昼練もない、のどかな昼休み。
弁当を食ったはいいが、まだ少し小腹が空いていたので、購買に立ち寄ってパンを買った。
「アイツ」に捕まったのは、その直後のことだった。

ジャッカルの受難

「あ、桑原先輩!」

いつもより少しばかり焦った声で俺の名を呼びながら、アイツ――ウチのマネージャーの、が駆け寄ってきた。

「おー。どうした?」

軽く片手を上げて、声を掛けてくれた彼女に挨拶を返す。

「なんだ、部活のことか? まさか今日休みにでもなったのか?」

そんなことがあるわけないと判っていながらも、俺が冗談めかして言うと、彼女は首を横に振る。

「違います、練習はいつも通りです」
「だろーな。で、どうした。何か用なのか?」

俺がそう問い返すと、彼女は俺を見上げて、どこか必死そうな表情で口を開いた。

「実はですね、桑原先輩に折り入って頼みたいことが……」
「頼みてえこと? 何だ一体」

から頼みごとをされるなんて、滅多にあることじゃねえ。
珍しいなと思いながら、俺はその内容を尋ねる。
しかし、彼女はそこで恥ずかしそうに口篭もった。

「なんだ、言いにくいようなことなのか?」

俺がそう聞くと、彼女は顔を赤くして、完全にフリーズしてしまった。
――その瞬間、俺の直感がぴんと働く。

(こりゃあ、真田のことだな……)

は、ウチの鬼の鉄拳副部長――もとい、真田と付き合っている。
確かに、ちょっと仲は良かったかもしれねぇが、真田とがそんなことになろうとは予想もしていなかった。
彼女が真田と付き合うことになったと赤也から聞いたときは、そんなすぐばれる嘘を言うなと笑い飛ばしたもんだ。
それが偶然真田の耳に入り、真っ赤な顔の真田に鬼の形相で睨まれたのも、記憶に新しい。

「……仕方ねぇな、部室にでも行くか?」
「部室は、ちょっと……。あの、屋上でもいいですか?」
「いいぜ、付き合ってやるよ」

まあ、彼女には普段部で世話になってるし。
俺に出来ることなら頼まれてやってもいいかと軽い気持ちで頷いて、買ったパンを持って彼女と屋上に移動した。

屋上について、パンの袋を開けながら、もう一度彼女に一体何なのかと尋ねる。
すると彼女は、きょろきょろと周りを気にした後、おもむろに口を開いた。

「あの、写真……なんですけど」
「写真?」

彼女の言っている意味が判らなくて、俺は質問を重ねながら、パンを頬張る。

「今、校外学習の写真、飾ってありますよね。あの、3年生の廊下に……」

ああ、思い出した。
確かに先週くらいから、先月行った校外学習の写真が3年の教室の前の廊下の壁一面に飾られている。
勿論、思い出として飾っているというのもあるが、主な目的はどちらかといえば生徒に販売する為の見本展示だ。
1枚1枚に番号が割り振ってあるので、各自に配られた封筒の表面に自分が欲しい写真の番号を書き、それに金を入れて提出すると、後日写真がもらえるという仕組みになっている。
確か――期限は今日の放課後までだっただろうか。

「ああ、あれな。あれがどうした?」

パンを食べながら、俺が更に尋ねると、彼女の頬が少し赤く染まった。
そして、どこか照れたように俺から視線を逸らし、口を開く。

「あの、あれ、その学年じゃないと買えないじゃないですか? だから……」

……ははーん、なるほどな。
なんとなく、読めたぜ。

「つまり、アレか? 真田の写真を俺に買って欲しいわけか?」

残ったパンを全て飲み込んで、俺がそう言ったその途端。
彼女の顔が、あっという間に真っ赤に染まった。

「……はい。つまりは、そーいうことなんですけど……」

消え入りそうなくらい小さな声でそう言って、彼女は俯く。

「期限、今日までですよね? すっごく迷ってたんですけど、やっぱり、どうしても欲しくて……あの、駄目ですか?」
「……いや、駄目たぁ言わねぇけどよ……そんなもん、真田本人に頼めばいいじゃねーか。付き合ってんだしよ」

俺の言葉に、彼女の頬が更に染まる。
そして、どこか情けなそうに、眉をひそめて彼女は言った。

「あの、最初は、そうしようと思ったんですけど……結局、言えなくて……」

恥ずかしくて、できなかったってわけか……。
つか赤の他人の俺に頼む方が恥ずかしい気がしなくもないが、彼女の中では本人に頼む方がどうやら恥ずかしさは上らしい。
一体どういう基準なのか、よくは分からねぇが。

「桑原先輩しか、頼める人がいないんです。お願いします!」

そう言って、彼女は両手を合わせて、俺を拝むように頭を下げた。

「俺しかいねえってこたねぇだろ?幸村とかよ……」
「……幸村先輩や、柳先輩に頼めると思います?」

眉根を寄せ、口を尖らせて、彼女が即座に反論する。

確かに、自分で言っといてなんだが、幸村や柳にゃ頼めるわけねぇか。
最近のあいつらは、真田とをからかうのが趣味って感じだもんな。
がこっそり真田の写真を手に入れようとしてるなんてウマいネタ、あいつらが知ったらどうなるか――

……ああ、ほんの少し想像しただけでも、真田とに同情しちまうぜ。

「論外だな」
「でしょう?」

そう言って、は苦笑する。

「丸井先輩も、仁王先輩も、多分同じでしょうし……」

ブン太や仁王も、この2人のことからかうの好きだもんなー。

「じゃあ、柳生はどうだ?」
「柳生先輩は私も考えたんですけど、いろんな意味で仁王先輩にバレそうで怖いのでやめました」
「はは、いつ入れ代わってるか判ったもんじゃねーか……で、最後に残ったのが俺ってわけか」

俺の台詞に、はこくりと頷いた。

「判ったよ、他の奴らに内緒で注文して、こっそり渡しゃいいだけだろ? いいよ、やってやるよ」

そう言った途端、彼女の顔が嬉しそうに輝いた。

「本当ですか!? 桑原先輩、ありがとうございますっ!!」

そう言うと、彼女は手を合わせて歓喜した。

「番号は判ってんだろうな?」
「はい、あの、37番と171番なんですけど」
「オッケー、1枚ずつでいいのか?」
「はい! 先輩、本当にありがとうございます!! もうほんと、先輩大好きです!!」

嬉しさで顔中きらきら輝かせながら、そんな大胆なことをいう彼女を、俺はにやっと笑いながら見つめて言った。

「へーへー、真田の次に、な」
「え、や、やだ桑原先輩ってば」

俺の言葉に、の顔が赤く染まる。
こうやって真っ赤な顔で、やや俯きながら照れたり、真田のことになると些細なことでも全身で喜んだりする姿は、確かに可愛らしいと思わなくもない。
あの真田が落ちる気持ちも判る気がする――いや、勿論俺は今更コイツに対して恋愛感情なんか湧かねぇけどもよ。

「も、もう。他の先輩達みたいなこと言わないで下さいね。桑原先輩だけが最後の砦なんですから」

まだ少し赤い顔でそう言いながら、彼女は自分のポケットからサイフを取り出した。

「これ写真代です。確か1枚20円ですよね?」

彼女が差し出した硬貨を受け取って、確認する。
そこには、100円玉が2枚乗っていた。

「余った分は、口止め料です。先輩がさっき食べてたパン代くらいにはなるでしょう?」

そう言って笑う彼女に、「了解、サンキュ」と手を上げる。
そして、俺とは屋上を後にした。





階段の踊り場でと別れて、教室に戻る。
封筒を取り出し、おもむろに「37」と「171」を既に書いてあった俺自身の申し込み番号の後ろに継ぎ足した。
これで良し、と。

これで用事は済んだが、まだ次の時間までには時間があるようだった。
ふいに、俺はがどんな写真欲しがったのか、興味が湧いた。

――ちょっと見てきてやろうか。

ちょっとした思い付き。ただの興味本位。
その程度のことだったが、暇つぶしも兼ねて、俺は件の写真を確認しにいくことにした。
ついでに、何かあったら俺自身の写真も追加してもいいしな。

人の多い廊下に出て、俺は写真を見上げる。
171番――あ、あの上から2番目のやつだな。
で、37番の方は、あっちの端の方か。
どれどれ……あー、確かにどっちも真田が写ってやがる。
の奴、よく見つけたもんだ……

そんなことを思いながらも、目的を果たせたことに満足して、他の写真も端からもう一度見てみるかと思った――その時だった。

「やあ、ジャッカル。写真でも買うのかい?」

背後からどこかで聴いたような声がした。
振り向くと、幸村を筆頭に、真田と柳の3人が揃ってそこにいた。

……これ……ちょっとやべえんじゃねえ?
とりあえず、封筒は隠した方がいいよな。

「よ、よお。どうしたんだよ、お前ら揃って」

怪しまれないように必死で取り繕いながら、俺は幸村たちに笑顔を見せる。
そんな、どうでもいい俺の問いに真田が応えた。

「今度の練習試合のことで、部室で少し相談をしていた。もうすぐだろう?」
「ああ、そ、そうだったな」

極力、いつも通りに振舞いながら、俺は頭に手をやって笑う。
つーか部室にいたのかよ……だからさっきは部室は駄目だって言ったわけか。

「写真、いいのあった? 俺、まだちゃんと見てなくてさ。確か今日が最後なんだっけ?」

そう言って、幸村は俺の側で写真を見上げ始める。
それにつられるように、柳と真田も写真の一覧を見始めた。

「あ。俺の写真1枚見つけた。どうしようかな」
「精市、あっちにもあるぞ」

写真を指さしながら、幸村と柳が話をしている。
一旦、こいつらの側を離れた方がいいよな……やっぱ。
こいつら、めちゃくちゃ鋭いしな。

俺がそんなことを思っていた、その時。
幸村が、「あ」と声を上げた。

「あれ、真田じゃない? ほら、えっと……171番!」
「うむ、弦一郎の写真があるな」

……げ。
そのものずばりの番号に、俺は、思わずびくっと肩を震わせた。

「ん? どうしたんだ、ジャッカル」

そう言って、柳が目ざとく俺のほうを見る。
……やべぇ。

「い、いや、なんでもねえよ!」

そう言って、俺は笑みを浮かべる。
しかしその時にはもう、柳だけでなく、幸村や真田まで、不思議そうに俺を見ていた。
やべーな……こいつら、マジで鋭いからな。

今話してると、絶対にボロが出るような気がした。
真田本人ならまだしも、幸村や柳にバレるようなことがあったら、がしばらくおもちゃになるのは目に見えている。
流石に、それは可哀相だ。

「じゃ、俺は行くぜ!」

そう言って、俺は踵を返す。
そして、そのまま自分のクラスに戻ろうとした――そのときだった。

「……ちょっと、ストップ」

――背後で、幸村の声が聞こえた。
無意識にびくっと肩を震わせ、俺は振り返る。

「な、なんだよ幸村」

笑顔。笑顔。
とにかく怪しまれないように、笑顔だ。
そう心の中で俺は俺に言い聞かせる。

「ジャッカル……何か隠してるね?」

……す、鋭いな……やっぱ幸村、ダテにウチの部長やってねえぜ……。

「何言ってんだよ、何にも隠しちゃいねえって!!」

ははっと笑って、俺は言葉を重ねる。
しかし、今度は幸村ではなく、柳が口を開いた。

「いや、隠してるな」

さすが柳もウチの参謀だぜ……。
冷や汗を掻きながら、俺が心の中で呟いていると。

「ジャッカル、なんだ、隠し事があるのか?」

――そう言ったのは、真田。
てか、おい、真田!!誰の為に苦労してると思ってんだよ!!
お前は黙ってろ!!
心の中ではそう叫びながらも、勿論口に出せるわけはない。

「ジャッカル……俺達に隠し事できると思ってるのかい?」
「マジで何にも隠してねえって! 俺がお前らに隠すようなこと、あると思うか?」

もう勘弁してくれ――心の中で必死に唱えながら、俺はただ、ひたすら笑ってごまかすしかなかった。

「写真、だな」
「写真、だね」

柳と幸村の声が綺麗にハモる。
俺は思わず、視線を上のほうに逸らしてしまった。
その瞬間、幸村がくすりと笑った。

「あ、判った。好きな子の写真でも買うんだ」

――はぁ!?

「ばっ……馬鹿言うなって!! そんなんじゃねーよ!!」
「照れなくていいのになあ。内緒にしててあげるから、こっそり教えてよ、ジャッカル」

違うってのに!!
こいつ、人の話聞いてねえ!!

「違うって!!」
「隠さなくていいのに。応援するからさ、こそっと教えてよ」

あー……いつものや真田の気持ちが、なんか判った気がする。
応援するっていうこいつの言葉は嘘じゃないんだろうけど、それ以上に楽しんでるような気がするんだよな……って、そもそも俺は好きなヤツとかいねーっての!

「本当に違うんだって。頼むから信じてくれよ」

手を合わせて、俺は懇願した。

「じゃあ、一体何を隠してるの?」
「そ、それは……」

思わず目線を逸らして、呟く。
すると、今度は逆の方から声がした。

「『それは』、ということは、やはり何か隠してるのだな」
「ふむ、そのようだな。全く……隠し事の一つや二つあっても仕方ないが、コソコソと嘘をつくのはいただけんな」

それは、柳と真田の声。
……つーか、柳はともかく真田は本気で黙れと思う。
誰の彼女のためにこんなに苦労してると思ってんだよ……。

冷や汗が俺の背中を伝う。

「隠し事なんてしてねぇって……」
「じゃあ、その手にしてる封筒、見せてくれない?」

まずい。これを見せたらぜってぇバレる!
幸村の言葉に、思わず俺はぱっと後ろ手に封筒を隠した。
それがまた、いけなかった。
幸村たちには、完全に何か隠していることがばれてしまったようだ。
もう、どうすんだよ……おい……。

とうとう、俺が何も言えなくなった、その時。

「あ、さん!! おーい!」

ふいに、幸村がそんな声を上げた。
はっと顔を上げると、先ほど下りてきた階段を、再度昇ってきたらしいの姿が見えた。
教科書やノートを数点抱えている所を見ると、どうやら移動教室のようだ。

「あ、先輩たち、こんにちは」

そう言って、が手を振って近づいてくる。
……ていうか、ここにが現れるのは、事態を余計ややこしくするんじゃねぇのか?
来んな、馬鹿、行け、と心の中で念を送ってみるものの、俺はエスパーじゃねぇから全く届きゃしねえ。
ふと隣を見ると、無言で口をつぐんではいるものの、会えたのが嬉しいのか、少し頬が緩んだ真田がいたりして、なんだか殴ってやりたい衝動にかられる。

そして、あっという間に彼女は俺たちの側までやってきてしまった。

「移動教室かい?」
「そういえば、お前のクラスは次の時間は科学だったな。実験か?」

幸村と柳が立て続けに質問すると、が笑顔で答えた。

「さすが柳先輩、ウチのクラスの時間割まで記憶してらっしゃるんですね。その通りです」
「そうか、じゃあ、急いだ方がいいよな!」

さっさと行け。お前のためだ、この場から去れ。
そんな思いで言った言葉は、彼女本人によって打ち砕かれた。

「いえ、だいぶ余裕持って教室出てるので、大丈夫です。科学の先生、チャイム鳴り終わってからしか来ませんし」

こっちが大丈夫じゃねーんだよ!
心の中で思いっきりツッコミを入れていると、背後にいた真田が口を開いた。

「そうか。しかしまあ、あまりギリギリというのも良くないだろう。5分ほど前には、行った方がいいだろうな」
「はい、そうですね。そうします」

真田とは、そんな一見他愛のない会話を交わしながらも、それだけで幸せそうにほんのりと頬を染めて微笑み合う。
普段なら微笑ましく感じるところだが、今日ばかりは呆れ笑いしか出てこなかった。
ったく、何で俺はこのバカップルのためにこんなに苦労してんだろーか。
なんて思っていると、そんなバカップル二人に幸村たちが口を挟んだ。

「二人とも、なんだか嬉しそうだね。俺たちはお邪魔かな?」
「そうだな、せっかくの逢瀬を邪魔をするのは本意ではない」

いつも通りのわざとらしい言葉に、真田との顔が一様に赤く染まる。

「も、もう……幸村先輩!」
「た、たわけが! 誰もそんなことは言っておらんだろう!」

いやいや、真田、その顔で怒鳴っても全然迫力ねえって。
自分がをどんな顔して見てたのか、真田本気で気づかねぇのかな。気づいてねぇんだろうな。
めっちゃくちゃ優しい顔してんのによ。
幸村の入院してた頃に比べたら、なんつーか、すげぇ穏やかになったっつーか……。
うん、マジで幸せそうだよなあ。

幸村と柳が二人をからかっている、その成り行きを見守りながら、俺がそんなことを思っていた、その時。
幸村の視線が、ふいにこちらに向いた。

「いやーラブラブっていいよね! ね、ジャッカル。ジャッカルも好きな子とラブラブになれるといいね!」
「だ……だから違うって……!」

また俺の話かよ!
もう勘弁してくれ!!

「あ、そうだ。さんに女心とかアドバイス貰ったら?」
「え? 何の話ですか?」

が不思議そうに目を瞬かせると、幸村がそれに答えた。

「うん、ジャッカルが好きな子の写真を買おうとしてたからさ。いやあ、青春だよね」
「だー、違うっての!!」
「じゃあ、なんで写真の前で挙動不審になったりしてたんだよ。自分の写真買うだけなら、俺たちに見つかったからって逃げることはないだろう? 封筒だって見せてくれないしさ」
「や、そ、それは……だな……」

何も言えない。
つーかもうどうしたらいいのかわかんねぇ。

――その時。
が、小さな声で呟くように問いかけてきた。

「……写真、です、か? 桑原先輩、が?」
「うん、ジャッカルったら、じっと写真見てたくせに、俺たちが声を掛けたら逃げていこうとしたんだよ。怪しいよね」
「へ、へえ……」

どんどんの声が小さくなる。
俺がちらりとの顔を見ると、青ざめたように俺を見返して目で何かを問いかけてきた。
どうやら事の次第が把握できたようだったので、俺は幸村たちに気付かれないように目配せでその通りだと訴えると、彼女の顔が更に真っ青に染まった。

「ねえ、さん。写真見てる理由をごまかす理由って、好きな子の写真買うつもりだったくらいしか思い浮かばなくない? 何かほかに考えられる理由って、あると思う?」
「え、い、いえ、どうかなあ……ていうか、まあ、人にはそれぞれに理由があるっていうか、必ずしも好きな人とかそーゆー理由ってことは無いと思いますし、あの、もうそれくらいで……」

の雰囲気が、完全に一変した。
その不自然さは俺でも気づくぐらいで、とても小さな声で歯切れの悪い言葉を返している。
それを、幸村たちが気づかないわけが無かった。

「どうしたの? さん」
「いきなり顔色が変わったようだが」
「え!? そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか!?」

声、めっちゃ裏返ってるぞ…………。

「どうした、。気分でも悪くなったのか?」

真田まで、心配したように声を掛ける。
すると、教科書を腕に抱えたまま、両手を横に振った。

「い、いえ、別にそういうわけでは……ただ、あの、桑原先輩は別にそういう理由で見てたんじゃないんじゃないかなーって……思ったりするんです……けど……」
「なんでそう思うの?」
「な、なんとなくです、なんとなく……へ、へへ……」

わざとらしい笑みを浮かべながら、が後ずさる。
その姿はもう、自ら「私には心当たりがあります」と言ってるようなもんだった。
そして、案の定――幸村はそれを見逃さなかった。

「……さん、何か知ってるね?」
「ええええ、し、知りません何も知りません!!」

ものすごい勢いで、は首を左右に振る。
しかし、それをまるっと無視して、柳が冷静に口を開いた。

「ジャッカルの隠し事に、何らかの形でがかかわっている……か?」

そう言って、柳がニッと笑みを浮かべると同時に、真田が「なに?」と目を見開いた。

「そうなのか? どういうことなんだ、。俺には言えないことなのか?」

少し眉をしかめて、真田が嫉妬でもするようにと俺を見つめる。
は何も言えなくなり、あわあわと口を震わせた。
……もーこりゃ駄目だ。

「……、もう観念しようぜ。ゲームオーバーだ。上手くごまかせなくて悪かったな」

俺はの肩をポンとたたくと、真田たちに写真の封筒を見せた。

「つまり、こーゆーことだよ」

少しだけ間があって――幸村と柳はじっと俯くを見る。
そして、次の瞬間、「なるほど」と二人は顔を合わせて爆笑した。

「どういうことだ……?」
「え、真田、分からないの? その封筒とそこで真っ赤になって縮こまってる彼女見たら分かるでしょ」

けらけらと笑って幸村が言う。
しかし、そこまで言われても、真田は全く分からないらしい。
腕を組みながら、クエスチョンマークを浮かべて俺の封筒を凝視する真田に、今度は柳が言う。

「最後の番号ふたつををもう一度確認して見ろ、弦一郎」
「最後の番号ふたつ……37と171……か……?」

そう言って、真田は間の抜けた顔でもう一度写真の一覧を見上げた。

「……俺の写真ではないか。何故ジャッカルが俺の写真を買うんだ?」
「弦一郎、本当に分からないのか? ジャッカルは頼まれたのだろう」
「誰に」

きょとんとした顔で、真田が問い返す。
それに答えたのは、にっと笑った幸村。

「そこにいる、挙動不審のお嬢さんに……じゃないかな?」

そう言って、幸村は「ね、内緒で欲しかったんでしょ。真田の写真」と首をかしげて彼女に笑いかけた。
その瞬間、は耳までゆでタコのように赤くなる。

そして。
次の瞬間、どうやら理解したらしい真田も同じように耳まで赤くなったのを、俺は他人事のようにどこか遠くに見ていたのだった。(実際他人事なんだが)




――結局。
その後、はものすごい速さで逃げるように教室移動に向かい、残された幸村と柳はひたすら真田をからかい倒していた。
俺は「こうなったからにはもう自分で買って渡してやれ」と彼女から預かったお金を真田に押し付け、その場を後にする。
その後、真田がどうなったか俺は知らない。

幸せそうな二人を羨ましく思うこともあるけどよ。
俺はやっぱり、まだまだテニスが恋人でいいと思った、ある日の昼休みだった。

……あー疲れた。

ジャッカル視点の真田夢です。きっと仲間内で一番からかわないのはジャッカルだと思っていますので、ジャッカルはヒロインのいい相談役にもなってそうな気がするなあというわけでこんな話ができました。
しかし今ってこんなアナログな方法の写真の売り方ってあるんでしょうか……?