5月21日は、俺の誕生日だ。
数年前までは、この日にそこまでの思い入れはなかった。
もちろん家族や仲間に「おめでとう」と言ってもらえるのは嬉しくないわけではないが、言ってみればただ歳を重ねるだけの日だ。
特に俺はどうやら人より少し大人びている関係上、誕生日になるたびに「いくつになった」とからかわれることがしばしばで、少しうんざりもしていた。
しかし、昨年、彼女が――が俺のかけがえのない大切な存在となったことで、今年の誕生日は、去年までとは少し違うような気がしているのだ。
イベント事が大好きで、人を喜ばせることに関しては人一倍思い入れを持っている彼女が、誕生日に何も考えていないわけがない。
自惚れかもしれないが、そう思うだけでも「誕生日」というものがなんだかとても楽しみになってしまっていた。
そして、案の定、とでも言おうか――数日前から、彼女が俺に隠れて一生懸命何かを画策していることに、俺は気づいた。
彼女は隠し事などできるタイプの人間ではないから、すぐに表情や行動で判ってしまう。
数日前、一緒に帰れそうな日があったのに複雑そうな顔で断ってきたり(その時の言い訳がまた可愛らしかったのだが)、俺の周囲の人間に最近欲しがっているものはないかとリサーチしていたりと、本当に行動がわかりやすい。
しかしきっと彼女のことだ、俺がそれに気付いているだなんて思いもしていないだろうから、俺はずっと気付かないふりをしていた。
本当は、その一生懸命さがなによりも嬉しいプレゼントだと、お前が居てくれればそれでいいからそんなに必死にならなくてもいいと言ってやりたかったが、それではきっと彼女は納得しないだろう。
だから、敢えて知らないふりをして、俺は今日まで何も言わなかった。
とうとう俺の誕生日がやってきた。
誕生日だろうが関係なく朝練はあるので、俺は家を出る準備をする。
残念ながら、彼女には中学のテニス部の朝練があるし、俺は高校のテニス部の朝練があるので、朝は会うことができないが、きっと放課後――いや、もしかしたら昼休みくらいには、彼女はわざわざ高校の校舎まで来て、笑顔で「おめでとう」と言ってくれるのではないだろうか。
そんな彼女を想像して、俺は思わずくくっと笑いながら、朝、学校に行くために自宅の門をくぐる。
――しかし。
その瞬間視界に飛び込んできた光景に、俺は完全に動きが止まった。
予想通り、と言っていいのだろうか。
いや、当たっていたといえば当たっていたと言えるが、これは外れたとも言えるかもしれない。
予想通り、彼女は極上の笑顔で俺の前に現れた――のだが、問題は現れるタイミングだ。
彼女が現れたのは、俺の家の前。
しかも、そろそろ朝練に行こうと家を出た瞬間だったのだ。
まだ、時刻は6時になったばかりだ。
……さすがに、まさかこんな早朝に現れるとは思っていなかった。
「先輩、お誕生日おめでとうございます!」
自転車のハンドルを握り締めながら、そう言って嬉しそうに彼女は笑う。
しかし、あまりに予想外の出来事に、俺は思わず呆気にとられて目を見開いてしまった。
「……?どうしたんだ、こんな朝早く」
「勿論、先輩のお誕生日をお祝いに来たんです」
そう言って、彼女はまた笑った。
そして、自転車を道の脇に止め、前篭から紙袋を取り出して、俺に差し出す。
「先輩、これ大したものじゃないですけど、プレゼントです。貰って下さい」
俺は、彼女が差し出した包みを反射的に受け取りながらも、驚いて目を瞬かせる。
「あ、ああ、ありがとう……しかし、祝いに来たと言っても……こんな朝早くにか?しかも、自転車で?」
俺のその言葉に、彼女はにこにこ笑って、また首を縦に振った。
彼女が俺の家まで尋ねて来る時は、通常はバスを乗り継いでくるのだが、こんな早朝に上手く乗り継ぎは出来ないだろう。
俺の家に朝早く着く為に、自転車を引っ張り出してきたのだ。
きっと、今日は会ったらすぐに俺の誕生日を祝ってくれるのだろうとは思っていたが、まさかここまでするとは予想外だった。
「びっくりさせちゃってごめんなさい、でも、私1番に先輩に『おめでとう』って言いたかったんです」
苦笑しながら、彼女は続ける。
「だって、先輩が朝練に行ってしまったら、絶対に他の先輩たちに先を越されちゃうでしょう?それに、もしかしたら登校途中に他のお友達に会って言われちゃうかもしれないし……」
それはくやしいんです、と彼女は少し寂しそうに笑った。
彼女とは、1年の歳の差がある。
俺が高校に上がってしまった今、まだ中学生の彼女とは生活サイクルも微妙にずれてしまい、確かに朝会うのはほぼ無理と言ってもいい。
――どちらかが、こうやって無理やり会いに行こうとしなければ。
「こうでもしないと、一番にはなれないだろうなって思ったから、来ちゃいました。ごめんなさい、自己満足だって言うのはわかってるんですけど」
「、一体、何時に家を出たんだ」
「えっと……5時半くらいかな。思ったより、時間は掛かりませんでしたよ。駅の方には回らずに、直線距離を来ましたから」
彼女は、そう言って小さな舌を見せた。
しかし5時半とは……いつも彼女が家を出る時間より、大分早い時間だ。
彼女はあまり朝が強い方ではないはずだが、無理をしたのではないだろうか。
それに、そんな朝早い時間に女子が一人で外をうろうろするのも余り誉められたことではないだろう。
「馬鹿者、そんな早朝にうろうろすると危ないだろう。何かあったらどうするんだ」
俺がそう言うと、は少し眉をひそめた。
「……もしかして、先輩怒ってます?」
「お前がそうまでしてくれる気持ちは嬉しいがな。しかし、もしお前に何かあったらと思うと気が気ではないし、俺の誕生日如きでそんな無理はしてもらいたくはない」
俺の言葉に、彼女がしゅんとして俯いた。
落ち込ませてしまっただろうかと、俺は少し申し訳ない気持ちになる。
――決して、嬉しくなかったわけではないのだし……というより、むしろ本当は彼女が俺に「おめでとう」と言う為だけに家まで迎えにきてくれたことも、俺に一番に「おめでとう」を言う権利を、誰にも譲りたくないと思ってくれたことも、ものすごく嬉しいのだが……。
「すまない、。決して怒っているわけではないぞ。ただ、お前が俺の誕生日を大切に思ってくれるように、俺もお前が大切なだけなんだ。万が一にも危険なことがあって欲しくは無いからな」
俺にしては珍しく、少し恥ずかしい言葉もさらりと出てきた。
これは、俺も少し大人になったということだろうか。
そんなことを思いながらも、少しキザ臭いなと自分自身に苦笑していると、ははにかみながら、笑った。
「はい、ごめんなさい。これからは、もうちょっと考えますね」
「ああ」
彼女のこういう素直なところが、俺は本当に好きだと思う。
それに、なんだかんだ言っても、やはり彼女が祝おうとしてくれたその気持ちが嬉しいし、やはり今日は最高の誕生日だ。
「ありがとう、」
俺がそう言うと、彼女はそっと首を横に振る。
そして、ほんのりと頬を染めながら、言葉を紡いだ。
「先輩、その言葉は、私に言わせてください」
「ん?」
その言葉というと――ありがとう、か?
「いやしかし、祝ってもらったのは俺なのだから、礼を言うべきは俺だろう」
俺の言葉に、彼女はまた首を振る。
そして、「いいえ、私ですよ」と呟き、彼女は言葉を紡いだ。
「先輩、いつも私の心配をしてくれてありがとうございます。あと、私のことをいつも見ていてくれたりとか、勉強を教えてくれたりとか……本当に、どれだけお礼を言っても足りません」
一言を重ねるごとに、彼女の頬は赤く染まる。
そして、はにかみながらも一生懸命彼女は続けた。
「……まだまだお礼を言わなきゃならないことはたくさんありますけど……何よりも、私を好きになってくれて、こうやって誕生日をお祝いさせてくれて、本当にありがとうございます。……こういうことって、普段は思ってもあんまり言えないから、お誕生日のときくらいちゃんと伝えたいと思って」
そう言って、彼女はもう一度俺に笑いかけた。
本当に、彼女はいつも予想の上を行ってくれる。
そんな彼女が、俺は心から大好きだと思った。
俺は、思わず彼女を抱きしめた。
「こちらこそ、ありがとう。本当に幸せな誕生日だ」
「私も、とっても幸せです。本当にありがとうございます、先輩」
そんな言葉を交わし、俺達はそっと笑い合った。
――その後、彼女の自転車をうちの庭に置いて、二人で登校した。
俺も彼女も朝練の時間ギリギリになってしまったが、まあ、たまにはこんなのもいいだろう。
何せ、今日は俺の誕生日なのだしな。。
真田高1、ヒロイン中3のお誕生日話です。
こちらのお話と、柳夢の「The best birthday」がちょっとだけ繋がっていますので、よろしければそちらも読んでみて下さると嬉しいです。