The best birthday

「付き合っている彼氏への誕生日プレゼント」って、何がいいんだろう。
ここ1ヶ月程、私はそんな問題に頭を悩ませていた。

付き合っている彼氏っていうのは、蓮二――テニス部に所属している、あの柳蓮二だ。
私達が通っているここ立海大附属高校は、テニス部が全国レベルで強い。
中学のテニス部もすごいけど、ウチは中高大一貫教育だから、テニス部のレベルもそのまま受け継がれるようなものだ。
中学の時に強豪と呼ばれた人達がそのまま持ち上がるわけで、高校でも勿論全国レベルで強いわけだ。
その中でも、とりわけ蓮二の世代はすごいらしい。
実際、今年の春に高校に入学したばかりだと言うのに、幸村君と真田君、そして蓮二の3人は、もう2年や3年の先輩達をねじ伏せて、レギュラー入りしてしまった。
そんなわけだから、幸村君も真田君も、そして蓮二も、とても有名人だったりする。

そんな彼と付き合い始めたのは、私達が中3の時――去年のクリスマス。
だから、今回の誕生日は付き合い始めてから初めての誕生日で、正直何をすればいいのか、全く判らない。
本がいいかなとか、何か美味しいもの作ってあげようかなとか、いろいろ考えてはみるんだけど、いまいちピンと来ないんだよね。
どうせなら、いつもすましている蓮二を思いっきり驚かせるようなお祝いをして、喜ばせてあげたいんだけどなあ。

何日も何日も1人で頑張って考えていたけれど、その誕生日当日がもう明日に迫り、私は1人で考えるのを諦めた。
1人で解決することに拘って、当日お祝い出来ないなんてことになったら、それこそ本末転倒だもん。
それで、誰かに参考になるような意見を聞こうと、私はいろいろな人の顔を思い浮かべ――そして、思いついたのが真田君だった。

確か、真田君もこないだ誕生日だったはずだ。
真田君の彼女のさんが、真田君のことお祝いしないはずはないし、その時の話を聞かせてもらえば、参考になるかもしれない。
そんなことを思いながら、私は休日の学校に足を運ぶことにした。

お昼のちょっと前くらいに学校に着いて、私は校内に足を踏み入れる。
休みとはいっても、テニス部などの一部の強豪と呼ばれている運動部は、休日練習があったりするので、なかなか賑やかだ。

「……えっと、そろそろ休憩時間だよね……」

着けていた腕時計で時間を確認して、私は呟いた。
いくら私にとって大切な問題でも、練習中に話し掛けて真田君に迷惑をかけるわけにはいかない。
それに、蓮二に見つかったら意味がないから、真田君が1人になったところを狙って、こそっと話し掛けなくちゃ。

休憩は確か12時半くらいからだから、それまでは校舎の影に隠れていよう。
でもせっかくだから、蓮二のテニスしてるとこ、思う存分見ていたいな。
そんなことを思いながら、私はテニスコートを覗き込む。

どこにいるのかな。
1年とはいっても、レギュラーだから、普通の1年生とは別に練習してるはず――あ、いた!
蓮二は、真田君と一緒に奥の方のコートで、先輩達らしき人を相手に試合をしているようだった。
二人一緒にコートに入ってるってことは、ダブルスかな?
実は、私は未だにテニスの詳しいことは判らなかったりする。
だから、ただかっこいいなって思いながら、見ることしかできないんだけど……。
でも、蓮二がテニスをやっている姿を見るの、好きなんだよね。
コートでラケットを握り締めている時の蓮二が、やっぱり一番蓮二らしいなって思う。
そんなことを思いながら、私はしばらく蓮二の姿をじっと見つめていた。

やがて、時間が来て、テニス部の人たちがコート中央に集まる。
どうやら、午前中の練習が終わったみたいだ。

2人が別々になったところを狙って、なんとか真田君と接触しなくちゃ。
そんなことを思いながら、私は真田君と蓮二の姿を見失わないように目で追った。

そして、そのチャンスはすぐにやって来た。
蓮二と真田君は、一緒にコートを出てきたけれど、蓮二は何故かコートから出てすぐ足を止めた。
一方真田君は、首にタオルをかけつつ、その場を1人で離れていく。
真田君が向かった先にあるのは、水飲み場だから、きっと水分でも取りに行くんだろう。
チャンスだと思い、私は別の道から水のみ場に先回りすることにした。

黒い帽子を被った彼が水飲み場に現れたのは、私が着いてすぐのことだった。
彼は、私の姿を見つけると、驚いたように目を丸くした。

?」
「こんにちは、真田君。久しぶり」

そう言って、私は彼に手を振る。
真田君とは、中3の時は同じクラスだったんだけど、高校に上がってからはクラスが別れてしまった。
だから、高校に入ってからは、真田君と話すのはいつも蓮二が一緒にいる時で、こうやって2人になるのは久々かもしれない。

「ああ、久しぶりだな。どうした、蓮二ならコートの方にいるぞ」

そう言いながら、真田君は水飲み場に近づいて、蛇口を捻る。
そして、被っていた帽子を脱ぐと濡れないように小脇に抱え、溢れ出した水に自分の口を運んだ。

そんな彼をじっと見つめながら、私は首を横に振る。

「ううん、違うの。蓮二は、今日はいいんだ」
「蓮二に用ではないのか? ならば、休日の学校に、一体何の用なんだ」

そう言って、真田君は不思議そうに顔を上げる。

「あのね、真田君に用事があってきたんだけど」
「俺に?」

予想外の言葉だったのか、真田君は目を丸くして驚きを露にした。

「珍しいな、蓮二ではなく俺に用事とは。一体何なんだ?」

真田君はそう言って、また蛇口の側に口を運ぼうとする。
そんな彼に、つつっと近寄って、私は本題を切り出した。

「ねえ、真田君、こないだ誕生日だったんだよね?さんからどんなお祝いしてもらったの?」

そう言った途端、彼は流れていた水流に、正面から思いっきり顔を突っ込んだのだった。

「大丈夫?真田君」

げほげほと咳き込む彼の側で、私はその顔を覗き込む。
その顔は、水で濡れてはいたけれど、見事なほどに真っ赤っ赤だ。
彼のことだから、いきなり彼女の話されたんで、照れちゃったんだろう。
……この人、相変わらず純情だなあ。

「相変わらずなんだね、真田君」

からかうように笑う私をきっと睨んで、彼は首からかけていたオレンジ色のタオルで、自分の顔を拭いた。

「……お前は、わざわざ休日に俺をからかいに来たのか」

そう言いながら、真田君は脇に抱えていた帽子を被りなおして、照れたその表情を隠すように帽子のつばを目深に下げる。

「違うよ、そんなに暇じゃないってば。ただ、参考にしたいだけなの。ほら、蓮二の誕生日、明日でしょ?」

そう言って、私は苦笑しながら言葉を続けた。

「お祝いしようと思って、ずっと考えてたんだけど、全然思いつかなくてさ。それで、そういえば真田君もこの間誕生日だったって蓮二が言ってたなーって思って、参考にさせてもらおうかと」
「俺に聞くより、蓮二に直接聞いたらいいだろう。それが一番手っ取り早いと思うが」

彼が言ったその言葉に、私は思わずこめかみを抑えた。
あーもう、判ってないなあ、真田君……。

「あのね、真田君。こういうのって、やっぱ当日まで内緒にして、びっくりさせたいじゃない?事前に相談なんかしたら、ぶち壊しだってば」

呆れた顔で私がそう言うと、真田君は目を瞬かせて、首を捻った。

「……そんなものか?」

真田君、本当に判ってなさそう。
ダメだ、私は聞く人を間違えたかもしんない。

さん、こんな超鈍感男と付き合ってて、苦労とかしないのかなーなんて思いながら、私は溜息をついた。

「そんなもんです。真田君の誕生日のとき、さんもそんな感じだったと思うんだけどなあ」

私がそう言うと、真田君は少し黙り込んで何かを考えた。
そして、思い当たるふしがあったのか、顔を赤く染め、呟くように言った。

「……まあ、確かに……」
「でしょ?」

きっと、さんも真田君のこと驚かせたくて、悩んで悩んで、やっとのことで決めたんだと思うけどなあ。
彼女はどうやって真田君をお祝いしたんだろう、なんて思いながら、私は先ほどの質問を繰り返した。

「で、真田君はさんから何を貰ったの? 参考にしたいから、教えて欲しいんだけど」

私の言葉に、彼はまた顔を赤くしながら、うっと詰まる。
そして、2、3度咳払いをして、被っていた自分の帽子のつばを、そっと持ち上げた。

「……これ、だ」
「これ……って、その帽子?」

私がそう尋ねると、真田君は無言でこくんと頷いた。

そういえば、高校上がってしばらくは、トレードマークの黒い帽子、被ってなかったな。
蓮二に聞いたら、後輩にあげたんだって言ってたけど。
じゃあさんは、代わりの帽子をプレゼントしたわけか。

「わー! それじゃあ真田君は、彼女からのプレゼントをちゃんと普段づかいで使ってるわけだ」

おー。
それはきっと、さん、嬉しいだろうなあ。

そんなことを思いながら、私は何故かぱちぱちと拍手をする。

「いいなあ。ラブラブだねえ、相変わらず」

私がからかうように笑いながらそう言うと、真田君は更に顔を赤く染めた。

「照れなくてもいいのに。純情なのも相変わらずだね」
「……、お前も相変わらずのようだな」

真田君は、そう言って私をきっと睨みつけた。

「そんな真っ赤な顔で睨まれても怖くないもんねー」

へへんと笑った私から、彼は目線を逸らす。
それにしても、帽子かあ……全然参考にならないな。
真田君だからこそ、だよね。帽子っていうのは。

「うーん……蓮二に帽子渡したって、しょうがないしなあ……ああ、もう全然思いつかないよ」

私は、独り言のように呟いた。
――すると。

「……お前から貰えるなら、蓮二は何でも喜ぶぞ。そう悩むことはないと思うのだがな」

真田君は、ぽつりと呟いた。

「え?」

思わず問い返すと、真田君はふうと息を吐いて、また口を開いた。

「あいつにとっては、何が貰えるかは余り関係ないと思うぞ。お前がそうやって一生懸命自分のために悩んでくれることが、一番嬉しいのではないか。お前が蓮二を好きだと思い、祝ってやりたいと思うその気持ちが、蓮二にとっては一番のプレゼントだろう」

そう言って、真田君は微笑った。
その言葉に、思わず、私の顔が熱くなる。

……真田君、自分のことは照れまくるくせに、他人のことだったらそんな恥ずかしいことさらっと言えちゃうんだね……。

恥ずかしくなり、どう返したらいいのか判んなくて、私は黙り込んだ。
すると。

「なんだ、照れているのか?お前、俺のことをあれだけからかったわりには、自分のことになったら照れるのだな」

そう言って、真田君がにっと笑う。
……なんかムカツク。
超純情少年の真田君にそれを言われるのは、ちょっと屈辱なんですけど。

「うるさいなーもう!それを真田君に言われたくない」

それに、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、それじゃ解決になってないんだってば!
結局何あげたらいいのか判らないのは、変わりないわけだし……。

「ね、お祝いとしてもらったのは帽子だけなの? 他に何もしてもらってないの?」

私がそう言うと、真田君は視線を逸らして、言葉を漏らした。

「……いや……」

歯切れの悪い言葉を吐きながら、真田君はその手で口元を覆う。

お、これはまだ何かあるな?

「え、なになに?何してもらったの?」
「……朝に、ちょっとな……」

「朝?」

朝がどうしたんだろう、と私がつい問い返したその時。

「――が、当日の朝イチに、弦一郎の家に迎えに行ったんだ」

そんな声が聞こえて、私と真田君は一斉に振り向いた。
するとそこにいたのは――蓮二だった。

「――蓮二」
「蓮二!」

思わず彼の名前を呼んだ私の声と、真田君の声が重なった。
ぎゃー、今日は見つかりたくなかったのに、見つかっちゃったよ!!

「弦一郎の誕生日の5月21日、は朝一番で弦一郎の家に行き、家の前で弦一郎が出てくるのを待って、一番に顔を見せて驚かせたらしいな」
「な、なんでお前それを知って……!!」

真田君が焦った声を出した。

「あの日、珍しくお前が朝練の時間ギリギリに飛び込んできただろう? お前の誕生日だったから怪しいと思ってな、赤也に聞いたんだ。そうしたら、も珍しく朝練の時間に遅刻しそうになったと言うじゃないか。つまりは、朝お前たちはギリギリの時間まで一緒に居たのだろうと思ってな、ちょっといろいろ調べさせてもらったよ」

そう言うと、「俺の情報網を甘く見るなよ」と付け加え、蓮二はふっと不敵に笑う。
そんな蓮二から、真田君は否定もせずに顔を赤くしたまま、視線を逸らした。

……って蓮二、ちょっと機嫌悪い?

「ね、蓮二」
、来ているなら声を掛けてくれれば良かったのに」

そう言って、蓮二は私の側に近寄って来る。
顔は笑ってるけど、やっぱ機嫌悪そうな感じがする……どうしたんだろう。

「ごめん、ちょっと真田君に用があったから」

そう言って、私は苦笑した。

「……俺ではなく、弦一郎に会いにきたのか?」

蓮二の声がひときわ低くなった。
……って、え、もしかして蓮二の機嫌が悪いのって……

「ねえ、蓮二もしかして」

私が蓮二に声を掛けたのと、真っ赤な顔の真田君が口を開いたのは同時だった。

「蓮二、。俺はもう行くぞ」
「ああ」
「あ、うん。ありがとね、真田君」

私たちの返事を背中で受けて、真田君はそのまま行ってしまった。
私は、あらためてそっと蓮二の顔を見上げる。

「ねえ、蓮二。あのさ」
「……なんだ」

そう言いつつ、憮然とした表情をする蓮二。
あ、これ完全に機嫌悪い。
しかも、その理由は、きっと……。

「……蓮二、もしかして、嫉妬してる?」

私がそう言うと、蓮二は無言でじろっと私を睨んだ。

「ち、違う? あはは、ごめん、私が真田君に会いに来たって聞いたときの蓮二、機嫌悪そうだったから、そうかなってちょっと思っちゃった」

自意識過剰だったかなあ、ああ、恥ずかしい。
――そう、思った時だった。

「嫉妬してるさ」

呟くように、蓮二が言った。

「今日、お前が来ていたのは、気付いていた。当然俺に会いに来たのだと思っていたのに、休憩が始まったら、俺のところには来ないで弦一郎を追っていっただろう?……嫉妬しないわけがないだろう」

そう言いながら、蓮二の顔が少しずつ赤くなる。
……って私が来てたの、気付かれてたんだ。ひゃー、さすが蓮二だ……。

「で、でもね、蓮二。別に私、嫉妬されるようなことは何一つしてないよ? ただ、ちょっと真田君に聞きたいことがあってさ」
「判っている、あの後すぐにお前たちを追ってきたからな。話は全部聞いた。しかし、判っていても嫉妬するものはする」

私の言葉の後、蓮二は間髪入れずに言葉を返した。
ていうか、き、聞いてたの!?
じゃあ、ダメじゃん!誕生日にびっくりさせようと思ってたのに……

「聞いてたの?全部?」
「ああ。俺の誕生日の事で、弦一郎に相談していただろう。全部聞いた」

……もう、最悪。
こっそりお祝いして、びっくりさせたかったのに。

「もう、なんで聞いちゃうかな……蓮二のばーか」

悲しくて、つい、私はそんな言葉を呟いた。
すると、蓮二がむっとした顔をする。

「馬鹿とはなんだ」

「だって、これじゃびっくりさせられないじゃない。せっかくこっそりお祝い用意して、びっくりさせたかったのに」

そう言って、私は口を尖らせる。
すると、蓮二はくすりと笑った。

「その気持ちだけで、俺は充分なんだがね」
「真田君もそう言ってたけどね、それじゃ私が納得行かないの。せっかくの蓮二の誕生日なのに。……あーあ、さんが羨ましいな。さんは、ちゃんと真田君のバースデーにサプライズ成功したんだよね」

朝イチで会いに行ったなんて、きっと真田君、驚いただろうし、めちゃくちゃ喜んだんだろうな。
そんなことを思いながら、私は溜息をつく。

「そんなに俺を驚かせたかったのか?」
「うん、やっぱせっかくの誕生日だしさ。蓮二のこと、驚かせて、喜ばせたかったな」

もう、遅いけどね。
もう何したって、蓮二は驚いてくれないだろうし。

私がそう思ってまた溜息をつくと、蓮二が笑って口を開いた。

「今日のお前の行動には、充分驚かされたぞ? 俺ではなく、弦一郎に会いに来た、お前の行動にはな」
「もう、だからそれは蓮二の誕生日のことを真田君に聞くためだってば」
「ああ、判っている。しかし、どんな理由があっても、お前が俺を差し置いて他の男と話しているところを見るのは気分が悪いな。それが例え俺のためで、相手が弦一郎だったとしてもだ」

彼は、真っ直ぐ私を見て言った。
その言葉に、私はかあっと顔が熱くなるのが判った。

「蓮二……」
「先ほど、お前と弦一郎が一緒にいるところを見て、どんなに気分が悪かったと思う? いくら俺の誕生日のためとはいえ、そんな思いをさせられるくらいなら、俺はお祝いなどいらないぞ」

からかうように笑いながらも、彼の目は真面目だった。
その目を見ていると、彼が本心から言ってくれてるのが判る。

「う、うん……ゴメン」

謝罪を口にし、私は照れて俯いた。
蓮二が、そんなに嫉妬してくれるなんて、なんだかとても嬉しい。

「でもね、蓮二。私はそんなつもりなかったんだよ?ただ、蓮二を喜ばせたかっただけってことだけは、判ってね」
「ああ、勿論だ。俺を喜ばせたいという、お前の気持ちは嬉しかったよ。ありがとう、

そう言って、蓮二は優しく笑う。
その表情の優しさに、私の胸が鼓動を早めた。
それを笑ってごまかして、私は蓮二に質問する。

「ねえ、蓮二。明日の誕生日、何か欲しいもの、ある?」

本当は、蓮二本人にはこの質問したくなかったけど、もう、ここまでばれちゃったら、本人に聞くのが一番手っ取り早いもんね。
驚かせることは出来なくなったけど、だからって誕生日のお祝いをやめるつもりは全然ないし。

「何でも言ってみて。私にあげられるものなら、何でもあげるよ」

そう言って、私は笑った。
すると、蓮二は口元に手を当て、少し何かを考えて――やがて。

「判った、ならば、俺の一番欲しいものを貰うことにしようか」

そう言うと、蓮二は私の腕をぎゅっと握り締めて、そのまま手前に引いた。
反動で、私の身体が前のめりになって、そのまま蓮二の体の中に倒れこむ。

「ちょ、蓮二!? いきなり、何……」

驚いて抗議しようとした私を、蓮二はにいっと笑いながら見つめる。
――そして。
蓮二はそのまま、私の唇に、自分の唇を重ねた。
それは、いつもよりずっとずっと長くて、力強いキスだった。

やがて、私の唇と身体は、蓮二から解放された。
なびいてきた風が熱い私の唇を掠め、その温度を冷やそうとする。
だけど、そう簡単に私の熱は冷めそうになかった。

言葉を失って、私はただ瞬きを繰り返した。
そんな私を見つめ、蓮二は再度にいっとからかうように笑う。

「ありがとう、。これで充分だ」
「……一番欲しいものって、こういうこと?」

視線を逸らしつい口元を抑えながら、私は声を振り絞った。

「ああ。今のが俺の一番欲しいもの、だな」
「もう……」

ああもう、蓮二の馬鹿。
恥ずかしいなあ。

かあっと熱くなった頬に手を添え、私は恥ずかしいのを必死でごまかした。
誕生日プレゼントにキスだなんてさ、今時少女漫画でもやらないんじゃないの?
……って、だいたい、蓮二の誕生日って今日じゃないじゃん!

「もう、蓮二の誕生日って今日じゃなくて明日じゃない。これじゃ、1日早いでしょ」

そう言って、私は抗議するように口を尖らせる。
すると、蓮二はくすりと笑った。

「おや、そういえばそうだったな」

口元に手を当て、余裕綽々な笑みを浮かべる蓮二。
わー、わざとらしいな、もう。
判ってたくせに。

「それでは、明日当日にもまた頂くことにしようか。『それ』は何度貰っても嬉しいからな」

そう言って、彼はからかうように笑いながら、私の顔を覗き込んできた。
その言葉と表情に、また私の顔が熱くなる。
視線を逸らして、私はぽつりと呟いた。

「……もう、蓮二のばーか」
が、俺を馬鹿にさせるんだよ」

蓮二はそう言うと、にっこりと笑って私の頭を優しく撫でた。

「……では、名残惜しいがそろそろ戻るかな。、この後も練習見学をしていくのか?」
「そうしたいけどね。ちょっと用事を思い出しちゃった」
「そうか。なら、気をつけて帰れよ」

彼はそう言うと、もう一度私の頭を撫で、コートの方へと戻っていった。

いろいろと、嬉しいハプニングはあったけど、結局誕生日のことは何も決まらなかった。
まさか本当に、明日もキスで済ますわけにはいかないし。

仕方ないから、もう今まで考えたやつ、全部しちゃおうかな。
帰る前に本屋に寄って蓮二の好きそうな本買って、それでスーパーに寄って食材買って、明日蓮二の好きそうな薄味のおかずいっぱい入れたお弁当でも作って。
それで……そうだなあ、さんの案も借りちゃおうかなあ。
明日の朝一番で蓮二の家の前に行って、出てきたところを捕まえて朝一でおめでとうって言って、本とお弁当渡して……仕方ないから、キスもしてあげようかな。

そんなことを思いながら、私はふふっと笑って、休日の学校を後にした。

このお話は真田夢「unexpected birthday」と少しだけ繋がっています。
その話では明かしていなかった真田が貰ったプレゼントの中身が、この話で帽子だと分かるように当時書いたのですが、近年になって真田のもともとの黒帽子が中学卒業時に赤也の手に渡ったことが発覚したので、2021年の改装時の加筆でそこをこじつけました。
長年書いてるといろいろありますね。