春になって俺が高校に上がってから、1つ年下の彼女とは高校と中学で別れることになってしまい、さすがに一緒に過ごせる時間は減った。
俺は高校のテニス部の練習があったし、彼女は中学のテニス部でマネージャーをしていたから、お互い部活に追われ、顔を合わせる時間などなかなか取れない。
中学と高校では、終わる時間も違う。
帰りの時間を合わせるのも至難の業だ。
おかげで今では毎日顔を合わせることはかなわず、2、3日に1度顔を合わせられるかどうかと言った程度で、ゆっくりデートなど出来るはずもない。
そのことを幸村や蓮二や他の皆に相変わらずからかわれ、同情もされ、その度に俺は虚勢を張って突っぱねてきたのだが、本音は勿論寂しいの一言に尽きるに決まっている。
だから、今日みたいに2人の予定が夕方丸々空くことなどとても貴重で、予定が合わせられそうだと判った時の嬉しさは半端ではなかった。
予定よりも早く練習試合が終わったこともあり、約束の時間まではまだ少しある。
しかし俺はどうしても約束の時間を待ち切れなくて、皆と別れたあと、待ち合わせ場所に行かずに彼女のいる中学のテニスコートに足を向けた。
不思議なもので、高校に上がってしまうと、去年まで毎日使っていた中学のテニスコートはもうどこか別世界のような気分になるものだ。
それを少し寂しく思いながら、俺はまだ人が残る中学の敷地内を歩く。
休日ということもあって、すれ違う生徒たちはほとんど休日練習で学校に来ている運動部の生徒ばかりだ。
その中にはテニス部の顔もあり、俺の顔に気付いた奴がどこか緊張した顔で会釈するように頭を下げる。
テニス部の生徒が帰っているということは、どうやらの方も試合は終わっているのだろう。
後輩たちに言葉をかけたり会釈を返しながらも、俺の足はどんどん早足になる。
早くに会いたいと、そればかりを考えながら。
角を曲がって、コートが見えた。
その側には数人の人の姿があり、俺はその中に会いたくてたまらなかった彼女の姿を見つけた。
立海の制服を来た女生徒や、練習試合の相手校――あの黒いジャージは不動峰だったか――の選手と思われる男子と、話をしている。
「!」
胸が高鳴るのを感じながら、我慢しきれず彼女の名を呼ぶ。
すると、彼女の顔がこちらを向き――その瞬間、彼女の顔がとても嬉しそうに破顔した。
「真田先輩!わざわざ来てくれたんですか」
そう言って、頬を紅潮させた彼女が俺の元に駆けて来る。
思わず、向かってくる彼女を両手を広げてそのまま抱きしめたくなってしまったが、人目を考えるとそんなことが出来るわけも無く、俺はぎゅっと掌を握り締めてその感情を抑え込んだ。
「ああ。高校の方の練習試合も、早く終わったんでな。……お前の方はどうだ?試合は終わったのか?」
「はい、もう終わりました。ミーティングも終わったので、今先輩にメールしようと思ってたところだったんです」
俺の元にたどり着いた彼女は、そう言って俺を見上げた。
こんなに近くで彼女の顔を見るのが数日振りだからだろうか、俺の心臓はどんどん高鳴りを増す。
それをごまかすように、彼女に向かって笑いかけた。
――その時。
ふいに視線を感じ、俺は顔を上げる。
すると、彼女が先ほどまで話していた2人が、じっとこちらを見つめているのに気がついた。
なんだか恥ずかしくなって、俺は大きく咳払いをする。
すると、もはっと顔を上げ、そちらの方を向いた。
「……え、えっとね。そういうことなので……。じゃあね、神尾君」
そう言って、は顔をほんのりと染めながら笑う。
そして彼女は、女子生徒のほうに視線を移した。
「、頑張ってね。私と切原君からの、誕生日プレゼントなんだからね。無駄にしちゃ駄目だよ!」
「……!!」
女子生徒が少し焦ったような声でを呼び止めたが、彼女はそのまま軽く手を振ると、くるりと踵を返した。
「、いいのか?」
「はい、いいんです。行きましょう、先輩!」
そう言って、彼女は嬉しそうに笑いながら、歩き始めた。
状況がつかめないが、そのまま俺は彼女に着いていく。
もしかして、俺が来てしまったことで多少なりとも彼女を焦らせてしまったのではないだろうか。
友達と話していたところを邪魔したのなら、悪いことをしてしまったな。
「……、本当に良かったのか?俺のことなら気にしないでいいぞ」
俺がそう言うと、は慌てて否定するように手を振った。
「いいえ、本当にいいんですよ。むしろ、私はお邪魔虫だから早く行かなきゃなんです」
「……お邪魔虫?どうしてお前が邪魔なんだ」
「だって、あの2人……」
意味ありげにそう呟くと、彼女は頬をほんのり染め、口元に手を当ててふふっと笑った。
その表情は、照れながらもとても嬉しそうだ。
――ああ、もしかして。
「つまり、あの2人は恋人同士、ということか?」
俺がそう言うと、彼女はまた嬉しそうに、こくんと頷いた。
「予定、ですけどね」
「なんだ、まだ違うのか」
「でも、絶対そうなりますよ。もしかしたら、今もうなってるかも……」
は、そう言いながら来た道を振り返る。
もう大分来たので、振り返ってもあの2人が見えることは無いが、は嬉しそうに背伸びをしながらあの2人が居るはずの方向を見つめ、言葉を続けた。
「一緒にいたあの女の子、私の友達なんです。でね、去年の全国大会で神尾君のこと見て気になり始めたらしくて、彼が練習試合でウチに来ると、いつも見に来てて。月に1回あるかないかくらいなんですけど、そのたびに彼のこといつも一生懸命見てるんです。可愛いでしょう?だから、どうにかしてあげたいなって思ってたんです」
嬉しそうに笑いながら、彼女は続ける。
「それでね、切原君にも協力してもらって、神尾君の気持ちをなんとなく探ってもらったんですけどね。どうやら神尾君もその子のこと気にしてたらしいんですよ。だから今日こそ、2人っきりでゆっくり話す機会を作れないかなあって思ってたんですけど、なんとか上手くいって、安心しました!」
なるほど。
話は判ったが――それにしても、他人の恋愛模様にそれほどまで入れ込んで喜ぶなんて、らしいなと思いながら、つい俺は笑みを零す。
「お前はなかなかのおせっかい焼きだな」
そう言って、俺はからかうように笑う。
すると、彼女は目を瞬かせ、慌てて言い訳するように言葉を発した。
「だ、ダメですか?あの2人が幸せになればいいなと思っただけなんですけど……よ、余計なことなのかな」
俺の言葉を額面通り受け取って、彼女はうろたえるように眉根を寄せる。
何でも素直に言葉を取ってしまう彼女に苦笑しながら、俺は彼女の頭に手をやって、そっと撫でた。
「すまない、意地悪な言い方をしたな。お前のやったことは、決して余計では無いと思うぞ。あの2人に全くその気がないのなら余計なおせっかいだろうが、2人の気持ちをきちんと確認した上での話なら、きっとあの2人はお前に感謝しているだろう」
俺がそう言うと、彼女の表情が安心したようにふっと緩む。
「そうだと、嬉しいなあ」
そう言うと、彼女はまたふふっと笑って、歩き始めた。
――それにしても。
以前の俺なら、中学生で男女交際などまだ早いと一喝していただろうなと、俺は心の中で苦笑した。
しかし、今はあの時の考え方が、凝り固まっていたものだと思える。
無論、その関係に甘えて自堕落な生活を送るようになってしまうのならまだまだ早いのだろうが、そうなることなく支え合い、様々なものを与え合える相手と巡り会えたなら、年齢など問題ではないのだ。
それを気付かせてくれたのは、今隣にいる彼女は勿論、俺の背中を押してくれたりいろいろと気を遣ってくれたりした幸村や蓮二たちなのだが――そういえば、今彼女があの2人に対してしたことは、あの時あいつらがしてくれたことと同じことなのかもしれないな。
「想い」というものは、きっと、こうやって巡り巡っていくのだろう。
そんなことを思ってなんだかあたたかい気持ちになっていると、隣にいた彼女が呟くように言った。
「あの2人、ちゃんと上手くいって、幸せになってくれたらいいなあ」
「2人が好き合っているのなら、大丈夫だろう」
俺がそう返すと、彼女は自信ありげに「それなら絶対に大丈夫です!」と言い、また嬉しそうに笑う。
「……まあ、たとえ今日上手くいかなかったとしても、幸せですよね、きっと」
「ん?」
「だって、好きな人と一緒にいられるっていうのは嬉しいことじゃないですか。両想いだったら勿論嬉しいけど、たとえ片思いだったとしても、好きな人と一緒にいられるのって最高に幸せなことだと思うんです」
そう言って、彼女は俺の顔を覗き込む。
そんな彼女に、俺は頷いて返した。
「……そうだな。好きな相手と一緒にいられるというのは、とても幸せなことだ。……本当に、実感している」
「私も、いま、すっごく実感してます」
そう言って見つめ合い、お互い照れたように笑う。
――本当に、幸せだと思った。
きっと、彼女も心からそう思ってくれているだろう。
「では、行くか。久々の幸せな時間だというのに、このまま学校にいるのでは少々勿体無いからな」
「はい!私たちも、こうやって会うの久しぶりですもんね。……実は、私最近あんまり会えなくて寂しかったです。だから、今日、すっごく楽しみにしてたんです」
「……俺もだ。考えることは同じだな」
俺の言葉に、彼女がまた頬をほんのりと染め、嬉しそうに笑う。
そして、俺達はゆっくり手を取り合った。
優しくそそぐこの日の光に負けない、とてもあたたかい彼女の掌の感触を心地良く思いつつ、俺達は歩き出す。
幸せな時間を、身体いっぱいに感じながら。
こちらのお話は、神尾夢「HappySmile」と連動しておりまして、途中で出て来たヒロインの友達の立海の女の子と神尾の様子は、「HappySmile」の方で語られています。
そちらが未読の方は、よろしければ読んでいただけると嬉しいです。