いろいろな学校の多くの優秀な選手が集い、交流と個人のスキルアップを目的とした、合同合宿。
氷帝の跡部の発案である、この合宿の参加要請が立海に届いたのは、少し前の話だ。
今年の春先にマネージャーとなったにとっては、合宿という行事が初めての体験だった上に、大好きな真田や兄のように慕う他の立海メンバー、そして親友のも一緒とあって、この合宿は本当に楽しみなイベントだった。

――そして、合宿が始まった。
関東大会や全国大会で見たそうそうたる顔ぶれに、は少々気後れしたが、勿論真田達はそんなものものともしない。
たくさんの他校の選手たちに混じって、1日目からいつも以上に激しい練習をこなしている。
例え全国大会では準優勝に甘んじても、「王者立海」の気迫と気品は全く色あせることなく、むしろには一段と輝いて見えた。
自分はあくまでお手伝いだけれど、そんな彼らの恥にならないように出来ることをたくさんしようと、は今日1日、とともに合宿所を駆けずり回ったのだった。

期待と緊張とが入り混じった1日目は、そんな様子で何とか終わりを告げた。
練習と夕食が済み、消灯までの数時間は自由時間だった。
やりたいことはいろいろあったけれど、はとりあえず風呂に入ろうかということになり、揃って大浴場へと足を運んだのだった。


Leaking out!! 〜Assorted Happiness!

「うわー!見て、!!さすがあの跡部さんの所有する合宿所だね。露天風呂まで付いてるよ……!!」

広い浴場に、の声が木霊するように響く。

「ほんと、下手な旅館よりも広いんじゃない? こんな広いとこ、貸切状態で入れるなんてラッキーだね!」

そう言って笑いながら、の後に続いて浴場へと入った。
――すると。

「あ、立海の……」
「えっと、さんとさん!」

可愛らしい声が聞こえて、がその声の方に目をやると、そこには青学の竜崎桜乃と小坂田朋香がいた。
彼女たちもまた、この合宿にお手伝いとしてきたメンバーだ。

「あらら、先客がいたか」
「竜崎さんと小坂田さん、だっけ。お疲れ様!」
「お疲れ様です!」

可愛らしい年下の二人に、は思わず笑い返しながら、その近くの洗い場のシャワーで汗を流し、身体を洗った。
そして、改めて同じ湯船にゆっくりと入る。



「いい気持ち……やっぱ大きいお風呂っていいね、
「うん!」

の言葉に、も笑顔で頷く。
そうしていると、先に入っていた朋香がゆっくり近づいてきて、に声を掛けた

「あの、ちょっとお聞きしていいですか」
「ん、なあに?」

にっこりと笑いながら、は朋香に尋ね返す。
――すると。

さん、あの真田さんと付き合ってるって本当なんですか?」

彼女の口から飛び出した言葉に、の顔が赤く染まった。

「い、いきなり何!?」

慌てふためくの隣で、がにんまりと笑う。
そして、興味津々といった感じの朋香に近づき、代わりに口を開いた。

「ほんとよ、ほんと!!」
「ちょ、!!」
「だってほんとでしょ」
「……まあ、そうだけど……」

真っ赤になりながら、は顔を伏せる。
そんなを横目に、は更に囃し立てるように桜乃や朋香に向かって言葉を重ねた。

「もうね、超あっつあつ! 見てるこっちが恥ずかしくなるくらい、あっつあつだから!!」
「もう!!だって人のこといえないじゃない!! 切原君とあつあつのくせに!!」
「うん、そーよー。赤也と私はあつあつですけど、何か?」

とは違い、全然動じないままは笑う。
そんな彼女を、は真っ赤な顔のまま口を尖らせて睨みつけた。

「わ、こわーい。あは、私露天風呂行ってこよっと!」

はそう言うと、そのままはしゃぐように露天風呂へと出て行ってしまった。
そんな後姿を見送りながら、は「もう」と呟く。

「あの」

ふいに後ろから声をかけられ、ははっと振り返る。
すると、話の途中で置いてきぼりになっていた桜乃と朋香の姿が目に入り、は苦笑する。

「……ご、ごめんね、竜崎さん、小坂田さん」
「いえ。お二人とも、仲いいんですね」

そう言って、桜乃が笑う。
そんな彼女に、は少々苦笑しながらも「まあね」と言って頷いた。

「ところで、さん。もう1つ聞いてもいいですか?」
「ん? いいよ、なあに?」

「あの、どうして真田さんなんですか?」

そんな朋香の質問に、は固まる。
しかし、やがて2、3度ほど瞬きをすると、少し顔を赤く染めながら口を開いた。

「え、ええと……どうしてって言われても……」
「だって、立海のレギュラーの中で考えると、真田さんって正直一番ありえなさそうなんですよね。幸村さんや柳さんや柳生さんは、大人っぽくて優しそうだし、丸井さんなんかは可愛い感じで人懐っこそうだし、仁王さんはちょっと危険な香りがするけど、そういうところに惹かれたっていうなら判る気がするし、桑原さんも苦労症ぽくて支えてあげたくなる感じなのかなって思うから、判るんですけどね。……正直、真田さんだけわかんないんです。あの人、テニスは確かにすごく上手いけど、すぐ怒鳴るしいっつも険しい顔してるし、リョーマさまや手塚先輩と試合してたときもなんか迫力ありすぎてすっごい怖かったし。一体、どこが良かったんですか?」

真面目な顔をしてそんなことを言う朋香に、慌てて桜乃が止めに入る。

「と、ともちゃん、そんな言い方……!」
「正直だね、小坂田さん」

そう言って、は笑う。
そして、少し何かを考えると、は片手で湯船のお湯をすくって弄びながら、呟くように言った。

「先輩のどこが好きになったのか――か」

その質問は、真田と付き合い始めてから、飽きるほどされた質問だった。
彼のことを知っている立海の生徒は勿論、今日だって自分と真田が付き合っていると知った他校の生徒たちが、何人も物珍しそうに聞いてきた。
しかし、がその質問に真面目に答えたことは、ほとんどなかった。
彼のどこが好きになったかを語るだなんて、なんだかとても気恥ずかしかったし、それが何かの間違いで他の立海レギュラーの耳にでも入れば、間違いなくそれをネタにからかわれるのは目に見えているからだ。
だがここは女子風呂で、今は自分と彼女たちしかいない。
ちゃんと彼女たちに口止めをしておけば、ここで話したことが他のレギュラー達の耳に入ることはないだろう。

「あのね、絶対に先輩たちには言わないでくれる?」
「先輩たちって……立海の他の人たちのことですか?」

朋香の言葉に、は苦笑しながら頷く。

「うん、私がそんな話をしただなんて知ったら、あの先輩たち、絶対からかうからね。特に幸村先輩や柳先輩あたりは……ものすごくイキイキしてからかってくると思うから……」
「そうなんですか?」
「うん、聞いたが最後、多分しばらくはおもちゃかな……」

そんなの呟きに、朋香たちは同情するように苦笑を返した。

「……く、苦労されてるんですね……」
「いつもは本当に優しくていい人たちなんだけどね。ただ、ちょっと悪ふざけが過ぎるんだよね……ほんと、私なんかていのいいおもちゃ扱いだもん」

ふう、とは息を吐く。
しかし、彼らが自分たちをからかってくるのは、真田との仲を心から好意的に思ってくれているからこそなのだと判ってるから、あまり強くは怒れないけれど――

「やっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしいし……出来ればちょっとはほっといて欲しいんだけど……」

付け加えるように呟き、は再度大きな溜息をついた。

「でもまあ、ここなら先輩たちの耳に入ることはないし、いいよ、教えてあげる。……でも、恥ずかしいから、少しだけね」

そう言って、は気を取り直して年下の二人に笑い掛けた。



「……とは言っても、なんて言ったらいいのかなあ……」

そう言って、は考え込むように口元に利き手を当てる。
改めて考えてみると、自分の中にある真田への恋心を、ちゃんと詳しく分析したことなどない。
ただ、彼のことを1つ知るたびに彼に惹かれて、もっともっと彼を知りたくなって――その積み重ねが、いつの間にか彼への恋心になっていた。
だから、一言で言えば「全部」なのだけれど――

しばらく考え込んだは、やっと口を開いた。

「うーん……どこが好きかって、改めて聞かれると困るね。……全部、じゃダメかな」

苦笑しながらそう呟いたに、朋香が納得できなさそうな口調で返す。

「えー!もうちょっと具体的にお願いできません?」
「やっぱダメ?」
「ダメです。もうちょっと具体的に……ほら、『テニスが強いから』とか」

「勿論、テニスが強いところは大好きだよ」

朋香が挙げてくれた具体例に、は笑って頷く。
そして、初めて真田を見た時のことを――立海のテニスコートで、他校の選手と試合をしていた彼を思い出した。
圧倒的な強さと、自信に満ち溢れた表情。
まるで強い閃光のような彼に、完全に目を奪われた。

――でも。

「うん、でも……テニスの上手さどうこうより、先輩のテニスに対する姿勢が好きかな」

はそう言って、ふふっと笑う。

「先輩は確かに強いけど、それはものすごい努力の上に成立ってるものなのね。でも、それをただ誇示するんじゃなくて更に黙々と努力を重ねて、どんなに強くなってもその強さに満足しないで上を目指す、その姿がかっこいいなあって思うの。……あと、これはテニスだけじゃないんだけど、自分で立てた目標とか誓いを、絶対に曲げないところ。何があっても妥協は絶対しなくて、ひたすらそれに向かって突っ走る、あの力強さが好き。異性としてだけじゃなく、人として憧れるの」
「あ、そう言う人って、確かにカッコイイですよね」

桜乃の言葉に、は「でしょ?」と微笑みながら頷き返し、また言葉を続けた。

「それとね、すごく誠実で優しいところ」
「え、あの人優しいんですか?!」

少し意外そうな顔で朋香が聞き返す。
そんな彼女に、は再度満面の笑みで即答した。

「うん! 先輩はものすごく優しいよ」
「意外……なんかすごく厳しそうに見えるのに。あの、どんなところが優しいと思うんですか?今日だって切原さんのこと、怒ってるとこばっかり見ましたけど……」
「うん、そうだね。でもね、私はあの厳しさこそが先輩の優しさなんだと思ってるの。先輩が怒るのは、皆に強くなってもらいたいとか、身体を大切にして欲しいとか、そういう思いから来てるものばかりだから。でも、言い方がちょっときついから、厳しくて怖いイメージばっかりついちゃうんだよね、先輩」

そう言って、は苦笑する。

「でも、そういうとこも含めて私は好きだよ。私もよく怒られたけど、怒ってもその後ほったらかしにされるわけじゃなくて、どこをどうしたらいいのかちゃんと教えてくれるし、なんだかんだ言いながら、ずっと見ててくれるしね。それで、結果がちゃんと出せたらすごく優しい声掛けてくれるし。要は人を放っておけない人なの。それって、上辺だけで優しい声を掛けるよりも、ずっと優しいと思うんだよね。……なんていうか、本当の優しさを知ってる人だなあと思うの」

そして、は更に真田のことを語った。
彼の持つ信念や情熱、他の立海メンバーや立海テニス部を想う心――他にも挙げきれないほどの魅力が彼にはある。
やはり自分は彼の全部に惹かれているのだと、あらためて思う。

「それと、笑顔がすっごく優しいところも大好きだな」

そう言いながら、は真田の笑顔を――優しく見守ってくれるような、そっと包んでくれるような、あの笑顔を思い浮かべた。
それだけで、思わず頬が緩んでしまう。

そんなを見ながら、朋香はふふっと笑った。

「あの人が優しく笑うとこって、正直想像出来ないですけど……きっと、さんにだけなんでしょうね」

その言葉のせいなのか、長いことお湯につかっていたせいなのか、の顔がほんのりと紅色に染まる。

「……これくらいにさせて。そろそろ恥ずかしくなってきちゃった」

熱くなってきた自分をごまかすように、は湯船のお湯をすくって何度も顔に掛ける。
そして、タオルで顔を拭きながら、言葉を続けた。

「まあ、真田先輩はそんなスゴイ人な訳で、そんな先輩と付き合ってるってだけで、本当に私は幸せ者だって話ですよ」

わざと茶化す言い方をして、は大袈裟に笑う。
そして、勢いよく立ち上がった。

「じゃ、じゃあ、私も露天風呂行って来るね!」
「はい、それじゃ私たちはそろそろ上がろっか、ともちゃん」
「そうね、結構長く入ってたし」

そう言って、朋香と桜乃が顔を見合わせる。

「うん、じゃあ、またね!」