レギュラーたちは午前中の活動を終え、午後の練習までひと時の休憩を取っていた。
昼食を持ってきていなかった者――仁王と柳生と丸井とジャッカルの4人は、昼を食べに近くのファーストフード店まで出かけ、残った他のメンバーは、昼食を食べた後部室内で談笑をしたり、デスクワーク的な仕事をしたりして、時間を過ごしていた。
「はい、先輩。これ、今日の郵便物です」
職員室から受け取ってきた、テニス部宛ての郵便物を真田に渡して、は微笑む。
テニス部には、スポーツ用品店からのダイレクトメールや練習試合の申し込みなど、大抵毎日何かしら送られてくる。
それを職員室まで取りに行くのは、マネージャーであるの役目だった。
「うむ、ありがとう」
優しい声でそう返して、真田は彼女から郵便物を受け取る。
郵便物を取りに行くのがの役目なら、それに目を通し、いるものといらないものに分けるのは、ほぼ真田の役目だった。
いつもと同じように、真田は作業的に郵便物を処理していく。
しかし、最後に残った封書を手にし、差出人の名前を確認した瞬間――真田は不審そうな顔をして、眉間に皺を寄せたのだった。
「……『あいつ』、か?」
ぽつりと呟いて、思わずもう一度宛名を確認する。
やはり「あの男」からだ。
一体何の用なのかと思いながら、真田はじいっと封書の宛名を見つめる。
すると、近くで見ていた柳が、その表情の変化に気付いて声を掛けた。
「どうしたんだ、弦一郎。誰からだ?」
不思議そうに問い掛ける彼に、真田は無言で封書を彼のほうに向け、宛名の部分を見せる。
すると、柳にとっても予想外の相手だったのだろう、彼は思わずその名前を口にした。
「……跡部?」
そう、差出人は氷帝学園の跡部景吾だったのだ。
その瞬間、部室内にいた者たちが、一斉に真田と柳の方に注目した。
「え、跡部って氷帝の跡部サンっすか?」
「全国大会も終わったこの時期に、跡部から一体何の用なんだい?」
切原や幸村の言葉に、真田は「判らん」と小さく呟くと、また封書を不審そうに凝視した。
そんな真田の傍で、ふと思いついたようにが口を開く。
「練習試合の申し込み……とか?」
そんな彼女のひとりごとのような呟きに、幸村が答えた。
「うーん、練習試合の申し込みなら、跡部名義じゃなくて氷帝学園テニス部名義でくると思うんだけど……」
「そっか、そうですよね。じゃあ、なんなんでしょうね?」
納得したように頷くと、は口元に手をやって、不思議そうに首を傾げる。
「とにかく、開けてみれば判ることだ。弦一郎、開けてみろ」
「ああ、そうだな」
柳に促されて、真田がその封書に手をかける。
そこにいた全ての者達が興味深そうに見守る中、真田は中身を破らないようにと、気をつけて丁寧に封を開けた。
そして、中に入っていた数枚の書類を引き出し、ざっと目を通し終わると――
「……あの男は、いつも突拍子もないことを考えるな」
どこか呆れたようにそう呟き、真田は大きな息を吐いた。
「へえ、合同合宿のお誘いか……跡部らしいね」
書類を眺めながら、幸村はくすりと笑う。
入っていた書類は、既に真田の手から柳へ、そして更に幸村へと移っていた。
「部長、次俺見てぇっす!」
幸村の隣では、目を輝かせた切原が、手を差し出して自分の番を待っていた。
そんな大騒ぎをしている切原を横目に、は真田に声をかける。
「合同合宿、ですか?」
「ああ。跡部の発案で、跡部と親交のあるテニス部のレギュラークラスのメンバーなら誰でも参加可能だそうだ」
「ってことは、氷帝やウチだけじゃなくて、他の学校も?」
「だろうな。まあ、希望すれば、らしいがな。期間は1週間で、合宿の目的は個人のスキルアップとのことだが」
どこかまだ胡散臭そうに顔をしかめている真田とは対照的に、はとても興味深そうに、顔を綻ばせた。
「うわあ、なんだか楽しそうですね!間違いなく、実力のある方ばっかり集まってくるでしょうし……きっと充実した合宿になりそうですね」
「まあ、そうだな」
そんなやりとりを真田とがしていると。
「うっわ、スゲェ! さすが跡部さん、太っ腹っすね」
いつの間にか書類を手にしていた切原の、心底感心した声が聞こえてきた。
反射的にと真田が切原の方を見ると、切原は書類の一部を指差しながら、興奮気味に捲し立てた。
「見ました、コレ? 場所は設備の整った個人所有の合宿所で、参加費、全額持ってくれるらしっすよ」
――費用全額。
その言葉に、もまた目を見開いて驚きを露にした。
「え、本当に? すごーい!! さすが跡部さん……」
「あの男は、本当になんというか……スケールが違うな」
感心しているのか呆れているのか、微妙な表情で真田も呟く。
「で、弦一郎、どうする? 参加するか?」
「期間的にはまだ夏休みだし、問題はないよね」
柳と幸村が、真田に視線を集める。
「……うむ、そうだな……」
幸村と真田と柳の三人が、神妙な顔つきで話し始める。
すると、切原が不満そうに大声を上げた。
「え、参加するんじゃないんすか? 費用一切いらないわけでしょ? 蹴る理由なんてないじゃないっすか」
確かにそれはそうなのだが、おそらく目的はそれだけではないだろうと、真田は疑っていたのだ。
無目的に他の学校の選手のスキルアップの面倒まで見るほど、あの男はお人よしだろうか。
――いや、そんなわけがない。
(きっと、何か目的が……)
その時、渋い顔をしていた真田の肩を、幸村が叩いた。
「……まあ、おそらく本当の目的は、他校の優秀な選手を利用して自分たちのスキルアップをしようってところだろうけどね」
幸村は、真田の考えを見透かすように言う。
更に、柳が続けた。
「それに、全国大会を終えて、他校の選手がどれほど力をつけたかデータを取るつもりでもあるかもしれないな」
「うむ……」
真田の声が一層低くなる。
それに気づいた切原が、慌てて声を荒げた。
「そ、そうかもしんないっすけど! せっかく無料で練習させてくれるって言ってんですから、行きましょうよ!」
どうしても参加したいらしい彼は、更に続けた。
「そんなもん、逆にこっちが利用してやりゃいいんすよ! 跡部さんの金で他校のデータ取って、俺たちもスキルアップしてやりましょうよ!!」
その言葉に、その場にいた全員がぽかんとして赤也を見つめる。
――そして。
次の瞬間、幸村が、楽しそうに笑った。
「はは、そうだね、赤也の言うとおりだ。せっかくだし、この機会を利用させてもらおうか。どうせこっちにいてもどうせテニスすることに変わりはないわけだし。それに何より、今年は夏合宿も出来なかったし、皆で合宿なんて楽しそうじゃないか」
幸村の言葉に、切原が嬉しそうな顔で「ですよね!」と大声で叫ぶと、すごい勢いで首を縦に振って頷いた。
「ふむ、そうだな。様々な他校の生徒と練習を共にする機会もそうそうないだろうから、参加してみるか? いい経験になるだろうしな」
真田もまた、肯定的な言葉を口にする。
すると、切原はガッツポーズを振り上げて、全身で喜びを露にした。
「よっしゃ、決定っすね!! やったぜ!!」
「良かったね、切原くん」
は、はしゃぐ彼を笑って見つめる。
しかし、すぐに肩を落とすと、少し羨ましそうに続けた。
「でも、それレギュラーだけなんですよね。ということは、その期間中、私はやっぱり留守番ですよね……」
寂しそうにそう呟く彼女を一瞥してから、柳はもう一度書類を手にとり、まじまじとそれを見つめる。
そして、やがてふむと頷いて、に声を掛けた。
「いや、も参加できるようだが?」
そんな柳の言葉に、がぱっと顔を上げる。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ」
軽く頷いて、柳は書類をの方に向けると、そのうちの一部分を指さした。
は柳の側に駆け寄り、興味津々といった様子で、その書類を覗き込む。
「ここに、『参加校は、各練習補助や食事準備、その他事務仕事等の雑用の手伝いをしてくれる者を1〜2人ほど派遣させて欲しい』との一文がある。テニス部関係者であることが望ましく、男女は不問となっているので、お前にちょうどいいのではないか?」
「本当だ……これなら、私も行けるかな」
少々興奮気味に呟きながら、はその文章を確認するように何度も目で追う。
すると、そんな彼女を微笑ましそうに見つめていた幸村が、くすりと笑って口を開いた。
「うん、その条件ならさんが来ることに何の問題もないね。――というか、来てもらわなきゃ困るよ。ね? 真田」
「な、なんだいきなり」
唐突に話を振られた真田は、驚いて幸村の方を見る。
幸村は、にっこりと笑って言葉を続けた。
「だって真田、さんと1週間も離れてるなんて、寂しいだろう?」
「……い、一体、何を……」
わざとらしい彼の言葉に、真田は少々赤面して言葉に詰まる。
その反応を見て、幸村はくすくす笑うと、今度はの方を向いて口を開いた。
「さんもだよね。付き合ってから毎日顔を合わせてるわけだし、今1週間も真田の顔が見れないなんて耐えられないんじゃない?」
「も、もう……幸村先輩っ!!」
顔を真っ赤にしながら、は困ったように眉をひそめ、幸村を睨みつける。
「ふふ、二人とも素直じゃないね」
幸村は、そう言ってからかうように笑う。
すると、その一部始終を見ていた柳が、苦笑しながら幸村をたしなめた。
「精市、弦一郎たちをからかうのはそれくらいにしておけ。話が進まなくなる」
柳は、の方を向いて続けた。
「それでは、手伝いとして参加でいいな?」
「あ……はい、是非お願いします」
まだ少々赤い頬のまま、は笑って頷く。
「よし。それでは、他の者はどうだ。今いるメンバーは全員参加にしておいて大丈夫か?」
柳はそう言うと、確認するようにぐるりと部室を見渡した。
部室にいる者達が、皆めいめいに頷いたのを確認し、柳もまた満足そうに頷いた。
「よし、それではあとは、今外出している者達に参加確認を取るだけだな。まあ、多分大丈夫だとは思うが……」
「そうだね、どうせみんなこの期間、部活は参加予定になってたし。特に予定はないと思うんだけど」
柳と幸村がそんな会話をしていると、いつの間にか柳の手から参加要綱を奪っていた切原が、おずおずと手を上げた。
「あの〜」
「ん? どうした赤也。何か判らないことでもあるか?」
「……いんや、そーじゃないんすけど。これ、お手伝い1〜2人ってなってますけど、二人いてもいいんすかね」
「まあ、1〜2人となっているんだから、そりゃ構わないんじゃないかな?」
切原の言葉に、幸村が答える。
すると、切原は顔を上げてにんまりと笑った。
「じゃあ、もう一人手伝い呼びません?ほら、手伝いなんて多い方がいいっしょ」
「もう一人とは、誰だ?」
不思議そうな顔で、真田が問う。
しかし、その質問に答えたのは、切原ではなく柳だった。
「、だろう?」
僅かに苦笑しながらそう言った柳に、切原は笑顔で頷く。
そして、嬉しそうにぐっと親指を立てた。
「さっすが柳先輩、ご名答」
――は、と切原のクラスメイトだ。
切原の彼女であり、の一番の親友でもある。
「え、に頼むの?」
親友の名前に反応して、が顔を上げる。
「ああ、お前もがいた方が楽しいだろ?」
「そりゃ、確かに私はがいたら楽しいけど……」
「だろ? それにだったら、テニス部と無関係とは言いきれねーしさ。……つーわけなんすけど、先輩たち、どうでしょ?」
明らかに私情まみれの提案だったが、確かに彼女はテニス部と完全に無関係というわけではない。
切原と付き合っている分、レギュラーたちも顔なじみではあったし、あの条件で以外の者を呼ぶとしたら、彼女が一番適任であるともいえた。
「……まあ、俺は別にいいよ。さんがいっしょなら、赤也のやる気も違うだろうし」
「そうだな、まあ、反対する理由はない」
幸村と柳が、少々苦笑混じりに頷く。
「うん、勿論私も構わないよ」
も同じく頷いて、部室内にいた者のうち、1人を除いて皆が同意した。
そして――残された一人へと、自然と皆の視線が集まる。
「……真田副部長、いいっすかねー?」
彼の機嫌を窺うように、切原が尋ねる。
真田は少しの間なにかを考えていたが、仕方なさそうに大きく息を吐き、腕を組んで頷いた。
「ま、いいだろう」
「よっしゃ!! じゃ、今からに連絡とってきますんで!!」
真田の返答と同時に、切原は嬉しそうに拳を振り上げる。
そして、大慌てで携帯をひっつかむと、そのまま部室を飛び出していった。
「……切原くん、すごい勢い……」
呆気にとられたようにが言うと、真田もまた、呆れながら言葉を吐く。
「全く、相変わらず落ち着きのない奴だ。あれでは、我が立海大の恥にならぬよう、合同合宿中も目を光らせておかねばならんな」
「でも意外だったな。真田が、あんなに簡単に許可するとは思わなかった」
幸村が、少し驚いたように言う。
しかし真田は、ふっと笑った。
「まあ、なら知らぬ者でもないしな。全国大会では赤也も頑張ったことだし、この程度の楽しみがあってもいいだろう」
「わ、先輩優しい!」
は、思わず笑顔で手をぱちんと合わせ喜びを露にする。
すると、それを見た真田は無言で頬を染め、照れ隠しなのだろう、被っていた帽子を更に目深に下げた。
そんな二人のやり取りを見て、幸村はくすりと笑う。
「ふうん。俺はてっきり、大事なさんを合宿中に他の学校の男の目に触れさせないように、さんに頼む為かと思ってたよ」
「な……!」
幸村の唐突な言葉に、真田は慌てて顔を上げた。
「ゆ、ゆきむ――」
真田は何かを言いかけたが、結局何も反論せずに、眉間に皺を寄せたままフンとそっぽを向いた。
同じくも、もう触れない方がいいと思っているのだろう――頬を赤らめながらも、何も言わずに聞かなかったふりをした。
(……言い返せば言い返しただけ、またからかわれるからな。弦一郎もも、少しは学習したのだな)
それぞれの様子を見ながら、柳はそんなことを思って苦笑した。
その後、外出組が戻ってきたところで、真田たちは合同合宿のことについて説明をした。
丸井も仁王も柳生もジャッカルも、興味深そうに二つ返事でOKを出す。
更に切原が、からもOKが出たと嬉しそうに叫びながら部室に戻ってきた。
「これで、全員参加か。楽しくなりそうだね。ねえ、さん」
幸村が笑顔でそう言うと、もまたにっこり笑って頷いた。
夢書きなら一度は考えるベタオブベタ、合同合宿ネタです。
2021年の改装時に、参加校の範囲を広げました。(最初は関東出場校としていたのです)
どこまで出せるかは分からないですが、いろいろ出せた方が楽しいですよね!