。

、私もこっち来たよ〜!」
「あ、

引きつったような笑いを浮かべて、が振り返る。

「ん?、どうしたの?」

の様子がおかしいので、少々不思議に思いながら、の側に腰掛けた。
――すると。
ザバアッという大きな水音とともに、どこからともなく、誰かの声が聞こえてきた。

『あれ、上がるの?真田』
『あ、ああ。もう大分入ったし、長湯は身体に悪いというだろう』
『そうか。それにしても弦一郎、顔が赤いな』
『うわ、ほんと真っ赤っスよ副部長!』
『う、煩い!これだけ長湯すれば顔のひとつやふたつ赤くなるわ!!』

この、聞き慣れた複数の声――これはもしかして。
は、恐る恐るに話し掛けた。

「……え、ねえ、。なんか今、先輩たちや切原君の声がしたような気がするんだけど……」
「……うん、そうだよ」

あっさりと頷く
そんな彼女に、は更に問い掛ける。

「もしかして、男子の方の声が聞こえちゃってるってこと?」
「うん。男子の方の露天風呂、この衝立の向こうみたいでね、さっきからすっごくよく聞こえる」

そう言って、は一点を指をさす。その先にあるのは、木製の衝立だった。
その向こうが見えるわけではないが、衝立の反対側にいるであろうメンバーに、思わずの顔がかあっと染まる。

「そ、そうなんだ……」

いくら衝立の向こうとはいえ、こんなすぐ近くで同年代の異性がお風呂に入っているだなんて、なんだかとても恥ずかしいような気がした。
しかも、今の今まで彼の話をしていたから余計かもしれない。
は、真っ赤になりながら慌てて湯船に全身を沈める。

『真田、ほんとに上がるのかい?』
『あ、ああ……だがな、俺が上がっても、先ほどの約束は忘れるなよ。いいな!』

何故か怒るような真田の声がしたかと思うと、ばたばたと激しい足音が聞こえた。
――どうやら、真田が上がっていったらしい。

「……どうしたんだろう。先輩、なんかちょっと怒ってなかった?それに、約束ってなんだろ……」

にそう話し掛けた、その時だった。

『ふふ、怒ってるんじゃなくて、照れてるんだよ』

衝立の向こうから、そんな声がした。
思わず、ははっと顔を上げる。

「……え、幸村先輩?」

まるで自分の問いかけに答えられたような気がして、は思わず目を見開く。
そして、の顔を見ると、彼女は苦笑しながら口を開いた。

「あっちの声が聞こえるってことは、こっちの声だって聞こえるに決まってるでしょ」
「あ、そ、そっか、そうだよね」

『そういうこと。さっきもずっとさんと話してたんだけど、ちょっと面白いよね』
『湯加減はどうだ、?』

「あ、は、はい、ちょうどいいです。気持ちいいですよね」

向こうから聞こえる幸村や柳の声に、は慌てて返事をする。
しかし、なんだかとても気恥ずかしい気がして、そっと隣にいる友人に声を掛けた。

「ね、私もそろそろ上がろっかな」
「そだね、私も上がる。……じゃあ、先輩たち、これで失礼しますね」
「し、失礼します!」

たちは、衝立の向こうの彼らに挨拶をする。

『うん、真田も上がっちゃったし、俺達もそろそろ上がろうか。ねえ、柳、赤也』
『そうだな、弦一郎ではないが、長湯は身体に悪いしな。……ではな、二人とも』
、また後でなー!』

そんな声と共に、向こうから水音がした。
彼らが上がっていったのだろう。
そして、たちも中に戻ると、軽くかけ湯をしてから、浴場を後にした。


パジャマ代わりの部屋着に着替え、と共に並んで洗面所で髪を乾かす。
しかし、の心には、先ほどの幸村の言葉が引っかかっていた。

――怒ってるんじゃなくて、照れてるんだよ。

照れているということは、また、幸村たちにからかわれたのだろうか。
はそんなことを思いながら、ドライヤーの音に負けないように、少し大きな声でに話し掛ける。

「ねえ、。私が露天風呂行く前、真田先輩たちの会話、聞こえてたんだよね?」
「うん。聞こえてたよ」
「あのさ、もしかして……真田先輩、また幸村先輩たちにからかわれてた?」

その言葉に、は答えを返さない。
もしかしてドライヤーの音で聞こえなかったのだろうかと思いながら、はもう一度に話し掛けた。

「ねえ、、あのさ。真田先輩――」
「……あのさあ、

の言葉を、が遮った。
どうしたのかと、不思議そうにの顔を見る。

「アンタに二つお知らせがあるんだけど。いいのと悪いのがあるの。どっちから聞きたい?」
「お知らせ?」

彼女の苦笑に、はぱちぱちと目を瞬かせる。
一体何だというのだろう。
しかも、「いいのと悪いの二つ」だなんて。
しばらく眉をひそめながら考えたが、は持っていたドライヤーを置き、恐る恐る口を開いた。

「……じゃ、じゃあ……悪い方、から……」
「よし。じゃあ、悪い方からね。実はね――」

神妙な顔つきでが紡ぎだした言葉――それを聞いたの手が止まった。

「……は?聞こえて……た?」

信じられないように呟き、の顔が蒼白に染まる。
――全部、聞こえていたというのだ。
先ほど、湯船の中で桜乃や朋香としていた会話が。
そして、その会話を生で聞きながら、真田は幸村たちにからかわれていて、真田が照れていたのはそのせいだったのだと。

「う、そ、でしょ?」
「残念ながら、ホント。最初から最後までしっかり聞こえてた。中の声、結構しっかり外まで響いて来るんだもん、私もびっくりしちゃった」

先ほどしていた会話――その内容を思い出し、の血の気が引く。
思いっきり暴露してしまった。彼の、どこが好きかを。

「ごめんね、慌てて止めにいこうと思ったんだけどさ。案の定っていうか、幸村先輩たちに止められちゃって。ほんとごめん。あの先輩たちに逆らうような勇気、私にはなかったわ」

そう言って、に向かって手を合わせたが、の頭はもうそれどころではなかった。
あんなにいろいろ暴露しまくって、どんな顔で彼に会ったらいいのだろう。
しかも、幸村たちにまで聞かれていたとなると――この後、絶対にからかわれるに決まっている。

「や、やだやだ!うそだ、やだ!!」

そんなことを口走り、は思いっきり取り乱す。
その顔は、先ほど風呂に入っていたとき以上に真っ赤に染まっている。

「落ち着いてよ、
「お、落ち着けないよ!!竜崎さんと小坂田さん以外、誰も聞いてないと思ったから、あんなこと言えたんだもん……!!からかわれる……先輩たちにぜっっったいからかわれるー!!」

半涙目になりながら、は両の掌で頬を覆う。
はそんなを見つめると、笑ってドライヤーを置いた。

「……ま、その心配はいらないと思うよ?」
「……幸村先輩たちが、あんなこと聞いてネタにしないわけないと思う……」

頬を抑えたままうなだれて、は絞るような声を出す。

「いつもならそうかもしれないけどね。今回に限っては――……うん、じゃあ、。いい方のお知らせ聞かせてあげる」

くすくす笑って、は続けた。

が竜崎さんや小坂田さんに真田先輩のことをのろけてるのが聞こえてきたときね、真田先輩も勿論聞いてたわけなんだけどさ」

真田の名前に、の心臓がどきりと鳴る。
そういえば、あんな話を聞いて、彼はどう思ったのだろう。

「……さ、真田先輩、何か言ってたり……した?」
「まあ、向こうが見えたわけじゃないから、詳しい状況はわからないんだけどね。幸村先輩たちが真田先輩をからかう声は聞こえてくるんだけど、それに対しては『煩い」とか『黙ってろ』とかそういうことしか言ってなくて、なんかすごく焦ってた感じでね。けど、最後の最後で、幸村先輩たちがと後で会うのが楽しみだね、どんな反応するだろうね、みたいなことを言ったのね。そしたら、真田先輩――なんて言ったと思う?」

焦らすように言いながら、は笑う。
そんな親友の様子を見ていると、彼が何か特別なことを言ったらしいということだけは判ったが、その内容が予想できなかった。

「え……な、なんていったの?」

はどきどきしながら、笑みを浮かべるに尋ね返す。
すると、は更ににいっと笑って、口を開いた。

「――『俺をからかうのは好きにしていいが、頼むからこのことであいつをからかうのはやめてやってくれ』って。もしがこの会話を聞かれたことを知ったらものすごく取り乱すだろうし、さすがに可哀相だからからかわないでやってくれって」

その言葉に、の胸がとくんと鳴る。
もしかして、彼が最後に幸村たちに言い残した「約束」というのは、そういうことだったのだろうか。
――なんだか、自分の知らないところで彼に「守られた」ような気がした。

「そっか……先輩、そんなこと……」
「うん。それを聞いた幸村先輩たちも、『わかった、約束するよ』って言ってたし。そういう約束破る人たちじゃないと思うから、きっとこのことでがからかわれることはないんじゃないかなあ」

そう言うと、は「、本当に愛されてるよね」と付け加え、笑う。
は、その言葉にはにかみながら無言で微笑んだ。

――ああ、またひとつ彼の好きなところが増えてしまった。

なんだか、無性に彼に会いたくなった。
そして、「ありがとう」と、「明日も頑張ってください」と、「おやすみなさい」と、それから――「大好きです」を、彼の顔を見て言いたいと思った。
誰かに言ったのを聞かれるのではなく、彼に向かってちゃんと言いたいのだ。

(今日、この後は自由時間で何も無かったよね……消灯時間まではまだ時間あるし、会える……かな)

そんなことを思いながら、はふふっと笑う。
そして、慌てて身支度を整えると、と共に大浴場を後にしたのだった。

合宿シリーズ2作目は、お風呂の中での女同士の内緒話……と思ったら、ちゃっかり聞かれてました的な王道展開です。
以前バトン絡みのリクエストで、「真田のことをひたすら語りまくる、しかもヒロイン視点で」ということだったので、以前から考えていたネタと合わせて書いてみました。
これだけのろけられた真田は、後でどんな顔してヒロインと会うんでしょうかね。