言葉にしてもらわなくても、彼の気持ちは判っているけれど。
言葉にされたら嬉しいのも、また、確か。

言の葉

とある日の昼休み。
友人たちと他愛ないおしゃべりをしていたその時に、「それ」は届いた。
メールの着信を知らせる小さな音が鳴って、は何ともなしに携帯を操作する。

「どうしたの、。メール?」
「うん」

友人たちの問い掛けに軽く頷き返して、は慣れた手つきでメールを起動させる。
そして、メール一覧を表示させた瞬間、の心臓がとくんと鳴った。

(え、真田先輩?)

そう、メールの差出人欄には「真田先輩」とあった。
彼とは付き合い始めて少し経つが、未だに彼の名前を見るだけでもドキドキして、心臓は煩く動き出す。

(……きっと、部活の連絡、かな)

おそらく、そうだ。
彼はメールがあまり得意ではないから、メールを送ってくることはほとんどないし、過去に彼がくれたメールだって、そのほとんどが部活の連絡だった。
だから、こんなメール一通でドキドキするのはおかしいことだ。
ただの連絡なのだから。

そう言い聞かせながらも、差出人の名前ひとつでドキドキしてしまう自分が情けなくて、は苦笑を漏らす。
そして、大きく息を吸って、そのメールを表示させた。


――その瞬間。
飛び込んできた言葉に、完全にの手が止まった。


、好きだ。』


メールの本文欄には、確かに、そう書かれていたのだ。
思わず、は手にしていた携帯を落としそうになってしまった。

「どうしたの、?」
「何のメールだったの?」

お喋りをしていた友人たちが、不思議そうにの方を見る。
その声にハッとなって、は慌てて首を振った。

「な、なんでもない! メール、普通のメールだった!! 手がね、滑ったの!!」

そう言って大げさに笑うを、友人たちは少しいぶかしそうな目で見たが、すぐに元の話題の方に興味が戻ったらしい。
友人たちがお喋りを再開したことに安心し、は「ごめん、ちょっと用事が出来たから私自分のとこ戻るね!」と逃げるように自分の机に戻った。

自分の机に戻って椅子に座り大きく深呼吸すると、は改めてもう一度、携帯の画面を覗き込んだ。

、好きだ』

――やはり、見間違いではない。
メールには、そう書かれている。
は、まるで高熱にでも浮かされたように、顔がかあっと熱くなった。心臓もどんどん高鳴りを増していく。

本文を何度も何度も凝視してから、送信者の欄を確認するために送信メールの一覧に戻ってみたりもした。
しかし、何度見ても、送信者の欄も「真田先輩」で間違いはない。
勿論、自分にこんなことを言ってくれる人なんて、彼ただ1人だけなのだけれど、あの彼が他に何の用事もなく、ただこんな言葉だけを送ってくるなんて、ありえるだろうか。
いや、例え他に用事があったとしても、こんな言葉を付けて送って来るなんてありえないだろう。

そうは思っても、実際確かに、こんなメールが届いているわけで――嬉しいけれど恥ずかしくて、でもやっぱり嬉しくて。
ドキドキしながら、は携帯を握り締めたまま、机の上に突っ伏した。

(……先輩、一体何があったんだろう)

彼が理由もなくこんなメールを送ってくるような人ではないことは、誰よりもが一番よく判っている。
だいたい、普通に会っている時でも、なかなかストレートにこんな台詞言ってくれるような人ではないのに、何もない時に意味もなくこんなメール送って来るわけがないのだ。

そんなことを思いながら、顔を真っ赤にして携帯を握り締めたり、また画面を凝視したりしていると――メールの着信音が鳴って、再度メールが飛び込んできた。

今度は何だろうと思いながら、はまた受信メール一覧を表示させる。
すると、今度もまた、彼の名前が現れた。

(また、真田先輩から!?)

もう名前を見るだけでも、の心臓は持ちそうになかった。
自分の身体から飛び出してしまいそうなくらい激しく脈動する心臓を抑えながら、何度も何度も息を吸う。
そして、意を決して、そのメールの詳細を表示させた。

『今何をしている? 顔が見たい』

また、たったそれだけの短いメール。
しかし、やはり彼らしくないそのストレートな内容に、は思わず携帯の画面を手で押さえて隠してしまった。

(も、もう先輩どうしちゃったの!?)

一体、彼はどうしてしまったのだろうと思いつつも、確実に嬉しい自分がいて、こんなにも嬉しくなっているそんな自分がまた恥ずかしい。
頭の中でそんな堂々めぐりを繰り返しているうちに、携帯電話を握っている手に、じんわり汗が滲んできた。

(……返信、しなくちゃ、だよね)

彼が珍しく送ってくれたメールに、何も返さないわけにはいかない。
ボタンを押して送信の画面に移動し、メール本文の欄を選択して――そこでの手は止まる。
一体、何と送ったらいいのだろう。

「ありがとうございます」、だけではそっけないだろうか。
素直に本音を返すならば、「嬉しいです、私も真田先輩が大好きです」なのだけれど――ストレートすぎて、ちょっと恥ずかしい。
だけど、彼がせっかく珍しくストレートな言葉を送ってくれたのに、自分だけ恥ずかしがっていてはずるいかもしれない。

そんなことを思いながら、携帯の画面を凝視する。
そして、何度も打ち、消しを繰り返していたその時、教室にいるクラスメイト達が急にざわつき始めた。
一体どうしたのだろうと、は顔を上げる。

すると、その瞬間の目に飛び込んできたのは、先ほどのメールの送信者である、彼――真田弦一郎。
彼本人が、すごい形相をしての方に向かって駆け寄ってきていたのだ。

!」
「せ……先輩!?」

は、携帯を手にしたまま、目を何度もぱちくりさせる。
あんなメールを送ってきたと思ったら、次はいきなり目の前に現れた。
全く状況がわからなくて、はぽかんと口を開けたまま、その場に固まってしまった。

程なくして、真田はの机までやって来ると、慌てて何かを言おうと口を開いた。

「すまない、つい先ほど――」

しかし、そこまで言って彼の口は止まった。
教室中の生徒の視線を集めていると分かり、我に返ったのだろう。
彼は、教室を見渡すと、小さく咳払いをしてから、に告げた。

「す、すまない、今少し時間をもらえるだろうか」
「あ、はい……」

を頷いたのを見て、真田はそのまま踵を返して教室の外へ出ていく。
慌てて、はその後を追いかけた。


何も言葉を交わさないまま、廊下を進む彼についていく。
あの彼がこんなに周りが見えていないなんて珍しい。
なんだかとても緊急の用事のようだ。
しかし、先ほどのメールといい、彼の今日の行動が全く分からなくて、の頭は完全に混乱してしまっていた。

そのまま更に階段を上がり、しばらくして、二人は2号館の屋上に到着した。
2号館の屋上はほとんど人が来ない場所で、今もやはり誰もいないようだ。
真田は、屋上の更に端の方で、やっと足を止めた。

「……こんなところまですまなかったな」
「いえ、今は特に用事無かったですし、大丈夫ですけど……一体どうしたんですか?」
「いや……な。その」

何か言おうとしているものの、とても言い辛そうに彼は口籠る。
しかし、咳払いをひとつして、気を取り直したように口を開いた。

「さ、先ほど、俺の携帯からメールがいかなかったか」

彼のその言葉に、は先ほどの愛の告白ともいえるようなメールを思い出し、心臓が跳ねた。

「あ、は、はい……来ました」

小さな声でそう答えて、は顔を赤く染める。

「あの、いま、返そうと思ってたんです。あの、あ、ありがと――」

がそう言いかけた、その時。

「す、すまん! あのメールは……仁王達が、悪戯で……!!」

そう言って、目の前の彼は、ものすごい勢いで頭を垂れた。
耳まで真っ赤にしながらも、なんとか彼が口にしたその言葉に、の動きは完全に止まる。

(……いたずら?)

ああ、そうか。
なるほど、納得いった。
やはり、彼があんなストレートな愛の言葉なんて送ってくるわけがなかったのだ。

「すまない、少し目を離した隙に携帯を取られて……」
「あはは、そうだったんですか。びっくりしちゃいましたよ」

はそう言って、笑う。

(びっくりはしたけれど、結構――ううん、ものすごく嬉しかったんだけどな。そっか、悪戯だったんだ……)

彼らしくないとは思ったけれど、やっぱり彼がストレートにあんな言葉を送ってくれたことは、とても嬉しかったのに。
でも、あれは彼の言葉ではなかった。
ただの悪戯で、本物ではなかったのだ。
そう思うと、彼らしくないと思いながらも彼からの言葉だと勘違いして浮かれてしまった自分の軽率さも相まって、なんだかとても恥ずかしく――そして、寂しくなってしまった。

そんな自分を押し殺すように、はまた大袈裟に笑う。
その時だった。

……どうした?」

彼が、神妙な声でそう咲花に問いかけた。
急に発せられた彼の問い掛けに、はふっと顔を上げる。

「え、どうもしませんよ?」

作り笑顔では首を振る。
しかし、真田は眉間に皺を寄せて、怪訝そうな顔をした。

「……ならば、どうしてそんな悲しそうな顔をする?」

そう言って、真田はの顔を覗き込むように、片膝をついて中腰になる。
真っ直ぐに見つめてくる彼の視線にどきりとして、は視線を外した。

「悲しい顔なんて……」
「今、お前の顔色が、急に変わった。それに気付けないほど、俺は鈍感ではないぞ。ただ……申し訳ないが、俺はこういった……その、恋愛ごとには酷く鈍いことも確かだ。お前の顔色が急におかしくなった理由までは、わからん」

自嘲気味に言い、真田は続けた。

「まだまだ修行が足りない証拠だ。精進しようと思う。しかし、今はまだ、言葉にしてもらわなければわからんのだ。お前の表情が曇ってしまった理由を、俺に教えてくれないか」

そう言って、彼はいつも以上に誠実なその瞳で、真直ぐを見据えた。

「先輩……」

彼の言葉に、ははっとした。
そうだ――言葉にしなければ伝わらないこともあるし、伝わらなければ相手を不安にさせてしまうこともある。
先ほどの言葉は彼自身のものでは無かったけれど、あんな風に伝えてもらえれば、やはり嬉しかった。
言葉というのは、やはり相手にきちんと伝えてこそ意味があるのだ。

「……あの、さっきの言葉……先輩からのだと思って浮かれちゃったから……」
「さっきの言葉? もしかして、仁王たちが悪戯で送ったメールのことか」
「はい、先輩、あまりああいうこと言ってくれないでしょう? だから、あの言葉、真田先輩からだと思って、ちょっと……いえ、かなり嬉しかったんです。でも、それが先輩本人からじゃなくて、ただの悪戯だったってわかって、ちょっと落胆しちゃったんですよ」

そう言って、は苦笑し、続けた。

「ごめんなさい、言葉にしなくても、先輩が私のことちゃんと想ってくれているっていうことはわかってます。でも、やっぱり、改めて言葉にしてもらうと、嬉しかったって言うか……」

――その瞬間。

「――好きだ。お前が、大好きだ」

真田はそう言うと、立ち上がってぎゅっとを抱き締めた。

「せ、先輩!?」

いきなりの彼の行動に、は慌てて目を瞬かせる。
真田は、そんなを胸に抱いたまま、言葉を紡いだ。

「すまない、言葉にしてもらわなければわからんなどと偉そうなことを言った癖に、確かに俺自身がきちんと言葉にしていなかった。――本当に、すまない」

申し訳なさそうに言うと、彼はまた、「好きだ」と繰り返す。
何度も何度も繰り返される言葉に顔を熱くしながら、はふふっと笑う。
そして、は背伸びをして、彼の耳元にそっと口を寄せた。

「私も、真田先輩が大好きです。……どうしようも、ないくらい」





――その後。
彼と別れて教室に戻ると、再度メールの着信音が鳴った。
、好きだ(これは本当に俺からの言葉だ)」と書かれた彼からのメールに、は顔を熱くさせながらも嬉しそうに保護を掛けたのだった。

真田はメールをほとんどしないというのは公式設定だった気がしますが、(ファンブックか何かに書いてあったような)きっと彼女が出来てもそれは同じだろうなと思うわけです。
ほとんど電話で済ませて、メールは敬遠しそうな気がします。
だからこそ、たまにしかもらえないメールはきっとヒロインにとっては宝物でしょうね。例え部活の用件だけであっても。
でも、そんな真田がもし愛の言葉を送ってきたら、という妄想からできたお話だったと思います。