――とある休日練習日のこと。
午前中から一生懸命練習に励んでいた立海メンバーたちは、昼休憩をそれぞれ思い思いに過ごしていた。
仁王と柳生、ジャッカルは昼ご飯を外で食べてくると言って出かけ、真田は弁当を食べた後、職員室にいる顧問に用事があると言って部室を出ていた。
そして部室では、幸村と柳、丸井、切原、そしてマネージャーのの5人が、午後からの練習に向けて休憩を取っていたのだが――静かだった部室は、切原の取り出したたった1枚の紙片により、あっという間ににぎやかになったのだった。
「あ、そーだ。なあなあ、。これやるよ」
嬉しそうににこにこ笑いながら、切原が小さな紙片のようなものをに差し出した。
「ん、何?」
は不思議そうな顔で受け取ると、掌に載せて、それを見た。
それは、切原との親友であり切原の彼女でもあるが、二人で写っているゲームセンターのプリクラだった。
写真の中の二人は、仲良く片手を繋いで幸せそうに笑いながら、揃ってピースサインをしている。
「こないだの休みにとゲーセン行ってさー、記念に撮ってきたんだけどよ。なかなかイイだろ?」
自慢したくてたまらないのだろう、そう言った彼の表情はとても嬉しそうだ。
は、子どものような彼にくすりと笑いながらも、自分の鞄を漁り手帳を取り出した。
「……残念でした、もうから貰っちゃったのよね」
そう言いながら、は既に貰ったシールの貼ってあるページを、切原に見せる。
「確かにすっごく綺麗に写ってるよね。も自慢の1枚だって言ってた」
貰ったのは、つい昨日の話。
なかなかいいでしょと嬉しそうに差し出した彼女の表情は、今の切原と全く同じ顔をしていた。
二人の行動パターンが同じ事が微笑ましくて、はまたくすりと笑う。
「まじ?出遅れたか」
そう言いながら、切原はから返されたプリクラを手に戻す。
きっと大好きな彼女が同じ行動をしていたのが嬉しかったのだろう、満面の笑顔でシールを見つめた。
そんな彼の側に、部室にいた丸井と柳、そして幸村が近づいて、後ろからそのシールを覗き込んだ。
「おぉーラブラブじゃん?」
「なかなか、綺麗に写ってるじゃないか」
そんなことを口々に言う先輩達に囲まれながら、まんざらでもなさそうな表情で、切原は笑う。
「へへっお似合いっしょ?」
「うん、いいね。すごくお似合いだと思うよ」
切原の背後で微笑ましそうにしているのは、部長の幸村だ。
そんな彼に、切原はに渡すはずだったシールを差し出して言った。
「欲しいすか?あげますよ。……あ、勿論シールのことっすからね。のことじゃないっすよ」
「はは、判ってるよ。じゃあ貰おうかな、せっかくだし」
幸村は、シールを受け取ってもう一度まじまじとそれを見た。
「うん、やっぱりいいよね。いかにも『カレカノ』って感じでさ。ねえ、さん」
にこりと笑いかけて、幸村はに話を振る。
すると、も笑って同意した。
「はい、そうですね」
「……ところで、さんたちのはないの?」
「え?」
ふいに問い掛けられた、幸村のその言葉の意味が判らず、はきょとんとした顔を向ける。
そんなに、幸村は意味ありげにふふっと笑いかけた。
そして。
「だから、さんと真田の、ラ・ブ・ラ・ブ・ツーショット、だよ」
幸村がそう言った途端、の顔が朱色に染まった。
――判っている、からかっているのだ。
が真田と付き合い始めてから、幸村がこうやって自分たちをからかうことは日常茶飯事だ。
こういう時は、怒ったりうろたえたりした方が余計に彼を楽しませる結果になる。
頭でそう一生懸命言い聞かせて、はなるべく落ち着いて言葉を返そうと試みた。
「……そんなのないです」
しかし、そんなの返答に、幸村は更に楽しそうな笑みを浮かべる。
そして、言葉を続けた。
「ないの?キス、とまではいかないけど、手繋いで一緒に写ってるやつくらいあるでしょ?」
キス。
その言葉に、の赤い顔はもっと赤くなる。
「……あ、ありませんっ!」
「またまた、さんってば。あるでしょ1枚くらい」
「あーりーまーせーんー!!」
菩薩のような笑顔の幸村と、真っ赤な表情の。
からかう幸村と、からかわれる――その様子はもうテニス部では見慣れた光景だった。
二人を遠巻きに見ていた柳や切原、丸井たちは、二人を見比べながら、楽しそうに小声で本日の戦況を分析する。
「、今日はなかなか頑張ってんじゃねぇ?」
「でも時間の問題っすかねー。ほら、もう限界スレスレって感じっス」
「……それにしても、精市もよく飽きないな」
そう言いながら、誰も止めないのもまた、テニス部の日常の風景のひとつだった。
「ふふ、嘘つかなくていいんだよ?からかったりしないから、ちょっと見せてよ」
「も、もう今の時点でからかってるじゃないですか!幸村先輩、本当はないって判ってるんでしょう?!」
焦ったようなの言葉とは対照的に、幸村は落ち着いてにっこり笑うと、「うん、勿論判ってるよ」と躊躇無く言い放った。
その途端、はぐたりと脱力し、肩を落とす。
そして。
「幸村先輩……私の負けって認めますから、もう勘弁して下さい……」
真っ赤な顔で、は白旗宣言をした。
「本当に可愛いなあ、さんは」
幸村は、そう言って楽しそうにを見つめる。
その時、部室のドアが開いて、外から誰かが入ってきた。
「失礼する」
そう言って顔を見せたのは、真田だった。
このタイミングで入ってきた彼に、は顔を更に熱くさせる。
「さ、真田先輩……」
「あ、真田だ」
の声と同時に、幸村もまた声を上げた。
まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような顔で、幸村は笑って彼に近づいていく。
「ねえねえ、真田。これ見てよ」
そう言って、切原から受け取ったプリクラを彼の前に差し出す。
真田は、「なんだ?」と呟き、それを受け取った。
「赤也との写真か?……小さいな」
二人が付き合っていることを知っている真田は、それを見ても今更動じることもなかった。
これがどうしたのだといった風で平然と言う真田の背後から、彼の持つシールを一緒に覗き込む。
「うん。ゲーセンで撮ったのを赤也にもらったんだけどさ。なかなか綺麗に写ってると思わないかい?」
「……ゲームセンターにはこんな写真が撮れる機械もあるのだな」
感心したように呟きながら、ふむ、ともう一度彼はプリクラを見つめる。
「仲がいいのは構わんが、赤也、ゲームセンターで遊びすぎるなよ」
そう言って、真田はプリクラを幸村に返しながら、苦笑する切原の方を向いて言う。
そんな真田に、幸村は悪戯っぽく笑って声を掛けた。
「ねえ、ところでさ。真田達は撮らないの?」
幸村が尋ねた瞬間、側で黙っていたがまたびくっと肩を震えさせて頬を染めた。
しかし、真田はそれには気付かずに、ただきょとんとした顔で彼に尋ね返す。
「ん?……何をだ」
「赤也達みたいな、ラブラブなツーショット写真だよ」
幸村が笑顔でそう言った途端――真田が目を見開いて彼の顔を見た。
「なっ……!」
「ゆ、幸村先輩!!」
真田の驚いた声と、の抗議する声が綺麗に重なる。
そんな二人を交互に見て、幸村は笑みを浮かべた。
「さっきさんに聞いたら、撮ったことないっていうからさ。ね、さん」
「幸村先輩!!もうそのお話は終わりましたよね!!?」
「うん、さんとは終わったけど、真田にはまだだからね」
の言葉をくすりと笑って受け流し、幸村は真田に話し掛ける。
「ねえ、真田。ツーショット写真とか撮らないの?」
「そ、そんなことお前には関係ないだろう!!」
「あ、関係ないって言い方は寂しいなあ。俺は君たちの親友として、君たちがラブラブだったら嬉しいだけなんだけど」
真田の怒鳴り声も、幸村には全く通用していないようだ。
とはいえ、真田の声は練習中のそれとは違い、焦りと戸惑いが混じっていて、迫力はほとんど無かったのだが。
そんな真田を楽しそうに見つめてから、幸村はまたくるりと振り向いて、を見た。
「それに、さんも欲しいでしょ?真田とのツーショット写真」
にっこりと笑って、幸村は言う。
その問いに、は黙り込んで真っ赤な顔で眉をひそめた。
――欲しいか欲しくないかと問われれば、それは勿論欲しいに決まっている。
大好きな彼とのツーショットなら、嬉しくないわけがない。
けれど、からかわれるのがわかっているのに、ここで素直に「はい」なんて言えるわけもない。
「……ノーコメント、です!」
語気を強めてそう言い放つと、はそのまま逃げるように部室から出て行った。
「、待て!!」
を追って、真田もまた部室から出て行く。
「今日はちょっとやり過ぎちゃったかな」
二人が出ていった扉を見つめ、残された幸村は呟くように苦笑した。
「そうだな、精市。今日のは少しからかい過ぎだな」
柳は、そんな幸村に近づいて、肩をポンと叩いた。
「しかし、お前の気持ちは判るぞ。あの二人をあんなふうにからかえるのが嬉しいのだろう?」
「ふふ……真田達が幸せそうなのは、やっぱり嬉しいよね」
あんな露骨な冷やかしやからかい出来るのは、本当に上手くいっているからこそ。
付き合う前はすれ違いもあって、相手のことを好きであるが故に辛そうな二人を何度も見てきたから――今の幸せそうな二人を見るのが、嬉しいのだ。
幸村たちはそんなことを思いながら、また目を合わせて微笑み合った。
一方、部室から飛び出したは、背後で真田の声がしたのに気付いて、すぐに足を止めた。
振り返ると、やはり彼が自分を追って来ているのが見えて、は立ち止まった。
「真田先輩……」
彼が側に来るのを待ち、は彼に頭を下げた。
「わざわざ追いかけてきてくれたんですね、ごめんなさい」
「……気にするな。あの状態では飛び出したくなる気持ちも判る。どうせ、俺が部室に戻るまでにもからかわれていたのだろう?」
苦笑を浮かべる真田に、もまた苦笑で応える。
「幸村には、困ったものだ。まあ、あいつがからかうのは、好意の表れでもあるから……あまり怒らないでやってくれ」
「はい、それは判ってるんです。幸村先輩たちは、私と、先輩とのこと、本当に応援してくれてるんですよね」
だから本気で怒れないので、困るんですよ――そう呟くように言って、は頬を染めて笑った。
そんなを見つめ、真田もまた笑みを浮かべる。
「まあ、本当に嫌な時は怒ったらいいんだぞ。本気で嫌がっている者の気持ちが判らないほど、あいつは馬鹿じゃないからな」
真田の言葉に、は微笑みながらこくんと頷く。
それに、真田も笑顔で頷き返した。
とりあえず、まだ昼休憩終了までには時間がある。
今部室に戻っても、またからかわれるかもしれないからと、二人は校舎裏にあるベンチに移動した。
「座るか」
「はい」
頷き合って、二人はベンチに腰を掛ける。
改めて二人きりになると、やはり少し照れ臭い。
お互い、少し黙って空を見つめていたが、やがて真田が小さな声で話し掛けた。
「……ところで、だな」
「え、あ、はい!なんでしょう」
少し大袈裟に頷きながら、は真田を見る。
彼女の目が自分に向いたのが恥ずかしかったのか、真田は薄っすらと頬を染め、から視線を逸らした。
「その……さっきの、アレ、なんだが」
――さっきの、アレ。
その意味が判らず、はぱちくりと目を瞬かせる。
「……アレ?」
「ほら……先ほど幸村が持っていた、アレ、だ」
そう言って、真田は咳払いをした。
幸村が持っていたもの――は口元に手を添え、一生懸命それを思い出そうとする。
しかし、先ほどといえば幸村にひたすらからかわれていた記憶しかなく、はその「アレ」とやらが全く思い出せなかった。
「ええと……幸村先輩、何か持ってましたっけ?」
「あ、ああ。ほら、赤也とが写っていたやつがあっただろう」
「ああ!はい、と切原君のプリクラですね!」
親友二人が写っていたシールを思い出し、は手をぽんと叩いた。
「すごく仲良さそうに写ってましたね。あれが、どうしたんですか?」
「うむ、……お前は、その、ああいうのは撮ったことがあるか?」
「はい、ありますよ。最近はあんまり行く機会ないですけど、とかとよく撮ってました」
「そ、そうか」
「はい。結構楽しいんですよ。1回の料金もそんなに高くないですしね」
ふふっと笑って、は言う。
真田は、そんなの顔をちらりと見つめた。
――そして。
「……俺と、撮りたいと思う……か?」
小さな声で、彼は呟くように問い掛けた。
その言葉に、思わずの挙動が止まる。
「それって……あの、二人でってこと……ですか?」
確かめるように、は聞き返した。
「い、いらないのだったらいいんだ。俺はそういう分野のことはわからないから、それでお前が喜ぶかどうかとか、そう言うこともよくわからん。ただ、確かにお前と写真など撮ったことがないし、もしそういうことをお前がしたいと思うなら、俺は――」
言い訳をするように、早口で捲し立てる真田。
そんな彼の言葉を遮り、は叫んだ。
「いいんですか……!?」
まさか、彼がそんなことを言いだしてくれるとは、思っていなかった。
嬉しくて嬉しくて、は思わず立ち上がって言葉を続ける。
「撮りたいです。私。先輩との写真、欲しいです……!!」
みるみるうちに、の顔が赤く染まる。
真っ赤な顔で嬉しそうに目を輝かせているを、真田は座ったまま見上げ、少し照れながら頬を緩めた。
「そうか。ならば、また案内してくれるか。俺はよく判らないからな」
真田の言葉に、はただひたすらこくこくと首を縦に振る。
「そんなに、喜んでもらえるとは思わなかった」
「嬉しくないわけないです……ていうか、本当にいいんですか?先輩、そういうの苦手なんじゃないですか?」
「どちらかというと、確かに苦手ではあるがな。でも、それくらいでお前の喜ぶ顔が見られるなら、お安い御用だ」
――あ、やっぱり苦手なんだ。
彼の返答にやはりと思いながら、はすとんと腰を下ろした。
――もともと、ゲームセンターとかうるさいところって苦手な人だし、ツーショット写真だなんて、きっと、もっと苦手だろうとは思ったけど。
私を喜ばせるために、言ってくれてるんだ――
は、再度そっと真田の顔を見上げる。
目が合うと、彼はとても優しい目で、微笑み返してくれた。
その笑顔と彼の気持ちに、思わず胸が熱くなる。
やっぱり、プリクラなんかなくてもいい。
彼の気持ちだけで、充分自分は幸せだ。
「先輩、やっぱり、撮らなくていいです」
にこりと笑って、は言った。
「ん?」
いきなり変わったの言葉に驚いたのか、真田が少し目を見開く。
「それは、やっぱりいらないということか?」
「はい、いいです」
笑顔では首を振る。
すると、真田は笑いながら、そっと目線を逸らした。
「そ、そうか。やはり、俺と撮っても仕方ないものな」
彼はそう言うと、もう一度笑った。
しかし、その笑い声はどこか寂しそうだ。
は、自分の言葉で彼に誤解させてしまったことを悟り、慌てて声を上げる。
「そ、そういう意味じゃないんです!!ごめんなさい!!」
叫ぶように言うと、はぎゅっと掌を握り締めながら、言葉を続けた。
「私、先輩との写真欲しいです。二人の写真なんて、すっごく憧れますし、撮れたらとっても嬉しいです。……けど、先輩がそう思ってくれただけで、もう充分だなって」
言葉を続けるたびに、顔が熱くてたまらない。
は、隣にいる彼の身体にもたれかかり、彼から顔を逸らしながら、続けた。
「先輩が私を喜ばせたいって思ってくれた、その気持ちだけでこんなに幸せなんだから、それで本当に充分なんです。だから、先輩に苦手なこと無理してもらわなくてもいいんです」
「……」
「ありがとうございました、先輩。先輩の気持ち、すっごく嬉しかったですから」
はそう言うと、もたれかかったまま一瞬だけちらりと真田の顔を見上げた。
しかし、すぐに恥ずかしくなって、また顔を逸らす。
真田は、そんなを見つめて何かを考えていたが――やがて。
「……、やはり、撮りに行かないか」
小さな声で、真田は照れ臭そうに言った。
その言葉に、は驚いたように真田の肩に預けていた身体を起こして、声を上げる。
「え、いいんですよ、本当に! 無理しないで下さい」
「いや、無理じゃ……ない」
顔を真っ赤に染めながら、彼はの顔をじっと見つめた。
そして。
「……俺も、お前との写真が欲しいから、な」
呟くような声で言いながら、真田は顔を真っ赤にして視線を逸らす。
は、彼の気持ちが、本当に嬉しくてたまらなかった。
「私も欲しいです……!!先輩との写真、すっごく欲しいです……!!」
がそう言うと、真田はもう一度の方を見つめる。
そして、照れ臭そうに自分の頬を指で軽く掻きながら言った。
「俺と一緒に、撮ってくれるか?」
「……はい!!」
満面の笑みで頷いたに、真田もまた嬉しそうに頷き返した。
この日の放課後。
初々しい二人の、初めてのツーショットのプリクラが、それぞれの生徒手帳のフリーページに、そっと貼られたのだった。
「photograph」に続きます。