17.5:幕間話 その2

彼女の言葉に胸を高鳴らせながら、真田は教室に戻る。
すると、教室に入るなり、柳生に声を掛けられた。

「真田君、さんは帰ったのですか?」
「ああ」

頷いて返しながら、真田はが教卓の上に置いてくれたプリントを、整理するように置き直す。
このプリントや大量のノートのおかげで、彼女とこんなにも話すことが出来たと思うと、用事を言いつけてくれた教師に感謝までしたくなった。
そんなことを思っていると。

「真田君、良かったですね」

ふいに、柳生がそんなことを呟いた。
――良かったですね、とはどういうことだ。
驚いて、思わず真田はその手を止め、柳生を見る。

もしかして、柳生も自分の秘めた想いに気付いているのだろうか。
だとすれば、もしかしてもうレギュラーのほとんどは知っているということなのだろうか。
なんだか無性に恥ずかしくなって、真田の額に冷や汗が流れた。

「な……何のことだ」

なんとか冷静を装って、真田は柳生に問い掛ける。
すると、彼はにこにこ笑って、言葉を返してきた。

さんと仲直りできたのでしょう?」
「仲直り?」
「ええ。最近、さんとずっと仲違いしていたでしょう? 何かあったのではないかと、少し心配していたんですよ」

悪気無さそうに、柳生は言う。
この言い方では、一体彼がどこまで判っているのか全然判らなかった。
どう返せば当り障りが無いかと、真田は心の中で自問自答を繰り返す。

「いや……別に仲違いをしていたという訳ではないんだが……」
「そうなんですか? ここ最近、お二人が一緒にいるところを全く見ませんでしたので、てっきり仲違いをされていたものとばかり思っていましたよ。そういう訳ではなかったんですね」

眼鏡をくいっと片手で直し、柳生は真田を見つめて言葉を続けた。

「でしたら、お二人がほとんど話していなかったように見えたのは私の気のせいだったんでしょうか」

その質問に、真田は首を縦に振ることが出来ない。
仲違いをしていたつもりはない。
が、話していなかったのは本当だ。
しかし、ここでこの質問を肯定すると、次に返ってくるのはきっと「どうして話さなかったのか」という質問に違いない。
その質問をされれば、柳生が現時点で自分との仲を訝しんでいようがいまいが、結局はばれてしまうだろう。
どうすればいいかと、真田が必死に逃げる手立てを考えていた、その時――二人の背後で、銀髪が揺れた。

「柳生、真田。何を話しちょるんじゃ」

そう言って、柳生の首に纏わりついてきたのは、仁王だった。

「仁王か、どうした」

いきなり現れた仁王に少々驚きながらも、真田は彼が現れたことで柳生との会話が中断したことにほっとして、内心胸を撫で下ろす。

「苦しいですよ、仁王君」

そう言いながら、柳生は仁王が絡ませてきた腕を剥がす。
そんな柳生に、仁王は陽気に笑って返した。

「つれないのう、柳生」
「あなたが急に纏わりついてくるのが悪いんです」

ふうと溜息をついて、柳生は歪んだネクタイを直しながら、呆れ顔で仁王を見る。
仁王はそれを受け流して、くくっと笑った。

「すまんかった、なんか楽しそうに話してるのが見えたもんで、ついな。……で、何を話しとったんじゃ」
さんのことですよ。最近、真田君とさんがあまり話していないから、何かあったのではとみんな言っていたでしょう?」

――みんな言っていた。
柳生のその一言に、真田の心臓がまた跳ねた。
やはり、レギュラー全員、気付いているのだろうか。
しかし、そんな真田の心中など知る由もなく、柳生と仁王は雑談を続けている。

「ああ、なんじゃ、やっぱり何かあったんか?」
「いえ、違うそうですよ。今、さんが真田君のお手伝いでこのクラスまで来ていたんですが、二人ともとても楽しそうに話していらっしゃいましたから、きっと私たちの気のせいだったのでしょう。ねえ、真田君」

話を振ってきた柳生に、真田は決まり悪そうに視線を逸らす。
柳生の性格上、この言葉の意味に裏があるとも思えなかったが、それでも真田は何も言えなかった。
言葉に詰まり、咳払いをしてその場をごまかしている真田を、柳生は不思議そうに見つめ返した。

「どうしたのですか、真田君」
「い……いや、なんでもない」

そう言った真田を、仁王はくくっと笑って覗き込んできた。

「……そうか、が今までここに居たのか」
「あ、ああ」

なるべく平静を装いながら、真田は頷く。
すると。

「そりゃ残念じゃった、数日振りに俺も顔くらい見たかったのう。そうじゃ、今日の放課後でも、彼女を誘って茶でも飲みに行くか」

笑いながら、仁王はそんなことを言った。
その瞬間、真田の目が思い切り開かれる。

「な、何!?」

驚きのあまり、叫ぶような言葉が口を突いて出た。
仁王が彼女を誘おうとするだなんて予想もしていなかったので、あまりにいきなり過ぎる事態に、真田の思考回路が完全に停止する。
しかも、顔が見たかったなどと――まさか仁王も彼女に好意を抱いているというのだろうか。

「に、仁王……まさか、お前も……」

そんなことを口走り、焦って目を見開く真田に、仁王はくくっと笑みを漏らしながら更に言葉を続けた。

「どうしたんじゃ真田、えらく怖い顔をしておるのう。お前『も』とは、一体なんじゃ?」

思わせぶりにそう言うと、柳生とは違い、仁王はなんだか見透かすような顔つきでにいっと笑った。
完全に楽しんでいるようなその表情に、真田はからかわれたのだと気付く。

――此奴は、全部判っていて、こんなことを言っているのだ。

直感でそう理解し、真田は赤い顔で仁王を睨む。
しかし、そんな視線を楽しそうに受け流し、仁王はにやにやと笑っている。
真田は、視線を逸らして吐き捨てるように言った。

「う、煩い! 今は試験前だぞ、彼女の邪魔をしてやるな!!」
「そうですよ、仁王君。試験前に寄り道など、とんでもないでしょう」

何も判っていないだろう柳生は、そう言って仁王を諌める。

「そうじゃな、お前さんたちの言う通りじゃ。今日は止めておくかの」

そう言って仁王は軽く笑みを浮かべ、柳生の方を見た。

「そうじゃ、柳生。古語辞典持っちょらんか。今日古文があったのに忘れてしもうてな。俺は今それを借りに来たんじゃ」
「ああ、持っていますが……忘れたのですか、仕方ないですね。ちょっと待っていてください」

柳生はそう言い残し、自分の机へと向かう。
真田が無言でそんな彼を見つめていると、隣にいた仁王が小さな声で真田に言った。

「……真田、安心せえ。俺は別にあの子のことはなんとも思っちゃおらんよ。さっきのはちょっとお前さんをからかっただけじゃ」

そう言って彼はくくっと笑う。

「い、一体誰がどこまで知っているんだ……」

真田は赤く染まった顔を情けなそうに片手で覆い、俯いて呟くように言う。

「さあのう。ただ、少なくとも柳生やジャッカルはまだ知らんじゃろ。あいつらは結構鈍感じゃからな」
「それはつまり、あの二人以外は気付いている可能性があるということか……」

真田が漏らした言葉に、仁王はくくっと笑う。
そして。

「ま、お前さんたちの仲を邪魔する奴はおらんよ。それだけは確かじゃ。せいぜい頑張ることじゃな」

そう言って仁王は真田の肩を叩き、自分の席で辞書を探す柳生の元へと歩いていった。
そんな仁王の背中を見つめながら、真田は顔を真っ赤にして、溜息を付いたのだった。

初稿:2008/06/27
改訂:2010/04/04

拍手ほんとうにありがとうございます!とっても嬉しいですv
このお話は、Foryou17話を書いた当時、最後にこのシーンを書いたものの、17話にくっつけるにはくどいような気がしたこと、また、17、5話という形で別にして掲載しても、本編に並べるとラストに向けての連載の流れが途切れるような気がして、ざっくり削ってしまった部分でした。
当時も拍手お礼として置いていたのですが、入れ替えの際に一時的に外していましたが、こんなサイトにあたたかい応援を下さる皆様に、楽しんで頂ければ嬉しいですv本当にありがとうございました!!