去年関東大会で当たった神奈川の立海大附属とは、いつの間にか練習試合を重ねる間柄になっていた。
切原とは、練習試合組むために、定期的に連絡も取り合ってる。
立海って、最初は印象最悪なチームだったりしたんだけどさ。
でも、当事部長が病気で欠けてたとか、あいつらはあいつらなりに守りたいものがあったとか、いろんな事情があったことを後で知った。
あの時のやり方は今でもやっぱ納得いかねーし、納得する気もねーけど、切原のテニスはあれからちょっと変わった。
それに、結局あいつらも俺達と同じ、テニス馬鹿なんだよなって思ったら、なんかあいつらともいいライバルになれる気がしたんだ。
それにやっぱ、立海ってつえーし、テニスやってて参考になる部分もいっぱいあるしさ。
練習試合持ちかけんの、俺達からだけじゃねーし。
向こうからも連絡が来るってことは、あいつらもウチの強さ認めたってことだろ?
なんだかんだ言って、あの有名な立海に強さが認められたってーのは、なんか嬉しいしよ。
卒業しちまった橘さんも、過去は過去として、強い学校と練習試合組むのはいいことだって言ってたし。
まーそんなわけで、青学や山吹とかと同じくらいの頻度で、立海とは練習試合を組んでたりするわけだ。
……まあ、もうひとつ、俺には「大きな理由」があったけどさ。

Happy Smile

今日も、朝から立海まで来て、練習試合こなして。
んで無事終わって、帰る準備をしてた途中に、切原が俺んとこに近づいてきた。

「よお。お前ンとこ、なかなかいー仕上がりじゃねーか。これなら今年も関東大会、来るんじゃねーの?」

帰る準備の手を動かしたまま、俺はあいつの顔を見て笑った。

「馬鹿言うなよ、全国の間違いだろ?」
「ま、どっちにしろ、またウチが負かしてやるよ」
「言ってろよ。立海こそ、油断して関東大会すら出て来れなかったら、笑ってやるぜ」
「俺達が県大会落ち? それこそありえねーっつーの。今年は絶対王座奪回してやるんだからよ」

切原はそう言って笑いながら、何かを探すように、首をきょろきょろと動かしている。
……何やってんだこいつ。
訝しげに俺があいつを見ると、切原はやがて目当てのもんを見つけたのか、動かしていた首を止めた。
そして、次の瞬間、にんまりと笑って俺を見た。

「なー、ところでよ。俺今いい情報持ってんだけどさ。神尾、いくらで買う?」
「は? いい情報? なんなんだよ、いきなり」
「お前には絶対いい情報だと思うんだけどな。なんたって……な」

そう言うと、切原はからかうような笑みを浮かべて、視線をまたコートの外にやった。
アイツの視線を追うように、俺も視線を動かし――その瞬間目に入った姿に、俺の心臓がどくんと鳴った。
そこにいたのは、俺がわざわざ立海まで来る、「大きな理由」。

「……さん」

思わず、彼女の名前を口にする。
立海の彼女とは、去年、たまたま全国大会でタオルを拾ってもらったのが縁で知り合ったんだけど。
去年の夏の終わりに立海と練習試合した時、再会することが出来て――その笑顔が忘れられなかった自分に気付かされた。
やっぱ、東京と神奈川じゃ、道端でばったり会ったりとかそういうこともなくて、彼女との距離は、普段は本当に遠い。
でも、さんは、俺達が立海まで練習試合に来ると、必ず試合を見に来てくれる。
今日だって来てくれて、朝、ほんのちょっとだけ話も出来た。
それがすっげー嬉しくて、おかげで今日の俺のリズムは最高だった。
住むところはちょっと遠くて、こうやって練習試合するときくらいしか顔を見ることも出来ないけど、俺がここまで来る理由のひとつに、さんという存在があるのは、やっぱり確かなんだよな。

「神尾、ジュース1本。後払いでいいぜ?」

そう言って、切原は人差し指を立てて、からかうように笑った。
コイツの話にまんまと乗るのはちょっとむかつくけどよ……そんなこと言われたら、気になるじゃねーか。

「……いい情報じゃなかったら、払わねーぞ」

少し照れながらも、じろっと俺はヤツを睨みつける。
すると、切原は癖っ毛を揺らしながらまたニッと笑って、俺の耳に口を近づけた。

、今日誕生日なんだってよ」
さんの、誕生日? 今日がか?」

驚きを抑えられないまま、思わず俺はあいつが言った言葉を繰り返す。
そんな俺を面白そうに見ながら、切原は続けた。

「ああ。俺も知らなかったんだけどな。って、ウチのマネージャーのの友達なんだわ。で、さっきが言ってたから、間違いねーと思うぜ」
「もうちょい早く言えよ……」

こんな突然言われても、なんもできねーじゃねーか。
っつっても、早く言われたところで、何をしたらいいのか判んなかったとは思うけどよ……。

「今日は、この後何も予定ないらしいぜ。今日はまだ時間あるから何とでもなるだろ。情報料は、次の練習試合の時で勘弁しといてやるから、ま、頑張れよ」

そう言って、切原は行ってしまった。
おいおい、どうしろって言うんだ……
半ばパニックになりながら、俺は立ちすくむ。
――すると。

「……アキラ、そろそろ帰りたいんだけど」

背後で、そんな深司の声が聞こえた。
振り返ると、既に帰る準備を終えたみんなが、俺を待っていた。

「お、おう……」

返事をしながら、俺はくるりと後ろを振り返る。
コートの外に、まだ立海のマネージャーのさんとお喋りしてる、さんの姿が見えた。

帰る準備は、終わってしまった。
このままラケットバッグ担いで、みんなと一緒に東京に帰るか、それとも――

そんなことを思って俺が葛藤していた、その時。
呆れたような、深司の声が聞こえた。

「ていうかさあ……いい加減にして欲しいな。立海と練習試合するのはいいけど、そろそろ毎回神奈川まで来るの、疲れたんだよね」
「……ど、どういう意味だよ」
「はっきり言わないとわかんないわけ? わざわざ練習試合なんて口実作って、こんなとこまで来なくてもいいように、さっさと個人的に仲良くなれって言ってんだけど……。そしたら、次の練習試合は東京でやれるだろ」

……深司、気付いてたのかよ。
切原にばれるのはしゃーねーと思ったけど、深司にも気付かれてたのか……。
そんなことを思いながら、俺が顔を熱くさせていると、深司は尚もぶつぶつと言葉を続けた。

「あ、アキラ今絶対『まさか気付かれてたなんて』とか思ってるだろ……そんなに俺が鈍感だと思ってるわけ? 全く、嫌になっちゃうよな。俺だって、別に好きで気付いたわけじゃないのに……アキラが判り易過ぎるだけなのにさ……」

俺は深司の言葉に苦笑した。
嫌味臭い言い方ではあるけど、これは深司なりに俺を応援してくれてんだよな。

――よし!

俺は、掌をぎゅっと握り締めた。
よし、リズムを上げるぜ!!

「ごめん、皆先帰っててくれ!」

そう言うと、俺はコートの外へと、一直線に走りだした。





さん!」

彼女の姿が近づくなり、俺は声を掛ける。
さんと話していたさんは、俺の声に驚いて顔を上げた。

「か、神尾さん!? どうしたんですか?」
「あ、あのよ……」

そこまで言って、俺の言葉が止まる。
声を掛けたものの、何を言うか全然考えてなかった。
しかもさん、さんとお喋りしてた途中じゃねえか。
もしかして、邪魔しちまったんじゃねーのか?

そんなことを思いながら、俺は視線を逸らして頭を掻く。
すると、さんと話していたさんは、意味ありげな笑みを浮かべながら、俺と彼女を見た。

「ふふ、。それじゃ、私行くね。神尾君も、それじゃあね。をよろしく!」

さんはそう言うと、笑って手を振った。
そんなさんに、さんはどこか必死な顔で手を伸ばす。

「ちょ、!ま、待ってよ」
「あ、あのさ、さん。別に俺急ぎの用事、あるわけじゃねーし……話あるなら、俺、その後でいいんだけどよ」

成り行きに驚きながら、俺はさんに声を掛ける。
すると彼女は、にっこり笑って言った。

「あ、別に私も、と話あるわけじゃないの。ていうか、私も、今から予定あるし」
「予定?」
「うん、ちょっとね」

彼女がそう言った、その時。

!」

誰かが、誰かの名前を呼ぶ声がした。
聴いたことのある声だと思いながら、俺は声のした方を見る。
すると、そこにいたのは――真田さん。
去年、俺が関東大会で大敗を喫した相手だった。

「真田先輩! わざわざ来てくれたんですか」

さんはそう言うと、嬉しそうに真田さんの元に駆け寄った。
そっか、ってのは、さんの名前か。

「ああ。高校の方の練習試合も、早く終わったんでな。……お前の方はどうだ? 試合は終わったのか?」
「はい、もう終わりました。ミーティングも終わったので、今先輩にメールしようと思ってたところだったんです」

ほんのりと顔を赤く染め、彼女は嬉しそうに真田さんの顔を見上げている。
……へえ、もしかして、彼女と、真田さんって……。

彼女はともかく、真田さんの方は意外だなーとか思いながら、二人を見つめていると。
その視線に気付いたのか、さんが、少し顔を赤くしながら俺の方を見た。

「……え、えっとね。そういうことなので……。じゃあね、神尾君」
「あ、ああ」

俺の頷きに、彼女は照れたように笑う。
――そして、さんは、さんのほうに視線を移した。

、頑張ってね。私と切原君からの、誕生日プレゼントなんだからね。無駄にしちゃ駄目だよ!」
……!!」

さんがなんだか意味のわかんねーことを言うと、さんが困ったような顔をした。
そんなさんに、さんは軽く手を振って、待っていた真田さんと一緒にどこかへ行ってしまった。

そして、さんと2人っきりにされた俺は、ドキドキしながら、さんの方を見た。

さんって、あの真田さんと付き合ってんの?」
「あ、はい。そうみたいです」
「そっか。なんつーか、意外だな……」
「で、ですよね」
「だよな」

そこで会話は止まった。
だー、何言ってんだ、オレ。
別にさんと真田さんのことなんか、どうでもいいだろ!
言わなきゃいけねーのは、そんなことじゃなくて……!!

「えっと……、あのさ」
「は、はい」

彼女の相槌のあと、オレは気持ちを落ち着けるように、大きく息を吸う。
そして、ドキドキしながら、口を開いた。

「さっきさ、切原から聞いたんだけど……さん、今日、誕生日なんだってな。おめでとう」

よ、よし!
とりあえず、言いたかったこと一つクリアだ!
そう思いながら、オレは彼女の顔を見た。
すると、さんは、何故か顔を赤く染めていた。

「……ありがとうございます、神尾さん」

どこかはにかみながら、そう言って微笑んだ彼女は、とても可愛くて。
オレの心臓は、どんどん鼓動を増していく。
そんな自分をごまかすように笑って、オレは言葉を重ねた。

「や、っつってもよ、プレゼントとかあるわけじゃなくてよ……あ、チョコ、食うか?」

思い出したようにそう言って、オレは鞄を漁る。
確か、今朝こっち来る前にコンビニで買った、手付かずのままの常備用の板チョコがあったはずだ。
やがて出てきたそれを、オレは彼女に差し出した。

「いいんですか?」
「ああ、食いかけとかじゃねーし、今朝買ったばっかだからよ。安心して食ってくれ」

そう言うと、オレは「こんなもんしかなくて悪いけど」と付け加えて、苦笑する。
すると彼女は、必死で首を横に振った。

「そんなことないです、すっごく嬉しいです。ありがとうございます……!!」

俺の渡した板チョコを、ぎゅっと握り締めてさんは笑った。
それは、去年の全国大会でタオル拾ってくれた彼女が見せてくれた、オレが好きになったあの笑顔。
俺の心臓は、なんかもう意味わかんねーくらい速度を上げていく。

「あ、あの、神尾さん」
「ん?何?」
「これのお礼、したいんですけど……」

そう言って、彼女は少し頬を染めたまま、言った。
うわ。ちょ、可愛すぎんだけど……!

「お礼? いいよ、そんなもん」

気持ちが外に出ねーよう、俺は一生懸命取り繕う。

「え、でも」
「いーって、ホント。気にしねーでくれよ」

ははっと笑いながら、俺がそう言うと――彼女の表情が曇った。
え、なんでだよ。
俺、何かまずいこと言っちまったか!?

さん?ごめん、俺、なんか変なこと言ったか」

焦りながら、さんに声を掛ける。
すると、彼女は無言で首を横に振った。

「違うんです、そうじゃなくて……あの」

そこまで言って、彼女の言葉がまた止まる。
曇った表情のまま俯く彼女を目の前にして、俺はもうどうすりゃいいのか全然わかんなくなってた。
で、しばらく、2人で黙り込んでいたんだけど――ふいに、彼女が小さな声で呟いた。

「ああ、もう私全然駄目だ……せっかく切原君とが、誕生日だからって気を利かせてくれたのに……」

気を、利かせた?切原と、さんが?誰に?
混乱しながら、俺はなんとか頭を整理する。

えっと、俺に――じゃねえよな。俺、誕生日なんかじゃねーし。
つか、誕生日なのは、俺じゃなくて、さんで……。
つまり、あの2人はさんに気を利かせたわけで、気を利かせたっていうのは、俺とさんが2人で話出来るようにっていうことで……。
――ってことは、もしかして、もしかすると――

考えた末にたどり着いた結論に、俺の心臓がバクバク言い始めた。
ああ、そうかもしれねー。
だとしたら、俺、このまま黙ってるわけにはいかねーよな!

「あのさ、さん。やっぱ、それのお礼、頼んでいいか?」

ぎゅっと自分の手握り締めて気合入れて、俺は口を開いた。

「は、はい」
「えっとさ。この後、もし用事とかねーんだったら、俺につきあってくんねーかな。俺、そのさ……もっと、アンタのこと、知りたいっていうか……」

あーすげー恥ずかしー。
これで勘違いだったらどうすんだよとか思いながら、俺は彼女から目線を逸らす。
すると。

「……はい、私も……その、神尾さんのこと、もっと知りたい……です」

さんは、そう言って、はにかみながらにっこり笑った。

「マジで?」

思わず問い返した俺に、彼女はまた笑ってこくりと頷く。
そして、彼女は続けた。

「私、実はあの全国大会のときから、ずっと神尾さんのこと、気になってて……その」
「マジで?……あのさ、実は俺も、アンタのことさ……気になってたんだ」

俺達はそう言うと、2人して真っ赤な顔しながら、笑い合った。
嬉しくて嬉しくてどーにかなっちまいそうになりながら、俺は人差し指で頬を掻く。
そして。

「あ、そだ」

ひとつ、どうしても気になっていたことがあって、俺は口を開いた。

「……敬語、やめてくんねえ? 同い年なんだしさ」

そう、俺は彼女の敬語がすげー気になってた。
同じ歳なのに、切原とはタメ口で話してんのにって。
まあ、切原に嫉妬してたのもあんのかもしんねーけど。

「あと、神尾『さん』も。アキラでいーよ」

そう言って、俺は照れてんのをごまかすように笑う。
そんな俺に、彼女は嬉しそうに頷いて、言った。

「は、はい――じゃなくて、うん。アキラ……くん。じゃ、私のこともさんじゃなくて、って呼んでくれる?」

そう言うと、彼女は頬を染めながら、笑顔を見せてくれた。
俺があの時彼女に惹かれるきっかけになった、あの笑顔を。

「お、おう。じゃあ、行こうぜ。俺、神奈川のことあんまよくわかんねーし、案内してくれよ」
「うん!」


神奈川と東京で、住んでるところは離れてるけど。
この笑顔に会いに来るためなら、いくらでもリズムを上げてやるさ。
そんなことを思いながら、俺は彼女の手を取って、立海のコートを後にした。

こちらは以前、お友達にささげるために書いたものです。
お友達が書いて下さった神尾夢で、立海の練習試合で立海女子生徒に惚れる神尾君のお話があったのですが、許可をもらってそれに続くように当時書きました。
ちなみに真田夢「HappyTime」とも繋がっておりますので、よろしければそちらもぜひ。