――プリクラを、一緒に撮ろう。
今日の昼休憩に思わぬ形で結ばれた、他愛の無い小さな約束。
それはきっと、これくらいの年頃の普通のカップルなら、約束などしなくても日常の中で何気なくやってしまうようなことなのだろう。
しかし、何もかもが初めてなこの二人にとっては、とても照れ臭くてとても大変で――でも、とても新鮮でもあり、とても嬉しい約束だった。
急ぐ事は無いのに、少しでも早く叶えたくなってしまったくらいに。
二人は練習が終わった後、他の皆の目を避けるように早々と部室を飛び出すと、そのまま駅の近くのゲームセンターに足を向けた。
は女友達と何度か足を運んだ事があるらしく、ゲームセンター自体にある程度慣れているようだ。
嬉しそうに頬を緩めながら、軽い足取りでゲームセンターに入って行く。
そんな彼女の後を着いて歩きながら、真田もまた、ゲームセンターに足を踏み入れた。
入った瞬間、四方八方からなだれこんで来る音に、真田は少し気後れして眉をひそめる。
辺りを見渡すと、色とりどりのぬいぐるみを収めたクレーンゲームや、整然と並んだテレビゲーム、他にもよくわからない大きな機械が目に飛び込んできた。
所狭しと並べられているこれらの機械は、真田にとっては馴染みの無いものばかりで、なんだか少々居心地が悪い気がする。
「先輩、こっちですよ」
声を掛けられ、真田はハッとする。
すると、が大きな布のようなもので囲まれた機械の前に立ち、手招きをしているのが見えた。
「……それで撮るのか?」
呟くように言いながら、真田はの側へと近づく。
「はい、今日は空いてるみたいで良かったです。混んでる時は、結構並ばなきゃいけませんから」
笑顔で言いながら、は機械を覆っている布を手で持ち上げて中に入る。
真田もそれに続くと、パサリと布が落ちる音がして、途端にその空間は二人だけのものになった。
四方を囲まれた空間は、思ったよりもずっと密室に近い気がする。
なんだか妙に緊張しながら、真田は荷物を足元に置いた。
「……証明写真みたいなものか?」
「あーそうですね、そういうのと、きっとあまり変わらないと思いますよ」
そう言いながら、彼女は鞄から財布を取り出す。
そういえばお金がいるのだと気付き、真田も同じように鞄から財布を取り出した。
「いくらだ」
「えーっと、これは400円のやつかな」
「400円か」
財布から100円玉を4枚取り出し、彼女に手渡す。
しかし、1回の値段だから二人で撮る時は半額でいいのだと彼女は笑い、200円を真田の手に返してきた。
「400円なら、俺が全額出してもいいぞ」
「ううん、私も出したいです。だってそっちの方が、なんか二人の記念っぽくないですか?」
そう言って、彼女は顔をほんのりと染めながら、はにかんだように笑う。
そんな彼女も、言葉も、なんだかとても可愛かった。
照れる自分を一生懸命ごまかしながら、真田も「そうだな」と頷いて少し頬を緩める。
「じゃあ、お金入れますね」
が硬貨の投入口に、コインを入れた。
チャリンチャリンと小気味いい連続音が響くと、途端に画面が変わり、妙に馴れ馴れしい口調で説明が始まる。
「背景とかどうしましょうか」
背景と言われても、一体何の背景なのかも分からない。
真田は決まり悪そうに唸ると、眉根を寄せて首を振った。
「……わからん。すまないが、お前に全部任せていいか」
「あ、はい。じゃあ、私が選んじゃいますね」
そう言って、はまた機械と向き合った。
慣れた手付きで、彼女がどんどんとボタンを押してゆく。
しかし、彼女が側で操作しているのを間近で見ていても、正直なところ全くよく分からないというのが本音だった。
写真を撮るだけなのに、何をそんなにいろいろ選ばなければならないのだろう。
「うーん……どうしよっかな……。これかなあ……」
彼女がボタンを押す度に、画面の向こう側は目まぐるしく変わっていく。
シンプルなものから、騒がしいほどに模様がちりばめられたものまで、多種多様だ。
(なるほど、背景というのはこういうことか。合成してくれるというわけか)
便利なものだなと思いながら、真田がじっと画面を見つめていたその時――画面の中に映る二人の姿が、大きなハートで囲われた。
しかも、ご丁寧にもデカデカとした「熱愛中」という文字まで添えて。
――思わず、二人の肩が同時に跳ねた。
「……!!」
「は、恥ずかしいですね、これは」
早口でそう言って、慌てて彼女がボタンを押した。
背景を二つか三つくらい一気に進ませた彼女は、真っ赤な顔でははっと大袈裟に笑う。
「も、もう……下手に背景とか無い方がいいかなあ」
そう呟いて、彼女はまたぽんぽんとボタンを押し、操作を進めていった。
やがて、背景が全く何も無くなった状態で、手を止める。
「先輩、これでもいいですか?」
「ああ。シンプルなのが、一番いいかもしれないな」
「ですよね。じゃあ、これで行きましょうか」
頷いて、彼女が決定ボタンを押した。
画面の中には、二人の姿だけが残る。
「ここに映ったものがプリントされるのか?」
「はい、このボタンを押したら撮影10秒前に入るんです」
なるほど、と頷いて、真田はまたじっと画面を見つめた。
彼女と並ぶ画面の自分を見ていると、なんだか妙に緊張する。
こんな風に二人で並んでいる姿を正面から見るのは、初めての経験だった。
どくどくと、心臓が高鳴りを始めた。
どうしたらいいのか分からなくなって頭に手をやると、その手が帽子に触れた。
「ぼ、帽子は、取っておいたほうがいいだろうか」
「そうですね、帽子被ってると顔隠れちゃうかも」
「そ、そうだな」
そんな彼女の言葉に頷いて、真田は帽子を取り、足元の荷物の上に置く。
そして、髪を手で軽く整えて、もう一度画面を見た。
すると今度は、彼女と自分との間の隙間――もう一人誰か入れそうなほどの空間が、妙に気になった。
密着する必要はないだろうが、こんなに間があるのもなんだか不自然ではないだろうか。
しかし、こんな密室空間で、彼女に寄るのはいやらしい気もする。
一体どれくらいが、「ほどほどの距離」なのだろう。
考えれば考えるほど、恥ずかしくてたまらなくなった。
ちらりと横目でを見ると、彼女と目が合った。
その途端、彼女の頬が赤く染まる。
「……な、なんだか緊張しますね」
「う、うむ、そうだな」
ははっと笑い合い、もう一度前を向く。
隣にいる彼女は、視線を少し斜め上に向けながら、前髪が気になるのか真っ赤な顔でひたすら前髪をいじくっていた。
彼女が何も言わないところを見ると、やはりこれくらいの距離が丁度いいのだろうか。
でも、昼に見せてもらった切原たちの写真は、もっと二人がくっついていて――そういえば、手も繋いでいたような気がする。
真田は思わず、じっと手を見つめた。
――繋ごう、なんて言える訳はない。
こんなことで思い悩んでいる自分が非常に情けなく思えて、真田は大きく息を吐いた。
その時。
「あ、あの、先輩」
隣にいた彼女が、ふいに口を開いた。
どうしたのかと思って、真田がそちらを向いた、その瞬間だった。
『それじゃあ撮影するよー!! 10! 9!』
画面から流れる馴れ馴れしい口調のガイダンスが、いきなりカウントダウンを始めた。
「あ、始まっちゃった!!」
「お、押したのか?」
「いえ、長い間ほっとくと勝手に始まるようになってるんです……!!」
焦る二人などお構いなしに、機械のカウントは順調に減っていく。
『5! 4!』
――その時。
「あの、先輩、手……!!」
彼女の、そんな声が聞こえた。
はっとして真田も彼女の方を見ると、が真っ赤な顔をしながら、掌をぎゅっと握り締めているのが見えた。
きっと、彼女も同じことを考えている。
直感でそう思い、真田は咄嗟に彼女の手に自分の手を伸ばして――その手を掴んだ。
『2! 1! はい、チーズ!!』
次の瞬間。
ぱしゃりと、シャッター音が響いた。
事が済んで画面に映っていたのは、正面を見ずに横を向いて見詰め合い、不自然な距離で手を握る二人。
ある意味ものすごく恥ずかしい構図のような気がして、真っ赤な顔で二人は顔を合わせる。
「……これが、プリントされるのか?」
「……と、撮り直しましょうか」
「撮り直せるのか?」
「はい、1度だけなら」
「そ、そうか。なら、やり直すか。流石に、これはな……」
「ですね」
がボタンを操作し、あの恥ずかしい画面が消える。
そして、また撮影の画面に戻った。
『これがラストチャンスだよー!』
ガイダンスの声を聞きながら、二人はもう一度画面に向かう。
そして、どちらからともなく手を伸ばして、今度はちゃんと繋ぐと、お互い一歩ずつだけ、近寄った。
「じゃあ、撮りますね」
「あ、ああ」
真田の声を聞いて、彼女がボタンを押し――今度は、無事シャッターが切られた。
「落書きとかもできるんですけど……もう、これでいいですよね」
「う、うむ」
真田が頷くと、はそのままどんどんボタンを押していった。
数分後、がたんと音がして、取り出し口に1枚のシールシートが落ちてきた。
「あ、出来たみたいです」
そう言って、彼女はそれを拾い上げると、無言でじっと見つめた。
その後ろから、真田もちらりと覗く。
もう一人入る隙間はかろうじて無いくらいの間を空け、頬を染めながら恥ずかしそうに手を繋ぐ二人。
お互い緊張して照れまくっている空気が溢れている、この小さな写真シールが、真田との初めてのツーショットだった。
顔を見合わせて、二人はくすりと笑い合った。
「半分ずつで、いいですか?」
「……俺も貰ってもいいのか?」
「勿論じゃないですか! お金も半分ずつ出してるんだし、せっかく二人で撮ったんだし……あ、でも先輩が要らないんだったら、私、全部もらって帰りますから、気にしないで下さいね」
彼女は、頬を真っ赤に染め、慌ててそんなことを言った。
多分、気を遣わせないようにしているのだろうけれど――要らないだなんて、とんでもない。
今までの自分なら、こんなものを持ち帰ってどうするのだろうと言っていたかもしれない。
けれど、誰にも邪魔されず、初めて二人で撮ったツーショットは、例えどんなに不器用な写り方をしていても、かけがえのない宝物のような気がした。
「いや、俺も……欲しい、ぞ」
照れ臭そうに視線を逸らし、真っ赤な顔を人差し指で掻きながら、呟くように続けた。
「大切な『記念』、だからな」
その言葉に目の前の彼女が嬉しそうに頷いたのを、逸らした目の端に捉えながら、真田はまた咳払いをした。
またいつか――今度は、もう少し寄添って撮らないか。
そう思ったものの、情けないことに、それは言葉にはならなかったけれど。
全てが終了し、二人は荷物を持つと、機械の布をたくし上げて外に出た。
――すると。
「お疲れ、二人とも」
どこかで聴き慣れた声が聞こえた。
二人が慌てて顔を上げると、そこには何故か他のレギュラー全員の姿があった。
驚いて、二人の挙動が完全に止まる。
「お、お前ら、どうしてここに!!」
「……!!」
そんな二人を見て、幸村たちは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「どう? いいの出来た?」
「見せんしゃい」
そう言って、いつの間にか側に寄っていた仁王が、の手からシールを奪う。
が「あ」と声を上げたときには、二人の写真はもう、みんなの目に晒されていた。
「うわー初々しーっすねー。つーかなんスかこの隙間!」
「いやいや、手なんか繋いじゃってるぜ? 俺、絶対に棒立ちで並んでる程度だと思ってたぜぃ」
「ふむ、弦一郎とにしては、頑張ったところだろう」
そんな声が四方から飛んできて、真田との顔はみるみるうちに真っ赤に染まる。
更に、幸村が二人に向かってにっこりと笑った。
「ねえ、これ、1枚欲しいな。ちょうだい、真田」
その言葉に、真田は更に真っ赤になって、「やらん!」と叫びシールを奪い返した。
「くれないの?」
「やるか!! ……というか、お前ら何しに来たんだ!!」
「うん。せっかくだから、皆で写真でもとろうかって話になってね」
幸村はそう言うと、先ほどまで真田とが入っていた機械に歩み寄る。
そして、覆っていた布を捲り上げ、言葉を続けた。
「勿論、君たちも入るんだよ? 皆で撮るんだから」
その言葉に、真田とは目を見開いた。
「皆で? このメンバー全員で、ですか?」
「うん。二人きりのもいいけど、そういうのもいいだろ?」
そう言って、幸村は機械の中に入って行った。
続けて、他のメンバーも次々に中に入っていく。
「でも、本当に9人も入るのですか?」
「柳生よ、こういう時は端っこのヤツは顔だけでもええんじゃ」
「狭ッ!! 赤也、もうちょっとかがめ!!」
「丸井センパイ、上から押し付けんのやめてくださいよ!!」
あっという間に、先ほどまで二人が居た静かな空間が膨れ上がった。
その様子を外からじっと見つめていた真田とは、思わず顔を見合わせる。
そして、くすりと微笑んだ。
「……仕方ないな、入るか」
「そうですね」
そう頷き合って、二人もまた、その賑やかな空間に飛び込んでいった。
もうだいぶ古い文章なので、お話に出てくるプリクラ機、今のゲーセンにあるのとはだいぶ違うと思います。
枠とかないんですよね?今時のプリクラは。
改装に伴い下ろすことも考えましたが、結構お気に入りのお話だったので、ジェネレーションギャップがあるのは承知の上で残しました(笑)
こんな時代もあったのです。