2人が出会ってから、何度目の初夏を迎えるだろう。
もう付き合い始めてから何年も経つのに、相手が好きだと思う気持ちが、日に日に募っていくのは何故だろう――

reaction

今年の春、はとうとう大学生となり、真田と同じ私立立海大学に入学した。
真田との間にある、1年という歳の差は決して埋められないもので、高校までは机を並べて授業を受けることは許されなかったけれど。
大学では、一般教養科目なら、学部も学科も学年も関係なく、自分で受ける授業を選ぶことが出来る。
歳が違おうとも、同じ教室で、同じ空気を吸いながら、授業を受けられるのだ。
2人は、4月に時間割を決定する時、幾つかの科目を相談して一緒に取った。
(ただし、「一緒に受けるために教科を選ぶのではなく、受けたいと思ったものが一致すること」が条件であるというのは、真田の言である)
週に数回だけの一緒の授業は、2人にとって、とても大切で充実した時間だった。

そして、次の時間は、2人が共に取った教科だった。
真田とは、校舎の前で待ち合わせて、教室に向かった。

しかし。
教室へ向かう途中に立ち寄った、休講情報が貼り出される掲示板の前で、が立ち止まって声を上げた。

「あ、先輩。次の時間、休講ですって」
「ん? 昨日帰りに見たときには、そのような情報はなかったが……」

そう言いながら、隣にいる彼女の目線の先を、真田も追う。
すると、確かに、真田とが共に取っている授業の休講の知らせが貼り出されていた。

「病気でもされたのだろうか。……まあ、仕方がないな。どこかで時間を潰すしかあるまい」
「そうですね……ふわぁ」

頷きながら、が大きなあくびを一つする。

「……眠いのか? いやにあくびが多いようだが」

先ほど会ってからでも、既に何度目かのあくびだった。
不思議に思って、真田が声を掛ける。
しかし、は慌てて頭を振り、それを否定した。

「い、いえ! 別に……」

何かを隠しているな、と長い付き合いの勘で思いつつも、真田はそのまま「そうか」とだけ返事をする。
そして、どこかで時間を潰すべく、二人は校舎を出た。

「先輩、こんな風に突然休講になったとき、いつもはどうしてるんですか?」
「色々だな。幸村や蓮二たちと食堂で時間を潰す時もあれば、図書館で本を読んでいるときもある。2時間以上の空きが出来れば、テニスの練習をすることもあるぞ」
「へぇ……。私、休講って初めてで、どう過ごせばいいか判らないです」
「ならば、せっかく時間も出来たのだから、キャンパス内を少し散歩でもするか?」
「いいんですか!? うわぁ、嬉しい!!」

そう言って心から嬉しそうにするを、真田は目を細めて微笑ましそうに見つめる。
幾つになっても、全身で感情を表現する彼女。
子どもっぽいと言えばそれまでだが、真田は出会ったときから変わらない彼女のそういうところが、大好きだった。



キャンパス内の散歩道を歩きながら、真田とは話をした。
立海大学のキャンパスは、敷地も広く自然も多い。
ちょっとした空き時間に歩ける、散歩に適した小道もいくつかあり、学生達の憩いの場所となっていた。
そして、真田がを連れ立って行ったのは、道の両脇に木々が生い茂る小道だった。
茂る木々の隙間を抜けて降り注ぐ木漏れ日が綺麗で、少し幻想的な雰囲気を醸し出している。
真田は、この道を知ったときから、彼女が入学してきたら連れて行ってやろうと思っていたのだ。

「うわぁ、綺麗ですね……こんなところがあったんだ」

降り注ぐ光の筋を見ながら、は感嘆の声を上げた。
想像していた通りの反応に、真田は目を細める。

「先輩と一緒の授業がなくなってちょっと残念かなとも思ったけど、こんな素敵な道を教えてもらえるなんて、ラッキー!」
「その口調はやめろ。どこぞの奴を思い出す」
「ふふ、千石さんぽかったですか? そういえば、今度、千石さんのいる山吹大学と練習試合をするんですよね。頑張って下さいね……ふぁ」

また、が大きなあくびをした。
気になって、真田はちらりとを見る。
あくびのせいで涙目になっている彼女の瞳は、やはり少し眠そうだ。

「いやに眠そうだが……、昨日一体何時に寝た?」
「……う」

直球とも言える真田の質問に、が決まり悪そうな表情をする。
その様子を見て、真田の予感が確信に変わった。

「……
「は、はい」
「何時に寝たか、言ってみろ」
「え、えっと……その……4時半くらい、です」

怒られると思ったのだろう、言葉の最後の方は、聞き取れないくらい小さかった。
決まり悪そうな顔で俯く彼女を横目に、真田は大きなため息をついた。

……夜更かしはいかんと前も言っただろう」
「だ、だって昨日の夜やってた映画が面白くて……つ、つい……」

しどろもどろになりながら、真っ赤な顔で言い訳する彼女。
こういう姿は可愛らしく、嫌いではない(むしろ好ましいとさえ思う)というのが本心ではあるけれど、それは表には出さず、真田は咳払いをして真面目な顔で告げた。

「録画でもすればいいだろう。次の日に差し支えがあるような時間まで起きていてはいかん」

そう言った真田の言葉に、はしゅんとして俯く。

「……はい、すみません……ふわぁ」

謝った直後に、またが大きなあくびをする。
その様子を見た真田もまた、何度目かの大きなため息をついた。

「仕方ないな……来い」

真田の歩くスピードが増した。
慌てて、はその後を着いていく。
そのまま数分歩いて、真田は木陰になっている小さなベンチの前で足を止め、座った。

「座れ」

自分の隣をぽんと叩き、に座るよう促す真田。
言われた通りにが腰を下ろすと、真田は着けていた腕時計で時間を確認する。

「ふむ、次の授業までまだ1時間以上あるな……」

そう言う真田の横顔を、が横からじっと見守っていると。
真田がふいにの方を向いて、言った。

、しばらく眠れ。時間になったら起こしてやる」
「……でも、先輩は」
「俺は本でも読んでいる。気にするな」

そう言って、真田は持っていた鞄から本を取り出し、カバーのかかった文庫本をに見せた。

「ごめんなさい、先輩。せっかく、素敵な道を教えてくれたのに」

そう言って、申し訳なさそうにする
真田は、その頭を優しく撫ると、そのまま彼女の頭を自分の肩にそっと押し当て、もたれ掛かるように促した。

「気にするな、時間はいくらでもある。また来ればいいだけの話だ。今は、ゆっくり眠れ」
「はい、ありがとうございます……先輩、おやすみなさい」

そこで、彼女の言葉が途切れた。
やがて、数分で、彼女の小さな寝息が聞こえてきた。
――やはり、よほど眠かったのだろう。

真田は、自分の肩にもたれ掛かる彼女を見つめた。
無邪気な寝顔だった。――その可愛らしさに、つい笑みが零れる。
寄りかかっている肩から感じる重みも、温もりも、全てが愛しかった。
抱きしめて、キスを落としたい衝動に駆られたが、せっかく寝た彼女を起こすことになるので、真田はそれをぐっと我慢する。
そして。

「……おやすみ、

小さな声でそう言い、優しく笑いかけて、持っていた本をパラパラと捲った。





それから、3、40分経っただろうか。
絶えず聞こえてくる彼女の可愛らしい寝息と、降り注ぐ木漏れ日が気持ちよくて、思いのほか読書は快適に進んでいた。
その時。

「――真田!」

聞き覚えのある声が聞こえて、はっと真田は頭を上げる。
すると、向こうから幸村が手を振って歩いてくるのが見えた。

「……幸村か」

程なくして、幸村は真田達の前に到着した。
彼女がまだ自分に持たれかかって寝ていたので、真田はそのまま動かずに顔だけを上げる。

「お前も、空き時間か?」
「ああ、丁度休講になってね」
「奇遇だな、俺たちもだ」
「真田とさんも休講なのか……。で、人目のつかないところでデートってわけ?やるね」

からかうようにくすっと笑う幸村。
しかし、真田は動じる様子もなく、ふっと笑って言う。

「そんな大層なものでもないがな」
「……ふーん。さん、寝てるのかい?」
「ああ、夜更かしをしたみたいでな。授業中に寝てしまうよりは、今少しでも寝ておいた方がいいだろう」
「なんだかもう、夫婦みたいだね」

少しわざとらしい言い方で、幸村は言う。
しかし。

「……かもしれんな」

真田もまた、それをふっと笑って受け流した。
すると。

「……」

幸村が、なんだか物足りなさそうな表情浮かべ、真田をじいっと見つめてきた。

「……なんだ、その顔は」
「真田、可愛げなくなったよね」

親友の口から唐突に出た言葉に、真田は一瞬、沈黙する。
そして、訳が判らなそうに、幸村に反論した。

「どういう意味だ」
「だってさ、からかっても、表情一つ変えなくなったじゃないか。4、5年前なら、デート中の様子を見られたってだけで、顔真っ赤にして挙動不審になってたよ。なのに今は余裕しゃくしゃくって感じで。本当に可愛げがないよ」

幸村は、心から詰まらなさそうに言う。
そんな親友を、真田は呆れた顔で見つめた。

「……大人になったと言ってくれないか。だいたい、こいつと俺の仲のことは、お前達が一番良く知っているだろう。今更お前に見られたところで、悪いが恥ずかしくもなんともないぞ」
「だから、そういう反応が可愛くないんだよね」

興醒めだといわんばかりに口を尖らせながら、幸村は、真田からに視線を移した。
しばらく、その寝顔をじいっと見つめ、何かを考えていた、のだが。
突然、ポケットから携帯電話を取り出したかと思うと、そのカメラで真田との様子を写真に撮り始めた。

「何やってるんだ、一体」

流石に、少し驚いて真田は声を上げる。
その様子を見て、幸村は少し楽しそうに笑った。

「可愛げのない真田より、可愛げのあるさんをからかおうと思ってさ。あとでこれを見せたら、きっとさんなら、期待通りの反応を返してくれるからね」

そんな幸村の言葉を聞いて、真田は少し眉間に皺を寄せた。

――確かに、なら。
今も昔も変わらず、真っ赤な顔でしどろもどろになりながら、訳の判らぬことを言って恥ずかしがるだろうが。

「……幸村、いつまで俺たちをおもちゃにすれば気が済むんだ」
「ふふ、いつまでだろうね?……まあ、いい物も撮れたし、今はこの辺で退散するよ。じゃあ、ごゆっくり」

そう言って、幸村は笑顔で手を振って去っていった。
呆れた顔でその後姿を見送りながら、真田はふうとため息をついて苦笑を浮かべる。
ああやって悪乗りはするが、自分達の仲が上手くいっていることを一番喜んでいるのは、彼や柳や、付き合いの長いテニス部の連中なのだ。
真田もも、それはよく判っていた。

「全く、あいつはしょうがない奴だ。なあ、

真田は、肩にもたれ掛かっている彼女に、話し掛けた。

「起きているんだろう?」

そう言うと、彼女の頭がびくっと反応する。

「……気付いてました?」

そう言って、は顔を上げて真田の方を窺った。

「ああ、途中で一瞬不自然にお前の頭が浮いたからな」

ふっと笑う真田の顔を、は上目遣いで見つめると、苦笑混じりで口を開いた。

「幸村先輩、私が起きたら絶対にからかうでしょう?だから、ちょっと寝た振りを続けちゃいました」
「そうだな、あいつのことだ。面白がって、からかい倒すだろうな」
「……私の反応って、そんなに面白いのかなあ」

情けなさそうに言うを、真田は微笑ましそうに見つめる。
そして、彼女の頭を優しく撫でた。

「面白いというか、いつまで経っても初々しくて可愛らしいんだろう」

ふいうちで「可愛らしい」と言われ、の顔が赤く染まる。
いつまで経っても変わらない、彼女の、彼女らしい反応。
それが余りにも予想通りで、真田はくくっと笑みを漏らした。

「そういう反応が、可愛らしいと言うんだ。……俺は好きだがな」

その言葉に、またが沈黙する。
照れて照れてどうすれば良いのか判らないといった感じの彼女は、真っ赤な顔のまま、困ったように俯いた。

「もう、先輩……からかわれるのは幸村先輩たちだけで充分ですってば」
「俺はからかってなどいないぞ。いつでも真面目が信条だからな」

そう言うと、真田は俯いたの頬に手を添え、自分の方へ顔を向けさせた。
そして。

「お前の照れた顔は可愛いさ。……あいつらに見せるのは勿体無いと思うくらいにな」

優しく微笑みながらそう呟いて、彼女の唇にキスを落とす。
もまた、照れた顔のまま、どこか嬉しそうにそれを受け入れた。




その時。

「ラブラブだね、お2人さん」

――どこかで聞いたような声がして、二人が光速の勢いで振り向くと。
そこには、先ほど去っていったはずの幸村がいた。
しかも、彼だけではない――柳や、丸井や、切原までいる。

「な……っ!」

言葉にならない声をあげ、真田は目を見開いた。

「本当に成長したな、弦一郎」
「なんだか、見てるこっちが恥ずかしくなってくるっスね」
「つか、真田さ。そこまでいくとちょっとキザだぜ?」

そんなことを口々に言われ、真田の顔が真っ赤に染まる。
いくら慣れたと言っても、流石にキスしている瞬間を見られれば、恥ずかしくもなろうというものだ。

「ふふ、そこでみんなに会ったから、今なら面白いものが見れるよって言って引き返してきたんだけど。これは予想外だったね」

そう言って満面の笑みを浮かべる幸村に、真田は完全に撃沈した。
ちなみに、は既にもう破裂しそうなほど真っ赤な顔で、正面も見れずに両手で顔を覆って俯き、身を縮めている。
同じく、最早言葉もない真田に、満面の笑みで幸村は言った。

「真田、やっぱり俺はそっちの反応の方が好きだな」

そんな幸村の声を聞きながら、真田とは「やはり幸村(先輩)には勝てない」と思ったのだった。

2021年の改装時に、凄いピンポイントで修正を加えました。
修正前は真田が「ビデオでも撮ればいい」と言っていたのですが、今はもうビデオなんて過去の遺物もいいところです。
15年もサイト続けると、こんなジェネレーションギャップも次々出てきます。困ったものです。
下ろすことも考えたのですが、かなり初期に書いたものにしては個人的にお気に入りのお話なので、微修正で残しました(笑)