君を想うとき

――我々はここに夫婦となることを誓い、互いに敬い愛し、健やかなるときも病める時も共に助け合い、永遠に変わらぬことを約束いたします。

二人は手を取り、神や参列した家族や仲間の前でそう固く誓い合った。
そしてたくさんの仲間に祝われながら、披露宴と二次会を終えて――今、二人がいるのは、会場に使っていたホテルにあるスイートルームだ。
結婚式の会場に使ったこのホテルは、学生時代に真田が職場体験でホテルマンを経験した思い出のホテルだった。
その際、は真田の様子が見たくて内緒で泊まりに来て、「無駄遣いだろう」と怒られ少し喧嘩したものの、仲直りしてその夜は夜景をいっしょに見た。
あの思い出もあって、二人はこのホテルを式場に選んだのだ。
そして、せっかくだから結婚式の夜はそのままホテルに泊まろうと話し合い、高層階のスイートルームを予約していた。あの思い出の夜景を、また二人で見るために。

最後まで二次会に付き合ってくれた仲間たちと別れると、真田とはやっと二人きりになった。
最初に部屋に入るとすぐ、部屋が豪華だの夜景がきれいだのとが無邪気にはしゃぎ、真田はそれを微笑ましく見つめていた。二人は下界に広がるきらきらとした夜景を眺め、軽いアルコールを飲みながら、今日の結婚式のことやあの時の思い出を語り合う。

――しかし。
一通りお喋りを終えて少し落ち着いた今、ソファに並んで座っている二人の間に流れているのは、なんともいえない微妙な緊張感だった。
今の時間はもう深夜に近い。普段ならもうとっくに就寝時間だ。
しかし、今日はどうしてもこのまま「寝る」という選択肢を選べない理由があった。
そう、今日は――いわゆる「初夜」、というやつだからだ。

真田は、本当に誠実で生真面目で、全くもって融通の利かない性格だった。
今時流行らない「結婚前の男女は清廉潔白であるべきだ」という考えを持っていたこともあるが、何より彼女の身体と心を大切にしたい一心で、真田は付き合ってからこの十年、の身体に手を触れることはなかった。
たとえ間違って一線を越えそうになっても、鉄の意思でその欲望を抑え込んだ。

しかし、だからと言って真田はのことを性欲の対象に思わなかったわけではない。
いやむしろ、ずっと彼女を抱きたかった。
自分の腕の中に閉じ込めてその柔肌に触れ、乱してやりたいと思ったことも、空想の中で事に及んだことも、何度もある。
長年ずっとそういったことをしたいと思いながらも、誓いを守り、彼女を尊重するために、「その日」まで我慢を続けて来た。

そして――とうとう「その日」がやって来たのだ。緊張しないわけがない。
真田の頭の中は、真っ白だった。
今日こそは彼女をこの腕に抱きたいと思っていたし、当然そうするつもりでいた。
けれど、実際どうやってその行為に持ち込めばいいのだろう。
そもそも、彼女自身は自分と「そういうこと」をしたいと思ってくれているのだろうか。
もし彼女にまだ少しでも躊躇う気持ちがあるのなら、無理に事に及ぶことは絶対にしたくない。

いろんな想いがぐるぐると頭を回り、真田は大きく息を吐く。
一体、このよくわからない微妙な沈黙の中で、彼女は何を思っているのだろう。
そんなことを思いながら、真田は少しだけ視線を動かして、隣にいる彼女を見た。
先ほど飲んだアルコールのせいもあるのか、ほんのりと頬を桜色に染めながら、彼女は少し俯きがちに視線を落としている。
何を思っているかは全く分からないが、ただ、その表情にはどきりとしてしまった。
今日は何度もこれくらいの距離でこの横顔を見つめ、その度に綺麗だと思ってきたけれど、今のこの横顔は更に美しくて愛おしい気がしてしまったのだ。
そんなことを思っていると、なんだか付き合いだした頃のように胸がどきどきした。
まるで出会った頃の初心な自分に戻ってしまったようだ。
彼女が好き過ぎるあまりどうしていいかわからなくて、その手に触れることすら躊躇してしまった、あの青い頃に。

(……結婚までしたのに、俺は全く成長していないのだな)

そんなことを思って少し情けなくなりながら、真田は思わず苦笑を漏らした。

「……なに、笑ってるの?」

不意に彼女の声が耳に届き、真田はハッと我に返る。すると、いつの間にか彼女が上目遣いでこちらを見つめていた。

「ああ……いや。ちょっとな」
「私、何かおかしい?」

そう言って、彼女は頬を染めたまま、かわいらしく口をとがらせる。どうやら、真田が笑った理由が自分にあるのかと勘違いしたらしい。

「いや、お前に笑ったわけじゃない。どちらかというと、自分にだな」
「自分に?」
「ああ……先ほどからずっと、緊張が止まらん。まるで、お前と出会った頃の十年前の自分に戻ってしまったようだ」

真田は、情けなさそうに苦笑を重ねる。
すると、その言葉に彼女の顔が真っ赤に染まり、その動きを止めた。
しまった、と真田は思った。
「緊張している」ということは、すなわち何かしらを意識しているということだ。
つまり、彼女にそういった行為をほのめかしているも同然ではないだろうか――そんなことを考えてしまって、かあっと顔が熱くなった。
思わず彼女から顔を逸らし、真田は咳払いをする。
そしてまた、再度の沈黙が二人の間を支配した。
この静けさが痛い。
やっと彼女を妻にすることが出来たのに、その身体に触れても許されるはずなのに――何より心から彼女を抱きたい、と思うのに、その一歩が踏み出せず、こんなところでもだもだやっている自分が本当に情けない。
真田が俯き、大きくため息をついたその時。

「わ、私も……私も、おんなじ……だよ」

彼女の小さく震えた声が、耳に届いた。
真田はハッと顔を上げて、そちらの方に視線を向ける。
目に飛び込んできた彼女は、頬を紅色に染め、じっと真田を見つめていた。
そして、ややあってから、今にもかすれそうな小さな音で――でもどこか熱のこもった声で、再度必死に言葉を紡ぎ始めた。

「私も、あの、今……付き合いたての頃みたいに、すごくドキドキしてる……。だから……弦一郎と、いっしょだよ……」

そこまで言って、いったん彼女の言葉は途切れる。
しかし、大きく息を吐いて「それにね」と彼女は続けた。

「あの、きっと、今思ってることも、……いま、し……したい……ことも……弦一郎といっしょ……だと、おもう……」

そう言うと、彼女はそのまま顔をぐっと伏せてしまった。柔らかい髪の隙間から見える小さな耳は真っ赤に染まっている。
したいことも、いっしょ――その言葉が頭の中で何度も反響し、やがて、彼女の言わんとする言葉の意味を理解する。
その瞬間、真田は脳が破裂しそうなほどの衝撃を感じた。
彼女も、このまま身体を重ねてもいいと思っている、のだと。
きっと、ものすごく勇気を出して言ってくれたのだろうと思うと、への愛おしさが止まらなくなった。
今すぐ、この小さな愛しい彼女に触れたい。

……」

彼女の名を呼んで、真田は恥ずかしそうに俯いたままの彼女の頬に、そうっと手を延ばす。
真田の無骨な手が頬に触れた瞬間、彼女の肩がびくんと跳ねた。
ほんの少しためらいがちに、その視線がゆっくりと上がる。そして、二人の目が合った。
その瞬間、彼女の桜色の頬がどんどん濃い紅色に変化していく。
同時に、真田の胸もどんどん鼓動が増していった。

――駄目だ。止まらない。

衝動的に、真田はその唇を自分のそれで塞いだ。
そっと重ねるだけのキス。
しかし、今までしたどんなキスよりも熱い気がして、頭がぼうっとした。
唇を重ねたまま、頬に触れていたその手を彼女の肩に落とす。
そしてそのまま、まるで壊れ物でも扱うように、そっと腕の中に彼女を収めた。
彼女の体温があたたかく、密着した身体からは心音が伝わってくる。
やはり彼女も極限まで緊張しているのだろう、確かにものすごい勢いで胸が早鐘を打っている。彼女の言葉通りだ。
ならばきっと、したいことも一緒だと言ってくれたその言葉も――彼女の心からの本心に違いないと思った。

真田は一旦ゆっくりと唇を離し、彼女の顔を見つめた。
既に理性の糸はほつれ始めている。
しかし、それでもなんとか断ち切れないように精神を保ちながら、真田は彼女に問いかけた。

「……本当に、いいんだな?」

確認するように尋ねた真田のその言葉に、の頬が更にかあっと赤くなる。
ぐっと目をつぶり、彼女はこくりと首を縦に振った。
その瞬間、真田の頭の中で、糸が焼き切れたような音がした。

――!」

名前を呼んで、真田は彼女の身体をぎゅうっと抱きしめた。

――しかし。

「あ、でも、あの、ちょっと待って!! ごめん、シャ、シャワーだけ浴びさせて!!」

慌てた彼女の口から発せられたその言葉に、真田は完全に崩れ落ちたのだった。

◇◇◇◇◇

閉じられたシャワールームの扉の向こうから、水音が聞こえてくる。
それをなんだか落ち着かない気持ちで聞き流しながら、真田はソファに一人座っていた。
あの扉の向こうに、一糸まとわぬ彼女がいるのだと思うと、それだけでもう何かが爆発しそうになる。
しかしそんな自分がなんだかとても情けなくて、真田は大きな息を吐いた。
落ち着け、と何度も心の中で繰り返しながら、窓の外に広がる美しい夜景に視線をやって気を紛らわせようとする。
しかし、今更夜景如きでは気などまぎれそうにもなかった。

シャワーを浴びるか、と促すのは自分の役目であったのではないか。
彼女は初めての経験なのだから――いや、自分も初めてだが――とにかく、男である自分が余裕を見せなければならなかったのではないか。

(とにかく、ここからは俺が余裕をもたねば……)

そんなことをぐるぐる考えて悶々としていると、ふいに水音が止まった。真田の心臓がどくんと鳴って、ついその扉の方を見る。
しかしすぐにその扉が開くことはなく、その数分が異様に長く感じる。
そしてややあって――ゆっくりと開いた扉の向こうから、ホテルのやわらかそうなバスローブに身を包み、髪にバスタオルを当てた彼女が姿を現した。

「……お先、です」

小さな声で少し恥ずかしそうに彼女が言う。
濡れた髪をバスタオルで包んで水分を取っている彼女の身体からは、ほんのりと湯気が立ち昇っている。
ゆったりとしたバスローブがまた妙に艶めかしくて、身体の奥が熱くなった。

「あの……私、髪乾かしてるから……弦一郎もシャワー浴びたら……?」
「あ、ああ。そうしよう」

ぎこちなく言い合って、真田は逃げるようにバスルームに飛び込んだ。
そして、結局全然余裕など持てない自分に心底情けなくなりながらも、そんな自分を洗い流すように、シャワーを浴び始める。
気持ちばかりが急いてしまうが、焦っても仕方がないと言い聞かせた。
彼女に不快な思いをさせないようにと、念入りに石鹸で身体を洗い、洗髪も済ませる。そして、シャワーを止め、しっかりと身体を拭いて、真田はと同じバスローブに身を包んだ。
これも彼女とお揃いなのだと思うと、なんだかそれだけで照れ臭くなる。
そんな青臭い感情を深呼吸して抑え、真田は意を決してバスルームを出た。

「……待たせたな」
「えっ弦一郎もう上がったの!?」

ソファに座って髪を乾かしていたらしいは、ドライヤーを片手に目を見開いた。

「全然待ってないよ……ていうか早くない?」

そう言って、彼女はその丸い目をぱちぱちと瞬かせる。
その表情が可愛らしくて、真田はいい意味で緊張感が薄れた。
思わずふっと笑みをこぼして、ゆっくりと彼女に歩み寄る。

「そうか? 結構しっかり浴びたつもりだが」
「そんなことないよ、めちゃくちゃ早いよ……。私まだ髪乾ききってないもん」

焦ったのか、彼女はそう言いながら自分の髪を梳いている手を必死で動かし始めた。

「弦一郎はいつもこれくらい早いの?」
「シャワーだけならな。湯船に浸かる時はさすがにもう少しゆっくりするが」
「へぇ、そうなんだ」

そう言いながらも必死に髪を乾かし続けるを横目に、真田はテーブルの上に置いていたミネラルウォーターのペットボトルを取り上げた。
それを口に運びつつその隣に腰掛けると、ドライヤーで髪を乾かす彼女をそっと見つめた。
彼女は、ドライヤーの温風でなびく髪を、その小さな手で一生懸命梳いている。
そんな様子が可愛くて新鮮で、やはりドキドキしてしまう。
この十年間、ほぼひたすら清廉潔白な付き合いを貫いてきた二人は、こんな夜の遅い、プライベートな時間まで一緒に過ごすことは無かった。
だから、今まではこんな身だしなみを整えるような姿はほとんど見ることが出来なかったが、これからは傍で見ていても許されるのだ。
朝起きてから夜寝るまで、彼女の日常をずっと見ていられる――そう思うだけで、本当に幸せだ。

「ごめんね、もう終わるからね」
「いや、急がなくていいぞ」
「でも、弦一郎も使うでしょ?」
「いや、俺はドライヤーは使わん」
「えっそうなの? もしかして、男の人ってドライヤー使わないの!?」

驚いたのか、の手が止まった。

「それは人によるだろうがな。俺の場合は軽く拭いて放っておけばすぐ乾くから、必要ないな」
「へぇ〜そうなんだ……」
「それにそもそも、自分でドライヤーを使ったことがほとんどないから、使い方もよくわからん」
「え、そうなの? じゃあ、私が乾かしてあげようか!」

何気ない真田の言葉に、の声が嬉しそうに跳ねた。その提案に、真田は目を見開き動きを止める。
そんな真田の返事を待たず、は立ち上がってその正面に回ると、使っていたドライヤーを彼の髪に向けた。
その瞬間、真田は驚いてドライヤーの温風から遠ざかるように体を引く。

「こ、こら、
「いいじゃない。やらせてよ。……私、弦一郎の髪にさわりたいんだもん。ね?」

は、そう言って真田の顔を覗き込む。その角度でバスローブの胸元が少し見えかけて、真田は慌てて顔を背けたが、彼女の可愛いお願いに逆らうことはできなかった。

「……好きにしろ」
「やったあ! ありがと、弦一郎!」

そんな彼女の弾けるような声に心を揺さぶられつつ、ドキドキする胸を必死で取り繕って、真田は顔を上げる。
は、ドライヤーのコードが絡まらないように気を付けながら真田の背後に回った。

「へへ、こういうの、ちょっと憧れてたんだよね」

背後から彼女の嬉しそうな声が聞こえてくる。
真田は、少し後ろにもたれ気味になって、そんな彼女に頭を預けた。
なびいてきた温風と共に、彼女の小さな手が自分の髪をかき分け始める。
その細い指先が触れる度に、そこが熱を持ち痺れたような感覚がして、なんだか痛いくらいドクドクと心臓が高鳴ってしまう。

「お客さん、痒いところはないですか〜」
「それは髪を洗う時のセリフではないのか?」
「もう、細かいことはいいの!」

真田の緊張など知りもしないように、彼女はくすくすと無邪気に笑う。
それを恨めしく思う気持ちと、微笑ましく思う気持ちが混ざり合って、真田もまた、仕方なさそうに笑った。
やがて、彼女はドライヤーを止めて、「こんなもんかなあ」と乱れた髪を手櫛で整えてくれた。どうやら終わったらしい。
コードを抜き、ドライヤーを元にあったところに丁寧に戻すと、はソファに座っていた真田の隣にゆっくりと腰を下ろした。
そして。

「……ねぇ。なんだか、思い出しちゃった」

改まったような声で、が口を開いた。

「何をだ?」
「大学の時さ……デートで外出して、大雨に降られて、二人してずぶ濡れになっちゃったことあったの憶えてる?」
「ああ、あったな」

彼女の言葉に、真田もまた思い出す。
学生時代、デートの途中で雨に濡れて、ずぶ濡れになりながら必死で自分のアパートまで走って帰ったことがあった。
あのときもそういえば、ドライヤーは使わなかったものの、彼女にタオルで髪を拭いてもらった記憶がある。

「あれは大変だったな」
「ねー。二人とも、全身びっちゃびちゃに濡れちゃってね」

思い出しながら、くすくすと彼女が笑う。

「そうだったな。それで、俺の当時のアパートに飛び込んで――」

そこまで言って、真田はハッと言葉を止める。あの時、それから自分たちがどうしたのかを思い出したのだ。
彼女をベッドに押し倒して、そして――彼女の身体に、初めて触れた。

(……しかし、あの時は途中で――)

そう、止めたのだ。まだ二人とも学生で、何より避妊具すら持ち合わせていなかった。
そんな状況で、欲望に流されたくなかった。愛する彼女を守りたかった。
だから、必死で理性を繋ぎとめた。
だが――今日は。
 
ゆっくりと、隣に座っている彼女の顔を見つめた。
いつの間にか、彼女の顔が真っ赤に染まっている。きっと、同じことを思い出したのだろう。
その表情を見ているだけで、自分の身体に潜む何かが熱くなっていくのを感じる。

「……あの時、俺は必死で止めた。まだ早いと思ったからだ」

そう言って、真田はそっと彼女の手を握った。
そして。

「でも、今日は……始めてしまったら俺は俺の意思で止めてやれる気がしない。だから――もし途中でお前が無理だと感じたら、俺を突き飛ばしてでも止めてくれ」

彼女の目をじっと見つめて、真田はゆっくりと告げる。すると彼女は、自分から真田の胸に飛び込んできた。

「……いい。今日は、止まらなくて、いい……」

やっと聞き取れるほどの小さな声で言うと、恥ずかしそうにその顔を真田の胸に埋めると、

「お願い。今日こそは、最後まで、やって……」

そう、震えるように呟いた。
恥ずかしいのだろう、顔は上げられないらしい。
その身体を、真田はぐっと抱きしめた。
このまま何も考えずここで押し倒してしまいたくなったが、最後に残った理性を振り絞って、そのまま彼女を両腕で抱き上げる。

「ひゃっ!? げ、弦一郎……!?」

唐突にお姫様抱っこをされ、は顔を真っ赤に染めたまま、状況が呑み込めないように目を白黒させる。

「いや、ここより、あちらの方が……いい、だろう」

そう言って、真田は顎でくいっとベッドルームの方を指す。
そんな真田をじっと見つめ、ややあってからは無言でこくりと頷き、その両手を真田の首筋に回した。
恥ずかしそうに両腕を絡めてくる彼女を愛おしそうに見つめて、真田はその額に小さなキスを落とすと、そのまま隣のベッドルームに彼女の身体を運んだ。

◇◇◇◇◇

ベッドルームには、二つの大きなベッドが並んでいた。
美しくベッドメイキングされて整えられた寝室は、なんだか少し照れ臭い。
そのうちの一つにゆっくりと彼女の身体を下ろすと、そのまま真田はベッドの淵に腰掛ける。
夜景がよく見えるようにだろうか、ほぼ壁一面の大きな窓がついているので部屋の中は明かりがなくともある程度視認できるが、なんともなしに真田はルームランプに手を伸ばす。
すると、背後から小さな声が聞こえた。

「あの、ごめん、明かりは点けないで……」
「ん?」
「……明るいと、恥ずかしい……から……ごめん……」

そう言って、彼女は丁寧に整えられたベッドの掛け布団をはがし、恥ずかしそうにその中に逃げる。
そしてそのまま布団を頭からかぶって、その表情を隠してしまった。

「別にそれは構わないが……俺は夜目が効くから、あまり変わらんぞ?」

わざと意地悪く笑って真田は言う。
そして彼女が隠れた布団をめくり、そのままベッドの上に上がると、縮こまった彼女の顔を覗き込んでわざとらしくニヤリと笑った。

「明かりがなくとも、お前の可愛らしい顔は、とてもよく見えている。……ほら」

真田のわざとらしい言葉に、の顔が真っ赤に染まる。ぷうっと頬を膨らませて寝返りを打ち、彼女は顔を背けた。

「も、もう! すぐからかうんだから!」
「からかってなどいないさ。お前は可愛い。心からの本心だ」

笑みを零しながら、真田は言う。その言葉に、はゆっくりと振り返る。
そしてそのまま彼女は真田の顔を見上げ、その顔をじっと見つめてから、ややあって少し恥ずかしそうに言葉を紡いだ。

「……弦一郎も、カッコイイよ。……世界で一番素敵な、私の最高の旦那さまだよ」

そのままは体を起こし、自分から真田の身体に両腕を回し、ぎゅうっと抱き着いてきた。
そして。

「……愛してるよ」

やっと聞こえるくらいの小さな小さな声で、そう、囁いた。
その瞬間、真田の中にあった最後の理性の糸は、ぷつりと切れた。

……俺も、お前を――お前だけを、心から愛している。絶対に、幸せにする……」

彼女の耳元でそう囁くと、胸の中にいる小さな愛しい彼女を力強く抱きしめ返す。

そして。
二人は慣れないながらも、愛のままに初めて身体を重ねた。


◇◇◇◇◇


ゆっくりと、真田は瞼を開いた。
目に飛び込んできたのは、見慣れない天井。そして横に誰かの気配を感じて首を動かすと、愛しい彼女の寝顔が目に入った。

(ああ、そうか。昨晩はあのまま……)

全てが済んで、二人は抱きしめあったまま、一つのベッドで眠りについた。
今は何時だろうかと、ベッドサイドにあるデジタル時計を見ると、まだ早朝の六時だった。
真田自身がいつも起床している時間よりは遅いが、それでも一般的な時間としては早朝だ。
それに彼女はだいぶ疲れているだろうし、まだ起こさないようにしなければ。
とはいえ、この距離だと自分が動けば彼女も起きそうだし、それに昨日の今日だ。
今日くらいは、自分自身も起きる時間にこだわらなくてもいいだろう。

真田は、自分もベッドの中で動かないままでいることにして、隣で眠る彼女をじっと見つめた。
すうすうと寝息をたてている彼女を見つめていると、昨日の熱い――二人の初めての夜が蘇ってくる。
正直なところ、自分はとても満足したけれど、彼女はどうだったのだろう。
とはいえ、快感を感じていたようには見えたから、失敗した、ということはないと信じたいけれど。
そんなことを考えながら、つい、可愛らしい彼女が初めて見せたあの淫靡で艶やかな姿を思い出し、身体の奥がまた熱くなった。

(い、いかんいかん)

身体の一部がまた元気になりそうな気配がして、慌てて気を紛らわせるように息を吐く。
すると、彼女の身体が動いた。

「ん……」

小さな声を上げて、彼女の片目が動く。

「あれ……げんいちろ……?」
「すまない、起こしたか? まだ早い時間だ、もう少し寝てていいぞ」

まるで小さな赤子をあやすようにその頭を撫でながら、真田は優しく声を掛ける。
彼女はとろんとした目を擦り瞬きをしたが、まだ起ききってはいないらしく、まどろみの中にいるようだ。
そんな彼女が可愛くて、その頭を再度ぽんぽんと撫でた。すると、彼女はふふっと微笑い、囁くように言葉を紡いだ。

「……これ、ゆめ……? 起きたら弦一郎が隣にいてくれてるなんて……」
「夢ではない。これからはずっと、そうだ」
「え、あ……そか、私たち、昨日……結婚……」

そう口にして、彼女の頬が薔薇色に染まる。
いろいろなことを思い出したのだろう。

「ああ、そうだ。俺たちは夫婦になった。今日も、明日も、その先もずっと一緒だ。……だから今はまだ、眠るといい。次目が覚めたときも、俺はお前の傍にいるから」

彼女の眠気を妨げないように優しい声で囁き、真田は微笑みかける。

「……いいの? 弦一郎も、まだ寝る?」
「ああ、チェックアウトは午後にしてあるし、俺もまだもう少し寝ようと思う」
「ん、じゃあ、もうちょっとだけ……」

そう言ってまた、とろんとした瞳は閉じられた。
やがて、聞こえてきたのは寝息。どうやらもう寝てしまったらしい。
まるであどけない子どものようだと思いながらも、あまりにも可愛らしくて頬が緩む。
こんな姿をこれから毎日見られるのか。
昨晩のような艶やかな姿も、こんな風に可愛らしくまどろむ顔も、これからはいつでも見ることができる。
今までのように、夜遅くなったからといって断腸の思いで別れることもしなくていい。
朝も、昼も、夜も、ずっとずっと一緒にいられる。
幸せ過ぎて胸が張り裂けそうだ。

「愛してる、

真田は、思わずそう呟いた。
すると、夢の中ででも真田の声が聞こえたのか、彼女が「わたしも……」と小さな声で返事をした。
そんな彼女に軽く口付けて、真田もまた、幸せなまどろみを感じながら、もう一度目を瞑った。

真田君お誕生日おめでとうin2025。
19年目にして、やっと初夜です。初めて二人で過ごす夜、幸せな雰囲気は伝わるでしょうか。
冒頭にある学生時代にホテルマンの職業体験をしたっていうのは24年の新横〇プリンスホテルコラボのアレです。
このお話も構想は固まっていて書きたいんですが、まだ手を付けられていません……。いつか書きたい。

ちなみに、こちらのベッドシーンも含めたR-18版を2025/06/15に発行予定のオフ同人誌「触れずの愛」に収録します。
日記で随時お知らせしていきますので、もしご興味のあるかたは、是非よろしくお願いいたします。