9月25日は、癖っ毛の生意気な後輩の誕生日だ。
真田にとっては、放っておけない手のかかる後輩で、にとっては、クラスメイトであり親友の恋人――切原赤也。
そして、二人にとっては、それ以上に――。

obligation

とある日の帰りのこと。
バスの中でスケジュール帳を眺めていたが、「あ」と小さな声を漏らした。
隣に座っていた真田は、彼女の声に反応する。

「どうかしたか?」
「いえ、もうすぐだなあって。……切原君のお誕生日」

そう言って、彼女はスケジュール帳を真田に見せて指を指す。
そこには、ハッピーバースデーと書かれた小さなシールが貼られており、一緒に可愛らしい文字で「切原君」と書かれている。

「ああ、そういえばもうすぐ赤也の誕生日か」

そういえばそうだったな、と真田は頷いた。

「切原君の誕生日とか、先輩何かプレゼントしたりしますか?」
「そうだな……別にやってもいいのだが、去年アイツは俺がやった英語の参考書を枕にしおったからな。せっかく一番使い易いものを選んでやったというのに……」

去年の今頃のことだ。
英語の赤点を取った後輩に、次の試験では赤点になって補修になどならないよう分かり易いものをと思い、そのために書店にまでわざわざ足を運んでまで選んでやった一冊の参考書。
なかなかいいものを選んでやったと思っていたのに、ある日の昼休み、用事があって切原のクラスに行った際、それを袋のまま枕にして寝ていた彼を目撃してしまったのは、それをやってから数日後の話だ。
呆れるやら腹立たしいやらで、その日の放課後につきっきりで30ページほどやらせてやったのだが、それが次の試験に役立ったのかどうかは怪しいものだった。

そんな記憶を思いおこし、真田は眉間に皺を寄せて腕を組む。
すると、は真田とは対照的に、ふふっと笑みをこぼした。

「なんか、その光景すごく想像できます。やっぱりって言うか、切原君らしいですね」

そう言って、彼女は更にくすくすと笑う。
切原のことはともかく、のこんな笑顔が見られるのは嬉しい。
そんなことを思いながら少し目を細めると、真田は彼女に問い掛けた。

「お前はどうするんだ? 俺や蓮二の誕生日の時のように、何か考えているのか?」
「はい、一応。やっぱり切原君にも、いろいろとお世話になってますし、こんなときくらいお礼したいから」
「俺の目から見れば、むしろアイツの方がお前の世話になっているように見えるがな。この間も宿題を写させてやったりしていただろう。宿題くらい自力でやらせなければ、次の試験もあいつはまた赤点だぞ」

出来ないわけではないと思うのだ。
少なくとも、この立海に試験で入学できたのだ、絶望的に頭が悪いとまではいかないはずなのだから。

――それに。
正直なところ、彼女が部活動以外で切原の面倒を見るのが、ほんの少し面白くない気持ちもある。
切原にだってちゃんと恋人がいるのは判っているから、嫉妬のつもりはない。
ただ、の意識が別の男に向いていることが、無性に面白くない――それだけの話だ。

「お前の優しさは、一歩間違えればただの『甘やかし』だぞ」

しかし、そう言ってしまってから、真田は自分の言い方の意地悪さに内心しまったと思った。
彼女の気を悪くさせたのではないかと、ちらりと彼女を見る。
するとと目が合った。
少しどきりとして真田が目を瞬かせると、彼女はふふっと目を細め、頷いて口を開いた。

「はい、そうですよね。……でも、私、切原君には返しきれない恩があるから、頼まれちゃったら断りきれないんですもん」
「恩?」
「はい、だって、先輩と知り合えたのは、切原君のおかげでしょう?」

そう言って、ははにかむように笑い、続ける。

「あの時、切原君が私を誘ってくれなければ、私、テニス部には縁が無いままだったと思いますし、そうなったら先輩とこうやってお話することなんて、きっと無かったから。たまに考えちゃうんですけど、もし先輩に会えてなかったらって思うとすごく怖くなって…… きっかけを作ってくれた切原君には、どれだけ感謝してもし足りないくらいなんです」

どこか恥ずかしそうに頬をほんのり赤く染め、彼女は言う。
そして、真田を見上げ、幸せそうに笑った。
真田が隣にいるこの瞬間が、奇跡のようだといわんばかりに。

そんなを見ていると、真田は顔が急に熱くなった。
言葉に詰まって咳払いをしながらも、鼓動はどんどん高鳴って行く。
真田は自分を落ち着かせるように、大きく息を吸った。
そして、彼女の言葉を頭の中で反芻する。

――確かに彼女の言うとおりだ。
あの時、あいつがもしこのをマネージャーに誘ってくれなければ、今ここで俺は彼女とこうしていることもないのだ。
この小さな身体の隣に座ることも、俺のことを想って真っ赤になってくれるこの表情を見ることも、心地よく可愛らしいこの声を聴くことも、全て無かったのだ。

そう思うと、真田は総毛立つ思いがした。
この幸せは、ほんの少しの掛け違えで存在すらありえなかった幸せなのだと、改めて思う。
そしていま彼女と共に居られるのは、あの生意気な後輩がきっかけを作ってくれたおかげなのだと。

「……そ、そうだな……俺も、そう言う意味では、アイツに恩があるといえるかもしれんな」

むう、と唸るような声を上げて、真田は妙に赤い顔のまま視線を逸らす。
そして、うむと頷いた。

「仕方ない、俺もやはり何か贈ってやるか」

考え込むように口元に手を添え、真田は去年のことを思い出しながら、後輩へのプレゼントを考える。
役に立つものを、と考えると、やはり参考書や問題集の類か、もしくはテニスの消耗品くらいか。
そんなことを考えていると。

「ね、先輩」

隣にいる彼女から、小さな声が聞こえた。
その声につられて真田が顔をそちらに向けると、は少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら、言葉を続ける。

「……あの、切原君へのプレゼント、二人で一緒に贈りませんか?」
「ん? ……一緒に?」

考えてもみなかった言葉に、思わず真田は目を瞬かせる。
すると、彼女は焦ったようにその小さな手を左右に振った。

「あ、いえ、あの、ダメだったらいいんですけど! た、ただ、あの、二人で一緒にした方が、その、金額も大きくなるし、その……私、何を選んでいいのかよくわかんないから、先輩と一緒だったら安心だしって思って……」

あたふたと慌てながら、は早口で言う。
彼女に変な誤解をさせてしまったのではないかと、真田もまた、慌てて口を開いた。

「い、いや、違う、別に駄目だとは思っていない! すまん!!」
「あの、いえ私もなんかすみません……!!」

お互い顔を真っ赤にしながら、そんなことを言い合う。
しかしすぐに、顔を見合わせて、ふっと笑い合った。

「……なんだか馬鹿みたいだな、俺達は」
「……ですね」

はまたくすくすと声を出して笑うと、赤い顔のまま、そっと真田を見上げた。
そして。

「ホントは、口実、なんです。一緒に贈りたいって言うか、プレゼントを選びに行くのを口実にして、先輩と一緒に出掛けたいんです」

素直な言葉を吐露してから、彼女は更に頬を紅潮させた。
そんながものすごくいとおしくて、でも照れ臭くて、真田はそれをごまかすように咳払いをする。

「そう、か」

短い返事をして、一呼吸。
そして真田は、そっと彼女に言葉を掛けた。

「――俺も、全く同じ気持ちだ。赤也の誕生日を口実にして、お前と一緒に……どこかへ出掛けたい」

真田の言葉に、の頬がまた染まる。
そんな彼女を見つめ、真田は嬉しそうに笑った。

要は赤也の誕生日にかこつけてイチャつくお話でした。
しかし、うちのサイトの二人が出会う一番のきっかけを作ったのは、確実に赤也なのです。
赤也にしてみれば、ただ都合が良かっただけですけどね(笑)
この二人の出会いは長編連載〜foryou〜の方で書いております。読んだことのない方はよろしければぜひ。
ちなみにタイトルobligationは「恩義」という意味です。そのまんまです。