不覚だった。
――まさか、こんな時間になっていようとは。

MOTTO

いつもの部活のロードワークの、何倍ものスピードで、真田は疾走していた。
ちらりと手につけている腕時計を見る。
今の時間は11時45分。
待ち合わせ時刻から、もう既に15分が経過していた。

余りにも久しぶりのデートだったから、内心舞い上がっていたのだろう。
起きる予定だった時間よりも、今日はずっと早くに起きてしまった。
しかも、久々に彼女と2人っきりで出かけられるのだと、朝からそんなことばかり考えてしまう自分に恥ずかしくなって、その気持ちをごまかす為に走りに出たら、ついつい遠出になってしまったのだ。
気付いて慌てて引き返し、準備をして家を飛び出したものの、その時にはもう既に間に合う時間ではなくなっていた。

(この俺が遅刻など……たるんどる……!!)

心の中で自分に向かって叱咤しながら、待ち合わせ場所の駅前広場に向かって走る。
真田は、中学生としては勿論、一般的な男性としても平均以上だ。
そんな大柄な男が通りを疾走する様は目立つのだろう、道行く人が視線を集めるが、真田はその視線に気がつくことはなかった。
ただひたすら、目的の場所に着くことに――そしてそこで待っているであろう彼女に会う為に、疾走を続けた。

やがて、待ち合わせ場所が見えてきた。
行き交う人々の隙間から、会いたくて堪らなかった彼女の姿がちらりと見え、鼓動が跳ねる。
1人佇んでいる彼女の傍に、1秒でも早く行きたくて、真田は走るスピードを出来る限り上げた。
そして、彼女の姿がぎりぎりまで近づいた瞬間、我慢が出来なくなって声を掛けた。

!」

その声に彼女は慌てて顔を上げる。
そして、視界に声の主を捉えた途端、嬉しそうにその表情がほころんだ。

「あ、先輩。おはようございます」

そう言って、ゆっくり真田に一歩近づく。
真田は、彼女の傍で足を止め、そのまま切れる息も整えようとせずに、声を発した。

「……す、すまない、遅れ、た」

最後の方は、息と言葉が混じって、上手く声にはなっていなかった。
その息を落ち着けようと、真田は少々前かがみになりながら胸に手をやって荒い息を吐く。

「いえ、まだそんなに経ってないですし、気にしないで下さい。……それより、大丈夫ですか?」

そんな彼女の優しい声が耳に響いた頃には、真田の息はほとんど落ち着いていた。
毎日部活で走り込みをしているおかげだろう、こういう回復は早いのだ。

「……ああ、もう大丈夫だ」

最後にもう一度大きく息を吐くと、額に手をやって汗を拭った。
そして顔を上げ、ようやく、彼女の顔を落ち着いて見ることが出来た。

「すまなかったな。心配をかけた」

「いえ、本当にまだ15分か20分ほどですから、気にしないで下さいってば」

焦った顔をしながら、は胸の前で広げた小さな両手を一生懸命振る。
しかし、彼女はいつも時間より早めに来ていることが多いから、単純に時間に換算すれば、30分以上は待っているはずだ。
そう思うと、罪悪感は更に増した。

「そういうわけにはいかん。遅刻など最低の行為だ。どう詫びればいいものか……」

申し訳なさそうに言って、頭を下げる。

「もう、先輩ってば……いつもは、先輩の方がずいぶん早いんですから。たまには、私が待ったっていいじゃないですか、ね?」

「ね?」と言いながら、頭を下げている真田の顔を、小首を傾げて覗き込み、は言葉を続けた。

「それに、先輩が遅刻って珍しいですし。先輩のそんな姿を見れたのは、ちょっと嬉しかったですよ」

「嬉しい?」

思いもよらぬ言葉だったので、真田は顔を上げ、おうむ返しに問う。
すると、彼女はくすりと微笑んで頷いた。

「はい!先輩が遅刻して、頭を下げる姿なんて、きっと見たくてもなかなか見れないですから」

そんなことを本当に嬉しそうに言うに、半ば複雑な心境になりながら、真田は眉間に皺を寄せた。

「それはそうかもしれんが……喜んでいいのか?」

「うーん、どうなんでしょう?でも私は、いろいろな先輩を知りたいので、とっても嬉しいんですけどね」

そう言って、は上目遣いに真田を見つめると、どこか照れを含ませた笑顔を浮かべて、続けた。

「……だから、もし、私が先輩のことをもっとたくさん知りたいと思ってることや、知れて嬉しいとか思ってることを、先輩自身が『嬉しい』と思ってくれるなら……喜んでくれて、いいんじゃないかと」

そこまで言って、自分の言った言葉に照れたのだろう。
彼女は僅かに沈黙した後、その顔を真っ赤にしながら「あはは」と大袈裟に笑い、そのまま下を向いてしまった。

人目があるときは照れて口にはしないが、2人きりだと、彼女はこうやっていつも素直に真田への好意を吐露する。
最初は嬉しそうに言うのに、途中で自分の言葉の恥ずかしさに気付くのか、その顔を照れでいっぱいにして、それでもいつも一生懸命になって最後まで言葉を紡ぐのだ。
そんな彼女が、本当に愛しかった。
本当に自分が好きなのだと実感させてくれる彼女の存在は、今の真田にとっては、無くてはならない存在だった。

しかし、それに比べて自分はどうだと、真田は自問した。
好きなくせに。
彼女とデートだと思うと、そのことで頭がいっぱいになってしまうほど、溺れているくせに。
彼女への好意を素直に口にする回数は、きっと彼女が自分に言ってくれる回数の半分もないだろう。

(情け、ないな)

真田は大きく溜息をつくと、意を決して彼女を見つめた。



名前を呼ばれて、彼女が顔を上げる。
まだ顔は真っ赤なままだ。

「お前が、俺を知れて嬉しいと言ってくれるのなら、俺だって……その、勿論嬉しい。お前に俺のことをもっと知って欲しいと思う」

上手く言葉にならないまま、ただ顔が熱くなる。
彼女みたいに素直に言葉にしてみようと思ったのだが、やはり上手くいかないものだ。
あんなに素直に口に出来る彼女に、改めて感心してしまう。

真田は、ごほんと咳払いをすると、口を開いた。

「そうだな、昼メシを食べながらでも、俺の話を聞いてくれるか?今日はいろいろ、話したい気分だ」

「……はい、私も、たっくさん聞きたいです」

は、まだ少し赤い顔のまま、嬉しそうににっこり笑って頷いた。




「じゃあ、行きましょう!先輩、何か食べたいものとかってありますか?」

軽やかな足取りではしゃぎながら、彼女が数歩先をゆく。
その様子を見て目を細めながら、真田は口を開いた。

「そうだな、実は午前中にロードワークをしてきて、結構腹が減っているのでな。軽いものよりも、しっかりとした重いものがいい」

「え、先輩、今日私と会う前にロードワークに行ってきたんですか?うわー、流石ですね。あ、もしかして、遅刻の理由ってそれですか?」

くるりと振り向き、彼女が心から感心したように言ったが、逆に真田は言葉を詰まらせた。
この質問には、頷いてもいいものだろうか。
ロードワークが遅刻の原因であることは確かなのだが、その前に、何故デートの日にロードワークになど出たのかを考えると、それを遅刻の理由にするのは、なんだか言い訳のような気がする。

(――とりあえず、今日俺が何故ロードワークに出たのか、それから話すか……)

そんなことを思いながら、真田はうむと頷いた。

「遅刻の理由は、あとでゆっくり話す。……笑ってくれるなよ」

そう言って、真田が薄っすらと赤面する。

「笑えるような理由なんですか?……それはまた、他の人が知らない貴重な真田先輩の一面を知れそうですね!」

珍しくからかうようなことを言うに、真田は少し困った顔をする。
すると彼女は、へへっと笑って舌を出し、また前を向いて歩き出した。

「早くその、笑えるかもっていう先輩の遅刻の理由聞きたいなあ。早く落ち着いて食べれるとこに入りましょうよ!」

彼女は、楽しそうにはしゃぎながら、尚自分をからかおうとする。

――こうなったら、素直に洗いざらいぶつけてやろう。
今日、何故自分が遅刻したのか。
それから、自分がどれくらい彼女のことが好きで、一緒にいたいと思っているのかも。
ああ、そうだ。
自分だって彼女のことをたくさん知りたいと思っていることも、言ってやろう。

勿論全て本心なのだが、そこまで言ってやったら、きっと彼女はこうやって笑ってなどいられないだろう。
真っ赤になって照れて俯いて――きっと、とっても可愛らしい表情を見せてくれる。

そしてそれを、今度はこちらがからかってやろう。
今の、仕返しとして。

そんなことを思いながら、はしゃぐ彼女のあとを着いていく。
今日もとても楽しい1日になりそうだと、真田は目を細めて空を見上げた。。

「頂いたバトンに触発されて、衝動で書いちゃったSS(SSS)」シリーズ3作目、かな?(笑)
今回は、リズムにHIGH!のまるな様から頂いた、「言い訳バトン」の一題目(遅刻した時の言い訳は?)に触発されました。
バトンの答えは06年09月14日の日記にて答えております。
この作品は、ステキなバトンを回してくださったまるな様に、勝手に捧げさせて頂きます(笑)
まるな様、そして読んでくださった皆様、ありがとうございました!