「先輩。今日風紀委員会で何があったんですか?」
帰り道、いつものようにバス停のベンチに座って彼女の乗るバスを待っていると、急に彼女に尋ねられた。
「何が、とは?」
「なんか、委員会が終わって教室に帰って来たうちのクラスの風紀委員会の子が、真田先輩がすごくかっこよかったって騒いでたんです。すごく気になったんだけどあまり親しい子じゃなかったから聞けなくて……」
隣に座っている彼女が、少し頬を染めながら俺に問い掛ける。
はて。俺は何か目立つようなことをしただろうか。普通に委員会の議長の仕事をこなしてきただけなのだが。
「……悪いが、全く心当たりがないな」
「そうなんですか? なんか新しい校則案がどうとか言ってたんですけど……」
新しい校則案?
――ああ。
「ああ、あの学校側が提案してきた馬鹿げた校則案のことか。それに対して反論をしたが、そのことを指しているのだろうか」
「馬鹿げた? どんな校則だったんですか?」
不思議そうな顔つきで、彼女が俺を見上げてくる。
その表情が可愛くて、俺は自然と笑みがこぼれた。
やはり、やっと手に入れたこの彼女を俺から奪うような校則など、絶対に許されてなるものか。
思わず俺は、彼女の頭にそっと触れて、撫でる。
するといきなり触れられたことに驚いたのか、彼女はその頬をほんのりと染めて目を見開いた。
「せ、先輩? どうしたんですか急に」
「……あ、ああ、いや。すまない」
謝罪して、俺はその手を離す。
「い、いえ、別にいいんですけど。先輩に撫でられるのは、その……嬉しいです、し」
そんなことを言いながら、彼女の顔がどんどん紅くなっていく。
まるで紅玉の実のように頬を染める彼女を見ていると、自然と俺の顔も緩んでしまう。
それに気づいたらしい彼女はどこか嬉しそうに口角を上げながら、先ほどと同じ質問を俺に投げかけた。
「それで、結局どういう校則案だったんですか?」
その言葉に、俺はこほんと小さな咳払いをする。
そして、やや小さな声で告げた。
「……『男女交際の禁止』、だ」
「ええ!? そんなの困ります!!!」
眉を顰めて叫びながら、彼女が勢いよく立ち上がった。
何事かとバス停にいた数人の客がこちらを向く。
慌てて座り直す彼女と共に頭を下げると、改めて俺は苦笑して彼女に言う。
「……馬鹿げているだろう?」
「馬鹿げてます!! 馬鹿げ過ぎてます!!! なんなんですか、それ!?」
彼女は首がもげそうなほど必死で首を縦に振りながら俺の言葉に同調したが、やがて顔を伏せてその動きを止める。
そして少しの間押し黙ると、彼女は震えるような声で言葉を紡いだ。
「もし、そんなの通ったら、……通ったら……先輩とは……わ、別れなきゃいけない、ってことですか……?」
かすれるような声色で呟き、彼女は俺の制服の裾をぎゅっと握り締めてきた。
「そんなの……絶対、嫌だ……」
そう言った彼女の手は、震えている。
どうやら、俺と別れるということは彼女にとって非情に恐怖を感じることらしい。
不安がらせてしまったことは申し訳なく感じつつも、彼女がそこまで俺との関係を大切に思ってくれていることが伝わってきて、嬉しくも感じてしまった――などと言ったら怒られるだろうか。
そんな自分を心の中で諫めて、俺は彼女に優しく声を掛けた。
「……大丈夫だ。俺が理路整然と反対し、完膚なきまでに叩き潰しておいた」
まあ実のところ、この校則案についての反対意見を構築したのはほぼ蓮二の力なのだが。
俺自身絶対に潰してやろうと思い必死で反対案を考えたが、俺だけの力では心もとなかったし、このような校則が通ることなど万に一つもあってはならないからな。
蓮二と幸村に助言を請い、先生方がぐうの音も出ないような反対意見を作り上げたのだ。
その代償に二人から「そんなに彼女と別れたくないんだな」などとからかわれたりはしたが、その程度の羞恥など問題にもならん。
「本当ですか?」
「ああ。担当の先生方の反応を見る限り、おそらく二度とあのような馬鹿げた校則案は議題に上がらないだろう」
俺が力強くそう言うと、彼女はもたげていた首をゆっくりと上げ、その顔をふわっと緩ませた。
途端に、俺の心臓が脈打つ速度を増す。
それを必死で抑えるように小さく咳払いをしてから、「だから、安心しろ」と彼女に告げた。
「……良かった。ありがとうございます、真田先輩」
「礼を言われるようなことではない。俺は、俺自身のために反対したんだ」
――そう。俺自身が絶対に二度とお前を手放したくない、ただその一心で。
そんなことを思いながら、俺は彼女の目をじっと見つめる。
すると、見つめられるのが恥ずかしいのか、それとも俺の考えていることが伝わったのか、彼女の桜色の頬がまた赤みを増した。
やがて彼女は俺の視線に耐えられなくなったのだろう、真っ赤になったまま再度首をもたげて顔を伏せてしまった。
そんな彼女を一層愛しく思いながら、俺は顔を伏せたままの彼女の耳に口元を寄せる。
そして。
「……俺だって、お前と別れるなど絶対に嫌だから……な」
小さな声で、そう囁く。
その途端、眼下に見える彼女の耳が真っ赤に染まった。
余程照れているらしい。――先ほど自分でも同じようなことを言っていたのに。
ああ。本当に彼女が可愛くて、愛しい。
やはり絶対に離すものか。
もう二度とないとは思うが、もしまた同じような校則案が上がってきたとしても、何度でも叩き潰してやる。
俺からこの彼女を引き離そうとする輩など、先生でも――いや、例え神でも許しはしない。
俺は伏せたままの彼女の頭をもう一度優しく撫でると、その頭をそのまま自分の方に引き寄せた。
その途端少しだけ緊張したように彼女の身体が震えたが、そのまま引き寄せた俺の身体に彼女は寄り添ってその小さな体を預けてくれている。
そんな甘い時間を味わいながら、俺はもうしばらくの間バスが来ないでくれないだろうかなどと、たるんだことを思ってしまった。
「立海大付属中学秋の風紀委員会にて」のちょっとしたおまけ小話です。
真田君の内面が全然書けなかったのと、ヒロインが全然出て来てないので、二人のイチャイチャもちょっと書きたいなと思って書いてみました。
イチャイチャ書くの楽しいなあ